久しぶりに東野圭吾先生の作品,読みました。
僕の場合,新作が登場しても文庫本になってから購入するので,2,3年は待たないといけないんですね。だからじっと我慢するわけです(笑)
書店に行ったらズラーッと並んでました。さすが大御所の作品は扱いが違います。今回は上下巻と,東野先生の作品では珍しいなと思いました。というか初めてじゃないかな。
かつて「白夜行」という長編がありましたけど,同じくらいのページ数。ページ数が多いということは,かなり深みのある作品なのではないか。
読んでみたら予想どおり,とても深いし,本当にいろいろなことを考えさせられました。事件の関係者が何を思うか,そして読者が何を感じるか。その辺りをしっかり深慮して描いていることがこちらまで伝わってきました。
2023年には「紫綬褒章」を受賞され,江戸川乱歩,夢枕獏先生などと並ぶ著名人となりました。おめでとうございます!
僕自身も東野先生の作品の中でも指折りの作品になりました。是非,ご一読を!
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 父親の自白に対する違和感
3.2 真実を知りたい二人の人物
3.3 過去から繋がる事件の真相
4. この作品で学べたこと
●「白鳥とコウモリ」とは何を意味するのか知りたい
● 罪を自白した人物の行く末を知りたい
● 加害者関係者と被害者遺族の複雑な関係
二〇一七年、東京竹芝で善良な弁護士、白石健介の遺体が発見された。捜査線上に浮かんだ倉木達郎は、一九八四年に愛知で起きた金融業者殺害事件と繋がりがある人物だった。そんな中、突然倉木が二つの事件の犯人と自供。事件は解決したと思えたが。「あなたのお父さんは嘘をついています」。被害者の娘と加害者の息子は、互いの父の言動に違和感を抱く。-Booksデータベースより-
倉木和真・・・父親である達郎の汚名を晴らすべく,事件の真相を探る
白石美令・・・殺害された弁護士である白石健介の娘
倉木達郎・・・過去の事件,白石健介殺害を自供する
白石健介・・・港区で殺害される。美令の父親
五代努・・・・事件を追う刑事。33年前の事件との関係に疑問を持つ
福間淳二・・・33年前の事件の犯人とされる。その後,刑務所内で自殺
浅羽洋子・・・福間淳二の元妻。現在は居酒屋を営む
浅羽織恵・・・洋子の娘。居酒屋を手伝っている
安西知希・・・離婚した元夫との間にできた織恵の息子
1⃣ 父親の自白に対する違和感
2⃣ 真実を知りたい二人の人物
3⃣ 本作品の考察
東京の港区海岸の路上で,一人の男性の遺体が発見されます。隅田川テラスにあった車の後部座席に,白石健介という弁護士がナイフで刺された状態で発見されたのです。刑事の五代がこの事件の捜査を担当します。
白石が持っていたスマートフォンのGPS情報から,彼はこの隅田川テラスだけではなく,門前仲町にある富岡天満宮近くにも足を運んでいることがわかります。どうやら近くのコインパーキングに車を止めて行動していたようです。
ある日,五代は部下の中町と共にある人物をあたるように言われます。倉木達郎という人物です。どうやら倉木は白石の事務所に電話をかけていたようなんですね。彼が住んでいるのは愛知県。新幹線に乗り,のぞみからこだまに乗り換え,三河安城駅へ向かいます。
倉木から話を聞きます。彼には東京に倉木和真という息子がいて,定期的に泊まりにきているようです。殺害された白石健介のことも聞きますが,ただ単に相談事があって誰かに紹介されたということしか言いません。
息子の和真は父親がどういう行動をしているかをあまりよく知らされていない。達郎は何かを隠している。そして捜査を続ける中で、富岡天満宮近くの「あすなろ」という居酒屋に辿りつきます。ここを経営しているのは浅羽洋子と娘の浅羽織恵です。
彼女たちは倉木がよくこの店にやってきてくれることを五代に伝えます。ただ,この母娘,何か隠している。それは達郎も同様です。ここで重大な真実が明らかになります。洋子は五代に言います。「私の夫は警察に殺されました」と。
どうやら,彼女の夫であった福間淳二は,1984年に灰谷という男性を殺害した犯人として逮捕され,数日後に刑務所で自殺したというのです。これが「冤罪」であると主張する洋子たち。警察に対する不信感はかなり大きいようです。
ただこの灰谷という男性,悪徳商法であまり評判はよくなかったんです。詐欺で多くの人々からカネを騙し取っていたんですね。福間も被害者の中の一人だったというわけです。では倉木達郎とは何者なのか。実は彼がこの事件の第一発見者だったのです。
