これまで伊岡瞬先生の作品を何作か投稿してきました。
いろいろな人物に焦点を当て,何か苦みを残しながら終わっていく作品が多かったかなって思います。
本作品は2020年に「徳間文庫大賞」を受賞した作品で,2018年には大藪春彦賞にもノミネートされた話題作でした。
とにかく,冒頭から引き込まれる伊岡先生の描き方には毎回感心してしまいます。
ちなみに主人公の真壁刑事は,あの「悪寒」という作品で,事件の捜査をした人物でもあります。
さらには真壁の部下だった宮下も後に「本性」という作品で事件の捜査に携わっているなど,作品を超えた面白さも感じることができるのが小説の面白さの一つでもありますよね。
話は,真壁が一年前,妻である朝美の遺体が発見されるところから始まります。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 真壁の辞職前の事件
3.2 被害者の共通点
3.3 真相と意外な真犯人
4. この作品で学べたこと
● 主人公の刑事の妻が亡くなった真相を知りたい
● 伊岡瞬先生の作品を読んでみたい方
● 「痣」は何を意味するのか知りたい
平和な奥多摩分署管内で全裸美女冷凍殺人事件が発生した。被害者の左胸には柳の葉のような印。二週間後に刑事を辞職する真壁修は激しく動揺する。その印は亡き妻にあった痣と酷似していたのだ! 何かの予兆? 真壁を引き止めるかのように、次々と起きる残虐な事件。妻を殺した犯人は死んだはずなのに、なぜ? 俺を挑発するのか──。過去と現在が交差し、戦慄の真相が明らかになる!
-Booksデータベースより-
真壁修・・・主人公。二週間後に辞職する刑事
真壁朝美・・一年前に殺害された真壁の妻
宮下・・・・真壁とともに捜査を行う刑事
久須部・・・鬼軍曹と呼ばれる捜査一課係長
清塚久志・・久須部の実の息子。三歳の時に久須部は離婚
1⃣ 真壁の辞職前の事件
2⃣ 被害者の共通点
3⃣ 真相と意外な真犯人
真壁は一年前に結婚し,8月31日は結婚記念日でした。雨が降った日,朝美は赤い傘を持って真壁を迎えに行きます。真壁の耳にはパトカーのサイレンの音が。嫌な予感。それは現実のものとなりました。
朝美が路上に倒れていたのです。すでに手遅れでした。「朝美っ」という叫び声が耳に残りそうです。
それから一年後,真壁は刑事を辞職しようとしていました。8月31日,朝美の命日に。真壁にとっては,目の前の事件などどうでもよい感じです。
どうせ辞めるから,というのは刑事でなくとも誰でもそうかなと思います。あと二週間に辞職することが決まっている真壁の元に,一方が入ります。
殺人事件発生。全裸の女性が倒れているというのです。ただ,首にマフラーのようなものを巻いて。近くにはシャワーセットのようなものも落ちています。そこへ向かったのが真壁と部下の宮下です。
先にも書きましたが,真壁は「悪寒」で,宮下は「本性」でも登場する刑事です。ということは伊岡先生作の「悪寒」の後の話で,宮下が捜査に慣れていない様子を見ると「本性」よりは前の話なのかなって思います。宮下は殺人の状況から一生懸命推理しようとするんですけど,真壁はやはり「どうでもいい」って感じなんですよね。
辞めてからどうやって生活していくかということの方を考えているようです。
広域捜査ということで青梅署内に捜査本部が立ち上がります。つまり,近隣の関係署から多くの人物がやって合同で捜査を行うということですね。
しかし,宮下の元に連絡が入ります。「真壁はどうした」とある人物が言ってきました。
それは久須部という,真壁とかつて捜査をしたことがある人物でした。周囲からは「鬼軍曹」とも言われています。「明日の朝までに真壁を連れてこい。来なかったら分署ごと特車で牽引してやる」
恐ろしい人です。こんなことを言われた宮下は泣きそうになってました。
宮下にこれ以上迷惑をかけたくないからと,真壁は捜査本部へ移動するのです。
そこには清塚という刑事もいました。でも久須部に対して反抗的なんですよね。
どうやら清塚は,久須部の息子らしく,久須部が離婚したために反抗的な態度になっている様子。ただ,真壁に対しては尊敬の念を持っているようです。
真壁にとって久須部は過去に苦い思い出があったようです。
真壁の妻である朝美が殺害された事件,真壁は当然のように捜査に加わろうとしましたが,それを止めたのが久須部でした。
やはり身内が捜査に入ると,客観的に物事を見ることができなくなるということなんでしょうか。
三田村という刑事も捜査に加わっていました。久須部の部下であり,一年前の朝美の事件でも血眼になって捜査していた人物です。
そんな三田村に,真壁は感謝や尊敬の気持ちを持っていました。その三田村の口から「アオヌマミキヤス」という言葉が漏れます。
青沼という男が犯人なのか。三田村たちは青沼の自宅を監視。その監視に気づいた青沼は逃げ出します。
しかし,幹線道路に飛び出した青沼は,車に撥ねられ亡くなってしまいます。えっ? 容疑者死亡?
