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【凍りのくじら】辻村深月|生きるために必要なことを知る

凍りのくじら

この作品,結構推している方が多いので最近の作品かと思って購入しました。

2005年に発刊。辻村先生がデビューして間もない頃の作品と聞いて驚きました。やはり,辻村ファンは健在なんですね。

本作品でまず興味をひくのは表紙の「くじら」の絵。普段は海の中の暗い場所にいるくじらが,月に照らされている絵です。この意味は最後の最後になってわかります。

そして,辻村先生も敬愛する「藤子・F・不二雄」先生の秘密道具がいくつも登場します。ドラえもんどこでもドア,カワイソメダル,もしもボックス,いやなことヒューズ,どくさいスイッチなどなど。

ストーリーに,少しばかりアクセントを付けてくれる道具たち。本当に藤子ワールドが好きなんだなって思います。

「ドラえもん」が好きな方,そしてストーリーとどうリンクするのかを知りたい方には超オススメです。

こんな方にオススメ

● 「ドラえもん」や「秘密道具」が好きな方

● 生きる希望を与えられたい方

● 本作品での細かい人間模様に興味がある方

作品概要

藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う1人の青年に出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。皆が愛する素敵な“道具”が私たちを照らすとき…
-Booksデータベースより-


主な登場人物

芦沢理帆子・・主人公。ドラえもんを敬愛する女性

別所あきら・・理帆子にカメラのモデルを依頼する

若尾大起・・・理帆子の元カレ

松永純也・・・有名なプロのピアニスト

松永郁也・・・純也の息子ではあるが,血はつながっていない

本作品 3つのポイント

1⃣ 理帆子と「ドラえもん」

2⃣ 理帆子と郁也の出会い

3⃣ 理帆子は郁也を救えるか

理帆子と「ドラえもん」

白く凍った海の中を沈んでいくくじらを見たことがあるだろうか

本作品はこの文章で始まります。これは何を意味するのかを考えながら読むことになります。

主人公は芦沢理帆子という女性で,二十五歳のフォトグラファーで「芦沢光」という名前で活動していました。女性フォトグラファーある男性を撮影し『アクティング・エリア』という専門誌で大賞を受賞したようです。これがプロローグ。そしてここからは理帆子の学生時代に遡っていくのです。

理帆子は父親も大好きだった藤子・F・不二雄のことを尊敬していました。未来からやってきたドラえもんは,のび太にいろいろな道具を使わせます。まさに「SF」の世界なんですけど,藤子先生はSFという言葉をこう解釈しているようです。

ぼくにとって「SF」は、サイエンス・フィクションではなくて「少し不思議な物語」のSF(すこし・ふ)なのです』

理帆子は多くの人たちと出会い,接しますが,このSFという言葉をもじって,別の名前を付けます。例えば「少し・不思議」とか「少し・不在」とか。

場面は理帆子の学生生活に移ります。彼女は歳がひとつ上の別所あきらという人物に声をかけられます。別所は,理帆子に写真のモデルになってほしいことを伝えられます。別所一度は依頼を断った理帆子でしたが、その後も別所は昼休みや放課後になると理帆子のクラスにやって来ます。

ただ気になったのは,他の学年の男子が訪ねても,クラスメイトたちは彼に全く反応しないんですね。ちょっと違和感ありました。

次に現れるのは,理帆子がかつて付き合っていた若尾大起でした。後になったらわかりますけど,この若尾は本当にイライラします。若尾若尾は弁護士を目指していて司法試験へ向け勉強していましたが,口ばかりで努力をしているようには決して見えない。いつも何かを言い訳に行動しない人間に映りました。それでいてロマンティストなんですよね。

