「芦沢央」さんの作品を初めて読みました。ブログにアップしたのは「火のないところのに煙は」の方が先でしたが。芦沢先生の短編集は,やはり面白い。
まずタイトルが目を引きますよね。「許されようとは思いません」一体誰がそう思っているんだろう,って考えながら読みました。
本作品は「日本推理作家協会賞」の候補にも挙がった作品です。他の長編作品の存在により惜しくも受賞は逃しましたが,短編集として評価をされたようです。
短編ではありますが,どの章もインパクトが強く,読みながら登場人物のイメージが深く入り込んでくる作品ばかりです。
イヤミスな感じが後味悪いかなと思ってたんですが,苦みの余韻が心地よい時もあり,読了感はなぜかスッキリでした。
一気読みの,読みやすい作品になっています。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 各短編の概要
3.2 各短編の結末
3.3 読了後の感想
4. この作品で学べたこと
● 読了後に苦みの残るイヤミスな作品を読んでみたい
● 「許されようとは思わない」のは一体誰なのか知りたい
「これでおまえも一人前だな」入社三年目の夏、常に最下位だった営業成績を大きく上げた修哉。上司にも褒められ、誇らしい気持ちに。だが売上伝票を見返して全身が強張る。本来の注文の11倍もの誤受注をしていた――。躍進中の子役とその祖母、凄惨な運命を作品に刻む画家、姉の逮捕に混乱する主婦、祖母の納骨のため寒村を訪れた青年。人の心に潜む闇を巧緻なミステリーに昇華させた5編。
-Booksデータベースより-
1⃣ 各短編の概要
2⃣ 各短編の結末
3⃣ 読了後の感想
① 目撃者はいなかった
葛城修哉は営業成績がいつも悪かったが,ある月の成績が良くなっていた。その理由は,1枚の木材の注文を誤って11枚と入力してしまったことでした。この失敗をもみ消そうと躍起になりますが,大変な事態に発展していきます。
② ありがとう,ばあば
杏という少女には祖母がいました。この祖母,杏を子役にさせたいと英才教育をするのです。母親はその行き過ぎる教育に物申しますが,祖母は受け入れません。
教育ママならぬ,教育ばぁば。僕の祖母もこんな感じでした。
これが徐々にヒートアップしていき,最後は大変なことになります。
③ 絵の中の男
浅宮二月という画家の鑑定を依頼された鑑定士の女性。彼女はかつて二月の家政婦をしていました。その作品は贋作であることがわかりますが,ふと彼女は昔,二月の家にいた頃にあった出来事を語り始めます。
ん? 二月とこの絵には何か関係がある?
④ 姉のように
志摩菜穂子という女性が娘を虐待し,死なせてしまったという事件が発生します。ここで「ある女性」が登場します。自分の姉が世間を騒がせた事件の当事者であることが明かされるのですが,これは読者に対するフェイクでした。
最後の結末には驚きます。
⑤ 許されようとは思いません
諒一と付き合っていた水絵。結婚を意識する水絵でしたが,諒一にはそこに踏み出せない理由がありました。
それは諒一の祖母がかつて殺人を犯したことがあるということでした。
果たして,諒一の祖母はなぜ殺人を犯してしまったのか。
※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!
