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【魔力の胎動】東野圭吾|心優しき魔女の原点

魔力の胎動

「ラプラスの魔女」の続編です。というか時系列的には同じくらいの時期の話かもしれません。

前作は,物理的現象の未来を予測するという能力を持つ羽原円華が活躍する話でした。

前作の感想でも書きましたが,ラプラスとは18世紀に実際にいた数学者で,時間の経過とともに変化する状態を予測するための「ラプラス変換」という有名な式を考え出した人です。

当時は「未来を予測できる」という発言をしたために「悪魔」と大問題になったこともある人でもあります。

前作の長編とは異なり,本作品では特殊能力を持つ円華が,いろんな場面で人を救う短編集となっています。

ラプラス魔女の続編と書きましたが,短編によってはラプラスの魔女の事件と同時進行している部分もあって,面白い作品となっています。

こんな方にオススメ

● ラプラスの魔女を読んだことがある方

● 苦しんでいる人を助けようとする円華の一面を見てみたい

● 流体力学などの予知能力のある円華の活躍を見たい

作品概要

成績不振に苦しむスポーツ選手、息子が植物状態になった水難事故から立ち直れない父親、同性愛者への偏見に悩むミュージシャン。彼等の悩みを知る鍼灸師・工藤ナユタの前に、物理現象を予測する力を持つ不思議な娘・円華が現れる。挫けかけた人々は彼女の力と助言によって光を取り戻せるか? 円華の献身に秘められた本当の目的と、切実な祈りとは。規格外の衝撃ミステリ『ラプラスの魔女』とつながる、あたたかな希望と共感の物語。
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

羽原円華・・・主人公。特殊な能力を持つ女性

工藤ナユタ・・鍼灸師。円華の流体力学研究所にやってくる

坂屋・・・・・スキージャンパー

石黒・・・・・プロ野球選手。ピッチャー

石部・・・・・教師。息子をかつて失った

朝比奈・・・・ピアニスト。視覚障害を持つ

青江・・・・・大学の教授(ラプラスの魔女にも登場)

本作品 3つのポイント

1⃣ 5つの短編の概要

2⃣ 各章の結末とは

3⃣ 特殊能力で人を救う円華

5つの短編の概要

第一章 あの風に向かって翔べ

鍼灸師のナユタは施術を通して多くの人々を救ってきました。

そんな時に訪れてきたのがスキージャンパーの坂屋。

彼は疲労からかケガを重ね,勝ち星から遠ざかっていました。

ナユタは流体力学研究所の円華を訪ねます。

円華は坂屋のジャンプを見て,一発で原因を見抜きました。

果たしてその原因とは一体何か。

スキージャンプ

第二章 この手で魔球を

プロ野球のピッチャーである石黒。

彼の決め球は「ナックル」で,その変化球を捕球してきたのがキャッチャーの三浦でした。

彼も引退を考えており,新しいキャッチャーを育てなければなりません。

山東がその候補でしたが,彼は石黒のナックルが取れません。

取れないとバッテリーともに引退ということになってしまいます。

そこに円華がアドバイスします。一体どんなアドバイスをしたのか。

キャッチャー

第三章 その流れの行方は

ナユタは同級生の脇谷と会います。そこで話に出たのが当時の担任だった石部という先生の話でした。

石部には息子がいましたが,息子はかつて川で溺れ,植物状態になっていました。

石部は自分を責め続けていました。そんな石部の心を円華が何とか解放しようと試みます。

一体,どんな方法で?

