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【王とサーカス】米澤穂信|女性記者のプライドと覚悟を知る

王とサーカス

ここ数週間,米澤先生の作品を読み漁っています。

これまで何人もの作家さんの作品を読んできたけど,米澤先生の作品の多彩さには驚かされます。

もちろんストーリーが面白いというのもあるんですけど,ミステリーの深さが他の作家さんと違うように思います。全く先が読めない。

ありきたりな,想像できるようなストーリーではなく,全く意外なところにポイントを持っていける凄さがあります。うまく表現できてないですけど。。。

本作品はどうやらシリーズモノらしいです。

「真実の10メートル手前」も同シリーズで,こちらは主人公である太刀洗万智を他人の視点で描いたものに対し,本作品はまさにフリージャーナリスト太刀洗万智の視点そのもの。太刀洗万智読めばわかりますが,海外という知らない世界でも,堂々と真実を追及するその行動力には脱帽します。

彼女には怖いものはないのだろうか。これがジャーナリストという仕事をする者の覚悟なのかと。

こんな方にオススメ

● 頭のキレる記者である主人公が遭遇した事件について知りたい

●「王とサーカス」の意味を知りたい

● 記者という仕事について考えてみたい

作品概要

2001年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、編集者から海外旅行特集の協力を頼まれ、事前調査のためネパールに向かう。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を送ろうとしていた太刀洗だったが、王宮では国王をはじめとする王族殺害事件が勃発。太刀洗は早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり……
-Booksデータベースより-


主な登場人物

太刀洗万智・・主人公。フリーのジャーナリスト

サガル・・・・ネパールの街の少年。日本語を話せる

八津田源信・・・万智が宿泊するホテルの仏僧

ラジェスワル・・ネパール軍の准尉

フォックスウェル・・万智と同じホテルに宿泊するアメリカ人学生

本作品 3つのポイント

1⃣ ネパールで起きた大事件

2⃣ 万智とラジェスワルの駆け引き

3⃣ 王とサーカスの真の意味

ネパールで起きた大事件

同僚の自殺をきっかけに5年間勤めていた新聞社を辞めた太刀洗万智はフリージャーナリストになっていました。彼女はアジア旅行の特集の仕事で,ネパールへ行くことになります。ネパール太刀洗はネパールのカトマンズにある「トーキョーロッジ」というホテルに宿泊していました。彼女には202号室が与えられ、どうやらここには何人かの宿泊客がいるようです。

203号室には,アメリカからの大学生であるフォックスウェル(通称ロブ),そして他にもシュクマルというインドの商人もいました。ホテルそして3階の301号室には日本人で出家し、ネパールにやってきた仏僧の八津田源信もいました。彼は長期に渡って滞在し,同じホテルの中の部屋を転々としているようです。

そんな中,万智はサガルという少年と出会います。日本人とみて,いろいろなものを高額で売りつけようとします。

ただ,万智は,この誘いには乗らないんですね。性格的に物事をはっきり伝え,情に流されない女性に見えます。

サガルには兄がいましたが,かつて絨毯工場で働いていましたが,仕事で作ってしまったケガが原因で亡くなっていました。サガル兄に頼っていたサガルは学校にも行くことができず,こうやっていろんな人にものを売って生活していたということです。

ある日,このカトマンズに恐ろしいニュースが飛び込んできます。どうやらネパールにはあの「BBC」が入っているらしいです。イギリスと関係が深いようですね。

そして万智は食堂でBBCのラジオを聞いていました。

ビレンドラ国王とアイシュワリャ王妃が,ディペンドラ皇太子に殺害されました。

皇太子はその後,自殺したもようです

あのBBCだから本当のことなのでしょう。何か信じられない状況ですよね。日本では考えられないことが海外では起こるのでしょうか。報道ただこの報道,次の日になって徐々に状況が明らかになっていきます。実際には皇太子はまだ亡くなっていないようです。

大刀洗は宿主のチャメリからネパールの王族について教えてもらうと、国際電話で今回の雇い主である月刊深層編集部に電話を掛けます。

万智はこの状況を伝えるため,国際電話を使って,仕事の依頼者であり編集長でもある牧野に説明します。

このホテルの知り合いから,万智が取材できるよう頼んでくれることになりました。それが軍の人間で。ラジェスワル准尉と言いました。ラジェスワルそしてこのラジェスワルが万智に会ってくれると言うのです。ただ,市民は事件の裏に陰謀があるのではないかと疑心暗鬼になっています。

万智とラジェスワルの駆け引き

万智と会うことになったラジェスワルは「ジャスミン」というクラブにやってくるようです。ただ,万智一人で来いというのです。

初めて会う相手で,しかも1対1で会うなんて,ジャーナリストって本当に命をかけて取材しようとしているのかなって思ってしまいます。

万智はラジェスワルとの待ち合わせのクラブ・ジャスミンへ向かいます。このクラブは廃墟ビルの地下にあり,かつてはダンスフロアだった場所だったようです。そこには軍服を着たラジェスワルが待っていました。

