書店で「幸せな家族」というタイトルを見て,何かほのぼのした作品なのかなと思ってました。通り過ぎる前に裏表紙の概要を見て「これはミステリー作品なのか」と即購入。幸せだったはずの家族には,実はいろいろな人間模様があり,家族が一人ひとり亡くなっていってしまうという意外な作品でした。
作者の鈴木悦夫先生の名前を初めて知りました。それもそのはず,鈴木先生は早稲田大学在学中から児童文学の創作に励んでいたらしいのです。これまでどんな作品に関わってこられたのかをネットで調べてもなかなか載ってないのです。本当に謎のお方。。。
本作品も文庫本として刊行されたのは2023年ですけど,原作は1989年に既に発刊されているのです。それを時代を超えて再刊行されたという異例な作品。
それにしても,これまで読んだことのないミステリー。古い作品だからと思って読みましたが,この作品はその古さを感じさせないもので,一気読みしました。
是非,読んでみてほしいと思います!
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 次々と家族を襲う事件
3.2 唄になぞらえた殺人?
3.3 本作品の考察
4. この作品で学べたこと
● 幸せな家族を襲った悲劇が何かを知りたい
● 家族というものについて改めて考えてみたい
● 事件に関わった意外な人物のことを知りたい
「これからつぶやくひとふしは とても悲しい物語……」
保険会社のコマーシャル・キャンペーン《幸せな家族》のモデルに選ばれた中道家。しかし撮影はなかなか進まず、やがて不気味な唄の歌詞にあわせたかのように、次々と家族が死んでゆく――刊行以来、全国各地の少年少女に衝撃を与えてきた伝説のジュヴナイル・ミステリ長篇、奇跡の復刊。-Booksデータベースより-
中道省一・・・主人公。中道家の次男(小六)。彼の視点での話
中道勇一郎・・省一の父親で写真家
中道由美子・・勇一郎の妻
中道一美・・・中道家の長女。省一の姉(高二)
中道行一・・・中道家の長男。省一の兄(中二)
1⃣ 次々と家族を襲う事件
2⃣ 唄になぞらえた殺人?
3⃣ 本作品の考察
プロローグから衝撃の事実。それは「僕は一人ぽっちになった」という言葉。中道家でこの一年間に次々に事件が起こり,「僕」こと,中道省一だけで生き残ってしまったということです。「幸せな家族」というタイトルからは想像つかなかった始まりに驚きました。
一体,中道家に何が起こっていたのかというのは、これから語られるのです。
きっかけは『幸せな家族』ということで一つの家族が取材対象になりました。それが中道家です。やってきたのは,西浦,森山,谷口,秋山という取材クルー。泊まり込みでこの中道家を撮ることになったのです。中道家,取材グループはともに生活を始めるわけです。
ところがいきなり事件が起きます。省一の父親の勇一郎が亡くなってしまったのです。徹夜で仕事のために自分のスタジオにいたはずの勇一郎。亡くなっているのを見つけたのはスタッフの森山でした。勇一郎の傍には,赤いカッターが落ちていました。これで何者かが殺害したのか?
このカッターはスタッフの秋山のものでした。もちろん秋山が第一に疑われます。それは,亡くなった前日,秋山は勇一郎を言い合いをしていたようなんですね。警察はこの秋山を第一容疑者として連行しました。これで取材は中止になるかと思いきや,なぜか取材グループは中道家にいることになるのです。
ん~,この状況で,外部の人間たちが引き続き家に留まるのだろうか。ちょっと違和感を感じます。あの唄になぞらえて殺人が起こっているのでは? という話も出てきます。これは家族も,そして取材グループの面々も知っているようでした。
そういえば,本作品のサブタイトルも<そしてその頃はやった唄>という風になっている。
この唄って,一体どんなものなのでしょう?
