加賀恭一郎シリーズ第十弾。シリーズ完結編と言われた本作品。
「新参者」「麒麟の翼」と,刑事の加賀が日本橋署に異動になり,そこで起こった事件の最終作ということなのでしょうか。
実際には後に発表される「最後の糸」にも加賀は登場するのですが。ただ,加賀が主人公ではなかったので,主人公加賀の最後の作品なのかもしれません。
これまでは病床の父親の話が時々登場し,母親のことで何かしらの疑問を感じている加賀の様子が伺えました。
本作品では加賀の母親の話が登場します。加賀にとって辛い事件が幕を開けるのです。
2018年に映画化されています。加賀恭一郎はもちろん阿部寛さん,そして今回のヒロイン役である浅居博美は松嶋菜々子さんという豪華キャストです。
僕自身は映画は観ていませんが,以前PVを観た時,松嶋菜々子さんが燃え盛る炎からゆっくりと歩いて去っていくというシーンが忘れられません。
作品を読んだことある方はそのシーンが何を意味するのかはすぐにわかったのではないかと思います。
果たして「祈りの幕が下りる」とはどういうことなのか。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 葛飾区で起きた2つの事件
3.2 暗号の秘密とは
3.3 親子の深い絆
4. この作品で学べたこと
● 今回の冒頭の2つの事件の真相を知りたい
● 登場する親子の絆を知りたい
● 加賀の母親が家を出た理由を知りたい
悲劇なんかじゃない。これが私の人生。加賀恭一郎は、なぜ「新参者」になったのか---。
明治座に幼馴染みの演出家を訪ねた女性が遺体で発見された。捜査を担当する松宮は近くで発見された焼死体との関連を疑い、その遺品に日本橋を囲む12の橋の名が書き込まれていることに加賀恭一郎は激しく動揺する。それは孤独死した彼の母に繋がっていた。シリーズ最大の謎が決着する。吉川英治文学賞受賞作。
-Booksデータベースより-
1⃣ 葛飾区で起きた2つの事件
2⃣ 暗号の秘密とは
3⃣ 親子の深い絆
スナックの経営者である宮本康代という女性の元に現れた一人の女性。それは田島百合子といいます。
後でわかるのですが,あの加賀恭一郎の母親です。夫と息子を置いて仙台までやってきた百合子。
そんな時に百合子は一人の男性と出会います。綿部俊一でした。百合子と綿部は意気投合し,付き合うことになります。
綿部は電気関係の仕事に就いており,各地を転々としながら生活していました。
百合子が仙台にやってきて16年後,百合子は亡くなってしまいました。
綿部と何かあったのか。遺品も取りに来ようとしない綿部に不信感を感じます。康代はその綿部から,百合子の息子である加賀の住所を知らされ,康代は連絡を取ります。
慌ててやってきた加賀が,百合子の遺品を持って帰るのでした。
一体,百合子に何があったのか。。。
話は十年後に飛びます。東京都葛飾区で2つの殺人事件が起こります。
まずは小菅で起こった事件。あるアパートの一室で押谷道子という女性が首を絞められ殺害されていました。
その部屋の持ち主の名前は越川睦夫という男のものでしたが,彼は行方不明になってしまいます。
収穫は,残された歯ブラシに残されていたDNAです。さらに事件が起きます。新小岩にある河川敷でホームレスが殺害されるという事件が起きました。首を絞められ,辺りを燃やされ焼死体となって発見されます。
同じ葛飾区で起こった事件に関連があるのではないかと疑った加賀の相棒である松宮。
残念ながら,越川のDNAと歯ブラシのDNAは一致しませんでした。
小菅で起こった事件の被害者である道子。実は滋賀県に在住でした。休暇を利用して小菅にやってきていたようなんですね。一体何のために。。。
道子はハウスクリーニングの仕事をしていました。その時に,ある老人ホームに行ったことが判明します。その後,道子は明治座の舞台を観に行っているようなんです。
その明治座でやっていた舞台に出演していたのが「角倉博美」,本名は浅居博美といいました。