あぁ,でも何か昔の僕自身を見ているようにも思えました。周りはイライラしてたのかなぁ,とか,いつか何とかなるだろう,とか。

別れを切り出したのは若尾です。弁護士の勉強,つまり司法試験の勉強が忙しいと。ホントなの? って感じです。

ただ,一度付き合ったというだけで,時々理帆子と会うんですよね。もちろん理帆子にとっては別れられたから未練はあるのかもしれないですけど,若尾って自己中に映ります。何か都合がいい関係って感じです。困る理帆子理帆子もさっさと切ればいいんでしょうけど,何か若尾に対して「カワイソメダル」が付いているかのように接するのです。

カワイソメダルとは

ドラえもんの道具の一つ。これを身につけた人や動物を周りの人が見ると、誰でも可哀想だと思って何かしてあげたくなる。

カワイソメダル

※ ドラえもん 秘密道具図鑑サイト(やすだしょうや様)より引用

ま,とにかく,理帆子は若尾にうまく言いくるめられている感じなんです。

理帆子の友人であるカオリは,若尾と縁を切るように言います。

「あいつはやめといた方がいい」

うんうん,確かにやめといた方がいい。僕自身もアドバイスしたい。

ただ,理帆子のことを気遣う周囲の友人とは違って,理帆子だけは自分のことを客観視できていないようです。恋は盲目だからなのか,単純に未練があるからなのか。

若尾から連絡がくれば返すし,会うと言われれば会うんですね。この辺りはおそらく読者としては,理帆子に対して「はがゆさ」を感じるのではないでしょうか。

理帆子と郁也の出会い

その昔,理帆子の父は,ある日突然失踪してしまってました。父とは海に連れて行ってもらったり,いろいろな良い思い出を持っているようです。

海に連れて行ってもらうしかし,なぜ彼は失踪してしまったのか。理帆子にとっては闇の部分でした。

父は写真家として活躍していた「芦沢光」でした。あれ? この名前,冒頭でもありましたよね?

理帆子の母親は癌に侵され,入院していました。リンパや他の臓器にも転移し,余命2年を宣告されています。

ある日,入院中の母に,父親がかつて撮った写真を使って「写真集を作りたい」という出版社の人間が現れます。

理帆子はこれに反対します。ところが理帆子の母親はこれを強引に了承しするんですね。入院中でそこまで動けないのに,写真の選定や構成も母親自らやると言うのです。何か意図があるのでしょうか。理帆子の母親そしてまた別所が現れます。さらに母と理帆子の面倒を見てくれている松永という男もいます。彼は父の友人であり,有名なピアニストでもありました。

理帆子の周囲の家族といい,友人といい,みんな理帆子のことを考えているようでした。若尾以外は。そして二週間と経たないうちに理帆子は若尾と再会します。

ただ,今回はまるで別人のように変わり果ててしまっていました。派手なアクセサリを着け,化粧かなにかしてるんでしょうか。「かわいそう」を通り越して,何かしらの危うさを感じる人間になっています。

理帆子は唖然としますが、若尾はそのことに気づく感じもなく,いつもどおりです。若尾は「少し・腐敗」と言ったところでしょうか。

ある日、理帆子は学校を早退して自宅とは反対方向の電車に乗り込みました。すると同じ車両に小学生くらいの少年が乗ってきます。郁也という名前でした。郁也彼は隣の車両に移ってしまいますが、そこにはなぜか別所も乗ってきます。二人は知り合いのようです。理帆子は気になって、電車を降りた二人の後を追いますが,見失ってしまいました。

ウロウロしている間,ようやくさっきの少年を見つけます。そして、近くには六十代くらいの家政婦らしき女性がいます。別所も理帆子に気が付いたようです。

別所は本気で写真家を目指しているようで、どうしても流氷が見たいと言います。何年も前に,くじらの親子が氷の下に閉じ込められて死んでしまったというニュースが彼にとって忘れられないようなんですね。くじら郁也という少年は松永の息子でした。ただ郁也は私生児でした。つまり松永とは血が繋がっていない。

かつて,本当の母親が離婚をしてしまったショックで,郁也はしゃべることができなくなっていました。いろいろなことを知り,考え,理帆子はようやく写真のモデルをすることを決めます。

