中山七里先生の作品でも異色の作品です。
中山先生と言えばやはり「岬洋介シリーズ」に代表される音楽モノ,「御子柴礼司シリーズ」の法廷モノ,「ヒポクラテスシリーズ」の法医学者,本当に多くのジャンルを描かれる方です。
でも今回はタイトルにもあるように「政治モノ」です。中山先生ではこの系のものは初めてではないでしょうか。
ある劇団に所属する主人公が,総理大臣の真似をしていたら,本当に総理大臣をやることになったという,本当に面白い趣向の作品となっています。中山先生はこの主人公を「谷原章介」さんをイメージして作られたそうです。
しかも巻末の「解説」はあの「池上彰」さんが担当されています。
「総理の仕事って本当に大変だな。。。」と考えさせられる作品です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 総理になった慎策
3.2 慎策の抱える問題
3.3 国民投票の行方
4. この作品で学べたこと
● もし自分が総理大臣になったら,ということを考えてみたい
● 今,日本が抱えている問題を本作品を通して考えてみたい
売れない舞台役者・加納慎策は、内閣総理大臣・真垣統一郎に瓜二つの容姿とそ精緻なものまね芸で、ファンの間やネット上で密かに話題を集めていた。ある日、官房長官・樽見正純から秘密裏に呼び出された慎策は「国家の大事」を告げられ、 総理の“替え玉”の密命を受ける 。慎策は得意のものまね芸で欺きつつ、 役者の才能を発揮して演説で周囲を圧倒・魅了する 。だが、直面する現実は、政治や経済の重要課題とは別次元で繰り広げられる派閥抗争や野党との駆け引き、官僚との軋轢ばかり。政治に無関心だった慎策も、 国民の切実な願いを置き去りにした不条理な状況にショックを受ける。義憤に駆られた慎策はその純粋で実直な思いを形にするため、国民の声を代弁すべく、演説で政治家たちの心を動かそうと挑み始める。そして襲いかる最悪の未曽有の事態に、慎策の声は皆の心に響くのか――。
-Booksデータベースより-
1⃣ 総理になった慎策
2⃣ 慎策 vs 官僚
3⃣ 慎策 vs テロ組織
主人公の加納慎策は劇団に所属し,役者を志望していました。彼は現内閣総理大臣である真垣統一郎のモノマネをする芸人のような存在。劇団の開演前,前説として登場してくる慎策。
このモノマネが加納慎策の売りでした。顔もそっくり,声もそっくり,身長も同じくらい。前説では多くの観客を湧かせていました。
慎策には同棲する彼女がいました。珠緒という女性で,慎策は「自分はモノマネ芸人のようだ」と言われていることに悩んでいました。
劇団員で主役を目指しているわけですから「芸人」と言われることに抵抗を感じていたようです。そんな悩みを話している時,慎策の元に突然来客が現れます。
慎策を見るや否や,
「加納慎策さんですね。申し訳ありませんが,我々と同行してもらいます」と言い,ガタイのよい二人組に羽交い絞めにされ,連れ去られます。
国家の一大事ということで,首相官邸に連れていかれます。首相の「替え玉」をさせられるためだったのです。
本物の真垣総理はある菌に感染していて,大変な状況になっていました。「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」だそうです。
蜂窩織炎とは
顔面や四肢、特に下肢の真皮下層から脂肪織に生じる細菌感染症
-横浜市立病院サイトより-
どうやら総理は,耳から菌が侵入してしまい,顔面の皮下脂肪をやられたらしいのです。
とは言っても,一端の劇団員が顔や話し方が真似できるとはいえ,総理大臣の代役が務まるものなのか。モノマネをしているだけあって,総理が目指していることは理解しているように思えましたが,なんせ政治知識がないという致命的な問題がありますもんね。
ある議員が「女性の初産が遅くなったのは女性のせいでもあるんだよ」と言ってしまったことの火消し役も務めなければならないのです。
官房長官の樽見は真垣総理をこう表現します。
真垣統一郎という政治家は,バランスが絶妙なんんですよ。決める時のプロセスは緻密で,わずかな疎漏もない。国民に見せる時には単純明快に提示する
-本文より-
