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【罪の声】塩田武士|あの伝説の未解決事件を描いた小説

罪の声

本作品の冒頭を読んでいると,すぐに「ん? これって,グリコ・森永事件の話?」って思いました。

以前「NHKスペシャル取材班」が作った「グリコ・森永事件」というノンフィクション本を読んだことがあったんですけど,その内容と同じようなことが描かれていたので。

ターゲットになった企業名は変えありますが,明らかに「グリ森事件」の話だなと確信。

未解決事件のグリコ・森永事件社長の拉致,カネの受け渡し,犯人の確保ミス,キツネ目の男などなど。

小学校の高学年だったか,中学に入学する年だったか「グリコ・森永事件」の報道があったのを強烈に覚えています。

まず思い出すのはあの「キツネ目の男」が防犯カメラに映っていた映像です。食品の棚でなにかを物色している映像です。

防犯カメラのキツネ目の男の映像この事件は大阪で発生した,日本全体を震撼させるものでした。

ただ僕自身はまだ小さい頃だったからなのかもしれませんが,そこまで怖さを感じなかったような気がします。

しかしよくよく考えてみれば,どこかで製造されたものがどこに流通するかわからないわけで,今思い出すと「本当に恐ろしい事件だったんだな」と思います。

本作品は,そんな事件の中で,当時の証拠となる電話のやりとりの中の少年の声が「自分の声だ」と気づいてしまったというところから始まります。

しかも「かなり真実に近いのではないか」という描写です。

これまで憶測でしか知られていなかったキツネ目の男の正体は誰なのか。

もちろんフィクションでしょうが,かなりリアルに描かれています。

こんな方にオススメ

● 「罪の声」とは誰の何のための声なのかを知りたい

● 日本を震撼させた大事件の限りなく真相に近い話を知りたい

● 大事件の本当の目的はなんだったのかを考えたい

作品概要

「これは、自分の声だ」京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった――。未解決事件の闇には、犯人も、その家族も存在する。圧倒的な取材と着想で描かれた全世代必読!本年度最高の長編小説。昭和最大の未解決事件―「ギンガ萬堂事件」の真相を追う新聞記者と「男」がたどり着いた果てとは――。
-Booksデータベースより-




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主な登場人物

曽根俊也・・・主人公。京都でテーラーを経営

堀田信二・・・俊也の父と幼馴染で,家具商を経営

阿久津英士・・大日新聞大阪本社の記者

曽根達雄・・・俊也の伯父。事件に関わっている

本作品 3つのポイント

1⃣ グリコ・森永事件

2⃣ 流れてきた幼い頃の自分の声

3⃣ 事件の真相?

グリコ・森永事件とは

ストーリーに入る前に,これは作中でも描かれていますが「グリ・森事件」の概要を先に書きたいと思います。

1984年3月,江崎グリコ社長が誘拐されます。長男や次女とともに入浴中だった社長が銃で脅され,全裸のまま誘拐されました。犯人は身代金10億円を要求してきました。身代金そして青酸ソーダをグリコの製品に混入したということを各メディアに伝えます。これにより,各店舗はグリコの製品の撤去を始めます。

これが日本国民が震撼する一連の脅迫事件へと発展していくわけです。

実際には犯人グループはグリコだけではなく,丸大食品,森永製菓,ハウス食品,不二家など,多くの企業へ脅迫をしていることがわかります。食品メーカーへの脅迫文そして有名なのが身代金の受け渡しです。それまでいくつかの脅迫が行われてきましたが,犯人グループは摂津市内に3億円を積んだ車を置くように指示します。

このことは本作品以外ににも,「NHKスペシャル グリコ・森永事件」というノンフィクションの作品でも描かれています。

この車には仕掛けが施されていました。乗り込んだ犯人が車を移動させようとした際に無線を使ってエンジンをストップさせるという仕組みのものでした。

30人体制で犯人を逮捕しようとします。しかし,ストップさせるタイミングを逸し,あと一歩のところで逃げられてしまうのです。犯人に逃げられるというようなことが本作品でも描かれています。本作品ではこの事件を「ギンガ・萬堂事件」と表現しています。いわゆる「ギン萬事件」。