真壁には気になっていたことがありました。実は先の全裸殺人事件の際の被害者の胸には「痣」があったのです。それは朝美の胸にもあったのと非常に似ていました。
真壁の中には,朝美の事件と今回の事件にはつながりがある。いや,同一犯であると確信しているようでした。
ついに第二の事件が発生します。遺体は「奥多摩ふれあいの森公園」内で発見されます。現場に急行する真壁と宮下。以前はそれほど興味もなかった事件に対し,真壁は数日前の真壁とは違っている印象です。
やはり,今回の連続事件の犯人が,かつて自分の妻をも殺害した可能性があると直感が働いたのでしょうか。
そして真壁は現場の状況を見ます。やはり全裸の女性の遺体です。今回は喉にホースのようなものが突っ込んであります。前回のようにマフラーはないようです。ところが別の箇所を調べていた際に,真壁の頭の中に戦慄が走ります。
左の胸に柳の形に似た切り込みがあるそうです。
それと今度はネックレスをしていたそうです。ハートの形をし,小さなダイヤがはまったAというイニシャルのタグが。。。
真壁はさらに確信します。「これは朝美のネックレスだ」と。
これが本当であれば重要な証拠になります。真壁はそのことを報告しようとしますが,出た言葉は「見覚えありません」
なぜ? 真壁の心理がわかりませんでした。久須部辺りに早く報告すれば一気に捜査は解決に向かいそうな気がします。
しかし言わなかったんですよね。自分で解決したいと思ったのか,何なのか。。。
犯人は青沼ではなく,他にいると確信しているようです。
ある日,宮下と一緒にランエボ(ランサー・エボリューションという,三菱の車)に乗って事件現場周辺を捜査していました。
すると,近くの農家の主婦が,このランエボと同じような車とすれ違ったというのです。確かにランエボって,稀に公道で走っているのを見ますけど,普通は見ないですからね。
そんな車を見たという主婦。ひょっとして,このランエボと同じ車を乗っていた人物がいたのではないか。
真壁は数日前,この車のスペアキーが無かったことがあったことを思い出します。
その時はそこまで深く考えてなかったらしいですけど,この証言で一気に「実は警察関係者が絡んでいるのではないか」と疑うようになります。これまで登場してきた人物なのか?
そして車の中には名刺が落ちてました。それは風俗の「まりん」という女性でした。真壁らは早速この「まりん」がいるはずの「オレンジピーチ」という店に向かいます。ランエボを密かに運転していた人間は,店では「真壁」と名乗っていました。
マリンという女性,本名が判明しました。上松志真子という女性でした。この志真子を調べていくと,さらに重要なことが判明します。
息子が「監獄」にいるというのです。その息子の方が重要だったのです。久須部は言います。「なんてこった。アリマか」と。
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アリマとは,有馬亨のことです。かつて自分の妻と娘を亡くした人物。いわゆる「有馬事件」です。有馬の妻は後妻で,娘とは血が繋がっていなかったようです。
ある日,有馬たちは海に行きます。その後,遊んでいたはずの娘がいなくなっていることに気づきます。そして娘は亡くなってしまいました。しかしここで重要なのが,娘には多額の保険金がかけられていたということです。
世間ではこれが「父親が保険金目当てに娘を殺害した」と噂になります。これをSNSで見た青年3人組がいました。それが小塚雅紀,国島恭一,そして上松雄大だったのです。三人は夫がいない隙をついて有馬家に侵入します。そして妻を殺害しました。
そうか,これは有馬亨の復讐なのか。でも夫の亨が不在だったことを,なぜ知っていたのか。そこも疑問ですよね。ん~,何か裏がありそう。。。そして二人目の遺体の身元が判明します。かつて逮捕された国松の妹でした。これは間違いなく復讐のような気がします。
さらに遺体の胸にはやはり痣のようなものが。これがわからない。有馬事件の復讐だとしても,なぜ真壁の妻の痣と同じものがあるのか。これらの事件の犯人は有馬亨ではないのか。いや,同じではないのか。真相な何なのか。
そんな時,真壁の元に電話がはいります。「そのしゃべり方は,有馬亨だな」
やはり有馬が犯人なのか。さらに有馬は「お前らの目と鼻の先の河原を探せ」
という言葉を残して電話が切れます。警察はすぐさま動きます。そこには新たな遺体が。また女性の全裸死体。調査した結果,やはりかつて事件を起こした小塚の姉でした。しかも,また胸の辺りに痣が。。。
有馬の復讐ではあるけど,真壁にとっては朝美とのつながりも捨てきれない。これ,ひょっとして共犯者がいるんじゃないのか? そんな想像をさせられました。
真壁と宮下はある倉庫へ向かいます。宮下を外に残して,一人倉庫へ入っていく真壁。そこには何と三田村が。。。三田村は今回の事件に関わっていたのでした。ランエボを走らせたのも三田村。これは真壁と三田村の最後の闘いか? と思いましたが,三田村はどうやら腹部を刺されているようでした。えっ? どういうことなの?