真垣総理の能力と奥深さを知り,完全に自信をなくした慎策。そうでなくても自信なんかないですよね。モノマネとホンモノのギャップはあまりにも大きいことでしょう。
辛うじてモノマネの技術で周りの人を騙していきますが、やはり政治経済の知識の不足を補わなければならない。
そこで昔の友人である准教授・風見を頼ります。言ってみれば影のブレインと言ったところでしょうか。
風見は政治経済の知識を慎策に教え,何と閣僚や野党とのやりとりを乗り切っていくのです。
例えば「マクロ経済」と「ミクロ経済」の違い。「マクロ経済」が国家や国民,市場という大きな視点から経済を捉える者に対し,「ミクロ経済」は個人や企業の経済活動から全体像を見る考え方。
それだけではない。多くの分野の知識が必要になっていくわけです。
必死でレクチャーを受ける慎策。重鎮の一人,大隈には「目は口程に物を言う」ということを言われます。子供のような純粋な目をしている総理を久しぶりに見た,と。
慎策は「影武者」であることを見破られたかと思いますが,何とかバレずに済みます。
多くの人々の力を借りながら,とうとう野党との直接対決になります。かつては未曽有の原発の大災害があり,その際の対応を批判します。そして同時に堂々と方針について語ります。
① 大幅な金融緩和と成長戦略
② 消費税増税の実施時期
③ 法人税引き下げによる企業流出の阻止
④ 原発からの即時脱却と電力システムの抜本的改革
⑤ 新公務員制度による官僚改革
⑥ 自然エネルギー,再生医療など,成長分野の後援
⑦ 収入に応じた医療負担,社会保障制度の持続的維持
⑧ 国民の生命と財産を守り抜く外交・安全保障
-本文より-
これを書きながら,僕自身も総理大臣というのは多くの使命があるのだなと感心してしまいます。
慎策はこれをしっかり理解し,堂々と訴えるのでした。そして野党の代表質問にも堂々と回答するのです。あの全国の国民が見ている中継の中で,ここまで堂々と「政治の素人」が話せるものなのかと感心させられます。その姿を珠緒もじっと見守っているのでした。
しかし,政治には多くの敵がいました。どんな「敵」が待っているのか。慎策は正面から向かっていくのです。
次は,政治がうまく行かない理由の一つであると訴える「官僚」との戦いになります。
官僚の人事権を政府が握ることによって、官僚が裏から政府をコントロールしていたこれまでの構図を変えようとする慎策と樽見。
慎策は,官僚というのは日本の「最高学府」を卒業した強者たちであること,それに対し国会議員はあまりにも幼稚であるということを話します。
それによって「官僚システム」と呼ばれるものが戦後肥大し,彼らは既得権益を得ていると。そこで考えたのが,官僚の人事権です。
各省庁のトップは大臣ですけど,官僚のトップである「事務次官」であり,それ以外の官僚は組織内で決められ,大臣が承認するという方式になっているようです。
そして総理 vs 官僚の対決となるのです。この攻防の最後に慎策は言うのです。
「この国を希望の国に変える。そのために私利私欲も組織防衛も既得権益も残らずゴミ箱に叩き込めば,この国は変わることができる」
官僚との奮闘の末、慎策の話術や純粋さを売りに訴えたことで,官僚の人事権を手に入れることに成功するのです。
これまで閣僚,野党,そして官僚を相手にしてきた慎策でしたが,突然驚愕する事実が飛び込んできます。
何と,本物の真垣統一郎が死亡したらしいのです。どうやら入院中,病状が悪化したようです。期間限定で替え玉として乗り切ることを考えていた慎策でしたが、今後も替え玉を続けなければならない。
慎策は愕然とします。益々ブレインの風見を頼ろうとする慎策でしたが,官房長官の樽見はそれを良しとしなかったようです。
慎策が信頼していた風見をとうとう外国に追いやってしまうのです。
慎策は頼れるべき人間を失いましたが、ここまでやってきた責任感からか,総理大臣を続けるしかないと考えます。
そんな時でした。海外から思ってもいない連絡が飛び込んできます。
「在アルジェリアの日本大使館がテロリストによって占拠されてしまいました!」
テロ組織の目的はおそらく「首都マリからのフランス軍の撤退」と判断します。
さらに,日本大使館の職員4人が被害に遭ってしまいました。これまで国内の人間を相手にしてきた慎策率いる日本政府は,海外の事案に悪戦苦闘します。