「グリ・森事件」と表現しないのはあくまでフィクションであるからなのでしょうが,現在の40代以上の人は「グリ・森」としてイメージして読むのではないでしょうか。

概要の前置きが長くなりましたが,本作品のストーリーに入ります。

京都市内でテーラーを経営する曽根俊也。彼は父親が経営していた店を受け継いでいました。その父親が亡くなり,遺品を整理していました。

その中に,ノートとカセットテープを見つけます。ノートの中身を見て驚くのです。カセットテープとノートそこには「ギンガ」や「萬堂」といった文字が書かれています。さらに「ギン・萬」事件の犯行計画までもが書かれていたのです。

これだけでもかなりの衝撃だと思いますが,俊也はさらなる衝撃を受けることになります。

俊也はカセットテープを再生します。そしてとんでもないものを聴いてしまうのです。

流れてきた幼い頃の自分の声

遺品の中のビデオテープ。それを再生した俊也。そこから流れてきたのは意外なものでした。それは脅迫犯の声でした。しかし,子供の声です。

そして「これって,僕の声じゃないのか?」と思うのです。録音テープに驚く俊也この脅迫犯は子供の声で,31年前に「ギンガ」と「萬堂」をはじめとした大手製菓会社数社を脅迫する声明文でした。

脅迫の内容は先に書いた「グリコ・森永事件」の内容とほぼ一致します。まさに世間を震撼させたあの事件の「声」だったのです。

この時の衝撃はすさまじかったでしょう。犯行の詳細と一緒に「声」まで入っているわけですから。

俊也は亡き父の幼馴染だった堀田信二に相談します。「あれは僕の声ではないのか

堀田は俊也とともに真実を解き明かそうとします。でも堀田は何も知らないのでしょうか。何か疑問ですよね。これは僕の声ではないのか?俊也には伯父がいました。しかし30年間,消息を絶っていたのです。

調査を続けた結果,伯父と親しかった人物と出会うことができます。その人物は,伯父がどういう人物で現在は何をしているのかを聞き出そうとします。

そしてとうとう,伯父が31年前の事件に関わっていたのではないかという証言を引き出すのです。

同じ頃,大日新聞の阿久津という人物が「未解決事件を追う」という企画で,かつての大事件「ギン・萬事件」の特集記事を書くための調査員として活動していました。新聞記者の阿久津そしてなぜか海外への出張を命じられるのです。1983年に起きた「ハイネケン事件」を調査するためです。

このハイネケン事件。それこそこの「ギン・萬事件」の直前に起こった脅迫事件でした。犯人はこの事件を模倣して日本で事件を起こしたのではないか。

「ハイネケン」と言えば,オランダの大手ビール会社で,日本でも販売されているビールですよね。ここに何か「ギン・萬」とのつながりがあるのでしょうか。

海外で事件を調査していたという中国人を探そうとしますが,結局見つからず,手詰まり状態でした。

ところが取材を続けていくと,新たな事実が判明します。

犯人は「くら馬天狗」というグループがこの事件に関わっていたことを知るのです。そしてこのグループがよく利用していた料理屋の存在を突き止めました。

犯人グループが使っていた料理屋そして伯父のルートを調査していた俊也と堀田もこの料理屋の存在を知り,ここで俊也と阿久津が出会うことになるのです。

事件の真相とは

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犯人グループである「くら馬天狗」には,AグループとBグループという2つのグループがありました。

