この作品のテーマは「生活保護」です。
生活保護を受けている人の数は全国で約200万人いるそうで,その数も徐々に増えてきているとのことです。
一番はやはり高齢者が多く,それ以外にも母子家庭,障碍者,傷病者など,働こうにもなかなか働けない人がたくさんいることがわかります。
働けないから収入が減少してしまい,食つなぐためにあの手この手を尽くすも貧しい生活を余儀なくされている方々が多いということです。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 被害者の共通点
3.2 老婆を救うために
3.3 護られるべき者が護られるために
4. この作品で学べたこと
● 生活保護申請に関しての問題を考えてみたい
● 生活保護申請をする人,審査する人の二つの視点を学びたい
● 冒頭の殺人事件の真犯人とその動機を知りたい
仙台市の保健福祉事務所課長・三雲忠勝が、手足や口の自由を奪われた状態の餓死死体で発見された。三雲は公私ともに人格者として知られ怨恨が理由とは考えにくい。 一方、物盗りによる犯行の可能性も低く、捜査は暗礁に乗り上げる。 三雲の死体発見から遡ること数日、一人の模範囚が出所していた。 男は過去に起きたある出来事の関係者を追っている。男の目的は何か? なぜ、三雲はこんな無残な殺され方をしたのか? 誰が被害者で、誰が加害者なのか──。 怒り、哀しみ、憤り、葛藤、正義…… この国の制度に翻弄される当事者たちの感情がぶつかり合い、読者の胸を打つ! 第三の被害者は誰なのか? 殺害された彼らの接点とは? 第三の被害者は? 本当に“護られるべき者”とは誰なのか?
-Booksデータベースより-
笘篠誠一郎・・主人公。宮城県警捜査一課の刑事
利根勝久・・・今回の殺人事件の容疑者となってしまう
三雲忠勝・・・福祉保健事務所課長。今回の被害者
円山菅生・・・三雲の部下
遠島けい・・・貧しい生活を送る老婆。生活保護を申請する
1⃣ 被害者の共通点
2⃣ 生活保護における二つの視点
3⃣ 護られるべき者が護られるために
ある男性が口をガムテープでふさがれ,餓死状態で見つかるという事件が発生するところから話は始まります。
証拠もなく,地取りも鑑取りもなかなか進展しない。
真犯人の目星もつかないまま,さらに二人目の事件が発生してしまいます。一人目と同じような形で餓死状態で見つかります。
刑事である笘篠が部下である蓮田とともに捜査をするのですが,なかなか真相に辿り着けません。
現在の状況ではラチがあかないということで,被害者の過去にさかのぼることになります。
そこで重要な手掛かりに辿り着きます。
実は二人ともかつて「福祉保険事務所」に勤務していたことがわかるのです。
被害者二人の共通点が判明し,ここから捜査が進展していくわけです。
保険事務所の所長や職員である円山の話を聞いても,捜査はなかなか進展しません。
しかし,笘篠はかつてこの二人と生活保護の問題で暴力事件を起こして逮捕され,最近になって出所した「利根」という青年を真犯人と仮定して捜査をすることになります。
保険事務所の所長である男の命が危ないとみて,笘篠は動きます。そして利根も。
つまり,殺害されていく人間の共通点は,福祉保険事務所で生活保護の審査をしていた人間であるということになります。
ここからは逃げながら三人目の男を狙う利根,それを阻止しようとする笘篠の対決が始まるわけですね。何が原因で暴力事件が発展してしまったのかが一つのポイントとなります。
ここから過去の空想シーンになります。
利根には両親はいませんでしたが,母親と言える人間がいました。
利根が自暴自棄になり,暴力団に入ろうとした際,「けい」という老婆がそれをくい止めます。
「けい」の人間性にも惹かれ,利根は老婆を母親のように慕うのです。
しかし,その老婆の様子がおかしくなりました。隣に「かんちゃん」という利根の弟分的な少年とともに老婆が衰弱していっていることを心配し,利根はここで「生活保護」を勧めるのです。
老婆はこれを拒みます。人様の税金で暮らしていくわけにはいかないと。
この老婆こそ保護を受けるべき人だとは思うんですけど,その考え方は人によっても違うのだなって思います。
ただ,何とか彼らの説得もあって,生活保護申請をすることになるのですが,却下されてしまうのです。
食べ物もなく,ティッシュを食料にして生きている老婆のことをよく知っている利根は逆上します。そしてあの暴力事件につながっていくのです。
