東西ドイツが統一された(正確には,東ドイツがドイツ連邦共和国に加盟したということらしい)のが1990年10月3日。
当時学生だった僕は,あのベルリンの壁に「つるはし」のようなものを叩きつけて壊そうとしている映像を思い出します。
そして,多くの人が歓喜している姿も。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 作者の経歴
3. 登場人物
4. 本作品 3つのポイント
4.1 東ドイツという国
4.2 世界中にある「壁」
4.3 革命とは
5. この作品で学べたこと
● 1990年の「革命前夜」に何があったかを知りたい
● 価値観や考え方の異なる,世界の国々の「国境」について知りたい
● 真の革命とは何かを知りたい
この国の人間関係は二つしかない。密告しないか、するか──。
バブル期の日本を離れ、ピアノに打ち込むために東ドイツのドレスデンに留学した眞山柊史。留学先の音楽大学には、個性豊かな才能たちが溢れていた。中でも学内の誰もが認める二人の天才が──正確な解釈でどんな難曲でもやすやすと手なづける、イェンツ・シュトライヒ。奔放な演奏で、圧倒的な個性を見せつけるヴェンツェル・ラカトシュ。ヴェンツェルに見込まれ、学内の演奏会で彼の伴奏をすることになった眞山は、気まぐれで激しい気性をもつ彼に引きずり回されながらも、彼の音に魅せられていく。
-Booksデータベースより-
あれから30年以上も経つんですね。
1972年生まれ,上智大学文学部を卒業
元々,小説家になろうと思っていたようで,当初はライトノベルを中心に描いていたようです。これまでの数々の作品が賞の候補にも選ばれています。
主な受賞歴
大藪晴彦賞(革命前夜)2016年
眞山柊史・・・日本から東ドイツにピアノで音楽留学する。今回の主人公。
クリスタ・・・女性音楽奏者。西側へ移住したいが,監視されている。
ヴェンツェル・・・バイオリン奏者
イェンツ・・・バイオリン奏者
本作品の時代背景は,東西ドイツ崩壊前後の話です。
東は共産主義,西は資本主義。
アメリカとソ連のように「冷戦」状態であったこの二つの国には大きな隔たりがありました。そんな中,主人公の眞山という青年が,東ドイツへ音楽留学し,いろいろな国の人たちと接しながら,眞山自身が成長していくという話です。
1⃣ 東ドイツという国
2⃣ 世界中にある「壁」
3⃣ 真の革命とは
主人公の眞山は東ドイツへピアノ演奏者として留学してました。
しかし,その周りには多くのライバルたちがいます。
女性オルガン奏者の「クリスタ」,バイオリン奏者の「ヴェンツェル」,同じくバイオリン奏者の「イェンツ」などです。眞山自身も「シュウ」と呼ばれて親しまれてました。
しかし,西ドイツと比較すると,「東」に住む人間はどこか暗く,というか何かを警戒し,常に何かに怯えながら生活しているようにも思えました。
生活も何となく貧しいし,本当に暗いイメージです。
なんだろう,この閉塞感は。。。
第二次世界大戦から,ずっと引きずっているものがあるのだろうか,という雰囲気を感じます。眞山はクリスタの演奏に魅かれ,また心も魅かれているようでした。
しかしクリスタには監視がついてました。
クラスタは,東ドイツにある国家保安省「シュタージ」から監視されていたのです。
西ドイツへ移住したいという申請を出していたからです。
移住,そして亡命など絶対にさせない。何か某国を思い出したくなります。
常に誰かから監視されるという息苦しい国。
かつての東ドイツはそんな国だったようです。
最初は,眞山が音楽に目覚めていくという話かと思ってたんですけど,どうもそんな感じではなかったです。
タイトルにもあるように「革命」に向かっていくドイツ内部での混乱から統一までの話でした。
東ドイツという国は不思議なところだなと思います。
国家として西ドイツ,東ドイツの間にはちゃんと国境があるのに,東ドイツの首都であるベルリンには壁があるわけです。
そして,その壁の東側と西側では全く異なる生活を送っているのです。
とても違和感がありませんか?
だから,同じ東ドイツでも,ベルリンに限って言えば東から西へ移住したいと考える人が多いわけです。統一前はいろいろな手段で行き来していたようです。
西は資本主義で自由主義だから往来は自由なのかも知れないですけど,東はそうはいかない。
共産国家に耐えられずに西に出国しようとしても常に監視の目にさらされるのです。
亡命しようものなら即射殺されてしまいます。
クリスタも目をつけられれば,例外ではないでしょう。
西へ行かせないために「ベルリンの壁」が設けられたのです。
ハンガリーにも「鉄のカーテン」と呼ばれるものがありました。
北朝鮮と韓国の国境には軍が待ち構えているし,メキシコとアメリカの国境にも壁があります。
以前,トランプ前大統領が国境の壁をさらに拡張するというようなニュースもありました。
自由を求めて命がけで亡命しようと考えながら生きている人々が確かにいるのです。
自由を奪われることがどれだけ辛いことなのか,日本という国にいる僕には気づくことができませんでした。
小説は,読み手によってそれぞれ受け取り方が異なります。
この革命前夜を読んで感じることも十人十色だと思います。
音楽には「楽譜」というものがあります。
これも弾き手によって考え方・弾き方も異なるといいます。
中山七里さんの「いつかはベートーベン」シリーズや,恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」などを読んでも,音楽にもいろいろな捉え方があることがわかります。
生まれた国によっても考え方が違いますよね。
家庭環境も異なるし,受ける教育も異なりますから。
影響される宗教に対しても捉え方が違います。この本を読めば,日本がいかに恵まれた国かわかります。
島国である日本の国境には海はあるが,壁はないです。
さまざまは制約があるにしても,民主主義であるということがどれだけ幸せなことか。
眞山の通う音楽学校で友人だと思っていた人間が実は秘密警察の人間だったり,眞山の友人が命を狙われたり,留学していた友人が自国に帰ってしまったり。
自分の命を危険に警戒しながら生きるということがこんなに苦しいものなのか。
大きな転機になったのは中国の天安門事件だと作者は述べています。
民主主義を訴えた学生が立ち上がったあの頃,多くの学生が軍に制圧され,犠牲になってしまいました。
戦車の前で堂々と立ちふさがる,あの映像で見た男性を忘れることはないでしょう。
作者も,あの天安門事件の結末を見て,革命が成功するということは考えてなかったようです。しかし,ハンガリーもそうですが,ドイツも,その世界情勢に後押しされ,東の人間が西へ,西へと向かおうとする勢いを東ドイツは止められなかったのです。
● 世界には多くの国があり,生活スタイルや国独自の考え方がある
● その国と国との間には,行き来すらできないような監視や「壁」が存在する
● 二つの価値観や仕組みの異なる国が一つになる,そのすごさこそが「真の革命」
眞山は,最初は弱々しいイメージだったのですが,勇気を出して多くの障害に立ち向かい,自分の愛する人間を西へ送る手助けをするなど,イメージとは違う人間に変わっていきます。
身の危険を感じながらも,成長していく眞山を見ながら勇気をもらえました。
自分もこのままではいけないなと思いました。
何か行動して,何かを変化させないと,このまま人生を終わらせては後悔してしまう。
自分の目標を目指す強い意思と,そのために実際に行動すること。
「自分自身にも革命を起こせたら」と思わせられる作品でした。