池井戸先生の作品をほぼ読み尽くした僕としては,本作品が文庫本として発売されるのを待ち望んでいました。約3年越し。
やっぱり,売れる作家さんの作品というのは,文庫本になるのが時間がかかるようです。
読みながら思い出したのはラグビーワールドカップ2019。2015年に南アフリカを破った伝説の試合以上に興奮したのを覚えています。
日本で開催された本大会で,日本代表が強豪をどんどん倒していく姿には誇りを感じました。
ひょっとしたら,サッカーワールドカップで日本が優勝するよりも早く頂点に立つかもしれませんね。
本作品は,企業経営の話の中で,ラグビー部の存続,そして日本ラグビーを発展させようとする君嶋という社員が中心に描かれています。 あまりの面白さ,最後の最後に大どんでん返しでスッキリする池井戸作品は健在で,もう一気読みしてしまいました。
間違いなくオススメの一冊です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 企業買収問題
3.2 アストロズ存続のために
3.3 トキワ自動車とアストロズの結末
4. この作品で学べたこと
● ラグビーに詳しい方,興味がある方
● 企業経営に興味がある方
● チームの経営に興味がある方
大手自動車メーカー・トキワ自動車のエリート社員だった君嶋隼人。とある大型案件に異を唱えた結果、横浜工場の総務部長に左遷させられ、同社ラグビー部アストロズのゼネラルマネージャーを兼務することに。
かつて強豪として鳴らしたアストロズも、いまは成績不振に喘ぎ、鳴かず飛ばず。巨額の赤字を垂れ流していた。アストロズを再生せよ――。ラグビーに関して何の知識も経験もない、ズブの素人である君嶋が、お荷物社会人ラグビーの再建に挑む。2019年、TBS日曜劇場で日本中を熱狂させたドラマ原作、待望の文庫化!
-Booksデータベースより-
君嶋隼人・・・主人公。トキワ自動車,経営戦略室在籍
滝川佳一郎・・常務取締役。君嶋のライバル。
脇坂桂一郎・・経営戦略室で君嶋の上司だったが。。。
柴門琢磨・・・トキワ自動車ラグビー部の監督に就任
1⃣ 企業買収問題
2⃣ アストロズ存続のために
3⃣ トキワ自動車とアストロズの結末
トキワ自動車の経営戦略室の君嶋は,多くのM&A案件に携わっていました。
ある時,大きな買収案件が君嶋の元にやってきます。カザマ商事買収案件です。
カザマ商事は工業用オイルメーカーで,自動車や工業機械などの燃料を供給する企業です。
この案件を持ってきたのが君嶋の上司にあたり,常務取締役の滝川でした。
君嶋はこの滝川のことを「天敵」と感じているようでした。これまで数々の案件で対決して,君嶋は滝川に敗北してきたのでしょう。
カザマ商事を買収できれば,トキワ自動車にとっては燃料を安くで仕入れ,コスト削減にも繋がると考えていたんですね。
しかし,君嶋は反対します。買収金額が1000億円という途方もない金額。
カザマ商事の供給した燃料で事故が起こったのではないかという噂もあったからでした。
そんな企業を買収するにはリスクが高すぎると判断したんですね。君嶋は勢いよく滝川に反対します。
「まあまあ落ち着け」というのが君嶋の直属の上司である脇坂でした。彼は君嶋を後方から援護する味方のようです。
結局,買収の話は持ち越しとなりました。ところがここで思わぬ展開が待っていました。
君嶋がトキワ自動車横浜工場の工場長へ異動になったのです。いわゆる左遷です。「滝沢の仕業か」そんな声が聞こえてきそうでした。
これまで企業経営に携わってきた君嶋にとって,たとえ工場長だとしても全く畑違いのように映ります。
しかし君嶋は異動を受け入れるのでした。
工場長の仕事には意外なものがありました。トキワ自動車のラグビー部である「アストロズ」のゼネラルマネージャーも兼任するというのです。
経営を任された君嶋は,今度はアストロズのチームマネジメントをしなければならないわけです。
監督,コーチ,マネージャー,そして選手たちを束ねるということについて,全くの素人なわけですから,君嶋も途方に暮れているようでした。それでも君嶋は覚悟を決め,アストロズのために活動することを誓うのです。
アストロズは,日本のプラチナリーグに所属していました。戦績は芳しくないようです。
しかもリーグに加盟するためには,「日本蹴球会」に対して毎年16億円が必要になるのです。16億! トキワ自動車の予算編成では毎年懸念事項として挙がる内容でした。
観客の平均が2000人~3000人。チケットが数千円だとしても全く利益が上がる仕組みではないのです。
つまり毎年「赤字」のお荷物チームだったというわけです。
君嶋は愕然とします。彼は経営のプロですから,このアストロズはいつなくなってもおかしくないと考えているようでした。
君嶋が考えていたのは次の2つです。
1つは,常勝集団にするための監督を招聘すること。
もう1つは地域密着型のチームを作り上げること。
この2つに同時に着手します。まず監督招聘については,候補が2人上がっていました。しかし2人と話をしながら何かしら疑問を感じているようです。
「この人選で優勝を狙えるチームが作れるのか」と。
実は君嶋にはラグビーをやっていた同級生がいました。それが柴門という人物です。
