ほんたブログ
専門知識を学ぶ

【ファラオの密室】白川尚史|古代エジプト時代のミステリー

書店に行くたびに気になっていた『ファラオの密室』

古代エジプトのある女性の微笑みが描かれている、気になる作品でした。

作品の帯には、あの考古学者の吉村作治さんのコメントがあり、そして巻末には吉村さんの「解説」もあります。古代エジプト文明は、人間が初めて「死」と向き合った文明だそうです。

そして後述するアクエンアテン王の時代という、世間ではあまり触れられない時代をベースに描かれていることにも、吉村さんは絶賛しています。

一体、主人公はなぜ冥界へ行かなければならなかったのか。現世と冥界という、相反する世界の中で、人々がどんな暮らしをし、何を信仰していたのか。

多くの参考文献を読んで本作品を描いた作者の白川尚史先生のすごさを感じます。東京大学工学部を卒業し、AIの基になった「機械学習」を学んでいたという経歴からは想像できない作品です。

こんな方にオススメ

● 古代エジプト時代をベースにした作品を読んでみたい

● 本作品でのミステリーと事件の真相を知りたい

作品概要

第22回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作、文庫化です! 紀元前1300年代後半、古代エジプト。死んでミイラにされた神官のセティは、心臓に欠けがあるため冥界の審判を受けることができない。欠けた心臓を取り戻すために地上に舞い戻ったが、期限は3日。セティは、自分が死んだ事件を捜査しながら、密室状態のピラミッドから消失した先王のミイラの真相を追う!
Booksデータベースより-



👉Audibleを体験してみよう!

主な登場人物

セティ・・主人公。自分の死の真相を探ろうとする

タレク・・・セティの幼馴染で親友。人間をミイラ化させる技術を持つ

カリ・・・他国からエジプトに連れてこられた奴隷の少女

ジェド・・・セティの死に関わっている男

メイラア・・・神官長。セティの死に関わっている

本作品 3つのポイント

1⃣ 古代エジプトでの事件

2⃣ 真相を追及する主人公

3⃣ 事件の真相とは

古代エジプトでの事件

紀元前14世紀、古代エジプト第18王朝末期の話です。

宗教改革を推し進めた先王アクエンアテンの死後、その名は歴史から抹消され、アテン神を再び崇める旧体制が復活しつつありました。

新しい王はトゥトアンクアテン王です。

そんな激動の時代に、主人公で若き上級神官書記のセティは、王墓の事故で命を落としてしまいます。自分が亡くなった経緯がわからないセティの魂は冥界に行きます。そして「死者の審判」に臨むのです。

しかし、真実と正義の女神マアトは、セティの心臓に「欠け」があると告げます。エジプトの死生観において、死者の心臓はその人間の生前の行動を象徴するものです。

つまり、セティの心臓が欠けた状態ではでは審判を受けられないというのです。その理由を知るには、現世に戻って、欠けてしまった理由とその欠けた心臓を取り戻さねばならないのです。

こうしてセティは、死者でありながら、わずか三日間だけ肉体に戻され、現実の世界へと舞い戻っていくのでした。

しかし、彼の肉体は死後ミイラ化されていたため、セティは生者としてではなく「蘇ったミイラ」として行動を始めます。

ちょっと非現実的ではありますが、この時点でセティがどうなっていくのかということで、読者は話に深く入り込むと思います。

セティが亡くなった時にミイラ化の処置を施したのは、ミイラ職人のタレク。彼はセティのの幼馴染でした。セティはタレクの力を借り、まずセティの死因と事故の状況を洗い直そうとします。

二人は、まずセティの死の原因である「王墓の事故」について再調査を始めます。調査によると、セティが亡くなった理由は「岩盤崩落による事故死」とされていました。しかしセティは直感的に「これは事故ではない」と感じていました。自分は誰かに殺されたのではないかと。

しかし、調査を始めた彼らの前に、もう一つの不可解な事件が起こっていました。封鎖された王墓の中から、先王であるアクエンアテンのミイラが忽然と姿を消していたのです。出入り口には封印が施されており、完全な密室状態だったはず。

誰が、何の目的で、どうやってミイラを持ち去ったのか。

これは国家的な大事件となり、神殿の神官たちも動揺を隠せない。セティは自分の死とミイラ消失事件が密接に関係していることを直感するのです。

真相を追及するセティ

セティは、自分の死の原因の「岩石落下事件」の時に、ジェド、アシェラがいたことを突き止めます。特にジェドは、話している内容自体に嘘もまぎれているようで、ちょっと信用ならない人物です。

ムトエフはジェドに尋問を開始します。その直前、セティはジェドに直接話しかけます。ジェドに向けて、セティは王墓の密室死に関する状況証拠や物的証拠を用いて「ジェドが自分を殺したのでは?」と詰め寄ります。

