薬丸岳先生の第二作目の作品。
デビュー作「天使のナイフ」で江戸川乱歩賞をいきなり受賞した薬丸先生。
とにかくどの作品を読んでも「ハズレがない」というのが僕自身の印象です。
これまでも「Aではない君と」「告解」「天使のナイフ」などをブログで書いてきました。
薬丸先生の作品の中に「長瀬」という刑事が登場します。
その長瀬の原点,長瀬がどういう刑事で,どうやって犯人を追い詰めるのかがポイントの作品。
本作品は,ツイッターとかでもよく挙がるので,多くの人からも評価されている作品なのかなと思います。
前代未聞の「劇場型殺人」を実行する男を追う刑事の長瀬。
ストーリーに一気に引き込まれる作品です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 女児殺害の報復
3.2 真犯人の告白文
3.3 「S」の正体とは
4. この作品で学べたこと
● 主人公で刑事の長瀬にどんな過去があったのか知りたい
● 今回の犯人である「S」の正体を知りたい
子どもへの性犯罪が起きるたびに、かつて同様の罪を犯した前歴者が殺される。卑劣な犯行を、殺人で抑止しようとする処刑人・サンソン。犯人を追う埼玉県警の刑事・長瀬。そして、過去のある事件が2人を結びつけ、前代未聞の劇場型犯罪は新たなる局面を迎える。『天使のナイフ』著者が描く、欲望の闇の果て。
-Booksデータベースより-
1⃣ 女児殺害の報復
2⃣ 真犯人の告白文
3⃣「S」の正体とは
幼児が誘拐,殺害される事件が発生します。その事件を犯した内藤という男の隣には別の人物が。
「紗耶が首を絞められ,悶え苦しむ姿を思い浮かべる」この男には何らかの過去がありそうです。そしてこの男が急に内藤をナイフで殺害するのです。
これが本作品の冒頭で描かれているシーンです。
ここで登場するのが埼玉県警の長瀬という刑事です。彼は何者かに殺害された小学二年生の女児の葬儀に来ていました。どうやら性犯罪だったようです。彼女は首を絞められ,凌辱された後に遺棄されたのです。
弱い人間を襲う犯罪者。性癖なのか,それとも相手が弱者だからできるのか。いずれにしても許せない事件。
このような事件が起こるようになって警察も対応を考え,2005年には,過去の性犯罪者のが出所した際,警察庁にその情報を提供するという制度が始まっているようです。
アメリカでは,1996年にメーガン法と言われるものが制定されています。
メーガン法とは
1994年7月、アメリカのニュー・ジャージー州ハミルトン町で、7歳の少女メーガン・カンカが近所に住む男に乱暴され殺害される事件が起きた。
性犯罪者が近くに住むことを知っていれば事件が避けられたとして,事件の後,メーガンの母親を中心に性犯罪者の情報の公開を求める運動が起きた。
この事件をきっかけにニュー・ジャージー州などで性犯罪者の個人情報を住民に公開することを定めた法律が制定されるようになった。
ーコトバンクよりー
過去の前歴者たちの情報がインターネット上に公開されているというのです。州によっては仮出所中の人間の足首に「GPS」を付けて監視しているようです。
そのくらい,この事件が社会問題にまで発展した犯罪だということです。
そんな時,ゴミ捨て場でバラバラ遺体が発見されます。
その遺体には「S」と書かれているようでした。犯人を示す何かでしょうか。
長瀬には辛い思い出がありました。長瀬の父は弁護士をやっていました。多くの事件の弁護をし,無罪を勝ち取ったこともある優秀な弁護士だったようです。
しかしある日,無罪になり世に放たれた男が事件を起こしたのです。しかもその相手が何と長瀬の妹,父である弁護士の娘の絵美だったのです。
それを機に両親は離婚。長瀬は父と一緒に住みますが,早く家を出たいと,警察官になります。警察になれば寮に入れるからです。
妹が亡くなったという現実を一時でも忘れたいという思い,そして,男手一つで育ててくれた父親を解放したいという思いがあったようです。長瀬はそんな思いもあるのか,事件の捜査に疲れているようで,コンビを組んでいる村上という刑事も心配しているようでした。
しかし,次の事件が起こってしまうのです。。。
木村という男が殺害されてしまいます。そのシーンがDVDに録画され,警察に送られてきたのです。
「罪深き者どもよ,よく見るがいい」というメッセージとともに。一体,犯人は何を考え,今回の事件を起こしているのでしょうか。
DVDは放送局にも送られていました。テレビ画面に映し出された殺害シーン。
最後に木村の腹部に「S」という文字が刻まれます。
罪深き者どもよ,よく見るがいい。これがお前たちの最期だ。
かつて罪もない子供たちをおのれの身勝手な欲望のために殺したお前たちは決してその罪に見合うだけの報いを受けていない
(中略)
私は捕まらない。私は死なない。サンソンはいつでもお前たちを見ている。
どうやら「S」は「サンソン」の頭文字ということでしょうか。
サンソンというのは「死刑執行人」という意味もあるようです。
かつてパリにサンソンという一家が世襲で死刑執行人をつとめた家系があったようで,それになぞられているようです。
サンソンとは
18世紀のフランス革命の時,パリにはほかの多くのヨーロッパの都市と同じように、世襲の死刑執行人がいた。
名前を『シャルル・アンリ・サンソン』と言った。パリの死刑執行人は「ムッシュー・ド・パリ」と呼ばれた。
国家と法を重んじ,職務を遂行し続けた彼は,敬虔なカトリック教徒で,また医者でもあり,死刑制度に対して葛藤を持っていた。
