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【十字架】重松清|残された者が背負った十字架

十字架

重松清先生の「吉川英治文学賞」受賞作です。

重松先生の作品で過去にブログに上げたのは「流星ワゴン」「とんび」で,どちらも人情だったり,人と人とのつながりなどが描かれ,心にグッと惹かれる作品でした。

今回は「十字架」。十字架という言葉をタイトルにした作品もこれまで多く目にしました。東野圭吾先生の「虚ろな十字架」や,知念実希人先生の「十字架のカルテ」など。

やはりどちらも心にズッシリとくる,重い作品として記憶に残っています。

学校でのイジメが一つのポイントになっているので,教師という仕事をしている僕自身にとっては,とても考えさせられる作品になりました。

裏表紙の概要に「あいつの遺書に,自分の名前が書かれていた」という言葉を目にし,どうしても読みたくて購入した作品です。

こんな方にオススメ

● 本作品が意味する「十字架」とは何かを知りたい

● イジメについて真剣に考えてみたい

● 被害者遺族の気持ちを考えてみたい

作品概要

いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、僕の名前が書かれていた。あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだったのだ。あいつはどんな思いで命を絶ったのだろう。そして、のこされた家族は、僕のことをゆるしてくれるだろうか。のこされた人々の魂の彷徨を描く長編小説。吉川英治文学賞受賞作。
-Booksデータベースより-


主な登場人物

真田裕・・・主人公。藤井の幼馴染。真田は藤井を親友と思っていた

藤井俊介・・イジメを苦に,遺書を遺し自殺してしまう

中川小百合・・藤井が想いを寄せていた女性

本作品 3つのポイント

1⃣ 遺書に書かれていたもの

2⃣ 俊介が憧れた場所

3⃣ 本音をぶつける裕

遺書に書かれていたもの

「あいつは僕のことを親友と呼んでくれた」

これは本作品の冒頭の一文です。僕とは,主人公である真田裕,あいつは藤井俊介のことです。幼馴染の二人はともに同じ中学校に通っており,クラスメイトでもありました。裕と俊介元号が「昭和」から「平成」に変わった年の1989年9月4日,俊介が自殺してしまうのです。そして彼は下記のような「遺書」を書いていました。

真田裕様。親友になってくれてありがとう。ユウちゃんの幸せな人生を祈っています。

三島武大,根本晋也。永遠にゆるさない。呪ってやる。地獄に落ちろ。

中川小百合さん。迷惑をおかけして,ごめんなさい。誕生日おめでとうございます。幸せになってください。

これが俊介が遺した遺書の内容です。どうやら俊介はイジメられていたようなんです。

そのイジメには裕も気づいてはいました。三島と根本は二人で他のクラスメイトもイジメていた時がありました。しかしその矛先が徐々に俊介だけになってきたのです。いじめ裕は内心ホッとしていたようです。自分はイジメられない。つまり彼らのクラスメイトは悪意のある傍観者だったのです。

中川小百合は別のクラスでしたが,藤井がイジメられていることを気にしていました。小百合は裕にそのことを話しますが,はぐらかしているように思いました。自分を守るために。

そして運命の日の9月4日。俊介は普段と変わらず登校し,イジメられていました。

その日の夜,家に帰ってこない俊介を心配して,母親が探し回ります。机の上には先に書いた遺書が。。。

その後,庭の柿の木にぶら下がっている息子を父親が発見したのです。この時の父親の気持ちを想像しただけでも切なくなります。柿の木次の日に臨時の全校集会が開かれ,俊介が亡くなったことが告げられます。そして担任の富岡先生が,クラスメイトに言うのです。

理由はわかっているだろう。謝れ!

先生はいつも言っていたよな。イジメをする奴はクズだ。

それを黙って見ている者も卑怯者だ。

裕からすると,まさか俊介が自分のことを「親友」だと思っているとは思いもしなかったようです。そして俊介が小百合に宅急便で誕生日のプレゼントを送っていたことも。

俊介の葬儀が終わると,マスコミも動き出しました。そこに田原という記者が現れ,クラスメイトはこんなことを言われます。記者

要するに,人を殺した奴と見殺しにした奴らのクラスってことだよなあ

お前らは,一生,人を見殺しにした罪を背負って生きるしかないんだ

大人から子供に浴びせられた皮肉の言葉。これが本作品の「十字架」が意味することなのでしょうか。

自分の名前が書かれているわけですから,裕自身もマスコミから執拗な質問を受けるだろうと思っていました。

でもなぜか,裕はこの件にあまり関わりたくないと思っているようです。やはり親友と思われていることが重荷になっている様子。裕読みながら,もし裕の立場だったら,もし教師の立場だったら,自分はどうするだろうかと考えさせられます。裕と同じように思うのだろうか。