川でおぼれる

第四章 どの道で迷っていようとも

朝比奈はピアニスト。重度の視覚障害を持っており,尾村というパートナーがいましたが,尾村は転落事故で亡くなってしまいます。

自殺と判断されました。大切なパートナーを失った朝比奈。

実は朝比奈はゲイで,それを公表してしまったことが尾村を追い込んでしまったものだと考えていました。

尾村は本当に自殺だったのか。それを円華が証明します。

転落事故

第五章 魔力の胎動

灰堀温泉で硫化水素ガス中毒で,一家三人が亡くなるという事故が発生しました。

「ラプラスの魔女」でも登場した地球化学を専門とする青江がこの事故の調査に乗り出します。

事故が起こりそうな場所ではありますが,なぜ三人がこの場所にやってきたのか疑問でした。

この章は「ラプラスの魔女」と同時期の話のようです。

温泉街

各章の結末とは

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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第一章 あの風に向かって翔べ

円華は物理現象を予測できるという能力を持っているため,スキージャンパーがどのタイミングで飛べば飛距離を伸ばせるかわかっています。

飛び出し速度,角度,風向きによってほぼ決まるスキージャンプ。次々と飛ぶジャンパーの飛距離を言い当てていきます。

坂屋のジャンプの際も絶妙のタイミングを言い当てるも,スタートの旗を振らないコーチに「最悪」と思わず言ってしまいます。

そのくらい円華の能力は高く,認めざるを得ないスタッフ陣。

今度は円華が青いニット帽を振ったタイミングで飛ぶように指示。そして坂屋はそれに合わせ飛びます。

最長不倒のジャンプでした。しかし次にニット帽を握ったのは坂屋の妻です。

妻が振ったタイミングでスタート。坂屋は優勝を決めます。

円華は言います。条件は最悪だった。

しかし坂屋は一度大ジャンプをして自信を取り戻したのだと。

メンタル的な問題だったわけですね。

スキージャンプ

第二章 この手で魔球を

ナックルが取れない新しい捕手候補の山東。彼は捕球する際に心理的な悪影響が生じる「捕球イップス」に陥っていました。

円華は「ナックルを私に向かって投げてください」とピッチャーの石黒に頼みます。

ある日,円華が捕手になり,その後ろに桐宮という女性が立っています。催眠術をかけるのです。「あなたは捕れる」と。

円華は石黒のナックルをどんどん捕ってしまいます。

「こんなの茶番だ」と怒り出す山東。しかし円華は言い返します。

「これを見ろ」と。そこには青紫色に腫れあがった円華の手がありました。円華は必死でキャッチングの練習をしていたのです。

結局,キャッチングできなかったのは練習量を増やし,自信をつけることだったのです。

それに気づかされた山東は生まれ変わります。やはり自信というのは大きな武器になるのですね。

しかしよく考えてみると,キャッチングできたのは円華の練習量ではなく,円華の能力だったんですよね。

これこそ本当の茶番だったのかもしれません。

円華

第三章 その流れの行方は

石部は息子が植物状態となってしまったことに後悔の念が絶えません。それ以来,息子に近づくことができない石部。

結局彼は逃げているだけでした。「逃げるな」と円華は叱ります。

ある日,円華は石部たちを連れて,かつての悪夢の場所へ向かいます。

川に辿り着いた一行。息子が流されてしまった場所から円華はある実験をします。人形を溺れた場所から流すのです。

そしてその人形は川を流れ,滝から落ち,バラバラになっていました。つまり,石部や石部の奥さんが息子を助けようと飛び込んでいたら「こうなっていた」と証明するのです。

不毛なことばかり考えず,終わったことを後悔せず,息子のためのことを考えなさい

円華は石部をさらに叱ります。

そして,脳科学者である円華の父親のアイデアで,息子の脳波を測定します。

石部たちの声に息子は反応しているのでした。体は全く動かない。

しかし,両親の特別な声には反応する。

石部たち夫妻が前を向いて,息子のためにできる限りのことをやってあげようと誓ったのでした。