彼女は約2ヶ月間の舞台の真っ最中でした。松宮は道子が博美と会っていたのではないかと疑います。博美は「確かにお会いしました」と会ったことを認めています。
道子の事件に博美は関わっているのでしょうか。
松宮は捜査した内容を加賀に報告します。実は加賀は博美のことを知っていました。
かつて,芝居に必要だということで,剣道を教えたことがあったのです。
加賀は大学時代も剣道をやっていましたもんね。
(興味がある方は「卒業」という作品を読んでみてください)
事件の捜査が続き,新たな真実が判明します。
小菅であった事件の歯ブラシのDNAが,ホームレスのものと一致します。
どうやら歯ブラシは越川のものかと思いきや,すり替えられていることがわかるのです。
歯ブラシはホームレスのものでした。そして驚愕の真実が。。。
焼死体はホームレスのものではなく,実は越川自身だったのです。
越川のDNAとホームレスのDNAが完全に一致したのでした。
ん~,何か混乱してきたぞ。犯人はなぜこんなことを仕組んだのか。
小菅の越川の部屋を再度捜査します。彼の部屋のカレンダーには意味深な書き込みがありました。
一月 柳橋
二月 浅草橋
三月 左衛門橋
四月 常盤橋
五月 一石橋
六月 西河岸橋
七月 日本橋
八月 江戸橋
九月 鎧橋
十月 茅場橋
十一月 湊橋
十二月 豊海橋
何かの暗号でしょうか。想像を膨らませ,推理しようとする加賀。
加賀は,母親百合子の遺品に同じ内容を書いたメモがあったことを松宮に伝えます。
これには松宮も衝撃を受けます。同時に加賀は何か自分の中でストーリーを思い描いているようです。そのメモが残されていた百合子の部屋のことを考え,加賀たちは仙台に飛びます。
そこで百合子が働いていたスナックのオーナーである康代を訪ねます。
加賀はどうしても越川の正体を知りたいようでした。ひょっとすると越川=綿部なのではないか。
加賀たちはいくつかの似顔絵を道子に見せます。そして
「この絵が似ています」
と指さしたのは,越川の似顔絵です。
つまり道子は,かつて仙台で百合子と一緒にいた綿部に似ていると言っているのです。
加賀の推理は正しかったようです。そして確信します。綿部は越川と名乗っていたことを。
それは同時に新小岩の焼死体が綿部であることをも示していました。
次に加賀はメモの意味を考え出します。12個の橋と月の意味。橋が建設された月なのか。
それは違いました。では一体何なのか。
加賀は推理します。これは「それぞれの橋で行われたイベントなのではないか」
そして加賀は気づくのです。7月に日本橋で「橋洗い」があったことを。
橋洗いとは,橋を綺麗な形で後世に残すために毎年行われているイベントです。ちなみに日本橋では7月の第4日曜日に行われているようです。
このイベントに,綿部がやってきていたのか。そして百合子も。
捜査を続けているうちに,この橋洗いのイベントを写真に収めていた人物がいたことが判明します。
かつて加賀の父を看取り,看護師でもある登紀子の弟,祐輔でした。どうやら祐輔は出版社の人間で,写真部員でもあったようなんですね。
加賀たちは祐輔が撮った写真の中にヒントがないか調査します。そしてとうとう事件のヒントにつながる意外な人物が写っていることに気づきます。
それはあの浅居博美でした。一体何のために橋洗いのイベントに来ていたのか。加賀の中でいろいろな憶測が飛び交います。そもそも剣道を教えてもらうのに,なぜわざわざ警察を,日本橋署を選んだのか。
その矛先が自分に向いているのではないかと加賀は思っているようです。
「雑誌で見たから」とあっさり答える博美ですが,加賀にはやはり不信感がある様子。
ここで加賀は博美の毛髪を入手します。何かのつながりを求めて。
これが後々,決定打となっていきます。
そして事件は真相に近づいていくことになります。
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加賀は,百合子の遺品の中にあった時刻表を見つけます。そこには「女川」の場所に指紋がついていました。つまり,綿部は女川に何かしらの接点があったと考えるのです。