この「親友」という言葉が重くのしかかるのは,俊介の父親がそれを知ってからでした。

「親友だったら,なぜ助けなかった」怒る父親裕が思っていた通り,これを境に父親の矛先が裕に向きます。そしてマスコミも。

「親友だったら。。。」「親友なんだろ?」「親友なら写真持ってるんだろ?」

加害者を責めるのならわかります。でも「親友」であるはずの裕が責められ続けるのです。それに加え,週刊誌にも裕の対応が悪意を持って書かれるのです。

裕の父親は抗議しようとしていました。こうなってしまっては,裕自身もある意味,被害者のように思えます。

俊介が憧れた場所

そんな時,本多という女性記者から裕は連絡を受けます。

「俊介君のお母さんが,あなたと小百合さんにウチに来てほしいって」優しいおばさん本多は,俊介の両親のためではなく,裕と小百合のことを想ってくれているようです。

裕の両親だけではなく,この本多も裕の良き理解者なのかもしれません。

裕は,俊介の家に行くべきか迷っていました。やはり,これまでの記者やマスコミからの追及に怯えているようでした。

実は小百合も何か後ろめたさを感じているようです。どうやら自殺の前日,俊介から小百合に電話がったみたいなんですね。小百合小百合は,俊介が自分のことを好きであることを知って,途中で電話を切ってしまったことを隠していました。

裕と小百合の二人は,俊介の家に行くことにします。俊介の母親は料理を振舞いますが,俊介の弟の健介は,やはり裕に対して「親友なのになぜ助けなかった。。。」と思っているようでした。

二人は俊介の父親に言われ,俊介が亡くなった柿の木の前で線香をあげます。

「二人ともよく来てくれた。本当にありがとう。俊介も喜んでいるけど,一番喜んでいるのは母親だよ」 これはあの父親の言葉です。以前,裕を責めていた時の言葉とは真逆の優しい言葉。

母親は,俊介のことをもっと知ってほしいからこれからも家に来てほしいと二人に伝えます。

息子を亡くした母親にとって,家に二人を呼んだのは,俊介のことを忘れたくない,俊介の存在を感じていたいからなのか。それとも,俊介には大切な友達がいたとずっと思い続けたいからなのだろうか。

月日は流れ,2年生が終わります。終わるということは,俊介がいたクラスは解体するということ。進級それでも記者の田原は裕の元を時々訪れます。あの事件以来,何かしらのネタがないか探しているようにも思いました。

三島や根本も相変わらずか,と聞いてくる田原。実はあの二人以外にも俊介をイジメていた人物がいました。堺と言います。

三島や根本よりも,むしろこの堺の方がたちが悪いということも田原は知っているようです。遺書には堺のことは書かれていないから,週刊誌には「MやNとも親しい同級生」くらいの扱いしかなかったのです。

三島と根本は今度は堺をイジメていました。なぜ遺書に書かれてないのかと。お前の方がよっぽど。。。と。

ある日,図書館で俊介の「図書カード」が出てきます。彼は『世界の旅』という本を借りていました。

図書室アジア編,北米編,アフリカ編などなど。最後に借りたのは「ヨーロッパ編」だったようです。でもなぜか繰り返し何度も何度も借りています。

その中に,ルーズリーフがありました。どうやら俊介が行きたい場所を順番に並べて書いていたようです。

オペラハウス,グレートバリアリーフ,ラスベガス,グランドキャニオン。。。と。

そして最後に書かれていたのが『スクーグスチルコゴーデン』とありました。これ,聞いたことないな。

この場所はスウェーデンにあるようです。『森の墓地』という意味らしいです。

スコーグスシュルコゴーデンとは

スウェーデンのストックホルム南部にある森の墓地の世界遺産です。

日本の墓地とは雰囲気が違い、一歩足を踏み入れるとここが墓地であることを忘れてしまいます。

世界遺産には、ピラミッドやタージマハルをはじめ、古代の古墳など多くのお墓が登録されています。

しかし,スクーグシュルコゴーデンは他とは異なる近代建築の共同墓地です。

-skyticketサイトよりー

森の墓地俊介は何を思ってこの地名を書いたのか。やはり「墓地」ということばが気になります。

裕は勝手に「あいつは最後はここで死にたかったんだよ」と自分で納得させているようでした。

本音をぶつける裕

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そして,とうとう中学の卒業式がやってきます。俊介のいたあのクラスメイトたちはバラバラになるわけです。

粛々と行われていた式中に,ある男性が入ってきます。俊介の父親でした。しかも俊介の遺影を掲げて。もちろん,周囲はザワザワしますが,次第に収まります。俊介の遺影何か「お前たち忘れるなよ!」って言っているようにも思えました。

その日,裕と小百合は俊介の家を訪れます。卒業アルバムを持って。その中には俊介はいないのに。

いつものように優しく出迎える俊介の母親。「よくきてくれたわね」と言い,俊介の遺影に向かって「二人が来てくれたわよ」と。

でも母親以外,つまり俊介の父親,弟の健介は迷惑している様子。健介は密かに「帰ってくれ」と二人に言うのです。

俊介のことで頭が一杯の母親と,その母親を心配する父と健介。息子に対する母親と父親,兄弟では思う気持ちが違うのでしょう。

そして裕たちは高校へ進学し,どんどん月日は流れ,いつの間にか高校を卒業する年になります。

また月日は流れ,裕と小百合は東京の大学へ進学することになりました。

二人は俊介の家を訪ねます。何か年齢を重ね,少しずつ大人になっていく二人を感じます。いつものように俊介の母親は優しく出迎えます。俊介の母親「また,いつでも遊びにきていいのよ」と。