でも第一発見者って,一番疑われるって聞いたことあります。達郎はそうじゃなかったのか,疑問を持つ五代たち。達郎は,なぜ「あすなろ」に定期的に行っていたのか。確かに達郎の行動は怪しい。というか,ひょっとして事件の容疑者なのではないか。
だから償いの意味もあって「あすなろ」へ行ってたのではないか。読者としてはそう考えてしまいます。五代たちがさらに捜査していくと,達郎と,殺害された白石健介と面識があったことがわかります。そしてとうとう倉木達郎は自白します。
「すべて,私がやりました。すべての事件の犯人は私です」
達郎が言う,福間を殺害したという動機は何だったのか。実は33年前,倉木は交通事故を起こしていました。その相手が灰谷だったのです。灰谷は一時はたいしたことがないようなことを言っていましたが,病院へ行ったりしており,徐々に達郎に医療費を要求するようになります。
最悪だったのは「勤務先にバラす」と言われ,灰谷の思うがままになってしまいました。
それがエスカレートしてもう我慢の限界だった達郎は,犯行に及んでしまったと言うのです。逮捕されると思いきや,達郎はニュースで別の人間,つまり福間淳二が逮捕されたことを知ります。福間が刑務所で自殺したのは先に書いた通りです。
罪の意識に苛まれながら長い年月を生きてきたという達郎は探偵を雇って,福間の妻と娘がどこで何をしているのかを探そうとします。そして富岡天満宮近くの居酒屋に辿り着いたわけです。
では白石健介を殺害したのはなぜなのかという疑問が残ります。達郎はある日,東京ドームで巨人 vs 中日戦を観戦していました。そこでたまたま隣の席に座っていたのが白石健介だったのです。
ここから二人は意気投合します。そして彼が東京で弁護士をやっていることも知ります。達郎は白石弁護士に「自分の財産を,血縁関係のない人物に相続することは可能なのか」を聞きます。これを問われた白石は疑問を持ちます。そして調べていくうちに,達郎があの「あすなろ」の二人に遺産相続をしたいと願っていることを知ることになるのです。
正義感の強い白石弁護士はこの事実を知り,徐々に達郎を責め立てます。遺産相続という手段ではなく,直接本人たちに謝罪すべきだ,と。確かに白石弁護士の指摘は的を射ている気がします。そして追い詰められた達郎はとうとう白石を隅田川テラスへ誘導し,持っていたナイフで殺害したと。。。
五代たちは達郎の供述を聞いて納得しそうでしたが,これがどうも怪しい。つまり本当に達郎が白石を殺害したのか。その理由は,達郎の供述と行動の裏取りができなかったからです。ただ自白こそが最強であるという警察の考え方により,達郎は逮捕されます。
息子の和真にもこのことが知らされますが,事件のことに関しては一切話さないと言っている。和真はもどかしさを感じているようでした。本当に自分の父親が殺害したのか。そんなことをする父親ではないことを和真が一番よく知っています。
果たして,達郎は本当に事件の真犯人なのでしょうか。
倉木和真は,自分の父親が逮捕されたということで,勤務先から出勤することを止められる状況になっていました。ここが加害者関係者の辛いところです。和真自身が事件を起こしたわけではないのに,世間からは冷たい目で見られてしまう。
企業としても辛い状況。簡単に辞めさせるわけにはいかないし,かと言って出勤されてもマスコミの餌食になるわけですから,会社も困るわけです。和真は自分の父親がそういう人間だとはとても思えなかったようです。逮捕に疑問を感じている様子。父親は本当に真実を話しているのだろうか。
この頃,五代たち警察は犯行現場に違和感を感じていました。白石健介の遺体のあった車からは倉木達郎の指紋が検出されていない。DNA鑑定しても達郎のものとは一致しない。何か重要なものが欠けていると感じているのです。
一方,和真は裁判を担当する弁護士から,達郎は洋子や織恵とは気心知れた中になっているということを知ります。真実を知りたい気持ちで,父親が通っていたという「あすなろ」へ入ります。もちろんそこには,33年前の事件の被害者遺族である洋子と織恵が働いていて,和真は自分の素性が知られないようにその姿をそっと見つめるのです。
そして後日,再び「あすなろ」へ足を運び,達郎とのことを聞き出そうとします。織恵は以前和真がここに来たことに気づいていたようでした。やはり親子だからでしょうか,顔や雰囲気が似ていたのでしょうね。
申し訳ないという気持ちでいっぱいの和真に対し,洋子や織恵は意外なことを言います。達郎のことはむしろ恨んでいない,恨んでいるのはかつて誤認逮捕をした警察だと。
