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【線は、僕を描く】砥上裕將|巨匠に認められた一人の青年

線は僕を描く

僕は線を描く,ではなく「線は僕を描く

これって,どういうことなんだろう,と思ったのが購入したキッカケです。

第59回メフィスト賞受賞作です。この講談社主催の賞で,受賞すれば即書籍化が約束される作品らしいです。

水墨画がテーマとなった作品です。普通の絵画を見ることはあっても,水墨画は「雪舟」という歴史上の人物が描いたというくらいにしか考えたことはありませんでした。 雪舟作者の砥上先生はよくここまで水墨画を読者にイメージさせることができたなと本当に感心します。

2022年の10月に映画化されています。主人公が横浜流星さん,他にも三浦友和さん,江口洋介さんなど,豪華キャストです。

読んだ後はあまりの感動に号泣してしまいました。

自分の人生を考えさせてくれる作品でした。

すばらしいの一言。必読の一書です。

こんな方にオススメ

● 「線は僕を描く」の意味を知りたい方

● 残された人生をどう生きるかを考えてみたい方

● 水墨画の奥深さを知りたい方

作品概要

「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ」
家族を失い真っ白い悲しみのなかにいた青山霜介は、バイト先の展示会場で面白い老人と出会う。その人こそ水墨画の巨匠・篠田湖山だった。なぜか湖山に気に入られ、霜介は一方的に内弟子にされてしまう。それに反発する湖山の孫娘・千瑛は、一年後「湖山賞」で霜介と勝負すると宣言。まったくの素人の霜介は、困惑しながらも水墨の道へ踏み出すことになる。第59回メフィスト賞受賞作。
-Booksデータベースより-




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主な登場人物

青山霜介・・・主人公。法学部に在籍する大学生

篠田湖山・・・有名な水墨画の達人。後に青山を弟子にする

篠田千瑛・・・篠田湖山の孫。水墨画を学んでいる

西濱湖峰・・・篠田湖山の二番弟子

斎藤湖栖・・・篠田湖山の弟子。最年少で湖山賞を受賞

藤堂翠山・・・篠田湖山と並ぶ,水墨画の巨匠

本作品 3つのポイント

1⃣ 霜介,湖山の弟子になる

2⃣ 多くの水墨画家との出会い

3⃣ 霜介は「湖山賞」を獲れるのか

霜介,湖山の弟子になる

青山霜介は,幼い時に両親を事故で亡くし,叔父に引き取られて育ちました。

大学の法学部に入学した霜介は,一人暮らしを始めます。霜介場面は,ある総合展示場にて,霜介がとあるバイトをするところから始まります。

具体的にはバイトの内容を聞かされていない霜介と友人たち。

簡単な飾りつけをすると言いながら,実際にはとても重いパネルを運び込むという重労働に何人もの人間が逃げ出す中,霜介は黙々と仕事をこなします。

取り仕切っているのは「西濱さん」という人でした。どうやらここで絵の展示会が行われるようです。

西濱さんと親しく話すようになった霜介。そこに一人の老人も現れます。湖山「君はガリガリだから,この弁当を食べなさい」

と渡されたのは「来賓用」と書かれた弁当。

そして,展示場に飾られた無数の掛け軸を見て回ることになります。それらはすべて「水墨画」でした。

普段目にする絵画ではなく水墨画の展示会だったのです。

老人と一緒に作品を見て,感想を述べる霜介に老人は驚きます。

君はプロ顔負けの目を持っているね

水墨画が自分にとってはしっくりくると話す霜介。

「自分も頭が真っ白になってしまった経験があるから」だと。

水墨画の核の部分に触れたような発言に老人は目を細めるのです。

水墨画といえばもちろん「モノトーン」なわけですけど,そこに「色」を感じる,というのです。

ある絵を見て霜介は,バラの水墨画でありながら「真っ赤な色だ」と話します。その絵には「千瑛」と書かれていました。

ここで驚くことがわかります。老人は「篠田湖山」という有名な水墨画家で,千瑛はその孫だったのです。千瑛霜介でもその名を知っている「湖山」という老人との出会いに驚きます。