すると,その時でした。小百合が突然泣き出します。そして「ごめんなさい。ごめんなさい」と謝り始めるのです。

そう,彼女が隠していたこと,つまり亡くなる前日に「プレゼントを持っていきたい」と言われ,すぐに断ったことを告白するのです。小百合初めて聞いた事実。父親は何も言わず,健介は「なんだよそれ,何なんだよ。。。」と言うだけ。俊介の母親はあっけにとられ,薄笑いを浮かべていました。小百合を許す言葉もかけずに,ただただ黙ったまま。そして前かがみに倒れてしまうのでした。

ここで健介の本音が出ます。

俺ね,頑張ってたんだよね。もう許さなきゃって。恨んだり,憎んだり,そういうのやめなきゃって

俺,許せると思ってたんだよね。もうだいじょうぶだって思ってたんだよね

俊介の父親,母親も同じ気持ちだったでしょう。これまでずっと葛藤してきたわけです。

しかし,生きるかすかな望みがあったという事実を知り,またあの頃に逆戻りしてしまったようでした。

ところがこれに,裕は怒りをぶつけます。

サユ(小百合)が勝手に遺書に書かれてどんなに苦しんだか,お前にわかるか!

俺が勝手に親友にされて,どれだけ困ったか,お前にはわからないんだよ!

裕は開き直っていました。今まで我慢して,藤井家に気を遣って言わなかったことをぶちまけたのです。怒る裕それから裕は藤井家とは関わらなくなってきました。さらには,付き合っていた小百合とも別れてしまったようです。

記者の田原からも連絡を受けますが,結局俊介の話になるのです。

そして週刊誌の記事も目にします。藤井家のこと,生きていれば今頃どうしていたか,あの命を絶った柿の木のこと。

何か裕たちに「絶対に忘れるな」というまさに『十字架』を背負わせるように。

加害者ではない真田裕。しかし親友として,クラスメイトとして黙って見逃がしていたことが加害者と同等であるということを言っているようでした。十字架被害者遺族の気持ちもわかります。しかし裕は本当にここまで苦しまなければならないのかという疑問も湧きます。

そして,裕は約10年ぶりに母校の中学を訪れます。図書館に入った裕。あの『世界の旅』を手にします。

しかし,思ってもないものが出てきました。あのルーズリーフが残っていたのです。

裕はこの紙を持って出て行きます。「フジシュン(俊介),お前も卒業だ」と。何か思いついたのだろうか。。。

実は裕は高校時代に,俊介との思い出を書き記した日記がありました。日記しかし裕は悩みます。今これを渡すことで,逆に俊介の母親は体を悪くするのではないか。それを裕は健介に託します。

「お母さんが大丈夫そうだったら渡してくれ」と。あのルーズリーフとともに。

その日記を健介は母親に見せます。それはそれは喜びました。自分の知らない「新しい俊介の姿」がそこにはあったわけですから。

そして前日,小百合も藤井家に来てました。婚約した男性とともに。みんなそれぞれ年齢を重ね,成長して俊介と向き合えるようになっていったんですね。

俊介の母親はしばらくして亡くなりました。膵臓癌だったようです。そして,俊介の父親は妻が亡くなった後,俊介が行きたがっていたあの『森の墓地』へ旅するのでした。

飛行機イジメというのはなぜなくならないのでしょうか。

いや,SNSというツールが出てきて,その方法はさらに陰湿になっているような気がします。

親友であると遺書に書かれた主人公の気持ち。中学生だった彼には彼にはあまりにも重すぎる事件だったと思います。

遺書に親友だと書かれたことで,なぜ加害者のような扱いを受けなければならないのか。本当に考えさせられました。

しかし,それ以上に苦しいのは当然被害者遺族であるということはわかります。

特に,母親としては少しでも俊介という息子がどんな生活を送っていたのか,知りたかったのだと思います。

主人公が書きしたためた,俊介との思い出の日記。俊介の母親がどうしても知りたかった学校での我が子の姿。知らない姿。

最後の最後に母親がこの日記を読んだ時の嬉しさ,愛おしさというものは計り知れないものがあったのだろうと思います。

俊介が憧れた場所。そこへ向かった俊介の父親。なぜ俊介はこの地に憧れたのか。

それは大自然の中にある「生」と,墓や十字架という「死」が共存している,当時の俊介の心境がダブっていたからだと想像します。

生きたい,でも苦しさから逃れたいという思い。だからこの地に惹かれた。

そして裕が抱き続けた「十字架」というもの。

十字架を背負うのは加害者だけではなく,時として親しい身近な人物にも及ぶことがあるのだと考えさせられました。

この作品で考えさせられたこと

● イジメに苦しんだ俊介の想い

● 加害者,そして仲が良かった人物が背負った「十字架」の重さ

● やはり,被害者遺族の苦しさが一番重いということ

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