本作品との出会いはかつてドラマを先に観たことがきっかけです。
東野圭吾さんの「加賀恭一郎」シリーズの第七作目となっていて,シリーズの中でも特に思い入れのある作品です。
ドラマでは,阿部寛さんが演じる加賀恭一郎は,普段はあまり多くを語らない性格ですが,捜査に対する執念がすごく,とても頭のキレる刑事で大好きな役柄です。
この作品は,夫,妻,息子,そして夫の母親と4人で暮らす家庭で起こった事件がテーマになっています。
夫を中心とした妻との関係,息子との関係,実の母親との関係。息子の教育にも手を焼き,嫁姑の問題,姑の認知症問題と,世の中でよくある社会問題が背景として描かれています。
自分も同じような環境に育った経験があるので,何か他人事とは思えないような感覚で読んでいたのを思い出します。
自分の自宅に女児の死体が横たわっている。それを発見したとき,夫や妻はどういう行動を取るのか。
今回の「赤い指」も,親子のあるべき姿ってなんだろうって深く考えさせられる作品でした。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 昭夫の隠蔽工作
3.2 加賀刑事と「赤い指」
3.3 親の心,子知らず
4. この作品で学べたこと
● 「倒叙法」で描かれている作品を読んでみたい
● 加賀がどのように犯人を追い詰めていくのかを知りたい
● 親子のあるべき姿について考えてみたい
犯罪を超えたその先に、本当の闇がある。2日間の悪夢と、孤独な愛情の物語。直木賞受賞第1作 書下ろし長編小説「この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身によって明かされなければならない」
-Booksデータベースより-
加賀恭一郎・・主人公。練馬署の刑事
松宮脩平・・・加賀の部下で,加賀の従弟でもある
前原昭夫・・・照明器具メーカーに勤務。母親と同居
前原八重子・・昭夫の妻
前原直巳・・・前原夫妻の一人息子。幼児趣向である
前原政惠・・・昭夫の実の母
田島春美・・・昭夫の実の妹
1⃣ 昭夫の隠蔽工作
2⃣ 加賀刑事と「赤い指」
3⃣ 親の心,子知らず
今回の話は,前原昭夫と妻の八重子の自宅の庭に,遺体が横たわっているということろから話は始まります。
この夫婦は,息子の直巳と昭夫の母親である政恵4人で暮らしていました。
そして,昭夫は最初の段階で犯人は息子の直巳であると確信します。反省の見られない直巳と夫婦との関係もギクシャクしていることがうかがえます。
昭夫は通報しようとしますが,それを八重子が止めます。
ここは男性と女性の考え方の違いでしょうか。父親の社会的な視点と母親の子供を守りたいという視点の違いなのでしょうか。
とうとう昭夫は遺体を隠ぺい工作します。
自宅に車がないため,自転車の荷台に遺体の入った段ボールを載せ,近くの公園のトイレに遺棄しました。
できる限りのことはやったと,後は警察が来た時にどう対応するかが問題であると考えるわけです。
突然の事件であり,この計画性のない中途半端な死体遺棄が,刑事によって暴かれていくわけです。
ここで刑事の加賀とその部下である松宮が前原家を訪れるのです。本作品は,最初に犯人が判明しおり,その犯人に刑事がどのようにしてたどり着くのかという「倒叙法」という手法を用いています。
つまり,「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」と同じパターンのものですね。
加賀は遺体の状況などを基に,公園付近の聞き込み調査を始めます。
そして彼はかなり早い段階で一軒の家に疑いを持ちます。
加賀が目を付けたポイントは,現場にあった自転車の車輪の後と一致する自転車があるか,現場に落ちていた「芝」はどこのものなのか。
そして実際に聞き込みをした家の人間反応です。加賀の疑いは完全に前原家に向けられました。昭夫はそれを察していました。そして昭夫は,とんでもない手段に出ます。
昭夫が考えたのは,殺人を犯したのは息子の直巳ではなく,あろうことか自分の産みの母である「政恵」ということにしてしまうというものでした。
つまり,隠ぺい工作を行ったのは昭夫自身であるが,少女を殺害したのは自分の母親であるということにしたのです。
認知症の母であれば罪をかぶせてもよいと思ったのでしょうか。そのストーリーを作り上げようとした昭夫は自首します。しかし,殺害したのは政恵であると話してしまいます。
読みながら,妻の言いなりになり,認知症であるとはいえ実の母親に罪を擦り付けようとする昭夫には憤りを感じてしまいました。本当にそれでいいのか,何を考えいているかと。
しかし加賀はこの時点で,そのストーリーに疑問を持ち始めていました。
加賀には政恵が犯人でないという確信があるようです。しかし,どうやってその証拠を突き付けるのか。そこで加賀は見つけます。加賀が見つけたもの,それはある人物の「赤い指」でした。
「赤い指」の人物は誰のことで,赤い指自体は何を意味するものなのか?