「けい」にとっては,身内はいるがもう何十年も連絡をとっていない,どこにいるかもわからない。
そんな頼るべき人間もいない。でも自分で働く体力も気力もない。
それはまさに「生活保護を受ける権利を行使すべき人間」なのではないかと思います。
しかし,それを審査する側からすると,考え方が異なるのです。
自分の家族,あるいは親族がいるのなら,連絡を取って何とか支援をもらってほしい。
お役所仕事と思うかもしれないですけど,それはルールであって,例外を認めるわけにはいかないという考えなのだと思います。
その境界線は何なのかを判断するのはとても難しい。
つまり,その二人の審査に関わった人を殺害するといことが犯罪の動機だったということです。
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クライマックスは,利根が三人目の男を拘束しようと変装して待っているところです。
その近くに笘篠もいて捕まえます。しかしどうも様子がおかしい。
犯人は利根じゃないのではないかという流れになっていきます。
実は犯人は別にいました。意外な人物でした。
かつて「けい」と親しくしていた「かんちゃん」でした。それは「円山菅生」のことです。
えっ? かんちゃんは菅ちゃんってことだったんですね。やはり動機は復讐でした。
三雲と同じ職場に入ることで,殺害のタイミングをうかがっていたんです。
完全にミスリードさせられました。
今回の話は,「生活保護申請」について本当に考えさせられました。
まずは「生活保護を審査する者」の視点から。
生活保護を審査する方から見ると,感情的には同情して生活保護を受けさせてあげたいが,条件を満たさなければ却下せざるを得ない。
おそらく事務所には納得のいかない人々がたくさんやってきて罵声を浴びせられることもあるのでしょう。
しかしそれでも心を鬼にしてダメなものはダメだと言わないといけないこともあるという,とても心苦しくなる仕事をしているのだろうなと思う。
そして一度生活保護を受けたらそれで終わりではなく,彼らはその家庭に訪問して現在の状況を聞きださないといけないのです。
不正受給をしている可能性はないか,定期的にチェックしなければならないんですね。
国民の血税がかかっているわけだから不正は許されない。もし不正が分かった時にはその受給者本人だけでなく,それを審査した人に対しても「なんで受給させてるんだ」と言われかねない。
そもそもそれをするだけのマンパワーも足りない。これでは彼らも疲弊してしまう。
そんなプレッシャーの中で仕事をしているということなのでしょう。
逆に,「生活保護を申請する人々」の視点です。
受給されるべき人が受給を受けていないという現状があるようです。
それは先にも述べたように,人様が汗水たらして払った税金を使うわけにはいかないという優しい心を持っていたり,生活保護を受けているということが周囲にバレて後ろ指さされたくないと思っている人もいると思います。
身内,例えば自分の弟にカネの無心をするのはプライドが許さないという人もいるだろうし,そもそもいろいろな書類を提出するのが面倒くさいという人もいるということです。しかしこの作品では作者の一番伝えたかったと思われる言葉が書かれています。
現在の社会保障システムでは生活保護の仕組みが万全とは言えない。
人員と予算の不足,そして支給される側の意識が成熟していないということがある。声の大きい者,強面のする者が生活保護費を掠め取り,遠慮や自立が美徳だと教え込まれた人が損をしている。
その不公平感を是正する力は今の福祉保険事務所にはない。
そして最後にこう綴っています。
護られなかった人たちへ
どうか声を上げてほしい。恥を忍ばず,肉親に近隣に,最悪はネットでもいいからその辛さを吐き出してほしい。自分が孤独であると思わず,この世は思うよりも広く,あなたのことを気にかけてくれる人がいるはずだ。
生活保護を受ける受けないはあるが,誰にでも何かしら希望はあるはずだということです。
● 今の日本において,生活保護の申請者は年々増加しており,社会問題になっている
● 生活保護申請における申請側と審査側のそれぞれに事情がある
● 生活保護に関して,護られるためには声を大にして訴えることが大切である
この作品を読んで思うことは,権利云々の話ではなく,人と人とのつながりを大切にすること,信じることの重要さです。
小説を通して生活保護の在り方について考えさせられた作品でした。
是非ご一読を!