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【盤上の向日葵】柚木裕子|天才棋士を襲った悲劇

2016年,史上最年少記録を塗り替え,プロ棋士になった中学生が誕生しました。ご存知「藤井聡太」さんです。

AI将棋ソフトで鍛えた大局観を武器に頭角を現した彼は,その後どんどん昇格していき,さらにタイトルを奪い続けています。

2022年12現在,竜王・王位・叡王・王将・棋聖の5冠になった藤井さんは今後もさらなる高みに上り詰め,7冠になるのも時間の問題なのかもしれません。

そんな中で読んだのが本作品でした。もちろん将棋の話です。

ある天才少年が将棋の世界に入りながらも,周囲では殺人事件が起こるという,将棋の世界とミステリーがミックスされた作品になっています。

話は,一人の男性が殺害されて山中に埋められていたというところから始まります。一体殺害されたのは誰で,事件の真相な何なのかがポイントとなります。

こんな方にオススメ

● 将棋に興味のある方

● 天才棋士の主人公に起こる不遇な環境を知りたい

● 冒頭で登場する白骨死体の真相を知りたい

作品概要

平成六年、夏。埼玉県の山中で白骨死体が発見された。遺留品は、名匠の将棋駒。叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志した新米刑事の佐野は、駒の足取りを追って日本各地に飛ぶ。折しも将棋界では、実業界から転身した異端の天才棋士・上条桂介が、世紀の一戦に挑もうとしていた――
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

上条桂介・・・主人公。東京大学を卒業した若い棋士

唐沢光一朗・・元小学校教師。桂介に将棋を教える

佐野直也・・・埼玉県警の刑事で,今回の事件を追う

上条庸一・・・圭介の父親。桂介を虐待する

東明重慶・・・「鬼殺しのジュウケイ」と呼ばれる元棋士

本作品 3つのポイント

1⃣ 桂介は将棋の世界へ進むのか

2⃣ 真剣師・東明との出会い

3⃣ 桂介と東明との約束

桂介は将棋の世界へ進むのか

ある日,埼玉県の山中に白骨化した遺体が発見されます。年齢が40代くらいではないかということだが,誰かと言うのがわかりません。

どうやら刺殺されているようで,殺人事件ではないかと警察が動き出します。

ただこの遺体のそばに,ある物が埋められていました。それが「将棋の駒」だったのです。
「犯人は将棋関係者」という憶測の中,捜査が始まります。死体と一緒に埋められれた将棋の駒しかもその駒がすごい駒で「初代菊水月作の駒」だったのです。

現在であれば数百万円で取引される名品なんですけど,これがなぜ埋められていたのかというのが一つのポイントとなります。

一方,将棋界では大きな変化が起きていました。将棋界のタイトルの一つである「竜昇戦」が行われていました。

対戦していたのがすでに6冠を達成している24歳の壬生芳樹,そして本作品の主人公である33歳の上条桂介でした。上条桂介の対局桂介は以前は天才棋士と呼ばれていました。元々頭が良かった桂介ですが問題がありました。

父親の上条庸一が賭け麻雀で負けて,家の金を使い込んでいたのです。そしてさらに庸一は桂介を虐待していました。

不遇な環境に育っていた桂介。

そんな桂介を見かねて将棋の世界に誘ったのが,元小学校の教師である唐沢浩一朗です。

IQ140という能力の高さを評価していた唐沢は,自らもやっていた将棋を教えます。桂介は将棋にどんどんのめり込んでいきました。そして「奨励会」へ入門させるのです。

奨励会奨励会というのは,プロ棋士を目指すものが必ず通る「登竜門」のようなところです。

もちろん羽生善治さんや藤井聡太さんもここで多くの対局をして力をつけていったのわけなんですね。

もちろんタダで入会できるわけではなく,そこには会費も必要になってくるわけです。そこを唐沢は支援しようとするんですけど,問題がありました。

父親の庸一が入会を許さなかったのです。庸一の元に居続けるのか,それとも唐沢の養子になるのか。二者択一を迫られた桂介はなんと庸一を選ぶのです。

これは情けない父親に対する「情」なのでしょうか。それとも虐待されたとしても血がつながっているからこそ,親からの愛情を受けたいと願うからなのでしょうか。

結局,桂介は進学を目指すことになります。そして必死で勉強し,東京大学に入学したのでした。

もう二度と将棋の世界を目指すことはないのかと思われましたが,冒頭に書いたように桂介は再び一度は足を踏み入れた世界へ舞い戻ってくるのです。

真剣師・東明との出会い

かつて,桂介は懐かしい気持ちで「将棋道場」へ足を踏み入れたことがありました。多くの人が対局をしているのを見て,昔の気持ちが湧き上がってきたのでしょうか。桂介は対局をすることになります。

「肉を切らせて骨を断つ」すごい言葉ですけど,桂介の将棋はそんな将棋でした。相手を徹底的に攻め,攻撃は最大の防御と言わんばかりの対局です。桂介はこの対局で勝利します。

