Cafe de 小説
業界知識を学ぶ

【空飛ぶタイヤ】池井戸潤|赤松運送社長の執念

私たちの生活になくてはならないものの一つに自動車があります。

自動車の中核をなす制御装置はITの技術が入っていますが,今後はさらに自動運転,さらには無人運転と発展していくかもしれません。

それが10年後なのか20年後なのかはわかりませんが,おそらく近い将来,劇的に変化が訪れるような気がします。

自動車の一部に不具合が見つかり「リコール」されることもあります。ITの技術の人間の手によるものですから,ITかどうかというのは関係ないわけです。

ネットの統計を見ると,どの自動車会社でも毎年10件くらいの不具合が見つかり,その影響でリコール対象台数も5000台から,多いものになると300万台もの自動車がリコール対象になっているようです。

リコール工場で製造されているとはいえ,部品に不良が見つかればその影響は大きい。

そして問題になるのは,その責任がどこにあるのかということです。

表面上は自動車会社の名前が出てきますが,その部品を製造した企業にもその責任がいくこともあるのでしょう。ひょっとするとその自動車を整備していた企業にも責任があるかもしれません。

本作品は,トラックが走行中にタイヤが外れてしまい,歩行者の女性を轢いてしまって亡くなってしまうという恐ろしい事件が起こるところから始まります。

その責任はどこにあるのか。何が原因なのか。

運送会社の社長である赤松が,真実を突き止めるために奔走するというストーリーとなっています。

こんな方にオススメ

● 本作品の事故による原因は何なのか知りたい

● 本作品での,企業にはびこる隠蔽体質が何かを知りたい

● 真実を追及する運送会社の社長の「執念」を知りたい

作品概要

走行中の大型トレーラーが脱輪し、はずれたタイヤが歩道を歩く若い母親と子を直撃した。トレーラーの製造元ホープ自動車は、トレーラーを所有する赤松運送の整備不良が原因と主張するが、社長の赤松は到底納得できない。独自に真相に迫ろうとする赤松を阻む、大企業の論理に。会社の経営は混迷を極め、家族からも孤立し、絶望のどん底に堕ちた赤松に、週刊誌記者・榎本が驚愕の事実をもたらす。
-Booksデータベースより-




👉Audibleを体験してみよう!

主な登場人物

赤松徳郎・・・主人公。赤松運送の社長

沢田悠太・・・ホープ自動車の販売課長

柚木妙子・・・歩道にトラックのタイヤが突っ込み,亡くなる

門田駿一・・・赤松運送の自動車整備士

井崎一亮・・・東京ホープ銀行の営業

本作品 3つのポイント

1⃣ 責任は製造メーカーか,整備会社か

2⃣ リコールの隠ぺい

3⃣ 赤松社長の執念

責任は製造メーカーか,整備会社か

トレーラーの走行中にタイヤが外れ,そのタイヤが歩行者の母子に直撃し,柚木という主婦が亡くなってしまいます。

残された子供。目の前で自分の母親が轢かれるシーンを目の当たりにし,それを想像するだけでも切ないというか,何とも言えない気持ちになります。

被害者遺族の怒りは相当なものだと想像できます。しかし,どこに怒りをぶつければよいのか。問題は責任の所在です。

この事故でまず思うのは,いくつかの可能性があるということです。

まず運転手に非があったのかということ。そして,タイヤが外れたということで,整備会社に問題があったのではないかということ。

逆にトレーラーの製造メーカーであるホープ自動車の製造段階で不良が発生したのではないかということ。

前者であれば「赤松運送」,後者であれば「ホープ自動車」に問題があるわけです。責任は,自動車メーカーか,運送会社かそこで赤松運送社長である赤松徳郎は,ホープ自動車に事故の原因調査を依頼します。税象段階で問題はなかったかと。