さらに驚いたのは,湖山が霜介を「弟子にしたい」と話し出したのです。

孫の千瑛は気にくわない様子。さらに湖山は

湖山賞を千瑛と霜介で争わせる

と言い出します。まだ水墨画自体も描いたことがない霜介は当然戸惑います。

霜介という人物は,とても謙虚で,しかしながら思ったことを素直に話す,とても心の澄み切った青年に映りました。

ここから霜介は湖山の指導の元,水墨画に目覚めていくのです。

多くの水墨画家との出会い

初めて湖山のアトリエに入った霜介。最初にやったのは,真っ白な紙にただ筆を走らせることでした。失敗など気にせずに思うがままに線を描く霜介。

思いのほか楽しかった」という感想を言う霜介。

画仙紙人って,普通は失敗したくないから臆病になってしまうことも多いと思います。もちろん僕もその一人です。

何かを発明したり,新しい事業を作ったりする方って,きっと恐ろしいほどの失敗を繰り返しているのかなって思います。

霜介の姿を見ていると何か「人生に通じるものがあるのでは」って思ってしまいます。

両親を亡くし,人一倍多くのことを考えてきた人間というのはこうも強いのだろうかって思ったりしました。

何度も何度も塗り直したりしながら完成させる絵画と異なり,一本の線などをしかも最小限のタッチ数で描き上げていく水墨画。

そのシンプルさに徐々に僕自身も惹かれていくようでした。

湖山は言います。

まじめなのは悪くはないが,自然ではない

この言葉もずっしりきます。仕事を真面目にしたつもりはないんですが,体を壊してしまった経験を思い出しながら。

それは「自然ではない」という言葉。

霜介は湖山に習ったことを,家に帰って実践するということを繰り返すようになります。

ただ単に硯を引くだけという日もあれば,一本の草のような線だけを描く日もある。

ライバルであり,兄弟子,いや姉弟子の千瑛とも徐々に打ち解けていきます。もちろん霜介は千瑛から多くのことを学んでいました。

例えば「四君子」のこと。これは「蘭」「竹」「梅」「菊」のことを表し,これらが描けるようになることが一人前の水墨画家であることを意味するようです。竹湖山の弟子には実はあの「西濱さん」もいました。西濱湖峰という一番弟子でした。

他にも斎藤湖栖という千瑛の兄弟子もいます。とても恵まれた環境でとてつもないスピードで腕を上げていく霜介。

逆に千瑛も霜介から学ぶことも多いようです。もちろん千瑛は霜介にはない恵まれた環境で育ったわけですけど,千瑛自身も霜介にしか経験できなかったことからくる「心」の部分に惹かれているようです。

水墨画は「単純に目に見える形だけを追い求めるものではなく,生きているその瞬間の姿を絵に込める」という本質がある。

技術だけを見れば千瑛が圧倒的に上でしょうが,「生」を表現するということに注目してみれば,霜介の方に一日の長があるようです。

湖山と並ぶ水墨画家である「藤堂翠山」との出会いもありました。西濱は翠山とも交流があり,霜介を連れていくのです。翠山事前に霜介の才能を湖山から聞いていたのか,それとも一瞬で見抜いたのか,翠山は目の前で水墨画を描いてみせます。

その鮮やかさ,スピード感に圧倒される霜介は,その絵を譲り受けることになるのです。翠山の名前も入っている,売れば相当な額になるくらいの水墨画でした。

翠山の絵あっという間に描き上げる水墨画,短い中にも「命」を吹き込むような作業で描き上げる水墨画。霜介は練習しながらこんなことを考えていました。

なぜ,もっと一緒にいられなかったのだろう

なぜ,もっと多くの時間を一緒に過ごせなかったのだろう

なぜ,僕は一緒にいる時間を大切にできなかったのだろう

なぜ,僕は取り残されてしまったのだろう

なぜ,僕は生きているのだろう

大切な人を失った悲しみ,苦しみを経験している霜介だからこそ考えられることなんでしょうね。

湖山が弟子にしようと思ったのも,霜介の中に秘められたものを霜介が発する言葉を聴いて悟ったのだろうと思います。

絵画もいいですが,水墨画は意外と奥が深いと感じました。まさに「」なんですね。

練習に練習を重ね,上達していく霜介。そんな中,霜介の大学で学園祭が行われることになりました。ここで思ってもないイベントが行われることになります。

霜介は「湖山賞」を獲れるのか

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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大学で水墨画サークルを立ち上げていた霜介と友人たち。学園祭でも展示会場で自分たちが描いた作品を展示します。