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① 目撃者はいなかった
修哉は,注文のあった1枚を納品し,残りの10枚を自腹で支払います。
取引先から早く帰りたい修哉の前で,車の衝突事故が起こります。目撃者でありながら,修哉はご発注がバレないように目撃証言をしませんでした。
事故の当事者の隅田という男性が亡くなり,その妻が証言するように迫ります。しかし,自分はいなかったと証言するのです。
今度は警察がきて,不審火の聞き込みに出くわします。近くで修哉を見たという証言がありました。
不審火は本当に見ていないので,修哉は交通事故現場にいたことを証言すればいいのですが,やっぱりここでもご発注の件がひっかかるのです。
とうとう警察は修哉に任意同行を求めます。
嘘に嘘を塗り固めるからこんなことに。。。早く正直に話していればよかったものを。。。
② ありがとう,ばあば
自分の価値観を押し付けてきた祖母。テレビに出るためなら嘘でもつくこと,プロデューサーなどにも挨拶をするなど,徐々に杏は嫌気がさしてきます。
杏は「喪中」の人には年賀状を出さなくていいことを知ります。年賀状など出したくもない杏は考え,寒い冬の日にホテルのベランダに祖母を閉じ込めるのです。
その時に祖母は気づくのです。行き過ぎた教育をしていたことを。自分の価値観を押し付けすぎてしまったような印象です。
自分ではしっかり育てたつもりになっていても,結局はされた側が感謝できるのかどうかなのですから。何でもそうですが,自分の価値観をあまりにも押し付けてしまうと周囲が見えなくなってしまい,かえって反感を買うことがあるんですよね。
③ 絵の中の男
持ち込まれた絵の中の男は,二月の夫の恭一でした。かつて自分の両親を殺害された二月は絵を描き始めますが,スランプに陥ります。
後に二月は恭一と結婚し,猛という息子が生まれます。しかしある日,猛を火事で亡くすことになります。それで二月は絵を描き上げます。
そして,今回持ち込まれた絵は恭一が描いた地獄絵図でした。恭一は自分が殺害されるシーンを絵にし,その通りの最期を迎えました。
今度はそれを絵にした二月。逮捕され,二度と絵を描くことはありませんでした。
二月は何か大きな衝撃がないと絵が描けない人だったのでしょうか。その証拠に何か大事件があるたびに絵は描けるのですが,その後は必ずスランプに陥っています。
何か新しい物を生み出さなければならないというプレッシャー。
作家の苦悩を知ったような気がする作品でした。
④ 姉のように
この短編を読みながら徐々に違和感を感じるようになってきます。
ひょっとすると姉がやってしまったように,妹である「わたし」も自分の子供を虐待死させてしまうのではないか。
この話のポイントは「わたし」が誰であるかです。実は読者をミスリードさせるものでした。
実際に虐待死させたという新聞記事は,「妹のもの」だったのです。
姉は主婦のサークル内で窃盗を行って後に新聞記事になります。冒頭の事件と「わたし」は完全に逆。時系列も逆で,完全に騙されました。
ただ思うのは,この姉妹,何が原因で二人とも犯罪を犯してしまったのでしょうか。育った環境? それとも単なる偶然?妹が「姉のように」罪をおかしたのには大きな理由があったのかもしれません。
⑤ 許されようとは思いません
諒一には曾祖父がいましたが,彼は村の水門を勝手に開いて,他の村人に嫌がらせをしていました。それを理由に「村八分」を受けてしまってました。
諒一の祖母は耐えきれず,とうとう曾祖父を包丁で殺害してしまうのです。そして祖母はこう言うのです。「許されようとは思いません」
曾祖父は癌に侵されており,余命幾ばくかという状態にも関わらず,なぜ敢えて殺害したのか。
その話を諒一から聞いていた水絵は「祖母は村八分にされれば村の葬儀もしなくてよいし,曾祖父と同じ墓に入らなくてすむ」と考えました。
村人とこれ以上関わりたくない祖母が選択した「曾祖父を自分の手で殺害する」という決断でした。祖母なりの贖罪だったのでしょうか。
それを確信した水絵は諒一に自分の考えを話すのです。
最後に,諒一は水絵に聞きます。散骨するならどこがいいかと。
「わたしだったら海がいい」と答える水絵に諒一は「覚えておくよ」と伝えます。それが彼の「プロポーズ」でした。
この話だけは何となく嫌な終わり方ではなく,いい話だったように思います。
初めて「芦沢央」先生の作品を読んで,どの短編も最後の終わり方が「イヤミス」的な感じだったので,こういう作品を手掛ける方なのかなって思いました。
ただ,イヤミスではあるんですが,どの短編のある趣向があって良かったです。
倒叙的というか,最初に結末を描いてしまい,なぜそれが起こったのかという作品もありましたし,「許されようとは思わない」とは一体誰が言っているのかも気になりながら読むことができました。
それぞれの短編の印象が深く入り込んでくるのは,短編ながらもバリエーションが豊富で,読む人を飽きさせない力強さがあるからかもしれません。
他の作品も短編が多く,それ自体も楽しみですが,多くの作家さんが推すように芦沢央さんの「長編作品」も読んでみたいと思わせられました。
芦沢先生には是非長編作品を描いてほしいと思いました。
● 各短編がイヤミスな感じだが,バリエーションがあってよかった
● 芦沢先生の短編だけでなく,長編を読んでみたい