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【華麗なる一族】山崎豊子|万俵財閥の戦略と人間関係

華麗なる一族

本作品,1973年に描かれた作品だったんですね。

2007年に木村拓哉さん,北大路欣也さん,仲村トオルさん,鈴木京香さんなどのすごいキャストでドラマ化されたのは覚えています。ただその時は全く観ませんでしたが。。。

銀行の頭取であり,さらに多くの企業を傘下に持つ大財閥の統帥である主人公。

この「華麗なる一族」の中にはドロドロの人間関係があり,特に頭取と長男との確執がメインで描かれています。

企業が大きければ大きいほど,それぞれの思惑もさまざまなのだなと思います。

古き時代の話ではありますが,違和感なく読むことができました。

企業経営や,銀行再編などに興味がある方には特にオススメです。

こんな方にオススメ

● 舞台となる財閥とはどのようなものかを知りたい

● 企業経営や,銀行再編などに興味がある方

作品概要

業界ランク第10位の阪神銀行頭取、万俵大介は、都市銀行再編の動きを前にして、上位銀行への吸収合併を阻止するため必死である。長女一子の夫である大蔵省主計局次長を通じ、上位銀行の経営内容を極秘裏に入手、小が大を喰う企みを画策するが、その裏で、阪神特殊鋼の専務である長男鉄平からの融資依頼をなぜか冷たく拒否する。不気味で巨大な権力機構〈銀行〉を徹底的に取材した力作。
-Booksデータベースより-


主な登場人物

万俵大介・・・主人公。阪神銀行の頭取で,万俵財閥の代表

万俵鉄平・・・大介の息子で,阪神特殊鋼の代表。父と因縁がある

万俵寧子・・・大介の妻。二男三女の母親である

高須相子・・・大介の執事兼愛人

美馬中・・・大蔵省主計局次長。鉄平の妹の夫でもある

万俵銀平・・・大介の次男。兄は鉄平

本作品 3つのポイント

1⃣ 万俵財閥の繁栄の歴史

2⃣ 万俵家の複雑な人間関係

3⃣ 鉄平は逆襲できるのか

万俵財閥の繁栄の歴史

万俵大介は阪神銀行の頭取であり,万俵財閥を率いる人物である。

この万票財閥には「阪神特殊鋼」「万俵不動産」「万俵商事」「万俵倉庫」など,多くの企業を従える大財閥です。

財閥特に今回のストーリーに登場する阪神銀行は,預金高が全国10位で,130もの支店を構えていました。

万俵大介には妻と2人の息子,3人の娘がいました。

かつてドラマ化されていたから,その出演者を思い浮かべながら,そして何が「華麗なる」なのかを考えながら読むわけです。

ここで「閨閥」という言葉が登場します。まさに財閥独特の言葉のようです。

閨閥とは

妻の親類を中心に結ばれている勢力のこと。財界もこの原理によって編成され,同族会社や財閥が作られた。

それはさらに,政・財・官界,上流支配階級の間に,政略結婚による閨閥の網の目をはりめぐらした。

こうして日本の権力支配は,三井財閥は政友会,三菱は民政党というように,特定の政党,さらに官僚と結びつくかたちで行われた。

-コトバンクより-

つまり,長男の鉄平や次男の銀平は,阪神銀行の繁栄に関係するような女性と結婚していくのです。

やはり戦略結婚なのでしょう。企業をさらに大きなものにするために契りを結ばせる。それだけではない。長女の一子も大蔵省の検査官である美馬中(あたる)と結婚しているのです。

昔に限らず,現在の世の中でもこんな感じで戦略的に結婚していくというのは多いのだろうなと想像します。一族そして驚いたのは「同衾(どうきん)」という言葉も登場します。

これは「男女が同じ寝床で一緒に寝ること」とありますが,本作品では信じられない「同衾」が行われていました。

大介には寧子という妻がいるにも関わらず,高須相子という秘書兼愛人がいて,しかも一緒に住んでいるというのです。

そして,大介自身は妻よりも,この相子の方に気があるようなんですね。これが普通に行われているということに驚きます。

寧子が相子に対して何も言えない姿がとても痛々しいです。一つの財閥を支えるためには,これだけ大きな力が必要なのだということなのでしょうか。

きっと大介の息子たちもわかっていて何も言わないわけで,こういうことが普通にある時代だったのかもしれないですね。

ただ,とても「華麗なる一族」とは呼べない気がしますが。。。

それにしても,それでも平然と生きている大介には本当に驚かされます。何か,こんな家には住みたくないなぁ。

銀行合併が少しずつ増えてくる時代の作品なのでしょうか。今では当たり前になった銀行合併の話が出てきます。合併かつては護送船団方式ということで国から護られてきた銀行も大きな転機を迎えました。