息子

第四章 どの道で迷っていようとも

朝比奈はある番組のテーマ曲を制作することになりました。テレビ局からの要求は「自然を感じる音」です。

朝比奈は実は視覚障害を持っていて,実際には尾村が作曲をサポートするという,二人三脚で仕事をしていました。

そんな時に起こった尾村の事故。山の上から転落したようでした。

「もう仕事ができない」と朝比奈は思いましたが,尾村の所持品から何かの音を録音していた機器を見つけます。

調査を受けた円華は

「この音にヒントがあるのかもしれない」

と尾村が転落した山に登ることにします。

尾村が転落した崖の下には大きなくぼみがあり,時折下へ引っ張られるような風が吹いていました。その風が崖下のくぼみによって音が鳴ります。

その音を尾村は録音しようとしていたんです。

つまり,尾村は自殺ではなく,突風が吹いたことによる事故だったんですね。

朝比奈はこれで吹っ切れ,新しい音楽を生み出していくのでした。

山に登る

第五章 魔力の胎動

ラプラスの魔女で登場した泰鵬大学教授の青江が登場します。

どうやら「三年前の事件」という表現があり,三年前には「灰堀温泉」にて同様の硫化水素中毒による事件があったようです。

幅1メートルくらいの窪みのような穴の近くには,二本の木の棒で×のように表現された危険区域を知らせるものがある。

なぜここに事故に巻き込まれた吉岡一家は入っていったのか。

どうやら灰堀温泉は事故,いや自殺の名所になっていたようです。人生に絶望し,生きる気力をなくした人々が足を踏み入れる場所でした。

吉岡一家の少年は地図を片手に「宝探しゲーム」をしていたようです。そして誤って穴に落ちてしまった。吉岡一家は次々と亡くなったのです。

そこに桑原という男性が現れます。彼は妻と一緒に灰堀温泉にやってきてました。旅館に泊まっていた桑原は妻をおいて外出します。

その行動を不審に思った青江は,残された妻に詰め寄ります。桑原は「自殺するために灰堀温泉へやってきていた」のです。

桑原自身が経営する会社が傾き,彼が考えたのは保険金でした。

自分が亡くなれば保険金が入るしかし,自殺だと入らないから,わざと事故を装おうとしたのでした。

青江は言います。

あなたがどこで死のうとどうでもいい。しかし,自殺を事故に見せかけるなど言語道断。村が迷惑する。村人の生活を何だと思っているのか

桑原の計画は断罪され,項垂れるのでした。

そういえば,この章では円華は登場しませんでした。しかし,この事件の後,「赤熊温泉」で硫化水素中毒による事故が起こります。

そうなんです。ここからあの「ラプラスの魔女」の事件につながっていくわけです。

特殊能力で人を救う円華

タイトルの「魔力の胎動」という言葉から,円華の特殊能力がどうやって生まれ,それが「ラプラスの魔女」へどうつながっていくか,という作品だと思っていました。

どうやらそうではなかったようです。多くの物理現象などを予知できる円華の特殊能力を使って,悩んでいる多くの人々を救うという話でした。

スランプに陥って飛距離の伸びないスキーのジャンパー。

ナックルボールが取れないプロ野球のキャッチャー。

川に流された息子に対する後悔を抱く教師。

視覚障害を持ち,大事なパートナーを失った作曲家。

最後の話だけは「青江教授」が中心になって他の章とは異なる視点でした。

ラプラスの魔女とは異なる,意外と身近にあるものを題材にした作品で,円華に対する親近感が湧いてきました。

円華は実は思いやりのある女性なのだな,と本作を読んで感じました。

僕自身は物理が好きな方なので,話の内容はとても面白かったですし,ラプラスの魔女に登場する重要人物である青江教授との絡みも出てきて,シリーズとして成り立っています。

円華

ラプラスの魔女を読んでいなくても十分に楽しめる作品だと思います。

この作品で考えさせられたこと

● 「ラプラスの魔女」の裏側を知ることができた作品

● 思いやりのある円華の異なる一面を見ることができた

● 「流体力学」の理論や,それにまつわるエピソードのリサーチに感服

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