何か話題の作品はないかと書店を巡っていたら「本格ミステリ大賞作品」という帯が付いている作品を発見し,即購入しました。相変わらず,大賞作品やドラマ化作品には目がないのだなとつくづく思います。
作者は鳥飼否宇先生。実は先生の名前は初めて知りましたし,もちろん作品も初めて読みました。死刑囚でいっぱいの監獄が舞台。この監獄の中でのミステリーという,他ではなかなか読めない作品でした。短編集になっており,それぞれ意外な結末が待っています。
鳥飼先生自身は九州大学理学部で生物学を学んでいたようで,過去には奄美野鳥の会の会長,日本鳥学会,日本鳥類標識会員など,一見小説とは関係ないような経歴の持ち主です。
しかし,横溝正史ミステリ大賞も受賞するなど,これまでにも数々の推理小説を描いているようです。
また,あの「相棒」のノベライズ作品もSeason1からずっと描かれているようで,本当に幅広い活躍をされている方なんだなと思いました。
そんな鳥飼先生の渾身の一作を,是非よんでみてください!
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 6つの短編の概要
3.2 各短編の結末とは
3.3 本作品の考察
4. この作品で学べたこと
● 監獄の中でのミステリー小説を読んでみたい
● 「相棒」をノベライズしている作家の作品を読んでみたい
● 最後の大どんでん返しを堪能してみたい
死刑執行前夜、密室状態にあった別々の独房で、二人の囚人はなぜ斬殺されたのか――。世界各国から集められた死刑囚を収容する特殊な監獄に収監された青年アランは、そこでシュルツ老人と出合う。明晰な頭脳を持つシュルツの助手となって、アランは監獄内で起きる不可思議な事件の数々に係わっていく。終末監獄を舞台に奇想と逆説が横溢する、渾身の本格ミステリ連作集。第16回本格ミステリ大賞受賞作。
-Booksデータベースより-
1⃣ 6つの短編の概要
2⃣ 各短編の結末とは
3⃣ 本作品の考察
魔王シャヴォ・ドルヤマンの密室
アゼルバイジャン出身のシャヴォは,いろいろなものを「無から物質化する」という魔術(手品?)を得意としており,ゴッドハンドと呼ばれていました。しかも魔術を披露する際に,ズボンを下ろして行うという特異なものです。かつて日本にも超魔術と言って,ハンドパワーという言葉が流行ったのを思い出しました。
ある日,シャヴォはアラブの王族の前でその魔術を披露することになりました。合図とともに裸になったシャヴォに対し,周囲は驚きます。何者かが空砲をシャンデリアへ向かって発砲したと同時に,シャヴォは王子の喉元にナイフを突きつけました。
これが「国家転覆罪」となってしまい,監獄へ入ってしまうのです。そして死刑が間近に迫ったある日,シャヴォが何者かに殺害されてしまったのです。
一体,彼の身に何が起こったのか?
英雄チェン・ウェイツの失踪
シュルツ老は「かつて一人だけ,脱獄に成功した人物がいる」という話をアランにします。その名はチェン・ウェイツという中国出身の男でした。シュルツ老は,チェンが中国に戻らず,近くにいると推理します。もし中国に戻ったとしても,そこではさらに恐ろしい刑が待っていると考えたからです。
それに,空港などの監視カメラを調査してもらっても,チェンの姿はどこにもありませんでした。実はチェンは,満月の夜に脱獄したというのです。それにしても,満月だと目立つのになぜこの日を選んだのかが疑問です。
一体,チェンはどうやって脱獄に成功したのでしょうか。
監察官ジェマイヤ・カーレッドの韜晦(とうかい)
監察官のカーレッドは,あと数日で退官することになっていました。アドマイヤという男が彼に訴えます。ムバラクという囚人がいて,彼には男色の気があり,よく脅されてされるがままということを。確かにムバラクには多くの人々を爆弾で殺害するという大罪を犯した人物でした。
他の囚人もムバラクを恐れているようです。囚人なのでいろいろな罪を犯しているわけですが,こういう男性ばかりの場所も恐ろしいなと思います。監察官としてカーレッドは,他の囚人の意見を聞き入れ,ムバラクに注意をするのでした。
ところがある日,カーレッドが何者かに殺害されたようです。その凶器にはムバラクの指紋がありました。あと数日で退官ということで自殺とは考えにくい。
一体,カーレッドの身に何が起こってしまったのでしょうか。
墓守ラクバ・ギャルボの誉れ