さらにセティは、ジェドが自分の心臓に触れていたのではないかと問い詰めるのです。

「そもそもだ。殺しはさておき、俺がなぜ死体の心臓を盗まなきゃならない。どうせ盗むなら、ほかにもっといいものがあるだろうが」

これが「語るに落ちた」瞬間でした。セティは「心臓を盗む」などとは一言も言っていないのです。セティは、ジェドをムトエフという警察隊長に引き渡します。そこでジェドは、さらなる告白を行います:

「俺にお前の暗殺を依頼したのは、我らが神官長、メリラア様だ」と。

これにより、事態はさらに深いことがわかります。それはセティ暗殺が個人的犯行ではなく、神殿内部の宗教・政治的構造の中で仕組まれた陰謀だということなのです。

自分の上司でもあるメリラアが、なぜ他の人間ではなく自分の命を狙っていたのか。これが本作品の大きなポイントとなります。

セティにはたった3日間という猶予しかありません。心臓の欠けを取り戻し冥界への審判を受けるために、自身の死の真相と王のミイラ失踪を並行して解明しなければならないのです。

セティは、親友のタレクだけでなく、奴隷の少女であるカリという協力者も現れ、真相を突き止めようとしていきます。

少しずつ真相がわかり始めていく中、読者はこんな思考に陥るのではないでしょうか。

「本作品の表紙の女性は、一体誰なのか」

そう、女性なんです。王(ファラオ)のことなのか、それとも協力者であるカリという少女なのか。。。

セティは限られた時間をフル活用して証拠を収集しようと試みます。そして次第に怨恨・陰謀・宗教改革に絡む複数の勢力間の動きをさらに紐解いていくのです。

一体、セティの運命はどうなってしまうのか。

セティの死の真相

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

👈クリックするとネタバレ表示

当時、異端の神アテンを崇拝し、唯一神信仰を強行した先王アクエンアテンは、多くの敵を生み出していました。

死後もその存在を危険視された先王の遺体は、密かに別の場所に移されていたのです。
ではどうやって、天井にある小さな空気孔しかない「密室」から、先王のミイラを取り出したのか。

セティはその事実を知ったことで、何者かに命を狙われたのです。本来であれば、地下を通してミイラの取り出す予定が、岩盤が崩れたことによりできなくなってしまいました。取り出す方法がないと思われていましたが、この後にある「トリック」を用いてミイラを消失されたことが明かされます。

そのトリックは実際に読んでほしいと思いますが、そのトリックの片棒をセティの親友タレクも担がされていたことがわかります。

そして、何より衝撃だったのは、岩盤落下時に「誰がセティを刺したのか」という事実です。この部分を読んだときに初めて本作品の表紙の意味を理解するのです。

セティは人生の中で、友と出会い、国の重要な役割を担いつつも、一人の人間として苦悩していたことがあったんですね。事件の重要な部分にも、自分自身が関与していたのです。

それは本作品の核心部分です。「なるほど」と思いました。

セティは、真実と愛と正義の間で揺れ動きながらも、自らの信念を貫きました。彼が残した記憶と行動は、後に生きる者たちにとっての「光」となり、混迷の時代に小さな希望をもたらしたのです。

セティは全ての記憶と自分がこれまでついていた「嘘」を明らかにした上で、審判に臨みます。心臓の「欠け」は修復され、女神マアトの許しを得ることに成功します。

さらに、国家的な危機をはらんだ宗教改革と暗殺劇の全貌が世に知らされ、セティが残した行動は後世に小さな希望を灯すものとなります。

本作品を読みながらとても考えさせられた文がいくつかありました。それはセティが、自分の父親であるイセシとの会話です。イセシはセティを育てる上で、多くのことを学ぶように仕向けました。

セティはイセシから褒められたことはほとんどなく、ただただ国の役に立つ人間になるために、必死で勉強しました。そして神官書記という役割を与えられるのです。

ただ、セティは「イセシの家系に泥を塗った」と告白するシーンがあるんですけど、それに対するイセシの言葉は意味深でした。

それはイセシがセティの親として「自分の人生を生きる」という、何より大切なことを教えられなかったと言います。イセシが、セティの子ども時代を奪ってしまったと。

つまり「こうしなければならない」という論理でセティの人生を決めてしまったこと。さらに、セティの人生は彼のものであり、親のものではないということを話すシーンです。

これには私も考えさせられました。自分の人生は親から決められたものなのか。そして自分の子どもたちは、私自身が決めてしまってはいなかったか。

時々「勉強しなさい」と言ったり、学校や塾の成績に対して注意したりしていたことを思い出しました。そんな少しのことではありますが、自分の言いたいことも言えずに、決められた人生を送らせてしまっていないか。

私の心を突き刺す言葉が、この作品には書かれているのです。

ただの古きエジプト時代の話ではない。人生に対する考え方というのは、今も昔も変わらないのだなと考えさせられるのです。

自分の人生をもう一度見直すきっかけになった作品でした。

是非、読んでみてください!

この作品で考えさせられたこと

● 古代エジプトにミステリーを織り交ぜた作品のすごさ

● 人生や社会的役割というのは、今も昔も不変であるということ

● 表紙の女性が一体誰なのかを知ることができた

こちらの記事もおすすめ