その調査の結果,ホープ自動車自身には問題はなく,「運送会社自体の整備不良があったはず」という指摘をします。

何となく腑に落ちない理由ですよね。なぜホープ自動車に非がなかったと言い切れるのか。

しかし,警察は社長である赤松徳郎を「業務上過失致死」の疑いで捜査を始めます。

赤松は整備士の門田がこのトレーラーの整備をしていたことを知り,追及します。

門田は何かチャラチャラしている印象があって,いかにも整備不良をしてしまいそうな風貌なのですよね。

門田を問い詰めるも,言い訳をしない門田。ほとんど何も聞き出せなかった赤松。

そのため,社長の赤松は整備士の門田を辞めさせてしまいました。先入観で判断しているわけじゃないのかな。門田は何か知っているのか,そんなことを考えたりしました。

しかし,赤松はあることに気づきます。この門田は整備日誌をつけていたのです。その日誌を調べてみると,整備上の不具合はなかったというのです。門田に非はありませんでした。整備日誌 赤松は門田を呼び出し,謝罪しました。そして復職させると同時に,赤松は別のことを疑い始めます。

それがホープ自動車製トレーラーの構造上の欠陥です。ここから赤松の必死の調査が始まります。

果たして赤松は真相に辿り着くことができるのか,というのがこの作品の大きなポイントとなります。

リコールの隠ぺい

「メーカーの構造上の欠陥の有無」がなかったかどうか。赤松社長は調査を開始します。

調べていくと,実はホープ自動車,過去にもリコール隠しを行ってました。

しかも,タイヤが外れたという同様の事故が発生していることを知った赤松は,この真実を追及するため,調査を始めます。

中小企業の赤松運送の周りはすべて敵ばかり。やはり大企業に飲み込まれてしまうのではないか。そんな予感もしました。

同時に,脱輪事故によって世間からの信用が落ちてしまい経営が傾いてきていました。社員の生活を考える赤松は本当に必死になってました。経営が傾く赤松運送さらに追い打ちをかけるように,赤松の子供も事故のことでいじめられてしまうんですね。親としてはとても辛いですよね。子供には全く関係ないわけですから。

赤松はPTA会長にも就いてました。この逆風に赤松は辞任しようとしてました。しかし,周囲の保護者達は赤松の味方で,むしろ応援してくれています。

これで真相を掴むためにどんなことでもやると決意を固めた赤松。

会社の信用を回復するため,門田への汚名を晴らすため,社員の生活を守るため,そして自分を応援してくれる人々の期待に応えようと行動する赤松。赤松社長の真実の追及しかし,ホープ自動車の中には,別の考えを持つ人間もいました。沢田と言う営業の人間です。