死刑囚の刑が執行され,最終的には宗教に応じて火葬なのか,土葬なのかが決まります。ここでは土葬が多いらしく,その亡骸を墓に埋め,監視している「墓守」という仕事もあるようです。ギャルボという墓守がいて,彼が埋葬された遺体を掘り返し,人肉を喰らうという噂が立っていました。ちょっと想像しただけで恐ろしいですけど。。。
ある日,ソトホールという死刑囚の刑が執行され,土葬されました。彼は首に金でできた十字架のネックレスがあったはずなのですが,掘り返したそれにはネックレスはかかっていませんでした。これをギャルボが盗んだという噂が立ちました。
一体,この十字架はどこへ行ってしまったのか。
女囚マリア・スコフィールドの懐胎
女囚人の中に,マリアという女性がいました。タイトルにもあるように,彼女はなぜかこの獄中で妊娠してしまったのです。囚人の建物は男性と女性にしっかり分かれており,女性の獄中の関係者も全て女性です。だから通常であれば妊娠などするはずがないのです。人工授精,体外受精などの可能性も考えましたが,それも不可能であると否定されました。
実はマリアは,アランの幼馴染でした。アランのことが好きだったマリアは,アランが死刑囚となったことで,自分も死刑囚になるために大罪を犯したのでした。昔話をする二人。そしてマリアの妊娠した子の父親はアランであると言うのです。一体これはどういうことなのか。そして次の瞬間,アランは何者かに頭を打たれてしまいます。
アランはどうなってしまうのか。そしてマリアの妊娠の真実とはなにか。
確定囚アラン・イシダの真実
とうとうアランは死刑執行されることが決まってしまいました。アランは昔のことを思い出します。まずは母親であるマーガレット・イシダのことでした。彼女は生物学の研究員で,シングルマザーでした。だから実父を知りません。
マーガレットはレンロットという男性と再婚します。同じ感染症研究所に勤めていました。実父のことを知りたいアランの元に,一通の手紙を見つけます。それは母親であるマーガレットに宛てたもので,差出人が「T」と書かれていました。どうやら父親は「TSウィルス」という,狂犬病と同じくらいに致死率を持つウィルスに感染した可能性があることを伝えているようでした。そしてこのウィルスを元に,ワクチンを作り出し,接種を行うように告げていました。
ということは,マーガレットも感染している可能性がある? そしてアランも?
一体,この話の結末はどうなってしまうのか。
各短編の結末とは
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魔王シャヴォ・ドルヤマンの密室
独房の中で亡くなっていたシャヴォ。凶器もない。一体,誰がどうやってシャヴォを殺害したのかが焦点です。シュルツはアランを連れて独房を調べ,推理しようと試みます。当初は牢番のアラームという男が犯人ではないかと疑いました。確かに牢番なんで鍵を持ってますし,殺害後に閉めれば密室が完成しますから。
シャヴォはかつて戦争に参加しており,そこで大怪我をしていました。足を脱臼しており,満足に歩けない状況なのです。実はこれが今回の大きなポイントでした。彼は大罪を犯し,思い悩んでいました。死刑執行前夜,彼はナイフで自分自身の脚を刺します。失血死でした。では凶器は?
彼は自分の脚の中に凶器を隠したのです。これが凶器が見つかれない理由でした。
英雄チェン・ウェイツの失踪
監獄の周辺には脱獄をする者が出ないように監視している人物がいました。ダルウィーシュという男です。しかも彼は監視人の中でも特に屈強で巨体の人物でした。わざわざその日を選んで脱獄を計画するのだろうか。
実はチェンには考えがありました。満月を選んだのは,チェン自身の姿にダルウィーシュが気づくようにするためです。監視台から下を覗き込んだダルウィーシュに,チェンは革のバンドを首に巻き付けます。そして,二人の体重差を利用し,チェンは監視台へ上り,そのまま脱獄したというわけです。つまり物理法則を生かした犯罪でした。
監察官ジェマイヤ・カーレッドの韜晦
まず韜晦という初めて聞く言葉。「自分の行動などを知られないようにすること」とあります。これが何を意味するのかというのを考えながら読むわけです。
先に書いたように,犯人は凶悪な犯罪や男色の気があるムバラクなのか。ムバラクは何者かに後頭部を打たれて気絶したと訴えているようです。一体誰が攻撃したのか。
そして気が付くとそこにはカーレッドの遺体もあったのです。どうやらムバラクの言っていることは本当のようです。外には牢番のラシードがいたため,このラシードも怪しいですが,真実は違いました。