クラブラジェスワルはジャーナリスト万智に対して疑いの目を向けています。

なるほど。この国に助けが必要だとしよう。真実がそのために有効だとしよう。しかし,なぜお前なのだ。

インドはこの国と関係が深い。中国もそうだ。歴史的にイギリスとの関わりも多く,今も多くの兵士が雇われている。

だが,日本はどうだ。日本がこの国に何かしていくれるというのか。

確かに。。。あまりの正論に万智はこの問いに答えられません。確かにラジェスワルの意見はもっともだと思ってしまいますよね。

関係のない日本人にこの状況を正確に説明するとして,一体何の意味があるのか,ジャーナリストとして万智は自分のやるべきことに悩んでいるようです。悩む万智ラジェスワルは万智を責めているわけではなく,海の向こうでその情報を待っている人々の望みを叶えたくないと言っているのです。

結局,ラジェスワルから重要な証言などを得ることはできませんでした。さらに,ラジェスワルは「サーカス」を例に出します。万智をサーカスの団長だとすると、彼女の記事こそがサーカスの演し物になると。

つまり、自分たちの国王の死をサーカスにしたくない。なるほど,それで「王とサーカス」なのか。万智はジャーナリストとしての信念を答えられなかったことを恥じるのでした。

次の日、王宮の前では,群衆めがけて催涙弾が放たれるようになり、とうとう警察が事態の鎮静化に向けて動き出します。

王宮どんなことにも怖気づかなそうな万智ですが,意外にも死の恐怖を感じ,トーキョーロッジに戻ることにします。

ところがその途中、意外なものを目にします。ある男が倒れていました。何と,前日まで一緒に話をしていたラジェスワルだったのです。

ラジェスワルは上半身裸になり,背中には「INFORMER」という文字が刻まれていることに気づきます。

「INFORMER」ってどういう意味? ここでは「密告者」という表現を使っています。

一体,彼は何の密告者なのか。ひょっとして,前日に万智が話しているところを誰かに見られ,密告していると勘違いされてしまったのか。とりあえず,万智はその遺体と文字を写真に撮ります。遺体万智は自分を責めているようでした。自分と会ってしまったからラジェスワルは殺されたのではないか。このことがさらに万智を悩ませます。このまま取材を続けるべきなのか。

しかしそこはさすが万智。誰のためでもない,ただ自分が真実を知りたいのだと言い聞かせ,取材を続けるのでした。

万智はラジェスワルの遺体の写真データをメモリーカードに入れ,部屋にあった聖書の222ページに挟んでおきました。

ところが万智の元に警察が現れます。有無を言わさず,彼女を署に連行してしまうのです。やはり,ラジェスワル殺害の容疑をかけられていたようです。誰かに見られていたのか,万智が会うことをラジェスワルが誰かに言っていたのか。

取り調べを受けますが,万智の証言に違和感はなく、さらに発射残滓が出なかったことで解放されます。

発射残渣とは

銃から弾丸を発射する際に雷管の成分が熱を受けて飛散し、発射した人の手や袖などに付着する状況のこと

硝煙反応とは
銃を発射した場合に、手や着衣などに付着したと思われる硝煙を検査すること

僕自身は「発射残滓=硝煙反応」だと思ってました。微妙に違ったんですね。

銃解放された万智はトーキョーロッジに戻ります。ところが部屋を見て何か違和感を覚えます。鍵穴をよく見ると,誰かがピッキングした傷が残されていました。

慌てて万智はメモリーカードの存在を確認します。メモリーカードは無事だったようです。それにしても,侵入した人間は誰で,一体何を探していたのか。

万智の強いところは,ここからさらに「真実」のために行動しようとするところ。ラジェスワルを殺害したのは誰か。万智の部屋に侵入した人物は誰なのか。

ただ,ラジェスワルの遺体の写真を掲載することが,どういうふうに伝わるかは疑問ですよね。事実を載せればいいわけではない。憶測を書いてもいけない。

それに,ラジェスワルが会っていた人物が万智であるとわかれば,事態は悪い方向へ行きそうな気がします。

万智のジャーナリスト人生が終わってしまうかもしれない。ジャーナリストという仕事の難しさを感じさせれられます。悩む万智果たして,万智の持っている写真と王宮事件には関係があるのでしょうか。

サーカスの真の意味

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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万智はラジェスワルの遺体写真と王宮事件の間に何かしらの関係があるのかの「裏」を取るために取材を始めます。

ところがトーキョーロッジに,再び警官が現れます。しかも今度は二人で。まだ疑われているのか。しかし今回は万智を護衛したいということでやってきたようです。万智はやはり自分が狙われているのではないかということを確信させられます。身の危険ラジェスワルは銃弾によって大動脈を傷つけられたということのようです。しかし,死体が置かれた現場にあまり血は残されていませんでした。もっと出血してもいいはず。

万智は推理します。ラジェスワルは別の場所で殺害されて連れてこられたのではないかと。

そして「INFORMER」という文字に意味があるのではなく、その文字を刻んだことに意味があるではないかと思うのです。

万智は警察官二人と共にラジェスワルと会ったクラブ・ジャスミンに向かうのです。それにしてもこの警官も胡散臭いなぁ。クラブ内を調べてみると,エレベーター前に引きずった跡が残されていました。

