小説を読むとき,みなさんはどういうことを考えながら読むでしょうか。
主人公や登場人物をイメージしながら読むのではないでしょうか。
では誰をイメージしながら読むのか。
僕の場合は2パターンあります。既に映画化,ドラマ化されている作品であれば,そのキャストをイメージして読みます。
逆にまだ映像化されていないのであれば,勝手に自分が作り上げたキャラクターをイメージします。
今回は,新米脚本家と,映画監督という仕事をしている二人の中心人物が登場します。
「脚本家」は,原作があればそのイメージや,作者の意図を壊すことなく登場人物のセリフに置き換えるという難易度の高い仕事なのではないかと思います。
僕が好きな方は三谷幸喜さんでしょうか。「古畑任三郎」や「王様のレストラン」,最近では「真田丸」など,どちらかというと原作+脚本制作をするすごい方だと思っています。「映画監督」も大変そうですよね。映画製作の責任者ですから,原作を元にどの俳優をキャスティングするのかとか,カメラワークや演技指導など,本当にやることが多そうです。
どの世界でもそうだとは思いますが,いろいろな役割を持つ人々がそれぞれ確実にこなし,一つの作品やサービスを作り上げること。
やりがいというのは作り上げた人にしかわからない思い入れみたいなものもあるでしょうね。
本作品は,甲斐真尋という新人の脚本家が,有名な映画監督である長谷部香から,ある事件のことを映画化しようと真尋から事件について聞き出そうとするところから始まります。
第1章から第6章は真尋の視点,エピソード1~7は香の視点で描かれています。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 真実を知りたいという思い
3.2 真尋が知った事実
3.3 事件の驚愕の真実とは
4. この作品で学べたこと
● 今回の一家殺人事件の真実とは何かを知りたい
● 真実を知ることの意味を知りたい
● 人の「死」について考えてみたい
わたしがまだ時折、自殺願望に取り付かれていた頃、サラちゃんは殺された──新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。十五年前、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。笹塚町は千尋の生まれ故郷でもあった。香はこの事件を何故撮りたいのか。千尋はどう向き合うのか。そこには隠された驚愕の「真実」があった……令和最高の衝撃&感動の長篇ミステリー。
-Booksデータベースより-
甲斐真尋・・・新人脚本家。長谷部からの依頼を受ける
長谷部香・・・有名な映画監督。ある「事件」の調査をする
立石沙良・・・笹塚町一家殺人事件の被害者
立石力輝斗・・笹塚町一家殺人事件の容疑者。死刑判決を受ける
甲斐千穂・・・真尋の姉。ピアニスト
1⃣ 真実を知りたいという思い
2⃣ 真尋が知った事実
3⃣ 事件の驚愕の真実とは
各エピソードの主人公である「長谷部香」の視点。過去の香りの幼い頃の話から始まります。
香は厳しい母親に育てられていました。試験でよい点数がとれなければ,ベランダに出されて反省させられるのです。
ある日,隣の家のベランダにも誰かいる気配が。。。
隣同士を仕切る防火壁の下から手が伸びてきます。とてもやさしそうな手。名前も知らない人の手。「自分と同じように,悪いことをして締め出されたのだろうか」
そう思いながら,数が重なるにつれ,香は相手の指に触れ,さらに心が通じ合うような感じがしてきました。
隣には「立石」という一家が住んでいました。デパートで偶然出会うのです。
「隣に住んでいる方よ」
という母親の言葉でその少女が立石沙良だということがわかります。立石沙良に親近感をさらに強めた香。しかし,その終わりは突然やってきました。香の父親が自殺してしまったのです。
なぜか,というのはここでは伏せますが。。。