そのBグループの中にいたのが,俊也の伯父の曽根達雄でした。

達雄の行方を追っていた阿久津たち。達雄はイギリスにいることがわかります。そしてとうとう真実を聞き出すのです。

イギリスへ渡る達雄には曽根清太郎という父がいましたが,達雄の父親は実は「ギンガ」に勤務していたのです。そして左翼集団に殺害されてしまったのです。

殺害された清太郎から関わりを断とうとするギンガ。これに怒った達雄は復讐を誓うのです。そこに元刑事の生島という男が声をかけ,計画を練るのでした。

表面上はギンガへの復讐でしたが,実際にはカネを手に入れるための計画でした。そこには「身代金」という目的以上の,もっと大きな目的があったのです。

それが「株」です。つまり「空売り」です。なるほど,空売りか。。。

犯人グループは企業を脅迫し,カネを要求しました。もちろん警察に捕まるというリスクはあります。でもこの金銭の受け渡しは実はフェイクだったというのです。

事件を起こすことでギンガなどの企業の評判を貶め,莫大な金を稼ぐために「空売り」を仕掛けたわけです。

空売り普通思い浮かべるの株の儲け方って,株を安いうちに買って,企業の発展とともに株価が上昇し,そこで売ればその分利益が出るというものですが,今回の「空売り」は逆です。

最初に高い株価の株を売っておいて,企業の不祥事などで株価が下落した時点で買い戻す。その価格の幅を利益として享受するという方法です。

しかし,こうやって儲けた大金でグループ同士で争いが起きてしまったんですね。人間の欲というものが出てきてしまったのでしょうか。

さらに悪いことに,達雄のグループにいた生島が殺害されてしまったのです。

達雄たちのグループも反撃しようとします。しかし,うまくいかず,結局達雄はイギリスへ渡ってしまうのです。

そしてそのまま事件は迷宮入り。これが事件の真相でした。

では,俊也の声は誰が録音したのか俊也の声が録音されたテープテープには二人の子供の声がありました。一人はもちろん俊也。そしてもう一人は生島の子供である生島聡一郎でした。

そして声を録音したのは,何と俊也の母親の真由美でした。真由美は一連の騒動を達雄から聞き,自ら自分の息子の声を犯行に使わせてしまったのでした。

本作品を読みながら,作者のフィクションではあるものの,いろいろな書物やリサーチを経て書き上げた,かなり真実に近い話なのかなって思いました。

この事件の数ヶ月前には,オランダで実際に「ハイネケンの社長拉致事件」が起こっていたらしいです。これは先に書いた通りです。

やはり,この事件を模倣して,犯人たちは事件を起こしたのでしょうか。

確かに,ノンフィクション作品にも「子供の声での脅迫テープ,3人の子供の声が入ったものであった」との供述があります。残った2人の子供はどこでどうしているのか。生きているのか。 録音テープに入った3人の子供の声そしてこの事件で残念なのは,犯人の声に子供の声が使われてしまったということです。

無邪気な子供を使って企業を脅迫するということ。これは大人の許せない自己都合ですよね。

子供たちが大きくなった時に,自分が犯罪に加担したという負い目を感じるということを,なぜ考えなかったのだろうか。それ以上に欲の方が勝ってしまったのでしょうか。

東野圭吾先生の「真夏の方程式」でも子供を犯罪に使ってしまったという事件がありました。

本当に許せないこと。一生,その十字架を背負いながら生きていかなければならないというところまでどうして考えられなかったのだろう。

今回の俊也もそうです。真相を知り,さらに大きな罪を背負ってしまったような気がします。

世の中には人を騙したり,悪いことに手を染めてカネを得ようとする人間はたくさんいると思います。

でも子供を犯罪に利用し,その子供たちが成長していく過程で一生癒えない傷を負ってしまうことを想像できなくなるくらい,金が必要だったのでしょうか。

子供の「罪の声」を録音しなければならなかったのでしょうか。

この話が実話に限りなく近いとするならば,僕自身と彼らは同じくらいの年齢だと思います。

あの子供たちがしっかり生きていることを願うばかりです。

この作品で考えさせられたこと

● かつて日本を震撼させた大事件の概要を知ることができた

● 事件の裏には,世間で考えているものとは異なる思惑があった

● 子供を犯罪に利用することの悲しさ・憤り

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