「本書は6つの章で構成されていますが,読む順番は自由です」
これまで何度となく短編集を読んできましたが,こんな趣向の作品は初めてでした。
巻頭にそれぞれの短編の冒頭部分が書いてあり,それを読んで読む順番を読者自身が決める。そしてそのページに飛んで,それぞれのストーリーを読む。
つまり,6×5×4×3×2×1=720通りの読み方があるということが売りの作品です。僕自身は最初から順番に読もうと思ったんですけど,結局はちょっと変則的に読んでみました。
短編集って二種類あって,一つは全く繋がりがないパターンの作品。そしてもう一つは微妙に繋がりを見せる作品。後者でないと成立しない作品であることがわかります。
個人的には,読む順番を変えることで物語の捉え方にどんな変化が起こるのか。
いろんな読者に聞いてみたいですし,未読の方には是非オススメの一冊です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 6つの短編の概要
3.2 各短編の結末とは
3.3 各短編に対する考察
4. この作品で学べたこと
● 読む順番を読者に選ばせるという趣向の短編集を読んでみたい
● 全ての短編の読了後に何を感じるかを楽しみたい方
● それぞれの短編の微妙な繋がりにあっと言わされたい
読む順番で、世界が変わる。
全6章、あなた自身がつくる720通りの物語。
「本書は6つの章で構成されていますが、読む順番は自由です。はじめに、それぞれの章の冒頭部分だけが書かれています。読みたいと思う章を選び、そのページに移動してください。物語のかたちは、6×5×4×3×2×1=720通り。読者の皆様に、自分だけの物語を体験していただければ幸いです。/著者より」未知の読書体験を約束する、前代未聞の一冊! この物語をつくるのは、あなたです。
すべての始まりは何だったのか。
結末はいったいどこにあるのか。
「魔法の鼻を持つ犬」とともに教え子の秘密を探る理科教師。
「死んでくれない?」鳥がしゃべった言葉の謎を解く高校生。
定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。
殺した恋人の遺体を消し去ってくれた、正体不明の侵入者。
ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護師。
殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。
道尾秀介が「一冊の本」の概念を変える。
-Booksデータベースより-
1⃣ 6つの短編の概要
2⃣ 各短編の結末
3⃣ 各短編に対する考察
名のない毒液と花
江添正見と吉岡精一はコンビを組んで,いなくなったペットを探す「ペット探偵・江添&吉岡」を作ります。ここに吉岡利香という,教師であり,また精一の妻である女性が登場します。依頼のあった「ブラッドハウンド」を探すために,目玉島という無人島に行くことにします。
利香はここである少年が逃げていくのを発見します。彼は一体何をしていたのかがポイント。
落ちない魔球と鳥
ここではある兄弟が登場します。兄の名前は小湊英雄。そして主人公は弟の普哉といいました。兄の英雄は名前の通り野球では優秀で,マイナーな高校をもう少しで甲子園というところまで勝ち上がらせた,まさに英雄でしたが,弟の自分はそうではないことにコンプレックスを感じているようでした。
普哉には親しい人物がいました。釣りを日課にしている男性。ある日,彼の近くで「死んでくれない」という声が聞こえます。釣りの男性ではなさそうなんですが。。。一体,何者だったのか。
笑わない少女の死
十歳の少女が路傍で亡くなった,という書き出し。しかもその犯人を主人公は知っていて,それを誰にも話さずに死んでいくだろうと言う。謎の始まり方。。。
場面は変わって,主人公はかつては英語教師をしていて,年老いていることがわかります。彼は定年退職し,アイルランドの首都タブリンに旅行に来ていました。そして「物乞い」をしている少女に出会います。彼女はここでお金を受け取って生活しているのか。
興味が湧く主人公の男性(老人)だが,ここから思ってもない展開になっていきます。
飛べない雄蜂の嘘
主人公の女性は,かつて「ルリシジミ」という蝶を追いかけている途中,割れたガラスを踏んでしまい,大ケガしたことがありました。そんなことを思い出しながら,現実に戻ります。