護送船団方式とは

バブル崩壊の1990年代まで旧大蔵省によって行われていた金融機関の保護政策のことです。

かつては規制当局が経営体力のない企業に合わせて業界全体を規制することで、弱い金融機関を保護していました。

これによって企業間における自由競争は阻害されてきました。

-保険市場サイトより-

大蔵省は金融再編を画策していたようです。バブル崩壊後,銀行の大合併が行われましたよね。かつて第一勧業銀行・日本興業銀行・富士銀行が合併し,みずほ銀行が登場しました。

その再編については,本作品での阪神銀行も例外ではなかった。

先に書いたように銀行合併の話が噂されるようになるのです。大介としては不利益なことはしたくないわけです。

もし比較的下位に位置する阪神銀行が,さらに下位の銀行とくっついたとしても中途半端になる。ランキング逆に自分の上位の銀行と合併すれば,完全に吸収されてしまう可能性大です。

大介が目指していたのは,阪神銀行と同等か上位の都市銀行と合併した上で、しかも阪神銀行が主導権を握るような『小が大を喰う合併』です。

ん~,そんなことができるのか?

大介はそれを実現し,自分たちの地位を不動のものとするために,いろいろと画策するわけです。

万俵家の複雑な人間関係

そんな中で,鉄平が専務を務める「阪神特殊鋼」が高炉建設計画を立てます。

高炉とは

高炉とは製鉄所の主要な設備の一つ。

酸化鉄である鉄鉱石を還元処理して、鋼となる銑鉄を取り出すための還元炉を指します。

-大和鋼管サイトより-

上記のように,阪神特殊鋼を拡大していくためには重要な設備となる高炉。

高炉その資金を阪神銀行だけでなく,サブバンクである大同銀行からも融資してもらうために鉄平は動き回ります。

親が頭取というのはこういうところで有利なんだとは思いますが,大介はその融資を減資しようとします。

どうもこの大介と鉄平は「本当に親子なんだろうか?」って思わせる伏線みたいなものが何本か出てくるんですよね。

大介は鉄平が自分の本当の息子ではなく,大介の祖父の子供であると思い込んでいるようです。大介大介,寧子や鉄平の血液型が合わない。大介と妻の不仲というのも,ここから来ているんですね。

それでも鉄平は何とか融資をかき集め,アメリカのベアリング社による建設契約を結ぶことに成功します。

高炉建設もうまく行っているように思われましたが,ここで思ってもないことが起こります。

アメリカのベアリング社が他の企業に吸収合併されてしまい,契約が破断になってしまうのです。

これでは鉄平の阪神特殊鋼は経営が危ない。そこで大介が動きます。何と鉄平に20億の追加融資を行うのです。追加融資う~ん,何か胡散臭い感じがします。何か企んでいるのでは?この追加融資を見て,サブバンクの大同銀行も融資することになりました。

一時は経営が傾いた阪神特殊鋼も何とか生き延びます。そして高炉建設が復活しました。

ところがそれも大介の策略でした。鉄平にさらに想定外のことが起こるのです。

高炉建設現場で爆発事故が起こってしまったのです。これ,誰かが故意に爆発させたのだろうかと思ったんですけど,どうやらそうでもないらしいです。

鉄平は焦っていました。高炉建設に命を懸けていたわけですから。ただ,焦って物事を進めてしまったことで大惨事を引き起こしてしまったのです。鉄平にとっては「泣き面に蜂」状態です。爆発しかも,追加融資をしてくれた大同銀行にも損害があるわけです。これが大介の本当の狙いでした。

大介は,わざと追加融資することで,ライバルの大同銀行に過剰に融資させ,そのライバルを蹴落とそうとしていたわけです。

そしてとうとう阪神銀行は,大同銀行と合併に成功するわけです。それが『小が大をのむ合併』の完成だったわけ。

良く言えば,組織の長である人間というのはやはり経験があり,視野も広いと思わせられますが,今回のは完全に悪意ですよね。

血が繋がっていないかも知れないとはいえ,自分がこれまで育ててきた「息子」を追い込むなんて,この万俵家の人間模様には驚かされます。鉄平企業・組織がどうしたら儲けられるか,どうしたら組織を大きくできるか。どうやってライバルを蹴落とすか。

日銀との関係,他の銀行の情報収集,ライバル鉄鋼会社の動向を探ること。さらには大蔵省官僚である娘婿の美馬を使うなど,使えるものはなんでも使おうとする大介の策略。

万俵家にある微妙な家族関係や人間関係の複雑さにも嫌悪感も出てきてしまいそうでした。

鉄平は逆襲できるのか

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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読者の視点としては,鉄平がどうにかして逆襲するのではないかと期待しながら読むわけです。もちろん,阪神特殊製鋼は巨額の負債を抱えました。