三田村は真相を話し出します。実は「ある人物」をかばっていたと。
「あいつを捕まえて真相を聞いてみるんだな」
そう言って,三田村はやってきた警察に確保されます。あいつって誰なんだろう?
どうやら真犯人が別にいるようです。それは一体,誰。。。
そして外で悲鳴が。真壁が外に出ると宮下が誰かに羽交い絞めにされ,銃を突きつけられていました。その男は「清塚刑事」でした。
えっ,ってことは,これまでの全裸事件だけでなく,朝美を殺害したのもこの清塚?
そして清塚は森谷千夏という女性の自宅へやってきました。森谷という女性は,かつて朝美が通っていた美容室「ストリーム」の店長です。
どうやら,清塚と朝美はここで繋がるようです。もちろん真壁もいます。そして,なぜ清塚が朝美を殺害しなければならなかったのかを知ります。
清塚はある交番の担当をしていた頃の話です。自分の株をあげようと,有馬亨の自宅に,上松と小塚,国島の3人を呼び,事件を起こすように仕向けます。つまり「有馬事件」です。
そしてその三人を捕まえて,自分自身の評価を上げようとしたのです。清塚は承認欲求の強い男だったのでしょう。ところがそれに失敗します。清塚は捕まえるどころか,近くのコンビニ強盗対応で,有馬事件を自分の手柄にできなかったのです。
そして「ストリーム」に行った際,ちょうど客としてきていたのが朝美でした。朝美は彼に微笑んだのです。清塚はこれを勘違いしたのですね。刑事の妻が微笑んだことで「自分の顔を見られた」と思い込んだ。だから清塚は朝美を手にかけたのです。それが真相でした。
なんということを。。。真相を知った瞬間脱力感が出ました。勘違いにも程があると。真壁も同じ気持ちだったのではないでしょうか。
でも全ては清塚自身が自分で蒔いた種だったんですよね。
「こんちには,ここはいいお店でしょ。これからもよろしくね」
真壁からすれば,そんな朝美らしい,微笑んだ姿が目に浮かぶようでした。同時に真壁の後悔の念の表現が印象的でした。
もしあの夜,たとえ一瞬たりとも立ち止まったりせずに全力で走っていたなら,犯行を阻止できたのではないか。あるいは,もう一本早いバスに乗っていれば,迎えに来るなと連絡しておけば。普段からきちんと傘を持ち歩く習慣があれば。
本作品の最後は二転,三転するどんでん返しで,僕自身もあっと言わされました。
事件の被害者になってしまった方々というのは,おそらく後悔の念がつきないだろうし,それは永久に消えないものではないかと思います。
もし自分に同じようなことが起こったとしたら,きっと後悔の念でいっぱいになるだろうと想像します。
後悔してもしょうがないって人もいるかもしれないですけど,できることはあったのではないかということは永遠に考えるだろうと思います。
冒頭の事件から,本当にストーリーに引き込まれ,さらによく練られた作品だったなというのが読んで思ったことです。
やはり,伊岡先生の作品は深みがあって面白い!
伊岡先生の作品はほとんど読んでしまいましたけど,次の作品を期待したいと思います。
● 真壁の妻朝美の事件の真相が意外だった
● 被害者遺族の気持ち,後悔の念を考えさせられた
● 最後の大どんでん返しに驚いた