そして,ラジェスワルと会った場所には大きな血だまりが広がっていました。なるほど,ここが殺害現場だったのか。殺害現場でも,もしそうだとすると,ラジェスワルは万智と話した後に,再度ここを訪れたことになります。つまり、再びやってきたラジェスワルはここで撃たれ,その遺体は引きずられ,埃まみれになったということ。

つまり,この埃に気づかせないために上着を脱がせたと推理します。凶器の拳銃も現場に落ちていました。通称「チーフ」と呼ばれる拳銃です。

ここで万智は既視感を感じます。何かどこかでこの言葉を聞いたような。。。

それはトーキョーロッジの隣に宿泊しているロブが銃を持っていたことを思い出します。確かに「チーフ」という言葉もここで聞きました。

万智はロブに聞きます。「銃が盗まれたんじゃない?」青ざめるロブに対し,万智はクラブ・ジャスミンに落ちていた拳銃がロブのものだと説明します。青ざめる外人恐ろしくなったロブは,アメリカ大使館に行くことにするのでした。

万智は犯人が誰かわかってきたようです。そして八津田と話します。実は仏像に秘密があるのではないかと推理していました。

ロブの部屋の鍵穴にはピッキングの痕がありませんでした。そうか八津田は部屋を転々としていたとありましたね。

つまり,彼は合鍵を作るタイミングがたくさんあり,トーキョーロッジの鍵もほとんど作っていたと思われます。

何と八津田は「大麻」を売って儲けるためのラジェスワルの相棒だったのです。

仏像の中には「大麻」が入っていました。それを日本に持ち込んで,高くで売りさばくという悪事に手を染めていたのです。仏像ラジェスワルは八津田に殺害されていました。では動機は何だったのか。

国王が亡くなって,ラジェスワルは大麻から手を引こうと考えていました。日本にいる人物と取引をしていた八津田は,大麻がなくなることを想像すると,自分の身に危険が及ぶと感じていました。

つまり,万智がラジェスワルに会った後、八津田は彼と会って言い合いとなり、クラブ・ジャスミンで殺害したのです。八津田彼は袈裟の中に拳銃を隠していて、そこから撃ったために袈裟に穴が開き、それを隠すために着方を変えていたのです。でも万智は八津田をこれ以上追及しませんでした。

そしてもう一つ疑問が。誰がラジェスワルの遺体を運んだのか。そして「INFORMER」という文字を刻んだのか。万智はサガルと会い、少しの間だけ散歩をしながら話すことにします。

サガルは,今回の記事にラジェスワルのことを書かなかったことに失望していました。ラジェスワルの遺体を運んだのはサガルでした。サガル彼は殺害までの一部始終を見ていました。そして兄がかつて屑拾いで使っていた荷車を使って遺体を運んだのです。遺体に文字を刻んだのもサガルでした。サガルは一体何がしたかったのか。

サガルは今回の事件を記事を書かせることこが目的でした。実はサガルは万智を憎んでいたんです。これまで外国の記者がやってきては,事件を報道する度に彼らの生活は厳しくなりました。それが無ければ,兄は仕事を失くさずに済んだというのです。

サガルは万智が王宮事件とラジェスワルの死を結びつけさせることで、さらに混乱させようとする人物に過ぎないということを証明したかったのです。

そして日本に帰った万智。フリージャーナリストとしての初仕事を終えました。王宮事件から7年が経った今も万智は自分の調べたことを振り返り、まだ書き続けています。万智時々自分が正しいと思いそうになった時には、あの『INFORMER』の写真を見つめるのです。彼女が記者として誇れることは何かを報じたことではなく、この写真を報じなかったことでした。

それを思い出すことで、誰かが悲しむ,つまりサーカスにすることから逃れられると信じているのです。

本作品を読んで「王とサーカス」という意味がようやくわかりました。

事件の当事者の視点,つまり被害者や加害者の視点。そして,その真実を暴きたいと走り回る記者の視点。でもそれが真実かどうかなんて,どうやって証明するのでしょうか。

世の中にはフェイクニュースと呼ばれるものがあります。誰かが悪意を持って話したり,誰かの想像でまるで事実のように書いたり。

私たちはその「フェイク」に振り回されることも多いのかなと思います。もっと言えばそれが「フェイク」かどうかなんて,わかるはずがないですよね。

テレビや新聞やネットで見るものが本当のことなのか,よく吟味して読まないと大変なことになります。本作品は「皇族」が絡んでいるからなおさらだと。

だから,今回の太刀洗万智が真実を知りながらも,自分の懐に隠してしまう気持ちもわかるような気がします。

報道するからには責任と覚悟を持って行ってくれることを望みます。

この作品で考えさせられたこと

● 記者という仕事の過酷さ

● 主人公の信念と覚悟と行動力に感服

● 「王とサーカス」の真の意味について知ることができた

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