鉄平は完全に大介の罠にかかったと思い、大介に対して損害賠償を求める裁判を起こします。裁判鉄平は倒産に陥れようとしたと父を訴えます。阪神特殊製鋼は裁判で勝ち、家では大介と鉄平が言い合います。

鉄平は,阪神特殊鋼の高炉建設の爆発事故後,被害者遺族からの非難,マスコミへの対応,そして高炉建設復活のために動き回ります。

あまりにも抱えるものが大きすぎて,メンタル的にやられてしまっている感じもありました。

自分の決断がこんなに大きな問題になってしまうのだから,精神的に追い込まれてもしょうがない。

しかも,父親である大介は助けもしない。「神も仏もない」とはこういうことかなって思ったりしました。

ピンチは,それを乗り越えられる人にしかやってこないとは言いますけど,これはあまりにも辛すぎる展開です。

鉄平には弟がいました。銀平と言います。鉄平が彼と話すところを見て「ひょっとしたら銀平が手を貸すのでは?」とも思いましたが,そんな期待は崩れ去りました。

そうですよね,鉄平がいなくなれば,大介は銀平自身に目をかけてくれるようになるわけですから。大逆転の展開が全くやってくる気配がなかったです。兄弟からも見放されている感じ。孤立無援大同銀行との大合併に成功した大介は,さらに鉄平を追い込みます。そのために自分の息子の会社を会社更生法適用まで追い込みました。

かつて大介の父親である敬介が,自分の妻である寧子と関係を持ち,鉄平が成長するにつれ,どんどん敬介に似てきたこと。

やはりこのことが大介の頭からは離れないようなんですね。間違いなく「鉄平は父親敬介の子である」と。

その鉄平にも最期が訪れます。彼は完全にボロボロでした。傷心の鉄平は人里離れた場所へ向かいます。そこで猟銃を使って自殺してしまうんです。

雪山「えっ?」って思いました。きっと何かしらの大逆転が起こるのではないかと思っていたのに。。。

最後の最後まで鉄平は誰からも救われず,孤独を感じながら生きていたんですね。長男としてのプライドもあったのでしょうか。

それとも,自分自身が大介の本当の子供でないと知っていたからでしょうか。

父親を損害賠償で「起訴」すると意気込んだときは,一筋の光が見えたような気もしました。しかしそれは一時的なものでした。

鉄平のあっけない最期でした。そこには鉄平の遺書がありました。

華麗を追ったこの三ヶ月は、僕の誇りだ

支えてくれた全ての人に、心から感謝する

しかし,ここで重要なことが判明します。鉄平は祖父の子供ではなく,大介の本当の息子だったのです。

それは警察の検死報告で判明します。鉄平の検死報告には,血液型はB型と書かれています。

A型であった祖父の敬介とO型の母・寧子からB型の子は生まれるはずがない。

大介の血液型はAB型でした。どう考えても,鉄平は大介の「本当の息子」だったのです。血液型父親大介の単なる思い込みで,鉄平は不遇な環境で育ち,不遇な扱いを受けてきました。

大介はここで高須相子を見捨てます。手切れ金1000万円とマンションで。

そして華麗なる一族は,その輝きを失っていくのでした。

最後に,大同銀行の頭取で,鉄平の唯一とも言える味方だった三雲の言葉が印象的です。

人間性を置き忘れた企業は、いつか何処かで必ず躓く時が来る,というのが私の信条です。

一体,鉄平の人生ってなんだったのだろう。復活すると思っていた鉄平は復活できなかった。これが現実なのかなとも思います。

最後の終わり方は予想外でした。半沢直樹ならここから「倍返し」するのに。

山崎先生の作品は「良い意味」で裏切られることが多いような気がします。

父親の勝手な思い込みで追い込まれ,人生を棒に振るまで追い詰められた鉄平と,そこまで追い込んだ大介。

いや,大介が闘っていたのは敬介の面影を持つ鉄平ではなく,敬介自身だったのではないか。ん~,これ,モデルになった財閥があるんでしょうか。

正義と悪,でもどちらが正義で悪なのかは立場や周囲の環境によって変わるのかもしれません。

人の上に立つ者が正しいかといえばそうでもないし,倍返しをする人間が正義だとは限らない。

見る視点によって,実は単なる悪意ある復讐だったり。

一人の人間性ではどうにもならないことがこの世の中にはあって,その典型なのがこの「財閥」というものなのかもしれない。

この作品で考えさせられたこと

● バブル崩壊前にも銀行再編の話はあったんですね

● 親子の確執と結末に愕然としました

● 企業経営・銀行合併など,経済に関することを学べた

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