ここが本作品の大きなポイントとなります。
加賀は考えます。そしてとうとう真相に辿り着くのです。
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すでに疑問を感じていた加賀は一つの賭けに出ます。あなたの母親を留置所に連れていきますよと。
昭夫は最初動揺しますが,とうとうそれを許してしまいます。実の母親を留置所に送ることを許してしまうのです。
そして「赤い指」の正体が明らかになります。それは昭夫の母親である政惠の指に付いていた赤い口紅でした。
化粧品を持たない政恵の指になぜ口紅がついていたのかということがポイントとなります。八重子のものを勝手に使ったのか? いやそれは不可能で,政恵は昭夫夫婦の部屋がある二階には体の不自由さで上がることができません。
では誰のものか。それは昭夫の妹の春美のものでした。時々母親に会いに来ていた春美は事件の前日にも前原家にきて,母親と会っていました。
その時に春美の口紅をつけていたのでした。
つまり,母親がもし犯人なら,少女の遺体にその口紅がついているはず!
昭夫の供述からも口紅をふき取ったというものはありませんでした。
前日から「赤い指」になっていた政恵の口紅がついてなかったということは,政恵は犯人ではないということになります。
今思えば,あの指は,政惠が自ら「真相に気づいてほしい」と加賀に訴えたメッセージだったんですね。
加賀はそのことを伝え,さらに昭夫を追い詰めます。あなたは本当にそれでいいのかと。
昭夫はあるものを見つけます。それが,政恵の杖についていた札でした。
そこには「政恵」という名前が書かれていました。彼は思い出したのです。小学校の頃,母親のためにその札を作ったことを。
そして政恵はその嬉しさあまり,ずっと大事に持ち続け,杖につけていたのでした。
これまで大事に昭夫を育て,そして昭夫の作った札を後生大事にしていたことに,彼の良心は我慢の限界となりました。実の母親を警察に突き出そうとしている。
とうとう昭夫は崩れ落ちます。母親が実は「認知症ではなかった」ということを悟るわけです。そして真実を語りだします。
八重子はそれを止めようとしますが,もうこれ以上昭夫を止められるものはありませんでした。
今回の話を読みながら,ある意味のはがゆさを感じながら読んでいたような気がします。
昭夫はあの札を見なかったらどうしたでしょうか。そのまま自分の母親を犯罪者にしたままだったでしょうか。昭夫の性格を察すれば,良心の呵責で自白しようとするのは時間の問題だったのではないかと思います。
また,自分の息子が仮に罪を免れたとしても,遅かれ早かれ何かの罪を犯したのではないかと思います。
それは直巳が逮捕される瞬間に言った「親のせいだ。。。」という言葉が物語っているように思います。直巳のために嘘をついてまでその罪を隠そうとしたのに,直巳は自分がしたことに対して悪いとも思ってないし,反省もないですから。
そして,昭夫自身はその息子のために,自分の母親を差し出そうとしたのです。
「親の心,子知らず」という言葉がありますよね。
親子関係や嫁姑関係など,どう頑張ってもうまくいかないこともあるかもしれない。
性格の弱さで自分の一番伝えたいこと,一番重要なことを言えない人間もいるのかなとは思う。
今回のストーリーを読めば,昭夫はとても思いやりのある人間だったというのは想像つきます。
最初は真っ先に自首しようとした件を見てもそう思います。
しかし,罪を素直に認め,例えそれが自分の子供であろうとまずは罪を償わせることを,昭夫はなぜできなかったでしょうか。それができていればここまで事を大きくすることはなかったのではないかと思います。
子供の機嫌を取ろうとすれば子供はそれを敏感に感じ取り,何でも親は言うことを聞いてくれると考えてしまいます。
そうなると子供は手が付けられなくなります。僕も教師ですから,親が子供に「腫れ物に触るように」接している姿を何度も目にしました。
そうなってからでは遅いのだと思います。間違ったことをすれば厳しく育てるのが親の義務。
そうすれば子供も罪を犯す可能性も低かったかもしれないし,そして何より自分の母親がここまで傷つくこともなかったのではないかと思います。
● 犯人が判明していて,それを刑事が追い詰める作品の面白さ
● 自分の母親を犯罪者にしようと考えてしまった理由と切なさ
● 子供が間違った道を歩まないように時には厳しくすることは親の義務