今野敏さんの「隠蔽捜査シリーズ」の第二作目です。
本作品は「日本推理作家大賞」を受賞しています。隠蔽捜査シリーズが続いているのもこの「果断」の存在が大きいような気がします。
前作では「警察庁長官官房総務課長」という重職に就いていた主人公の「竜崎真也」が,自分の息子の不祥事を機に異動となるという部分で終わりました。
しかしこの竜崎真也という男,只者ではないです。僕自身も尊敬できるくらい決断力があって責任を負う覚悟のある理想の上司的な存在です。
今回は大森署に異動になった竜崎が,初めての大事件の指揮を執るという話です。
警察官僚だった竜崎が,所轄署でどんな活躍をするのかが楽しみな作品になっています。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 竜崎署長着任
3.2 立てこもり事件発生
3.3 事件の意外な真相
4. この作品で学べたこと
● 常に合理的に行動する警察署長のことを知りたい
● 警察組織内での階級やプライドのぶつかり合いを知りたい
● 本作品を通して,竜崎の決断力と責任をとる覚悟を知りたい
長男の不祥事により所轄へ左遷された竜崎伸也警視長は、着任早々、立てこもり事件に直面する。容疑者は拳銃を所持。事態の打開策をめぐり、現場に派遣されたSITとSATが対立する。異例ながら、彼は自ら指揮を執った。そして、この事案は解決したはずだったが――。警視庁第二方面大森署署長・竜崎の新たな闘いが始まる。山本周五郎賞・日本推理作家協会賞に輝く、本格警察小説。
-Booksデータベースより-
竜崎真也・・・警視庁大森警察署長。息子の不祥事で異動
伊丹俊太郎・・警視庁刑事部長。竜崎の同期で同級生
竜崎冴子・・・竜崎の妻
平泉 成・・・小料理店の店主。事件の人質になる
赤座美代子・・平泉の妻。事件の人質になる
瀬島・・・立てこもり事件の犯人
1⃣ 竜崎署長着任
2⃣ 立てこもり事件発生
3⃣ 事件の意外な真相
竜崎の前役職は「警察庁長官官房総務課長」でエリートだったんですが,息子の不祥事により警視庁大森署長へ異動となってしまいます。ただ,異動になってもそこはさすが竜崎。左遷とも言うべき措置を受け止め,相変わらず効率主義は健在でした。
ある事件で大森署がミスをするんですけど,結果的には問題なかったので,「それでいいじゃないか」という竜崎に対し,野間崎管理官が竜崎を怒鳴るシーンがあります。
それに対しても竜崎は私情を挟まず合理的に話をするんですが,野間崎は竜崎は下っ端と思い込んでいるから憤慨していました。
埒があかないと思った竜崎は,伊丹に電話するのです。
伊丹は竜崎と同じ官僚で、警視庁の刑事部長であり,小学校時代の友人です。
竜崎が「おまえ」と伊丹を電話口で呼ぶのを聞いて青ざめる野間崎の姿が面白かったです。
そもそも竜崎は「警視長」,野間崎は「警視」だから明らかに階級は竜崎の方が上なんですけどね。ちなみに刑事部長の伊丹も階級は「警視長」です。
やはり警察というのは,特に上下下達の厳しい組織なんだなって思いますが,竜崎のように野間崎が明らかにおかしいことを言っているとあらば,そこは絶対に譲らないわけです。
副署長の貝沼もその竜崎の行動にとても驚いているようでした。
そんな中,都内で立てこもり事件が発生します。
都内の小料理屋に,犯人である瀬島が小料理店の夫婦を人質にとり,立てこもります。大森署の署長である竜崎は、この事件の指揮を執ることになります。警視庁は立てこもり事件として、大森署に指揮本部を設置します。
しかし,署長の竜崎は「伊丹もいたら船頭が多い」と,現場へ向かいます。つまり竜崎は現場の本部長となって指示するわけです。
その現場にSAT(特殊急襲部隊)やSIT(特殊捜査班)が応援に駆け付けます。
SATとSITってよく聞きますけど,この二つの違いはなんでしょう。SATは「テロやハイジャックなど,政治的な事件を対処し,制圧する部隊」で,SITは「立てこもりや身代金誘拐事件において,人質や犯人確保を行う部隊」らしいです。
どうしてこの二つが同じ現場にやってきてしまったのか。ちょっと疑問ですけど。
竜崎も少し混乱したようでしたが,結果的には人質優先ということでSATに指示を出します。
人質救出,人質確保のために突入します。人質の夫婦は救出しましたが,犯人は亡くなっていました。
えっ? どういうこと? 犯人いなくなったら動機とか真意がおざなりになっちゃいますよね。一体,どうなるんでしょうか。
でもこの事件、読みながら違和感がありました。
本当に立てこもりなの? 犯人他にいるんじゃないの? みたいな感じで、あまり切羽詰まった緊迫な雰囲気が感じられなかったので。実はこの事件,意外な事実が明らかになります。
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その違和感の正体は、事件の根本を覆すものでした。犯人は,平泉成と妻の美代子でした。彼らは7年前、瀬島に娘とお腹にいた孫を殺害され,その復讐のために人質事件を起こしたんです。つまりこの事件はフェイクだったのです。
平泉たちは瀬島に近づいて、拳銃も暴力団員から手に入れて彼に渡します。
そして小料理店に押し入り,立てこもり事件を演出していました。無防備な瀬島を,実は平泉たちの手で殺害したのです。瀬島に,娘とお腹にいた孫を殺害された平泉たちには同情できます。復讐したい気持ちも分かります。
ただ,やはり復讐はいけなかった。復讐に手を染めてしまえばこれまでの生活はできなくなるわけですから。
それでも覚悟を持って復讐をやり遂げようとした平泉たちを見れば,どうしても許せなかったのでしょう。
殺人事件のテーマって復讐が多いですけど,ではもし自分がその立場にあったとしたら,復讐しないとは言えません。本当に難しい永遠の問題なんだろうなと思います。
少しのきっかけや疑問を竜崎は察知し、おかしいと思えば徹底的に調査する。
竜崎の決断力やそのスピード、人の顔色を気にせず臆することなく正しいことを堂々と話す力。
そして一度決断したことに対しては必ず責任を取る姿には感服します。どんなことにも憤慨することなく冷静に対処してしまう。
まさに人格者という言葉がふさわしい人間で、論理的に物事を考え,やはり尊敬できる人物です。今回の事件では、大森署の部下たちも竜崎のすごさを目の当たりにしたと思います。そして、その竜崎もひとつ成長したのではないかと思います。
竜崎は大森署長になったことで、周囲の人間を信頼し、必要であれば任せることができるようになっていく姿に,竜崎自身も何かを掴んだのではないでしょうか。
大森署という所轄だからこそできたことなのかも知れないですね。
仮に竜崎が気難しい人間だったとしても、何が大切なのかというはっきりとした道を示せば、自然と部下はついてくるんだろうなと思います。
● 冷静に状況を把握しているからこそ,今回の事件の早期解決につながった
● 部下を信頼し,万が一部下にミスがあったとしても責任をとるという覚悟
● 周囲の目を気にせず,常に合理的に判断する竜崎は健在でした