ある日、理帆子は自宅に友達の美也を招きます。理帆子の自宅に宅配便が届きます。差出人は若尾でした。しかも中身は大量のお菓子。

これを理帆子が喜ぶと思って送ったのであれば,若尾は本当に危ない人間と思いました。美也は,実は若尾はストーカーの気質があるのではと疑います。ただ理帆子はまだ半信半疑でした。この辺りが「情」なんでしょうかね。

後日,別所にも若尾のことを相談します。すると別所は「脈絡のなさを舐めない方が良い」と忠告します。忠告そうなんですよね。違和感や単なる思い付きだけで行動する人間って,ちょっと危ないと思ってしまいます。それが若尾です。それだけに今の理帆子はやっぱり「はがゆさ」を感じます。そして若尾の怖さも。

別所のことを良く知るという、郁也の自宅の家政婦は多恵と言いました。彼女は別所から理帆子のことを聞いていて、とてもよくしてくれます。

多恵は郁也の誕生日会をするということで,理帆子を誘って,多恵と郁也が住むマンションに向かいます。理帆子はしばらくしてから「テレビを見ていいか」と多恵にたずねます。理帆子が見たかったのはあの『ドラえもん』でした。

そして見終わると、今度は郁也がピアノを弾き始めます。理帆子も聞きほれるほどの腕前だったようです。きっとプロのピアニストである松永から指導を受けていたのでしょう。ピアノどんなことがあっても,辛いことがあっても,ピアノだけはやめてはいけない。厳しい環境で育った郁也を見ながら,理帆子は何か郁也に対して惹かれるものがあったようでした。

しかしある日,とんでもないことが起こってしまうのでした。

理帆子は郁也を救えるか

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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若尾はとうとう美也に対して危害を加えてしまいました。あの時,早く突き放していればこんなことにはならなかった。ん~,やっぱりか。。。って感じです。

さらに理帆子に悪いことが重なります。母の容態が急変してしまうのです。二年前に余命を宣告され,とうとう来るべきときがきたようです。理帆子の母親は亡くなってしまいます。

母親の遺品を整理する理帆子。その中に母が残した父の写真集がありました。そうでした。理帆子の母親は出版社からの依頼を受けていたんでしたね。それは理帆子の父親、そして理帆子へのたくさんの愛情で埋め尽くされた写真集でした。写真集あまり良い関係ではないこともあった理帆子と母親との関係ですが,やっぱり母親と言うのは夫や自分の子供のことを第一に考えていたんですね。

そんな思い出にふけっている時でした。理帆子も知らない番号から電話が来るのです。それはまたしもあの若尾でした。そして衝撃だったのは,理帆子が大切にしていた郁也を誘拐したようなんです。なぜ郁也を。。。

理帆子は慌てます。逆に若尾は自分のやってしまったことを反省したのか,理帆子の気を引きたかったのか,デパートの二階から飛び降ります。やはり,脈絡のなさを感じます。

しかし,すでに理帆子はそんな若尾のことよりも,郁也のことで頭がいっぱいでした。一体どこへ連れ去られたのか。しかし理帆子には何か心当たりがあるようです。

若尾は「郁也と星を見に行った」という言葉を聞き、理帆子が昔、若尾と星を見に行った山に郁也がいるはずだと確信します。山に付いた理帆子は必死で郁也を探します。どこにいるのか。

郁也の無事を祈りながら山にあるゴミ捨て場に向かいます。そこには冷蔵庫があり、中には何と郁也が閉じ込められていました。今にも死んでしまいそうな郁也。必死で郁也を救おうとします。冷蔵庫理帆子は郁也を背負い,急ぎます。そこにやってきたのが懐中電灯を持っていた別所でした。そしてようやく山の麓に着くと、パトカーの赤いランプが見えました。助けはもうすぐそこです。