ここで警察から事情聴取を受け終わっり中道家に戻ってきた秋山は,中道家の長女である一美と付き合っていたのではないかという話が出てきました。それを知っていた勇一郎が秋山と言い合いになったのか。そうなってくると,秋山に殺意がなかったとは言い切れない。でもそのくらいで殺意を抱くものなのかという考えも湧くのです。
そうこうしているうちに,次の事件が起こってしまいます。ある日,中道家はスタッフたちと一緒にバーベキューパーティーをすることになりました。そこで兄の行一は串に肉を刺す役をしており,省一は鍋でじゃがいもを煮ていました。この行一,何か省一のことをあまりよく思っていない気がするんですよね。何か兄としての変なプライドを持っているというか,省一のことを子供扱いしているような態度を取ってるんです。
それに対し,省一も兄に対してはあまり良い印象を持っていない様子でした。そして事件が起こります。省一が煮ていたじゃがいもの熱い鍋を,行一がひっくり返し,大やけどを負ってしまったのです。行一は病院へ運ばれますが,二日後に亡くなってしまったのです。
これは事故なのか。それとも何者かが仕組んだものなのか?
読者はここで「これから誰が亡くなるのだろうか」と想像すると思います。それはやはりプロローグで省一が語っていたように「家族が次々と亡くなり,一人ぽっちになってしまった」というセリフを思い出すからです。
勇一郎と行一が次々亡くなり,ある人物に異変が起こります。それは母親の由美子でした。
どうやら精神的におかしい状態になってしまったようです。それはそうですよね。夫と息子を失った境遇はあまりにも辛い。
事件が世間に公になり,インタビューを受ける母親。いろいろなことが頭をよぎり,徐々に由美子の体をむしばんでいくようでした。彼女はとうとう精神科へ行くことになり「心の病気」と診断されてしまいます。今で言うところの「うつ病」でしょうか。
現在は心療内科という言葉が主流になっていますから,1989年の作品という古い作品であることを改めて思うわけです。とにかく,由美子の様子がおかしいことに,一美や省一も敏感に感じ取っているようでした。学校へ行くのを我慢し,二人は母親の近くにいることにします。
ある日,取材グループの一人,西浦が「勇一郎には莫大な遺産があった」ことを話します。
かつてから勇一郎と交流のあった西浦は勇一郎の弁護士からそのことを聞いていたようです。「遺産がらみの事件?」かと思いましたが,それだとなぜ行一が亡くなったのか。遺産分配の話に繋がっていくのか。それにしても,なぜ取材グループの誰にも事件は起こらないのか。本当に不思議。そこに何か裏があるのかと疑ってしまいます。
ここで <その頃はやった唄> が登場します。
子どもは父を憎んでた。働きもんは邪魔になる
そこで子どもは風の晩,こっそりナイフをとぎました。。。(以降,省略)
えっ? 子ども? 本当に唄になぞらえているのか,それともこの唄は別の解釈があるのか,フェイクなのか。。。確か、由美子も唄を口ずさんでいた場面もありました。やはりこの唄が大きなテーマだというのが間違いなさそうです。
そんな時にとうとう事件が起こってしまいます。省一の母親の由美子が亡くなってしまったのです。次々と家族を襲う悲劇。一体,これらはすべて事故なのか。それともあの「唄」のように,何者かが唄になぞらえて犯行に及んだのか。
ここから先は実際に本作品を読んでほしいと思います。
今回の一連の事件の真相は,僕自身はある程度予想はしていました。でも読みながら怪しい人物がたくさん登場するので,それを想像しながら読む面白さもありました。読まれた方の中には,最後は意外だったと思う方もいるかもしれません。
幸せな家族。幸せそうな中道家。本当にどこにでもいる家族のようだった家族。世の中にはもっと酷い家庭ってたくさんあって,例えばDVだったり,虐待,育児放棄など,これまで読んだ小説でも描かれていました。そしてそれが殺意に発展したり,復讐という形で事件が起こったり。やはりそこには何か大きなきっかけがありました。
では,なぜこの中道家に事件が起こってしまったのか。
ほんの少しのきっかけが,家族という集合体を崩壊してしまったところが,人生何が起こるかわからないなと改めて思いました。本書の「あとがき」にもありましたが,中道家では事件がどんどん起こってしまいました。でも突き詰めていけば,そこには思いやりだったり,血の繋がった家族にしかわからないものがあったと思います。
何がトリガーになってしまうのかわからない。それが必然なのか,それとも偶然なのか。
どんな家庭にも起こりうる作品だったように思います。
読まれていない方は,是非読んでみて,単純にミステリーという枠組みの中で楽しまれてもよいですし,改めて家族の在り方について考えてみるのもいいのではないかと思います。
● 一家を襲った事件の真相に驚いた
● 人生というのは,一歩間違えればとんでもない方向へ行ってしまう
● 家族の絆について,改めて考えさせられた