ホープ自動車には,品質保証課が隠密で動いている「T会議」と呼ばれる委員会がありました。

ホープ自動車の中には「リコール隠し」という,同じ過ちを何度も繰り返すことを良しとしない人間もいたようでした。

これを利用としていたのが沢田です。このリコールの事実をリークしようしてました。沢田はこの事実をうまく使えば,出世できると考えたんですね。

しかし,この目論見は外れます。上層部が待ったをかけたんですね。

東京ホープ銀行の井崎も,ホープ自動車への不正融資に嫌気がさしていたようです。そして,井崎もこのリコールに関して独自に調査を始めます。

どうやら今回は「リコール隠しの証拠を見つけ出すことができるか」ということがポイントになりそうです。

果たして,赤松はリコール隠しの証拠を掴むことができるのか。

赤松社長の執念

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

👈クリックするとネタバレ表示

ホープ自動車のトラック構造の隠ぺい工作の証拠を掴むために調査を始めます。全国で発生した類似事故の企業へ足を運びます。

それは自分の会社の社員を守るため、そして何よりも真実を明らかにするため。そしてとうとう重要な証言にたどり着くのです。

それは数年前に同じような事故が起こった際の別の運送会社の社長でした。

タイヤをつなぎとめている「ハブ」という部分があるらしいんですけど,そこに欠陥があったというのです。

原因となったタイヤのハブその話を聞いた赤松はホープ自動車から「ハブ」を回収しようとします。

しかし,ホープ自動車から断られます。ん? ますます怪しいですよね。赤松も大きな不審を抱くわけです。

それを知ったホープ自動車の上層部は「一億円」の和解金を提示していくるのです。完全に事実の隠ぺいに走ろうとしているホープ自動車。和解金の一億円

赤松はそれを突っぱねます。やはり真実を追及するつもりなのでしょう。

ただ同時に遺族からの慰謝料請求が赤松運送にきてました。板挟みになる赤松。大ピンチです。

しかし,赤松はさらに必死で走り回り,多くの人から証言を得ようとします。

そして,過去にホープ自動車が国土交通省へ提出した調査報告書が改ざんされた可能性があることを掴みます。

調査報告書の改ざんそれをもたらしたのは沢田でした。沢田はリコール隠しに関わっていましたが,上層部からの身勝手な待遇に嫌気がさしていました。

決定的だったのは,かつて同様の事故の中に,新車のトラックのものがありました。

なるほど,新車がいきなり脱輪するはずはないですよね。もしあるとすれば初期不良,つまり部品の欠陥ということになります。

それだけでなく,赤松は多くの証言,改ざん情報,いろいろなものを入手し,港北署へ行きます。そして,とうとうホープ自動車に警察による捜査が入るのです。自動車会社への警察の捜査決定的な証拠を警察が掴むと同時に,隠ぺいの指示のメールの入手。

最後は赤松運送に落ち度はなく「ホープ自動車の欠陥が問題」だったことが明らかになりました。それが真実でした。

これで完全にホープ自動車の不正が明らかになり、社長をはじめ、専務などが逮捕されました。

東京ホープ銀行の井崎も,不正融資に心を痛めていましたが,ようやく正しい道に進めると胸をなでおろした感がありました。

赤松がこの真実にたどり着いたのは多くの人の支えがあってこそだったと思いますが,一番印象に残ったのは彼自身の「執念」です。赤松運送の社長の執念これには本当驚いたし、自分が同じ立場だったらここまでできるだろうか思いました。

「大企業の大きなミスを下請けが抱え込み,立場的に何も言えない下請けが淘汰されていくという現実に我慢できなかった」と池井戸先生は話しているようです。

つまり,今回の話は実話をもとにした話だと言えます。まるで池井戸先生の「怒り」が乗り移ったかのように行動する赤松。

同時に,隠ぺいや改ざん,保身や責任転嫁など,人間の醜い部分も見えました。

自分のためではなく,赤松運送の社員の生活のため,そのために会社を存続させるため,彼がとった行動は執念ともいうべき真実の追求だったのです。

読みながら思ったのは、正直に人と接すること、そして他のために尽くすこと。赤松社長の人間性のすごさに感服しました。

その人間性が周りの様々な人間を動かしていったのではないかと思います。

このままいなくなりたい。悪いことばかり続けば,自分自身も悪いことを考えてしまうこともあるかもしれません。

でも赤松は諦めなかった。そこがすごかった。こんな強くて,社員を守ろうとする優しい人間になりたいと思わされました。

かつてT自動車会社でも「意図せぬ急加速問題」というのがありました。

このリコールにまで発展した問題が発生したのは2009年のことで,新聞やネットでも報道されていた記憶があります。

自動車はITの塊と表現されることがあります。アクセスもブレーキも,ほとんどの機能は電子制御されている,つまりプログラムで制御されているということです。

ITを志せばわかることなんですけど,人間が作ったプログラムには「バグ」,つまり不具合が存在することがあります。人間が作ったものなので,やはり誤りはあるんですよね。

急加速問題というと,高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違えるということもニュースになったりすることがありますけど,2009年のトヨタの問題は調査の結果,電子制御部分には何の問題もなかったという結論になりました。

問題はなかった。使う方に問題があったということらしいです。

しかし,T企業は1200億円もの和解金を支払っています。なぜか。

そこには「顧客第一」というT企業の社長の思いがあったかららしいです。批判を受けても,過ちがあれば素直に謝罪し,そして「顧客」のために奔走する姿。

赤松社長と重ね合わせてしまうくらい,大企業の社長の器を知る出来事でした。

この作品で考えさせられたこと

● 大事故の責任の所在があいまいになってしまうことがある

● 大企業の主張に対し,何も言えない中小企業の存在があるのではないか

● 真実を追及しようとする赤松社長の執念に感服しました

こちらの記事もおすすめ