実は,カーレッドは自殺だったのです。自分で腹を切り,生きている間に凶器に気絶しているムバラクの指紋を付ける。カーレッドは,獄卒の違法行為を裁くことで,最後まで監察官としてあり続けたのでした。
墓守ラクバ・ギャルボの誉れ
金の十字架は亡くなる前のソトホールが飲み込んだのではないかという話が出てきました。それをギャルボが掘り返し,遺体を切り刻んで取り出したのではないか。他の囚人たちはそう思い込んでいました。
シュルツ老は,生前のソトホールに面会に来ていた人物を調査します。そこには何とギャルボの名前がありました。何のために面会しにきていたのか。しかし,とうとうギャルボの死刑執行の日がやってきます。彼は何も語ろうとしません。ギャルボを疑っていたオリベイラが煙草をギャルボに投げつけます。するとギャルボが持っていた砂時計に引火し,爆発を起こします。砂時計の中身は火薬だったようです。
ギャルボはチベット出身で,ソトホールの遺体を「鳥葬」するように説得していたのです。ハゲワシの餌にするために,ギャルボは遺体を切り刻んでいたのです。金の十字架も,刑執行の間際に,ソトホール自ら教会の神父に渡していたのでした。
女囚マリア・スコフィールドの懐胎
後頭部を打たれたアランは医務室で目覚めました。大事には至らなかったようですが,意外な事実が判明します。アランは7ヶ月もの間,昏睡状態だったというのです。
シュルツ老は真実を伝えます。実はアランは「種馬」に利用されたというのです。アランが後頭部を打たれた時,マリアは妊娠していたはずでしたが,それは「嘘」でした。気絶したアランから精子を奪うための工作だったのです。その精子を今度こそマリアは自分の体内に埋め込み,ここで本当に妊娠したのでした。全てはアランの子を産みたいがために行った罠だったのです。
マリアはすでに死刑執行が行われていました。その前日にマリアの子は未熟児として産まれました。現在は保育器の中で育っているようです。アランの子が無事だったのはよかったですが,マリアを失ったアランは何とも言えない気持ちになるのでした。
確定囚アラン・イシダの真実
手紙の真実を知った養父のレンロットは,マーガレットに詰め寄ります。レンロットも感染している可能性がありますから,彼は取り乱し,マーガレットに襲い掛かります。マーガレットはレンロットに殺害されますが,それを見ていたアランはレンロットを後ろから打ち付けたのです。この罪でアランは死刑囚となったのです。
そしてアランの死刑執行の日がやってきました。実はアランはかつて見つけた手紙の便せんが,獄中のものと類似していることに気づきます。ん? ということはどういうこと? アランの父親は獄中にいるのか。
ここでアランは真実を暴露します。いつもそばにいたシュルツ老こそ,自分の父親であると見抜いたのです。データベースでシュルツの本名が判明します。トリスタン・シュルツ。なるほど,あの「TS」というのは彼のイニシャルだったんですね。
しかし,アランの死刑執行までの時間は残されていませんでした。
各章の考察と作者の構成力
最後の短編の結末がどうなってしまうのかは,本作品を是非読んでほしいと思います。
今回は監獄の中でのミステリーの短編集でした。どの話も意外な展開だらけで,僕自身も推理しながら読みましたが,全て交わされてしまいました。さすがこれまで多くの賞を受賞し,あの「相棒」のノベライズ化も行っている作者らしい展開でした。まさに「本格ミステリー」と言える作品でした。
監獄の中にいる死刑囚のこともよくわかりました。死刑囚と言いながらもそれぞれ役割があり,人によっては同じ死刑囚を監視するものもいるし,リーダー的役割を担っている人もいる。
死刑というのがあまりに重すぎて,その刑自体を少なくすることもある。国によっては廃止した国もある。しかし,逆に大罪を犯す犯罪者が増えてしまうこともあるのだなって思いました。やはり国々によって,それぞれ価値観や法律,考え方が異なるということでしょう。
そして宗教的な違いも大きいのだなと思います。日本では火葬することがほとんどですが,世界には土葬,そして鳥葬する国もある。
私たちは普段目にすることができない世界というものが,本作品で知ることができました。本当に世界は広いし,考え方も人それぞれ。知らない世界を,ミステリー小説を通して知ることができたことは僕自身にとっても大きなことだったかなって思いました。
● 6つの短編それぞれをとても楽しめた
● 獄中のミステリーを読むという初めての体験ができた
● 監獄には監獄のルール,役割などがあり,一つの社会を形成している