「お前もう死んでくれ」こんな恐ろしい言葉が飛び出します。どうやらある女性が田坂という男から言われたようです。田坂から暴力を受けていたこの女性。ある日,一人の男性が飛び込んできます。
女性を助けたかったのか。この男性は田坂を羽交い絞めにします。その瞬間,女性は包丁を思わず握り,とうとう田坂を刺してしまいます。男性はなぜかこの女性に感謝します。「俺,この男を殺しに来たんです」と。
一体,この男性,何者なのか。殺害したかった動機は何だったのか。
消えない硝子の星
主人公は男性。彼は18歳で日本から海外に出て働いていました。そして10年後,また日本へ戻ってくるところでした。海外ではオリアナという少女が描いた,母親ホリーの寝顔の絵を見ながら過去を懐かしんでいる様子。ホリーがかつて言った「人は死ぬと,魂が蝶になって飛んでいくと言われている」ということを教えてもらいます。
ん? これって,ひょっとしてあの短編と繋がっているのか? そして主人公の男性も意外な人物であることがわかります。一体,誰なのか。
眠らない刑事と犬
ある日,夫婦が殺害されるという事件が発生します。その事件を捜査している一人の刑事。彼はその家に住んでいた犬を探していました。刑事はある男を付けていました。その男は何かをじっと見つめています。何かを探しているようでもありました。
どうやら高枝鋏をつかって鳥を捕まえようとしているようです。刑事が見つめる先にいる男。この男は何者だったでしょうか。
各短編の結末
※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!
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名のない毒液と花
無人島にゴムボートで来ていた少年は飯沼知真(かずま)で,利香の教え子でもあります。無人島のあるエリアをスコップか何かで掘り返した跡がありました。
彼は小さい頃に母親を,若い二人組のバイクに撥ねられて,亡くしています。
ここで「ドクニンジン」という植物が登場します。
ドクニンジンとは
セリ科の植物で,夏になると小花をたくさんつけます。全草に、コニイン、コンヒドリン、N-メチルコニインやγ-コニセインなどの毒性の強いアルカロイドを含み、はじめは中枢神経興奮作用を示しますが、後に抑制し、運動神経抹消を麻痺させついには呼吸筋が麻痺して死に至る毒物です。
「ソクラテスの血」とも言われ,かのソクラテスの死刑が確定した後の最期に飲んだとされるものでもあります。
-山科植物資料館サイトより-
彼はこの毒を使って,二人組に近づき,母親の復讐をしようとしていたのでしょうか。
ところで,江添と吉岡の二人は探していた仔犬を発見していました。江添がパイプチェアを投げた時,仔犬が走り出します。そしてそれを追って精一も。そこへ車が走ってきて,轢かれてしまいます。それは犬だったのか,精一だったのか。
その後,利香の口座に毎月お金が振り込まれます。江添からです。ということは轢かれたのは精一?
ただ,江添は時々一緒に精一と仕事をしているようです。これがちょっと謎なんですよね。一体どういうことなのか,と思いながら話は終わってしまいます。
これがどこかの短編で真相がわかるのだろうか。。。
落ちない魔球と鳥
「死んでくれない?」という声を出していたのは,どうやら人ではなく鳥だったようです。オウムでもなく,インコにしては大きく,灰色の大きめの鳥です。そして釣りをしていた男性の名前は「ニシキモ」と言いました。なるほど,ここでも繋がるんですね。
ところで,先ほど恐ろしい言葉を話していた鳥。実はある家で飼われていました。その鳥の種類はオウムではなく「ヨウム」という種類のものでした。
ヨウムとは
セキセイインコと同じオウム目インコ科に分類される鳥です。オウムの仲間は体の特徴によってオウム科とインコ科のふたつに分けられ、冠羽という頭部の飾りがあるものがオウム科、冠羽のないものがインコ科となります。
―動物救急センターサイトより―
飼っていたのは千奈海(ちなみ)という女性で,ヨウムの名前は「りく」と言いました。なぜ「死んでくれない?」と言うのか。普哉は疑問に思っていましたが,一時期連れて帰ることになりました。