しかしそこで別所は歩みを止めると『テキオー灯』と言って懐中電灯を理帆子の顔に当てます。

テキオー灯とは

ドラえもんの秘密道具の一つ。あらゆる環境に人体を適応させる光線銃です。地球以外の星にも人類が住めるように開発されました。

これの光線を浴びると、どんな環境の星でも地球上と変わりなく活動できるようになります。

テキオー灯

※ ドラえもん 秘密道具図鑑サイト(やすだしょうや様)より引用

別所は悲しみの滲んだ声で言うのです。「自分も妻と理帆子のことを愛している」と。懐中電灯を残して姿を消してしまいました。えっ? ということは別所という人物は。。。

別所あきらとは、理帆子の父親のだったのです。父は婿養子で旧姓を別所といい、光と書いて『あきら』と読むのでした。

ずっと「ひかり」だとばかり思ってました。完全に騙されましたね。ということは,別所は理帆子の幻覚か何か?

驚きを隠せない理帆子でしたけど,父の深い愛情を受けていたことを感じるんですね。そのタイミングで,郁也が初めて喋ります。郁也いや彼は喋れないのではなく、別所から言われて喋らなかったのでした。この後の理帆子の言葉が印象的でした。

痛かったら泣いて,苦しかったら助けてって言っちゃえばいいんだよ。

きっと誰かがどうにか,力を貸してくれる。

もう嫌だって,逃げちゃえばいいんだよ。

理帆子は郁也を愛おしく思うのでした。郁也の母なのか,姉なのか,それとも恋人なのか。

そしてエピローグ。月日が経って,理帆子の写真展のシーンへ飛びます。そこには堂々と理帆子と話す郁也の姿がありました。まるで恋人同士のように。郁也と理帆子理帆子は「二代目 芦沢光」として活動し、郁也はピアニストとして活動していました。理帆子はよく「あなたの描く光はどうしてそんなに強く美しいのでしょう」と。

暗い海の底や,遥か空の彼方の宇宙を照らす必要があるから。

そこにいる人々を照らし,息ができるようにする。

それを見た人間に,生きていくための居場所を与える。

かつて,郁也を助けようと苦しんでいた理帆子に,父親が灯りを照らしたように。

本作品を読み終わって,僕自身が苦しんだ頃を思い出しました。いや,実は今も正直苦しんでます。こんな時,「昔はどうだったかなぁ」って思います。

小学生時代は自由奔放に行動しすぎて,イジメられたこともありました。それでも僕と一緒にいてくれた友人I君には本当に感謝しています。

中学時代,高校時代,大学時代と,自分の思うがままに,時には自己中心的に行動していたように思います。ひょっとしたら「脈絡のない行動」をしていたかもしれません。

そして社会人。これまで多くのことを深く考えず,他人の気持ちもあまり考えずに行動してきた結果,相当苦しみました。本当に自分は甘かったなと。

でも,理不尽なことを言ってくる人もいました。そういう人は永久に忘れないでしょう。それでも手を差し伸べてくれた人もたくさんいました。光を当ててくれた人がたくさんいました。人を助ける苦しい時に声を上げないと,自分が自分でなくなってしまいます。精神疾患にまでなってしまった僕から言わせてもらうと,思っていることは絶対に言った方がいい。病気になってしまってからでは復活するまでには相当時間がかかります。

いろんなところで「人は一人じゃない」って言うけど,それが本当ならみんな苦労はしてない。人は孤独になる時もあるし,孤独を好む人もいるのだろうと思います。

いずれにしても,僕自身は「生きている」ということに感謝するようにしています。
世の中には苦しみ,苦悩し,もう生きたくないと考えている人もいる。

それに比べて,まだ自分はマシな方だと思うのです。

この作品で考えさせられたこと

● 理帆子が周囲の人々から少しずつ影響を受け,大人になっていく姿

● 途中で登場するドラえもんの道具がとても懐かしい

● 生きていくために必要なもの,必要なことを考えさせられました

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