-舞台 サンソン サイトより-
世間にはサンソンの行為を「ただの傲慢な行為だ」というものもいれば,特に主婦などは「サンソンの意図をむしろ擁護する」人々もいるということです。
長瀬と村上は多くの可能性のある男たちをマークしていました。
町田という男もその一人です。かつて自分の妹を殺害された過去がある人間です。
長瀬たちは町田が実行したのではないかと疑っているようでした。町田はアリバイを聞かれますが,町田はあっさりと答え,むしろ犯人が捕まらないでほしいと願っているようです。
長瀬は思うのです。かつて自分自身も妹である絵美を「小坂」という男に殺害された。
長瀬自身も「小坂」がサンソンに殺害されることを祈っているのだろうか,と。
警察であるから,もちろん殺人という行為は絶対に許せない。しかし,一人の人間の兄として,サンソンの行為はどうなのか。揺れに揺れ動く長瀬の心が見て取れます。そんな時,また女児が事件に遭ってしまうのです。果たして,サンソンはまた動くのか。
その時,サンソンは伊東という男と会っていました。
伊東はかつて女児に暴行し,実刑判決で服役していましたが,現在は仮出所していたようです。
そんな伊東は,このサンソンの正体を昔から知っているようでした。
「お金の用意ができましたので。。。」
サンソンはそんなことを言いながら,伊東がいたホテルに入ってきます。伊東はサンソンを強請ってきたのかもしれません。
次の瞬間,サンソンは動きます。何と,その客室で伊東を殺害し,バラバラにしてしまうのです。サンソンは「以前,幼児を殺害して,刑務所から出所してきた人間を殺害する」ということを実行しているようでした。
長瀬はサンソンの正体を暴くことはできるのでしょうか。
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あるジャーナリストが長瀬に質問します。
「あなたの妹さんは24年前に亡くなられています。そして今回のサンソン事件に加わっている気持ちを教えてください」本当に長瀬の心情を考えているようで全く考えていない質問です。
長瀬はなぜそんな過去のことをジャーナリストが知っているのかと疑問に思いますが,こんなことを答えるのです。
「自分の中にもサンソンがいます」と。
警察の捜査で,今回サンソンに殺害された内藤や木村は7年前に「更生保護施設」に入所していることがわかります。
更生保護施設とは
現在の環境では更生が妨げられるおそれがあるなどの理由で,直ちに自立更生することが困難な人たちに対し,一定期間,宿泊場所や食事を提供する民間の施設
つまり,働いて生活するにも世間から受け入れられない過去の犯罪者たちが,出所,仮出所などをした後で生活するために必要な場所を言います。
ある日,長瀬は村上とともに「長瀬の妹の墓」を訪れます。そこには父親である政樹がいました。
長瀬は自分の父を村上に紹介し,村上は長瀬の父から名刺をもらいます。
そこで村上は何かひっかかりを感じます。「この名前をどこかで見たことがある」と。
そして警察には一通の手紙が届けられていました。それはサンソンと思われる人物からのもので,「親愛なる長瀬刑事へ」というタイトルでした。
村上という刑事がこの長瀬と組んで捜査するのだが,村上は,実は長瀬の父が犯人なのではないかと考え,長瀬と組むのをやめてしまうのです。
かつて自分の娘,つまり長瀬の妹を殺害されたその復讐をこの父親は実行しようとしているのではないかと。長瀬に黙って,長瀬の父である長瀬政樹の家に行くのです。
しかしそれはミスリードでした。読みながら,これはミスリードさせようとしているのではと思ったのですが。。。
なぜなら,犯人は,「やっと自分の計画を終わらせるための人間(長瀬)を見つけた」という表現があったから。
実は,その犯人こそ,長瀬の妹を殺害した張本人,つまり「小坂」だった。そしてその犯人は,長瀬に自分を殺させようとします。果たして,刑事である長瀬は妹の復讐をやりとげてしまうのか,否か。
最後は,犯人が首を切り落とされ,連続殺人と同じ手口で発見される。「S」という文字が書かれて。
発見したのは長瀬。現場にいたのは2人だけだったはず。つまり,これを実行したのは。。。
性犯罪というのは法律的にも厳しくなったのだというのはわかりますが,全く亡くなったわけではないです。
1970年代には9000人近くもの人間が検挙されていた時代もありましたが,現在は1000人強と,圧倒的に少なくなっている事実はあります。
しかし,それでもこの犯罪は許されるものではない。東野圭吾先生の作品に「さまよう刃」という作品があります。
女の子を子供に持つ友人に「あの作品中の性犯罪についてどう思っているのか」と聞いたことがあります。
彼は「それが現実に起こってしまえば,自分がどういう行動をするかはその時にならないとわからない」と言っていました。
真犯人は,犯罪を犯したことで長瀬の気持ちを理解し,さらに自分が自分以外の犯罪者に天誅を下すということ。まさに「死刑執行人」でした。
それでも犯罪は犯罪です。「S」のやったことは許されるべきではない。長瀬とサンソンの間には大きな因縁がありました。そして最後の最後は「読者の想像に任せる」的な終わり方でした。
本当に多くのことを考えさせられる作品でした。
● 真犯人「S」の正体に驚いた
● 長瀬と「S」の最後のシーンで何があったのか,想像させられる作品だった
● 社会問題になっている事件について,考えさせられた