そこで「死んでくれない?」を連発するのです。そして気づきます。これは飼い主が鏡に向かって同じことをヨウムに繰り返し言っていたからでした。つまり千奈海が言っていたのです。彼女は両親ともうまくいかず,友達もできずに絶望していました。だからこの世からいなっくなりたかったんですね。「りく」を逃がしたのも千奈海だったのです。
そしてこの話をしている時,普哉は意外なことを言います。実は兄の英雄は亡くなっていました。自殺だったようです。その原因がSNSにありました。英雄はフォークの投げすぎで肘を痛めます。代わりに投げたのが英雄の先輩だったんですが,結局負けてしまったんです。つまり,その負けの濡れ衣を着せられたのが英雄でした。残された者の気持ちがわかる普哉だからこそ,千奈海に「死んだらダメだ」と言うのです。
そんな二人をニシキモが海へ連れ出します。すごいものが見れるかもしれない,と。そして思ってもない光景を目にします。空から海に差す5つの光。それが合わさって花びらのような綺麗な光景でした。
笑わない少女の死
少女には病弱の母親がいました。どうやら病院に入院しているようです。スケッチブックには絵が描かれていました。気になったのは母親の近くにいる看護師がいたという表現。これ,後で読んだ短編にそれが誰なのかというヒントが出てきます。
彼女は毎日母親の元を訪れていました。老人は元英語教師でありながら,拙い英語で少女と会話しようとします。少女は言います。母親はベッドに横になりながら,机の上を指さしていたと。少女は「アイソーアホリブル。。。」と言います。老人は「I saw a horrible」,少女が何か恐ろしいものを見たと解釈します。そして少女はそれを箱に入れたと言います。老人はそれを見たいと言いますが,少女は拒否します。しかし隙をついて,老人は箱を開けます。そこには折りたたまれた四角いデッシュペーパーがありました。
その日以来,老人は少女を見なくなりましたが,理由がありました。彼女はすでに亡くなっていたのです。しかも老人が箱を開けたあの日。彼女は箱の中に蝶を入れていました。しかしその蝶がいなくなって取り乱し,車に轢かれてしまったのです。
老人は少女の死に,あろうことか自分自身が関わっていたことを知ったのです。
飛べない雄蜂の嘘
突然やってきた男性は「錦茂」と名乗りました。殺害した田坂の遺体を海に沈め,隠蔽するのです。女性は過去の出来事を思い出します。ちょうど田坂と出会った時のことでした。それが殺害にまで至るなんて,思ってもなかったでしょうね。
女性の方も,手伝ってくれた男性の「動機」が気になりますが,なかなか教えてくれません。その代わり,昔,「薄明光線」を見た話をします。彼はそれを「天使の梯子」と呼んでいました。
薄明光線とは
太陽が雲に隠れているとき、雲の切れ間や端から光が漏れ、光線の光が放射状に地上へ降り注いで見える現象。エンジェルラダー(天使の梯子)とも言います。
-小笠原観光局サイトより-
外ではパトカーがサイレンを流して走っている様子。とうとう警察が動き出したのか。住んでいるアパートの近くに刑事が現れますが,まだ真相には至ってないようです。
ところがテレビである男性が逮捕されます。錦茂でした。彼には窃盗の前科があったようです。女性は母親から意外なことを聞きます。それは錦茂とは,幼い頃に会っていたことを。そして彼の母親は,酔っ払いの父親に殺害されてしまっていたことを。
ということは,錦茂の父親が田坂? 動機はそこにあったんですね。
消えない硝子の星
「わたしは死んだら『ホリーの青』になると思う」と言うホリー。「Holly Blue」という言葉,どこかで聞いたような。。。
男性はホリーから,この蝶が「ルリシジミ」であると「チエ」という女性から教えてもらったことを伝えます。しかもその男性の名は「カズマ」と言います。そうか,彼は「知真」だったのか。
しかも彼が10年間いた場所はタブリンだったのです。ホリーのターミナルケアを担当していました。
ターミナルケアとは
病気で余命がわずかになった方に対して行う、医療・看護的、介護的ケアのことです。
残りの余命を少しでも心穏やかに過ごせるように痛みや不安、ストレスを緩和し、患者様のQOL(自分らしい生活の質)を保つことを目的としています。
―京都大原記念病院サイトより―
オリアナは,ホリーが良くなるように「幸運のお守り」を探すことにします。それは「シーグラス」でした。
シーグラスとは