何かが目覚め始めた,というか甦るというか,不思議な気持ちになります。

そんな時に出会ったのが本作品でも重要な出会いとなる「東明重慶」でした。

東明重慶元アマ名人として名を馳せた東明は,かつては日本最強とも言われた男です。彼は「真剣師」となっていました。

「真剣師」とは,賭け将棋をして生計を立てる人のことです。

桂介には大切な物がありました。それは先に書いた「初代菊水月作の駒」です。

「お前が持っててもその駒は『生きない』」そんなことを言われ,桂介は東明にその駒を渡してしまいます。しかも大事な駒を担保に勝負するのです。気が気ではない桂介。

東明は真剣師として駒を借り,対局に勝利します。桂介はその姿に感銘を受けたようでした。

ところが東名は「初代菊水月作の駒」犠牲に大金を手に入れ,消えてしまうのでした。完全に騙された感じの桂介。駒は対戦相手に渡ってしまうんですね。

駒のことが頭から離れない桂介。その後,桂介は東京大学へ入学し,卒業後には外資系の企業に入社しました。

「菊水月作の駒」を取り戻すため,桂介は必死で働き,ようやく駒を買い戻すことに成功します。

そしてさらに桂介はソフトウェア企業を立ち上げます。順調に起動に乗る桂介の企業。

ところが,そこへある人物が現れることになるのです。

桂介と東明との約束

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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桂介が起業で成功したことがある人物の耳に届いてしまいました。桂介の父親の庸一です。
約10年ぶりに再会した2人。やはり用件はカネの無心でした。

ここから何度も何度も金を無心にくる庸一。金の無心に来る庸一桂介の会社の社員にもそれが伝わってしまい,桂介はあることを考えるようになります。

ゴミみたいな男に,自分が作り上げたものを壊されてたまるか

そしてさらに悪いことは重なります。あの「東明」が現れたのです。またカネの無心か?
彼は桂介と対局を望んでいました。何か裏がありそうですが,桂介は承諾します。

そして勝負が始まります。ここで桂介は昔のことを思い出し,東明を返り討ちにするのではないかと思ったんですけど,違いました。桂介の5連敗でした。

真剣勝負で熱くなり,これまで経験したことのない高揚感でいっぱいの桂介。彼に東明は言うのです。

誰か殺してほしい人間はいないか?

東明の「誰か殺してほしい人間はいないか」東明は病気に侵され,残された余命もあとわずかという状況でした。

「だから最後にお前の言うこと聞いてやるよ」かつての贖罪のようにも思えました。

ということは,ひょっとして,冒頭の白骨死体は庸一?

桂介の父親の庸一は,さらに金の無心にやってきました。もう限界の桂介。念書を書くと見せかけ,逃げ出す庸一を殺意を持って追う桂介。

しかし,桂介は衝撃の事実を告げられるのです。自殺した母親。なぜ自殺したか。

それは桂介が庸一の本当の子供ではなく,母親の兄との子供だったからです。衝撃の告白に対するこの上なき脱力感。庸一は意気揚々と去って行ってしまいました。

余命幾ばくかの東明と何番も将棋で対決するようになった桂介。ある対局で将棋盤の上に一点「向日葵」の残像が残っている場所がありました。それは桂介が次に打つべき場所を示しているようでした。盤上の向日葵この勝負に勝った桂介は,東明にある提案をします。以前,誰か殺したほしい人間はいないかという質問の答えをここで告げるのです。

「上条庸一。俺が父親だと思っていた男」

やはりあの白骨死体は上条庸一か。そう思っていましたが,違いました。

東明は約束を果たしました。もちろん庸一殺害です。しかしその後,東明は桂介に
天木山へ連れていけ」というのです。

そして東明は持っていたナイフで自分の腹を刺すのです。驚く桂介。

しかし桂介は東明の望み通りに土の中に埋めるのでした。あの伝説の駒と一緒に。
それが真相でした。

そして事件発生時に戻ってくるのです。二人の刑事が捜査を続け,殺人事件の遺体の身元と将棋の駒の持ち主に辿り着きました。身元は「東明」でした。

白骨死体は「東明」だったんですね。

天木山に埋める なぜ大事な駒を一緒に埋めたのか。桂介はなぜあれだけ大事にしていた駒を埋めたのかがポイントだと思っていたんだけど,予想とは違った。

自分を成長させてくれた感謝の気持ちか罪を追わせてしまったという負い目の気持ちか,遺体を遺棄したということで駒を持つ資格がないと思ったのか。。。

そこははっきりとはわかりませんでした。

結末は駅のフォームにいた桂介の前に二人の刑事が現れます。そして桂介が荷物を下ろした瞬間,桂介は。。。悲しい結末でした。

桂介の過去の生い立ち,成長するに従い出会う人々。いろいろな思いを持ちながら彼は最終的には行動を起こしました。

そして二人の刑事が,駒の取引を過去に遡っていき,この二つの話が一点で繋がる瞬間がやってきたときは「なるほど」と思わせられました。

柚木先生は将棋のことをかなり調べて描いたのではないかと思うのです。

ひょっとしたら将棋が好きなのかもしれないですね。いずれにしてもかなり研究しないとあそこまで将棋の世界をリアルに描けないと思います。

この作品のポイントは,なぜ犯人は将棋の駒と一緒に死体を埋めたのか,ということでした。

はっきりとした理由はわかりませんでした。わざと自分が犯人であるという手がかりを残したのではないかとかいろいろ想像しました。

読者の想像に任せます,というところなのでしょうか。

上下巻通して思ったのは,上条桂介の不遇な家庭環境,周囲の人間との運命的な出会い,いろいろなものが絡んでいて,その中に生まれてしまったという不運が彼の人生を良くも悪くも変えてしまったということです。

世の中にはやはり不遇な環境で育ってしまう人々はたくさん存在していて,それが成長に大きな影響を与えてしまうということもあるのだと改めて感じました。

とにかく,切ない話でした。ん~,ホント切ない。。。

この作品で考えさせられたこと

● 将棋とミステリーが好きな人にはたまらない作品

● 上条桂介の不遇な環境に同情してしまった

● 幼い頃の環境,自分の出生の秘密によって人生が狂うことがあること

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