彼は大学チャンピオンの城南大学ラグビー部の監督でした。
しかし優勝するチームを作った功績があるにも関わらず,上層部から辞めさせられるのです。
これが絶妙のタイミングで君嶋の耳に入り,君嶋は柴門と卒業以来,会うことになります。
君嶋は誠意を持って柴門を説得し,とうとうアストロズ監督に就任するのです。もう1つの地域密着戦略。
アストロズの選手たちは,積極的にボランティア活動を行ったり,子供たちにラグビーを教えたり,試合に足を運んでもらえるように精力的に動きます。
それを継続した成果が徐々に出始めます。試合の観客動員が増えてきたのです。
特にアストロズのホームゲームには満員になるくらいの観客がやってきてくれました。
君嶋の戦略が少しずつではありますが,成果が出てくるのです。まさに敏腕ゼネラルマネージャーのようでした。
一年目は惜しいところで総合優勝を逃してしまいましたが,2年間で優勝できるチームを作り上げることを宣言していた柴門監督にとっては計画通りのようです。
「優勝するチームと優勝争いをするチームには大きな差がある」
柴門監督の言葉が身に沁みます。
果たして,勝負の2年目にアストロズは優勝できるのか。
そして,カザマ商事の買収の件はどうなるのか。
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カザマ商事が扱っていた「バンカーオイル」にはやはり不具合がありました。
君嶋はある船の座礁事故の原因につながっていたということを突き止めます。
しかし,なぜトキワ自動車にはそのことが伝わっていないのか。誰かがこの事実を隠蔽し,カザマ商事買収計画を立てたことになります。
「やはり滝沢の仕業か?」
実は,このバンカーオイル事故の調査が,ある大学の教授によって行われていました。その教授とある人物が繋がっていたのです。
それがあの「脇坂」でした。君嶋の元上司です。しかも,君嶋の左遷に絡んでいたのもこの脇坂だったのです。信頼していた脇坂に裏切られた君嶋。ここから君嶋の「倍返し」が始まります。
ところで,ラグビーのプラチナリーグは2年目を迎えていました。常勝集団に変貌を遂げ,とうとうアストロズはとうとう最後の敵を相手にします。
最大のライバル,サイクロンズです。
実は,君嶋はここでも奮闘していました。アストロズが解散するという噂で,チームを移籍する人物も出てきていたのです。
君嶋の「絶対にアストロズは解散させない」という言葉や,柴門の懸命の指導の元,アストロズはむしろ結束を固めたように思えました。最後の試合,アストロズは大きくリードされるも,最後の最後に挽回します。これも柴門の計画通りの采配でした。
そして「ノーサイド」。アストロズは君嶋ゼネラルマネージャー,柴門監督就任2年目で日本一となったのでした。
場面は取締役会に移ります。実は最大の敵は元上司の脇坂だったわけですが,脇坂は最後の議題でアストロズの解散を迫ります。
チームの前で「解散はさせない!」と宣言した君嶋は必死に抵抗します。
これまでの実績,地域密着による取り組みが評価され,脇坂以外の取締役は「アストロズ存続」に動きます。
完全に孤立無援の脇坂に君嶋が襲い掛かります。
カザマ商事の買収撤回です。トキワ自動車に隠蔽し,同級生だった風間社長とグルになった脇坂を糾弾するのです。
完全に全方位から攻撃を食らう脇坂には,君嶋に対抗することはできませんでした。実は,かつて天敵だと思っていた滝川は,アストロズを解散しようとしているようにも思えましたが,違ったんですね。
思えば滝川の権限があれば,いつでもアストロズを解散できたはずなんです。
ライバルどころか,君嶋にとっては心強い味方だったんですね。
「日本蹴球会」の体質も改善されました。これも君嶋の力です。それまで会長をしていた人物を退任に追い込み,新しい地域密着型のリーグとして生まれ変わることになるのです。
君嶋の勇気と決断力には本当に感動しました。
現在,ラグビーは2022年から「リーグワン」としての船出を迎えました。
企業名を冠にしたチーム名から,地域に密着した新しいリーグです。
1993年に発足したサッカーJリーグと同様のイメージかもしれません。
確かに,サッカーはJリーグが生まれ,確実に強くなりました。あの構想がなければ現在のような発展はなかったでしょう。
今ではJリーグから世界の強豪リーグへ移籍するのが普通になりました。当時からすると想像できないことです。
変化を嫌う人たちというのは,現在の仕組みをあまり変えたくないというのもあるし,既存の利益を享受したいというのもあるかもしれません。
でもどこかで変えなければ,世界の強豪リーグと同様に発展していかないのかなって思います。本作品は,まるで池井戸先生がラグビー再編のアイデアを提供したかのようなものだったように思います。
小説ではありますが,こんな影響力のある作品というのはあまり読んだことはありません。
池井戸先生の作品は,いつも最後は大逆転の気持ちのいい終わり方なので大好きです。
● 企業買収に私利私欲が絡めば,企業本体に大ダメージがくることがある
● 現在のラグビーのプロ化に大きく貢献した作品だったのではないか
● 最後の最後の大どんでん返しの気持ちよさ