ここで一つの疑問が湧きます。33年前,達郎が洋子の夫を殺害したと自白しているのに,なぜ恨んでいないのでしょうか。達郎はどういう気持ちでこの「あすなろ」へ足を運んでいたのでしょうか。「贖罪」なのか,それとも別の理由なのか。。。和真の疑問はさらに増幅していくのです。
そして,その供述に疑問を感じているのは和真だけではありませんでした。白石弁護士の娘の美令もそうです。白石美令の疑問は,自分の父親は本当に倉木達郎に自白を迫ったのだろうか,と。よく被害者遺族は,加害者に対してかなりの恨みを持つと思います。でも美令は自分の父親の行動に対して疑問を持っているわけです。
そしてこの二人,つまり和真と美令は出会うことになります。それは美令が殺害現場に花を持ってきていた時でした。この時は和真は美令に言葉をかける勇気がありませんでした。加害者関係者が被害者遺族に声をかけるなんて,相当覚悟がいると思います。
案の定,美令は和真に対して強い口調で話しかけます。加害者の息子と知ってからは尚更のことです。ただ,罵声を浴びせるということはしないんですよね。もし僕が美令の立場だったらめちゃくちゃ言ってしまうかも。。。どこか美令は冷静なのか,加害者の息子はあくまで親族であって,犯人ではないから罪はない,と考えている様子。
これは弁護士の娘だからというのもあるとは思いますが,まずは美令の父親とは思えない行動をしているというのが気になっているようです。それにこの二人の間には「真実を追求する」という共通の目的があるわけです。二人とも倉木達郎の自白のストーリーに疑問を感じているということも共通しています。
ただ,裁判を控えているこの加害者,被害者の関係者同士が隠れて接触しているということが明るみになれば,まずい展開になってしまうのも事実です。それでも少しずつ和真と美令の距離が「真実」というキーワードで接近していくような気がするのです。
五代たちは捜査を続けます。倉木達郎の部屋を捜索し,財布の中から名刺が出てきました。
それは地元愛知にいる弁護士の名刺で,白石健介のものではありません。なぜ地元に弁護士の知り合いがいるのに,わざわざ東京まで行って,白石健介と一緒に野球を観に行く必要があったのか。
再度「あすなろ」へ行き,話を聞こうとします。その時,五代は安西という織恵の元夫が,息子の知希の今後の教育について話し合うために連れてきていました。彼らが離婚したのはやはり33年前の事件が原因でした。織恵の父親が犯罪者ということで,子供を守るためでもあったのでしょう。
五代は,織恵にとっては元夫よりは,倉木達郎に対して心を許しているように感じているようでした。達郎自身も自分の遺産をこの織恵たちに譲ろうとしているわけなので,何かあるはず!
和真と美令,そして五代は真実にどうやって辿り着くことができるのか。
ここから先は、実際に本作品を読んでほしいと思います。
多くのミステリー作品で、この加害者遺族と被害者遺族の関係が問題視されます。被害者遺族の怒りの気持ち、とてもよくわかります。本作品でもそうですが、どうしても加害者のことを許すことはできない。加害者に対して極刑を求める気持ちは誰でもそうかなと思います。
一方、加害者遺族にしても辛い状況です。遺族が直接手を下したわけではないのに、あたかも加害者であるように非難される。現在はSNSが発達し、個人情報も世間にさらされてしまいます。個人名だけではなく、住所だったり、本人の画像だったり。世の中が便利になるに従い、伏せたい情報も白日の下にさらされるわけです。
でも、もしそれが冤罪だったら。。。晒しものにした人々は責任を取れるのだろうか。書くだけ書き込んであとは何もしないでは、どうしても釣り合わない。本当に難しい世の中になったと思います。
ただ,本作品の加害者の関係者と被害者遺族の関係というのは,これまで多くの作品を読んできた中でも,特に異質なものでした。被害者遺族が加害者遺族の気持ちを察するということが実際にあるのだろうか。何がそうさせるのか。人間性によるものなのか。もちろん真実を知るためという大義名分があったのも事実ですが、自分が同じ立場だったらそう思えるのだろうか。
この構成を考えた東野先生はやはりすごいです。登場する人物がどのように考えるか,読者がどのように考えるかを先回りして考えながら描いていることがよくわかります。
そして,自分が育った環境というものがいかに人格に影響を与えてしまうのか。とても考えさせられました。
● 「白鳥とコウモリ」の意味を知ることができた
● 過去の事件が現在の事件とつながっていたという衝撃
● 人は育った環境によって,人格さえも歪められてしまう可能性があるということ