綿部は電気関係の仕事をしていた頃から「女川原発」にいたのではないかと疑います。
綿部と博美に接点はないのか。加賀には何かしら繋がりがあると推理しているようでした。
捜査してもなかなか決定打が出てこない状況の中,事件に進展があります。
似顔絵を元に原発の人間に聞き込みを行った結果,綿部とよく似た人物が原発にいたことが判明します。その人物の名は横山一俊です。そしてようやく繋がりが見えるのです。
横山は綿部だとして,綿部(越川)のDNAと博美の毛髪のDNAが親子であることを示していたのです。
これで完全に繋がりました。綿部は博美の父親で間違いなさそうです。
そうなると,綿部は各地を転々とするたびに名前を変えていたことになります。
つまり,何かしらの大きな目的を達成するため,警察の捜査をかいくぐるために何かしらの魂胆があると。一体,それが何なのか。その真実は驚くべきものでした。それは綿部や博美の過去の話になります。
博美の父親の本当の名前は忠雄といいます。しかし,彼は崖から投身自殺していました。
ところがこの忠雄,本当の忠雄ではなかったのです。
先に登場した横山ですが,これは忠雄がなりすましたものでした。つまりこういうことです。
忠雄は借金を抱え,自殺することを考えていました。そこに現れたのが本物の横山です。横山は借金の返済の見返りとして,博美の体を要求してきました。
それに憤りを感じた忠雄は横山を殺害。そして横山に成り代わりました。
つまり,崖からおちたのは本物の横山だったんですね。
忠雄と博美の関係がバレれば忠雄は捕まり,その殺人者の娘として博美も無事ではない。
そう考え,連絡を取り合う手段に使ったのがあの「橋洗い」です。年に12回あるイベント
の中で,電話でやり取りすることにした忠雄と博美。
つまり,あの「暗号」は忠雄と博美をつなげる唯一の手段だったわけです。
ところが,この2人の関係に気づいた人間がいました。小菅で殺害された道子です。
実は忠雄は博美の舞台を一目見ようと,明治座を訪れています。それを発見した道子。
繋がりがバレてはまずいと道子を殺害したのです。
ん? ということは,あの焼死体は忠雄ということ?
忠雄は人生に疲れていたようです。自分が他人に成り代わり,居場所を転々としながら博美の影のように生きてきた忠雄。
「がんばれよ。悔いのないように精一杯やるんやで。そうしたら博美は幸せになれる」
道子を殺害し,多くの事件を犯してきた忠雄。全ては博美を守るためでもありました。
衝撃を受けた博美。この後さらなる衝撃的シーンが。
博美は忠雄の首に手をかけます。そして殺害するのです。忠雄は自分の娘が自分を殺害しようとしていることに「本望である」と感じているようでした。
そしてホームレスのいた小屋に火を放った。
あぁ,このシーンがあのPVのワンシーンにつながるんですね。
燃え盛る炎を前を立ち去っていく博美は一体何を思いながら歩いていたのか。
それは博美が「幕を下ろした瞬間」でもありました。
何とも言えない切ない結末。
かつて加賀の母親百合子は離婚して加賀家を出ていきました。
その百合子と一緒に過ごした綿部は,実は百合子の息子,つまり加賀あてに手紙を書いていました。
「なぜ,夫と息子を置いて出て行ったのか」
その理由は自分の父親のせいだと思っていた加賀は、その本当の理由を知ることになります。百合子は自分のせいで家庭がおかしくなったと思っていたようです。そして波悩んだ挙句,「うつ病」にも罹っていました。おそらく自分を責め,反芻思考が彼女を崖っぷちまで苦しめたことでしょう。
事件を通して死ぬ物狂いで生きてきた忠雄と博美の2人の人間の絆を感じた加賀。
同時に自分自身の両親に対する思いも変化が見られるようになりました。
「みんな苦悩しながら必死で生きていたのだ」と。
加賀シリーズでは日本橋を舞台にした話の結末に相応しい,特に重要な作品と言ってもいいのではないかと思います。
● 加賀の母親が出て行った真意を知ることができた
● ヒロインである博美と,それを支えた父親との絆
● 事件の捜査をする加賀の洞察力には毎回感服します