日本は憲法によって手出しができない。慎策は憤りと焦りを感じます。
とうとうテロリストは要求に従わなければ,3時間ごとに一人ずつ人質である日本人を公開処刑すると言うのです。
どんどん殺害されていく罪なき日本人。
そしてこの肝心な事態に,多忙による疲労からか,樽見が心筋梗塞を起こしてしまうのです。
何と樽見はこれが原因で亡くなってしまいます。頼れる相棒をも亡くした慎策は大ピンチ。テロリストが掲示する3時間という時間も刻々と迫っています。
そんな中、慎策は総理大臣として大きな決断ををするのです。
アルジェリアの大使館に自衛隊を派遣してテロリストを制圧するというのです。
確かにこれは「憲法違反か否か」と思えます。しかし,慎策は日本人の命を重要と考え,慎策は強行するのです。
この策が功を奏し,テロリストを制圧することに成功します。しかしこの後,当然とも言える事態が訪れてしまいます。
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自衛隊の海外派遣によるテロリストの制圧。
当然日本では「憲法違反である」ということで大バッシングが起きます。
「防衛省の暴走を許すなぁ!」「平和憲法を守れぇ!」「真垣総理は即刻退陣しろぉ!」
どうやらこれらは野党側が雇っているデモ舞台のようです。
慎策の元に,防衛大臣の本多が現れます。慎策は,
「不安定を招いたのは私の責任です」
と謝罪します。しかし慎策は本多からあるメッセージを渡されます。それは救出された邦人とその家族からのものでした。
『今日ほど日本人であることを誇りに思ったことはありません。我々の心は日本政府と自衛隊の方々の元にあります』
-本文より-
それでも自分の責任を感じている慎策に本多は言います。
「自衛官が国民から感謝されるのは,外国から攻撃されて,危急存亡の秋か国民が困窮している時だ」
「危急存亡の秋」国民の滅亡か否かの極めて危うい時期。
これは,かの吉田茂元首相の言葉だそうです。防衛省の入隊式でも述べられる言葉。
そして今回のことは「憲法違反にはならない」と言うのです。理由は,
●アルジェリアと近郊諸国の領空での飛行を許可していること
●日本大使館という,日本領土内で起こった出来事であること
そういうことか。。。。正直,憲法違反かどうかの判断は僕自身にはできませんが,いろいろな解釈があるんですね。
慎策は総理大臣として国民に演説をします。自分の思いをテレビを通して国民に訴えます。そして最後に自分が信用できるかどうかを国民投票をするということを国民に問うというのです。
テレビの双方向通信を利用しての国民投票。国民は手元のリモコンを操作するのです。
青ボタンは「支持」,赤ボタンは「不支持」と。
当初は支持・不支持が拮抗していました。慎策,万事休すか?しかし,得票数に変動が起きます。みるみる「支持」が増えていき,最終的には支持が3000万票となり,不支持票の倍近くになっていました。
そう,慎策,いや真垣総理大臣が信任された瞬間でした。
そして慎策は,珠緒に秘密裏に「ファーストレディになってくれ」という言葉を送るのでした。
慎策が本当に総理大臣になってしまうとは。。。
本作品は,総理としての加納の行動をトレースすることで,経済問題やさまざまな問題をわかりやすく説明しています。
経済に疎い僕自身も,少しは日本の経済の仕組みがわかったし,景気が良い悪いというのをどうやって計るかというのも難しい。簡単に景気については語れないなと思いました。
そして他にも,vs 野党,vs テロ,vs 国民というような章に分かれていて,それぞれヒヤヒヤしながらも楽しめました。
一つの物語ではありますけど,慎策が真垣首相になりきり,覚悟を持って国民に訴えるその堂々たる態度や発言にはとても感動しました。
誰のための政治,何のための内閣,そして総理大臣の決断力。自分だったら絶対に逃げ出すだろうな。。。
とにかく,本当に多くのことを考えさせられたし,政治について学ばせられた作品だったと思います。
● 一般市民が急に「総理大臣」をやることになったどうなるかを考えさせられた
● 今の日本の問題を本作品のストーリーを通してわかりやすく理解できた
● 出来過ぎな部分はあるが,最後の結末には感動した