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【60 誤判対策室】石川智健|誤判対策室の使命とは

60 誤判対策室

「60 tとfの境界線」を改題して「60 誤判対策室」という名前で発刊された作品です。

TRUEとFALSEの境界線ということだと思います。真か偽か,有罪か無罪か。誤判発売当時,本作品がWOWOWでドラマ化されるという「帯」が目に入って思わず購入しました。ドラマはまだ観てませんが。。。

「冤罪」を扱う小説がとても多いことに驚かされることがあります。

この問題というのは,司法に問題があるとは限らず,真実を導き出すことができないことにあるのではないかと思うこともあります。

特に裁判員制度が始まってますが,私たち一般市民はどうしても心証で物事を判断してしまうことがあるのではないかと思います。

そういう状況下で,この「誤判対策室」ができたのであれば意味があると思います。。

実はこの部署,設立されたのには意外な理由があったのでした。

こんな方にオススメ

● 「誤判対策室」のメンバーが冤罪を阻止できるかを知りたい

● 「60」という数字に関係する短編で構成された作品を読んでみたい

● 死刑執行を阻止できるのかを知りたい

作品概要

老刑事・有馬と、女性検察官・春名、若手弁護士・世良の三名は、誤判対策室に配属された。無罪を訴える死刑囚を再調査し、冤罪の可能性を探る組織だ。飲み屋の女将から二人組の客が殺人の犯行を仄めかしていたことを聞いた有馬は、冤罪事件を疑い、母子を殺害した罪で古内という男の死刑が確定していることを突き止める。誤判対策室は調査を開始するが、古内の死刑執行が迫る!※『60 tとfの境界線』を改題したものです。
-Booksデータベースより-




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主な登場人物

有馬英治・・警視庁捜査一課から誤判対策室へ出向

世良章一・・・誤判対策室に在籍する弁護士

春名美鈴・・・検察庁から誤判対策室へ出向した検察官

本作品 3つのポイント

1⃣ 誤判対策室のメンバー

2⃣ 古内の執行を阻止できるか

3⃣ 死刑執行

誤判対策室のメンバー

元警視庁捜査一課の刑事だった有馬英治は,法律事務所の弁護士の世良章一と,検察庁から出向した女性検察官の春名美鈴とともに誤判対策室に配属となってしまいます。この誤判対策室,どうやら「冤罪」を捜査する機関のようです。実在する場所かはわかりません。

裁判員裁判において,死刑が確定した人物が「自分は無実である」と訴えていることを受けて再調査します。

つまり「冤罪」の可能性を探ることを大きな任務とする機関なのです。

「冤罪」というものが後を絶たない世の中になってきました。

 

無実の人間が裁判員制度によって有罪となる。最悪は極刑となってしまう。

これを防ぐために設置されたのがこの「誤判対策室」というわけです。

誤判対策室

誤判対策室とは

政府の強い後押しにより法案が可決して作られた組織。

当初は,検察や警察の握っている証拠を閲覧することができるということだったが,検察・警察の強い犯行により,骨抜きにされてしまう。

メンバー独自の行動に委ねられている感じの組織。

一言で言えば,検察・警察という組織を敵に回すような,大変な場所という印象です。

誤判対策室に配属されてから半年が経ったある日、元刑事の有馬は行きつけの小料理屋の女将である中倉綾子から話を聞きます。

どうやら,小料理店を訪れ,酔った二人組の男性客の一方が、3人もの人間を殺したことを話していたというのです。内緒話さらに驚くべきことに,この事件では全く無実の人間が逮捕されたというのです。

そして「その人物は死刑囚となったので,自分は捕まらない」と語っていたらしいんですね。

有馬は該当する殺人事件を徹底的に調査します。確かにこの事件は存在しました。

2011年に起きた母子殺人事件でした。逮捕されたのは古内博文。空き巣に入った家で鉢合わせてしまいます。

そして女性とその子ども2人を殺害した挙句,さらに家に火をつけたのです。後に「裁判員裁判」において死刑が確定していました。

誤判対策室はこれが「冤罪」かどうかの調査を開始します。小料理屋を訪れていた連れの男が判明しました。誤判対策室の捜査開始判子の押し売り詐欺で未だに逮捕されていない大窪日出喜ではないかということを突き止めます。

調べていくと意外なことが判明します。

死刑囚の古内の娘である矢野琴乃が大窪の詐欺に加担していて,しかも琴乃の夫である矢野高虎という男が小料理屋で殺人を仄めかした男である可能性まで出てくるのです。高虎ん? 死刑囚の娘が加担している?

有馬たちは当時殺人事件を捜査していた警察や調書を調べます。

実況見分調書、司法解剖を担当した鑑定医の鑑定書、検察が裁判所に提出した証拠資料などなど。

しかし、近く古内の死刑が執行されるという情報を入手します。

古内への死刑執行を阻止すべく、誤判対策室は懸命の調査を続けるのです。調査

古内の執行を阻止できるか

検察官の春名は,教誨師である梶原を訪ねることにします。

しかし,古内を知る「教誨師」に聞いても,「無罪一割,有罪九割」という印象らしいです。

教誨師とは

宗教家が刑務所において、服役中の囚人に対して過ちを悔い改め徳性を養うための道を説く者。

ーコトバンクよりー

以前,中山七里先生の「死にゆく者の祈り」でも登場した職種ですね。死刑執行場所にも居合わせる教誨師。教誨師その教誨師の心証も「冤罪」へ結びつくものではなかったということです。