これが香の幼い頃の記憶なんですが,その後「笹塚町一家殺人事件」が発生し,その被害者が実は「立石沙良」であることが判明するんです。激しく動揺する香。
なぜ沙良は死ななければならなかったのか。時を経て香は有名な映画監督になっていました。そして思うのです。
「離れてからの沙良のことが知りたい」と。
追及しようとする香の元に,一人の女性を紹介されます。それが「甲斐真尋」です。彼女は新米の脚本家でした。
「自分が書いた脚本に興味を持ってくれたのか?」
そんなことを思いながら真尋は香に会って話をすることになります。
真尋は香の意図を悟りました。「笹塚町一家殺人事件」のことを知り,それを映画化したいということです。要は,真尋に沙良のことを知っている人に話を聞いてほしいという依頼なんですね。
自分がとうとう評価されたのかと思い込んでいた真尋のガッカリ感はすごかったですが,でも言われたとおりに知っている友人を探します。
時々真尋は自分の姉へ向けての言葉をメールで送ります。
『お姉ちゃん,私は大きなチャンスを逃してしまいました』と。
これは真尋の作品に興味を持ったと思い込んでいた真尋のガッカリした気持ちを姉へ報告したシーンです。
本作品で数回も姉へ向けての言葉が出てきます。フランスでピアニストとして活躍している姉のことが本当に大好きなんだろうな。話は戻って,真尋は当時の沙良の関係者に話を聞くことにしました。
そこで真尋は衝撃の事実を聞くことになるのです。
沙良の過去をしる人々に話を聞いて回る真尋。沙良のことを調べながら,徐々に沙良の素性がわかってきます。
どうやら沙良には「虚言癖」があったようなのです。嘘を言って,相手を困らせたり,さらには人間関係を悪くしようとしたり。最悪は相手にケガを負わせたりもしています。
「自分は心臓は元々弱い」とか「家で暴力を振るわれいている」とか。
香の過去のエピソードの部分を考えると,それが想像できないんですよね。明らかに食い違っています。
それまでの沙良は良い少女のイメージしかありませんでした。それは香のエピソードしか聞いていないからなんです。
でも,別の角度から見ると,つまり真尋の話を聞けば思ってもないものが見えてきているのも事実です。一体,どっちが本当の沙良なのか。信憑性があるのは真尋の話かなと思いました。香の知る幼い沙良の話,真尋の聞いた成長してからの沙良の話。後者の方が説得力があります。
でも香は疑っています。というか,信じたくないという感じもしました。だってそうですよね,ベランダでは手を握ってくれて,香自身が救われた思いを持っているわけですから。
では「笹塚町一家殺人事件」の容疑者,いや犯人である「立石力輝人」のことについて。彼は沙良を包丁でめった刺し,計15箇所も刺すという,明らかに強烈な殺意を持っていたことがわかります。さらに両親が寝ているときに,二階を燃やし,家を全焼。
笹塚町一家殺人事件はそういう事件でした。
力輝人はよく公園で猫たちに餌を与えていました。彼は「猫将軍」とも噂されていて,とてもきれいな顔立ちの少年だったようです。ちょっと変わった趣味を持っているのかなくらいしか思いませんでした。
そんな力輝人が実行犯です。この部分だけを聞けば,沙良の兄は変わっていて,冷酷無慈悲な犯罪者のように映ります。力輝人は犯行を認めており「死刑判決」が出ています。アイドルを目指していた沙良を殺害したということで,ネットでも相当叩かれたみたいですね。
ただ,読みながらここにも違和感を感じるのです。いつも外で見かける立石一家は,両親と沙良の三人のみ。力輝人はいなかったといいます。一体なぜ?力輝人が狂暴過ぎてを外に出せない理由があったのか。それとも,逆に力輝人は一家から虐待されていたのか。ん~,後者だと納得するんだよなぁ。それだと殺害動機は十分だし。
もしそうなると,今度は香の幼い頃のベランダでの話に疑問が湧きます。隣で手を出していたのは本当に沙良だったのか。実は力輝人だったのではないのか。つまり香が沙良だと思っていた人物は実は力輝人だったのでは?