ビーチグラスとも言います。時として『人魚の涙』『浜辺の宝石』とも呼ばれるガラス片の事です。海岸や湖の湖畔などで見つかる事が多く、波に揉まれ角が取れて曇りガラスの様な状態になった物です。
―天然シーグラス専門店 A-GLASSサイトより―
その中でも「ウラン硝子」を見つけたいと考えているようです。カズマはオリアナとともに海岸へ行き,シーグラスを探すことにします。
しかし長い時間探してもなかなか見つからない。海岸を往復して戻っている際中にオリアナが見つけます。二人で喜び合いますが,実はここには仕掛けがありました。
実は海岸を歩いていた途中でカズマがウラン硝子をわざと落としていたのです。すぐに亡くなるはずだったホリーは2ヶ月も生きることができました。
そんなことを思い出しながら,カズマは日本へ戻ってくるのでした。オリアナが叔母のステラと幸せに暮らしてくれることを願いながら。
眠らない刑事と犬
刑事が後をつけていた男の名前は江添正見と言いました。なるほど,この話も繋がっていたんですね。「ペット探偵・江添&吉岡」の江添でした。彼のペット発見実績は90%を超えていました。江添が彼が捕まえようとしていたのは鳥でしたが,この鳥は持ち主の家に自分で帰っていきました。がっかりしている様子の江添。
それを見ていた刑事は声をかけます。どうやら「詐欺罪」で江添を見張っていたようです。江添は,依頼の動物が,わざと見つからないふりをして追加料金を増やし,期限ギリギリになって見つかったと偽って多額の金を手に入れたと思われているようでした。しかしそれは誤解でした。ここで江添と話すようになった刑事は事件に関係しているあの「犬」を一緒に探すことになります。
刑事は起こった殺人事件の際に逃げた犬のことは,刑事の息子である啓介を疑っていました。息子の腕にまかれた包帯。探しているのは「ブッツァーティ」という犬種です。江添はこの犬を探すのにとても苦労していました。そこで「精一に頼むか」と言います。ところが精一とは江添が飼っていたあの「ブラッドハウンド」でした。ということは,あの時,車に轢かれたのは本物の精一だったのか。。。
そしてとうとうブッツァーティを見つけました。ただすでに死んでいました。殺害したのは亡くなった夫婦の息子でした。息子の啓介ではありませんでした。啓介は刑事である父親から疑われていることを敏感に察知していました。
刑事は息子に謝ります。元々複雑な関係だったこの親子。最後は息子も父親を許したように思えました。
各章の考察と作者の構成力
正直,今回のブログをどんなふうに編集しようかと迷いました。これまでにない構成の短編だったし,どんな順番で書けばよいか,とても難しかったです。
読了した思ったのは,読む順番は本当にどこからでもよく,その順番によっては捉え方も変わってくるのだろうなって思いました。
僕自身の場合,読んだ順番は
① 名のない毒液と花
② 笑わない少女の死
③ 飛べない雄蜂の嘘
④ 消えない硝子の星
⑤ 眠らない刑事と犬
⑥ 落ちない魔球と鳥
でした。ブログにまとめて改めて思ったのは,理想的な順番というのもあるのではないかなということです。
どの話も,どれかの話と微妙に,あるいは密接に繋がっていて,その話の理解度もかなり変わってくると感じました。時系列がどうなっているのかは読んでみないとわからないのでそれは運次第ということでしょうか。
全体を通して見れば,繋がっている部分に辿り着いた時「あぁ,なるほど」と思えたりして面白かったです。
でも人生にも,このようなことたくさんあるんじゃないかとも思いました。
例えば職場の同僚の同期が,自分の同級生だったりだとか,友人が従兄の知り合いだったりとか。「世間は狭いよね」って言うことがよくあります。
また,あの時こんな事件があったけど,ずっと後になって「実はそうだったのかぁ」って,その真相に気づいてしまったり。
この短編をランダムに読むことと,僕自身だけではなく多くの人にとっての人生って,実は似ているんじゃないか。それぞれの出来事って,こんな微妙な繋がりでできているのではないかと改めて考えさせられるのです。
小説としては革新的な試みだったと思いますし,生きているうちに起こる偶然って,きっと本作品のような感じなんじゃないかと思うのです。
読んでみて,本当に楽しかったです!
● それぞれの短編の繋がりに「あっ」と言わされました
● 本作品における作者の構成力に感服しました。
● 人生って,きっといろいろな出来事の微妙な繋がりでできているのではないか