次に,検察官の春名が動きます。自分の上司である西島が今回の事件の「証拠」を握っていると考えたのです。

こっそりと西島がいない間にその「証拠」を見つけ出そうと考えます。ところが西島に見つかってしまうのです。

万事休すの春名。自分が証拠品リストを盗み出そうとしたことを正直に話します。

西島は意外にも,そのリストを春名に渡します。西島には99.9%の確率で古内を有罪に,いや100%有罪にする自信があるようです。見つかるでもどことなく春名にも気を配っているような感じ。

現在の死刑制度には「特別予防」と「一般予防」の2つがあるそうです。

特別予防

犯人の更生を目的とし,二度と再犯を犯さないようにすること

一般予防

世間,一般市民が犯罪を犯さないようにすること

そして西島の口から,この「誤判対策室」設立の本当の目的が明かされます。

冤罪でないと判断されたら,以後,再審請求をしないことが建前で,本音は,冤罪でないと判断された瞬間に即時執行とするということらしいのです。

つまり「誤判対策室」は,死刑執行への「トリガー」的な役割も担っているということ。

う~ん,何か本来の目的から逸脱しているような気もします。

一方,弁護士の世良は「法医学教室」へ行くことになります。要は「検定結果の再分析」の依頼をしに,法医学教室の税所の元を訪ねるのです。

法医学教室とは

法医学の教育や法医解剖鑑定を目的とした場所。

法医学教育、法医鑑定実務(司法解剖、承諾解剖、検死・検案、親子鑑定等各種鑑定)、研究を3つの柱として行っています。

-長崎大学医学部サイトより-

法医学教室と言えば,これも中山七里先生の「ヒポクラテスシリーズ」ですね。興味のある方は是非読んでみてください。

つまり,司法解剖を行う場所です。そこで税所は良い報告と悪い報告の2つを指摘します。法医学教室まず前者は,血管の一部がないのは,刺創のせいではなく「水蒸気爆発」だと言うのです。

水蒸気爆発なんて,火山の世界だけかと思ってましたけど,殺害されて放火までされた場合,人間にも起こりうるんですね。

悪い部分は,鑑定書を書いた太田という人物と税所では太田の方が格上だということです。

さらに刑事の有馬は,再度教誨師の梶原を訪ねます。そこで意外なことを聞くのです。

古内君は一度だけ『自分は正しいことをしたのだろうか』と言いました」と言うのです。

これは何を意味するのか。有馬はこの一言で「冤罪」であることを確信したかのようでした。有馬の確信古内の本心とは一体なんなのでしょうか。

そして,とうとう古内の「死刑執行」の日がやってくるのでした。

死刑執行

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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死刑囚に「執行」が言い渡され,実際に執行されるまでに約一時間。古内無実と信じる古内を救うことはほぼ不可能です。有馬は苛立っています。

この短い時間の間に,自分に何ができるのか

教誨師,そして古内に死刑を求刑した西島の姿も。古内は横目で西島の横を通り過ぎます。

まるで古内は「感謝している」ような目でした。

その意外な目を見ながらも,自分自身がこの死刑執行に至るまでの過程を思い出していました。

ある意味,検察官の達成感みたいなものなのでしょうか。西島は確信所長が「死刑執行指揮書」を読み上げます。とうとうカウントダウンが始まったのです。

ところが外から足音が聞こえてきます。徐々に大きくなるその音。

執行停止です!

つまり死刑執行がストップということ。古内は慌てて叫びます。

早く,執行してくれ!

古内が死刑執行を急ぐ理由は何なのでしょうか。それにしてもなぜ停止なのか。執行停止誰かがやってくるのが聞こえます。。足音の主は何と有馬でした。執行をストップさせたのは有馬だったようです。

では彼はどうやって執行を止めたのか。

どうやら別の事件の犯人が有馬自身で,その時に古内が犯行に使った包丁を持ってきたようなんですね。有馬が犯人?

そんな有馬は世良に言うのです。「俺を弁護してくれ」と。

もちろん有馬は犯人ではありません。死刑執行をストップさせるための苦肉の策だったのです。凶器の包丁そして,真実が明かされます。実は古内は自分の娘の罪を被ろうとしていたのです。

殺害したのは矢野琴乃,つまり古内の娘ですけど,そうさせた可能性があるのが矢野高虎でした。

殺害された人物の爪に,古内以外の皮膚片があったことをDNA鑑定で見つけ出したのです。

有馬はかつて刑事時代に,冤罪を着せてしまった人物が自殺したことにずっと悩んでいました。

その人物の妻こそが冒頭の綾子だったのです。

その罪滅ぼしともいうべき有馬の行動に,綾子はずっと恨んでいた有馬を許そうとするのです。

そして何もできない有馬の代わりに,弁護士の世良が古内,そして琴乃を救うために裁判へ向かうのでした。裁判員裁判死刑制度を導入していない国が140ヶ国,導入しているアメリカや日本を含む国が80ヶ国。

世界的には死刑制度を廃止している国の方が圧倒的に多い

日本国民の約80%が死刑導入に賛成しています。

これは,暴行殺人などで殺害された遺族の気持ちを汲んでのことであるように思います。

しかし,死刑に反対の国は,この話にもあるように,冤罪で死刑に処される側の気持ちを考えてのことだとも思います。

「冤罪」と「死刑制度」の問題というのは,本当に難しい問題だと思います。

あまりにも冤罪を描いた小説が多いので,僕自身もこれまでブログで何度も何度も書いてきました。

そして,冤罪の作品を読むことが多いのも,日本自体が今後どういう方向へ向かっていくのかを半永久的に考え続けなければならない,ということの証なのだとも思っています。

この作品で考えさせられたこと

● 誤判対策室の有馬刑事の最後の行動に驚いた

● 「死刑執行」という問題は,今も昔も解決できない大きな問題がある

● 冤罪を扱った小説がいかに多いことか

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