話が進むにつれ,徐々にその真実が明らかにされていきます。真実は一体どんなものなのでしょうか。
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読みながら疑問に思っていたことが2つあります。
① 笹塚町一家殺人事件の真相
② 真尋の姉が全く登場しないこと
まず②について先に書きたいと思います。実は真尋の姉「千穂」はすでに亡くなっていました。交通事故で。
姉は家とは関係ない方向に自転車で移動していたようでした。ところが交差点で車に轢かれてしまいます。千穂は亡くなってしまったのでした。姉はどこへ向かっていたのか。それが大きな疑問でした。
千穂が亡くなった時の葬儀で,加害者に言った母親の言葉が切ないです。
「わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます。おかげさまでケガも回復し、無事,学先のパリに送り出すことができました」
こんな冷静に話せるでしょうか。母親もそうですが,真尋も実はこの頃から「千穂が亡くなったことを受け入れられない」状態だったのではないかと思います。
だから,姉はまだ海外で活躍していると時々真尋の言葉となって表現されていたんですね。
「死を受け入れる」って難しいし,とても時間がかかることもあるんだなって思います。
では,真尋の姉はどこへ向かって自転車に乗っていたのか。真尋は封印されていた「千穂の日記」を見つけます。読むか迷いつつも読みます。
そこには衝撃の事実が書かれていました。実は「千穂」には好きな男性がいたんです。
公園で逆上がりの練習をしているとき,励ましてくれる少年の存在。
その少年は携帯を持ってなかったので,千穂とは手紙でやりとりしていました。真尋はその手紙を全て目を通します。猫柄のレターセットがたくさんありました。
ん? 猫柄? 公園? ひょっとして。。。
「まだ事件が起きる前,わたしが小学生の頃は、あのお兄さんのことをネコ将軍って呼んでたの。公園にその人が来ると、どこからともなく野良猫が集まってくる。長髪で,ガリガリに痩せていた」
千穂がそんなセリフを真尋に言っていたことも思い出します。
そうか,真尋の姉が好きだったのは「立石力輝人」だったのか。。。。中盤から予想はしていたけど,知ると衝撃でした。もうひとつの疑問「笹塚町一家殺人事件」の真相です。
ここに沙良が絡んでいました。沙良は力輝人と千穂の存在を知りました。そして兄が自殺未遂をしたと嘘をつき,千穂が慌てて自転車で向かうのです。
「あぁ,ここで全てが繋がるのかぁ」って感じでした。
先に書いたように千穂は事故に遭い,亡くなってしまいます。しかも事故は,沙良が千穂を後ろから突き飛ばしたことによるものでした。
沙良が嘘をついて千穂が亡くなったことを知った力輝人。自分にとって大切な人が亡くなった原因が妹の沙良のせいだと知った力輝人は激情します。そして先に書いた「笹塚町一家殺人事件」へと繋がっていくわけです。
まず本作品を読んで思ったことは「大切な人を亡くした時の気持ち」です。
僕自身も子供がもし亡くなってしまったという事態になったら,考えたくもありませんから現実逃避するかもしれません。
しかし,逆に「生きていることにする」ことで,希望や目標を持って生きることができるという考え方もあるのかもしれません。
真尋が,姉を生きていることにして生活していたように。
そしてもう一つ。「真実とは,外側からは見えず,内側から入っていかなければ決して見えることはない」ということです。
新米脚本家である真尋は今回の事件について,どんな脚本を描こうとしているのだろうか。
「笹塚町一家殺人事件」の加害者の素性,被害者の殺害状況。そして香の想像。
それだけでは真実を描くことはできなかったと思いますし,全く事実とかけ離れたものになっていたと思います。真尋が必死になって真実を握り,そしてきっとすばらしい脚本を描いたのだと思います。
長谷部香はその脚本から真実を知り,どんな映画を作るのか。自分自身が想像していたことと真逆の真実に向き合い,良い作品を撮ってくれることを確信します。
最後に長谷部香の言葉を。
「わたしの描いた景色で,次の世界へ行くことができる人が,それを希望と感じる人が一人でも多く現れてくれればいい」
● 外側からの見聞ではわからない真実があるということ
● 人の「死」を受け入れるということ
● 脚本家,映画監督の作品にかける思い