そこには彼らを指導した千瑛の作品も展示されました。

霜介は以前,藤堂翠山に描いてもらったものを参考にしたものを展示しました。

西濱もそれを絶賛しますが,彼の口ぶりからすれば,まだ千瑛の力の方が上のようにも思えました。

そこには師匠の湖山の姿もありました。そこに大学の理事がやってきます。

どうやら湖山と理事はつながりがあるようです。驚いたのはその理事が放った言葉です。

こんな場所で恐縮ですが,先生に『揮毫(きごう)』をお願いできないでしょうか

揮毫とは,観衆の目の前で実際に水墨画を描いてみせ,絵の説明をその場で行うことです。

大学構内に「あの篠田湖山のパフォーマンスが行われる」というアナウンスが流れます。いや大学だけでなく,街中に一気に噂が広まります。

あっという間に会場には前代未聞の大衆が詰めかけました。

畳二畳分の大きさの画仙紙の前に湖山が立ち,一気に描き上げる水墨画。

湖山の水墨画それは「葡萄の樹,蔓(つる),茎や葉」でした。大歓声の観衆。

同時に霜介は理解します。水墨画は完成を目指すものではない。

今,生きているこの瞬間を描くものであると。

湖山による揮毫は大成功でした。

それから「湖山賞」を目指して,霜介と千瑛の闘いが始まります。霜介は何を描くのか。
彼が選んだのは「白い菊」でした。

しかし描けない日々が続きます。じっと白い菊を見つめる霜介。一体何を思っているのでしょうか。白い菊「描くことよりも,自分の心を眺めること」に集中している様子の霜介。

霜介は,今この瞬間の白い菊の命を描こうとするのです。必死に菊の花と自分自身を見つめ,とうとう絵は完成します。

そして「湖山賞」の結果のシーンへ一気に飛びます。

湖山賞を獲ったのは千瑛でした。彼女は「牡丹の花」を描き,受賞したのです。

千瑛も大変だったと思います。師匠の湖山に厳しく指導され,霜介というライバルの出現で多くのことを考え,悩み抜いてこの絵を描き上げたのでしょう。牡丹の絵「何も言うことはない」湖山の言葉が全てを物語っていました。

素直に千瑛を祝福する霜介の姿がありました。僕自身,何か残念な気持ちもしましたが。。。

ところがここで予想外のことが起こります。

「青山霜介君,壇上へ!」

ま,まさか。湖山の目の前に立った霜介は想像もしなかった言葉を耳にします。

審査員特別賞,『翠山賞』を青山霜介君に授与します!

驚く霜介もちろん翠山は湖山と並ぶ巨匠です。審査員でもある翠山からの栄誉ある賞を受賞したのです。

どうやら湖山賞は千瑛と霜介で接戦だったようです。壇上に上がった千瑛からも祝福されます。

「青山君,本当におめでとう」

もうこの辺りでは僕自身も号泣です。これまでの霜介の人生で苦しかったこと,湖山に見い出され,必死で練習し,必死で作品を描き上げたことを思い出しながら。。。

見ればわかる。言葉などいらない

こちらも湖山の言葉が全てでしょう。まさに白い菊の生きているその瞬間を描いた霜介の水墨画は人の心を動かしたのでした。

誰も受賞したことのない『翠山賞』を受賞した霜介

両親を亡くし,苦しく,悩みながら送ってきた人生の途中で出会った水墨画という世界。

人生という線の中に霜介の新しい生き方が組み込まれた瞬間

線は僕を描く」とはそういうことを言いたかったのではないだろうか。

「できることが目的ではない。やってみることが大事なのだ」

何も知らないと恐れることなく行動できるけど,逆に経験が多くなってくると臆病になってしまう時もある。

できるだろうか,成功するだろうか,ではなく,失敗してもいいからまずは行動する。そこから学べるものはたくさんあるのだと思います。

生きているものを描く水墨画。今回霜介が描いたものも一つの花でした。

一輪の花にも命はあります。その一瞬一瞬を描く,二度と訪れることはないその瞬間を描く水墨画の奥深さを感じずにはいられません。花の命花というのはいろんなところに咲いています。

ただ何も考えずに咲いているようにも見えます。

でも人間って,いろんなことを考えてしまいますよね。

未来のことで不安になってしまって,考え過ぎて萎縮して行動できなくなってしまったりすることがあります。

でも後になってみればそんなことは忘れてしまいます。もちろん悩みや不安があるのはしょうがないですが,それを考え過ぎてはいけない。

目の前の一つ一つを必死でこなすことが重要で,それがいつの間にか自分を成長させてくれる。

そして大事なのは,その一瞬というのは二度と帰ってこないということです。

今生きているこの時を大切に生きたい。後悔しないように行動したい。

そんなことを考えさせてくれる,まさに「人生のバイブル」のような作品でした。

この作品で考えさせられたこと

● 「線は僕を描く」の意味を知ることができた

● 今,この一瞬一瞬を大切に生きたい

● 限られた時間,人生を後悔しないように生きたい

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