僕自身が初めて読んだ小杉健治先生の作品です。
小杉先生の存在すら知らなかった僕は,このタイトルに興味を持って書店で購入したのを覚えています。
自分にも息子がいるから,一人の父親として,この作品をどうしても読みたくなったんです。そして同時に,小杉先生の作品がこんなにも面白く,深いものだと思ったのも本作品を読んでからです。この後も多くの「小杉ワールド」を堪能しています。
好きな作家さんの中に中山七里先生がいますけど,あの大どんでん返しの帝王にも劣らないほどのどんでん返しの連続に「あっ!」と言わされます。
2007年にドラマ化もされているんですね。檀れいさん,杉本哲太さん,大杉漣さんなどが出演されています。
僕の中での小杉先生の原点でもある作品,是非読んでほしいと思います。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 毎年来る父親の手紙
3.2 麻美子と圭一の接点
3.3 父親が守りたかったもの
4. この作品で学べたこと
● 毎年送られてくる父親からの手紙の内容を知りたい
● 父親を探す娘と,出所したばかりの男の深いつながりを知りたい
家族を捨て、阿久津伸吉は失踪した。しかし、残された子供、麻美子と伸吾の元には、誕生日ごとに父からの手紙が届いた。十年が経ち、結婚を控えた麻美子を不幸が襲う。婚約者が死体で発見され、弟が容疑者として逮捕されたのだ。姉弟の直面した危機に、隠された父の驚くべき真実が明かされてゆく。
-Booksデータベースより-
阿久津麻美子・・失踪した阿久津の娘。
阿久津伸吾・・・阿久津の息子。麻美子の弟。
秋山圭一・・・・かつて殺人を犯す。出所した
秋山和夫・・・・自殺した圭一の兄
阿久津伸吉・・・麻美子と伸吾を置いて,離婚した父
1⃣ 毎年来る父親の手紙
2⃣ 麻美子と圭一の接点
3⃣ 父親が守りたかったもの
今年も誕生日に手紙が届いた。
「二十四歳,おめでとう。美しい女性に成長した君が私にはとても眩しかった。。。(略)」これが冒頭の始まりと,手紙の最初の部分です。阿久津麻美子はかつて一緒に住んでいた父からの手紙を読んでいました。
読みながら,今年54歳になるであろう父親を想像していました。
十年前,麻美子は父親から衝撃の告白を受けます。
実は父さんと母さんは離婚することになった。
麻美子,伸吾。父さんを許してくれ。母さんを頼んだ
こうして,父親は出て行ったのでした。しかし,父親は毎年,手紙を送ってきました。
ニ十歳になった時にも手紙は来ました。「これからいよいよ大人の仲間入りです。。。」と。麻美子は離婚したという事実に対しては反感を持っていたものの,父からの手紙を読んで,父からの愛情を感じているようでした。
そして麻美子の母親は現在四十三歳。女手一つで麻美子と伸吾を育て上げました。
麻美子は婚約していました。高樹龍一と言います。きっかけを作ったのは伸吾です。公認会計士を目指している伸吾がかつてバイトをしていた事務所の社長が高樹だったのです。
しかし,伸吾は「あいつはやめといた方がいい」と言います。その理由は,高樹は二度も結婚していて,最初の妻が自殺しているというのです。何とかして伸吾は姉の結婚をやめさせようとしていました。
ただ,麻美子には断れない理由がありました。山部信勝という「お兄ちゃん」と麻美子が呼ぶ人物のためです。
山部が勤める山部製作所は経営が傾いていましたが,それを高樹が支援するというのです。どうやら山部の父が,麻美子の父と親友だったようです。そして麻美子と山部の息子である信勝とも仲がよくなったのです。麻美子の父は,山部の父が母と結婚してほしいと思っていたようですね。
ここで,秋山圭一という人物が登場します。彼は9年前に現職の刑事を刺してしまい,懲役9年の実刑判決を受けていました。
そこに迎えにきたのは彼の叔父でした。歌子という女性もくるはずでしたが来ていません。かつて圭一と恋仲になった女性のようです。圭一は40歳になっていました。圭一には兄がいました。しかし,義理姉には別の男がいるという噂が立ち,しかも妊娠しているというのです。これに狂った兄は義理姉と無理心中を図ります。それを必死で食い止めようとする圭一。
兄はマンションの2階で放火し,亡くなってしまいました。義理姉は生きていましたが。。。ところが話は思わぬ方向へいきます。妊娠していた子供が,圭一との子供だという噂が立つのです。それを歌子に指摘され,圭一はうろたえます。
なぜそういう話になってしまったのか。
ある日,高樹のマンションで野上知世という女性の遺体が発見されます。しかし,当の高樹は行方不明になっています。麻美子は警察から問い詰められます。婚約者だけに追及も厳しい。同時に伸吾のことも頭をよぎります。伸吾は結婚に反対していましたからね。
ところが,麻美子の家に警察から連絡がはいります。
「高樹さんらしき男性の遺体が発見されました。DNA鑑定はまだですが,ほぼ高樹さんで間違いないと思います」
高樹の葬儀で意外なことを耳にします。高樹には姉がいましたが,肺がんで亡くなっていました。その高樹の姉と麻美子がよく似ているというのです。だから高樹は麻美子に優しかったのか。ん~,何か気になりますね。
伸吾は高樹がいなくなってよかったといいますが,麻美子が慕う山部製作所は破綻するかもしれないのです。そんな山部は,麻美子の部屋に入り,ある新聞の切り出しを見せます。
第24回県学生作文コンクール小学生の部 金賞は,湯布院第一小学校四年の竹村恵さん,銀賞は・・・(略)
いろいろな事情で父親と別居生活が続いていたが,湯布院町に来て両親と一緒に暮らせる喜びを・・・
竹村という姓は,父親の旧姓らしいのです。果たして,この文章の竹村というのは自分の父親のものなのか。山部はそれを見せた後,意味深なことを言うのです。
「じゃあ,お母さんを大切にな。信勝のことも頼むよ」
この後,驚くべきことに山部が首を括っていたのが発見されます。そして,亡くなってしまいました。当然,麻美子だけでなく息子の信勝も衝撃を受けます。
やはり,山部製作所の経営が重荷になっていたのか。経営者の苦悩が伝わります。遺書だけでなく,保険金なども遺していった山部。やはり残された者の気持ちも考えないといけないと改めて思います。
麻美子の元に玖村という弁護士が現れます。彼は伸吾の弁護士だと言うのです。どうやら伸吾は高樹の事件の容疑者になってしまっているようです。
理由は伸吾が密かに日記をつけていて,そこに高樹に対する殺意を感じるということ。そして,伸吾の彼女である茉莉とも高樹は顔見知りだったようです。
伸吾と高樹が言い合いをしているところを目撃した人のいるようで,完全に容疑者というわけです。一方,刑務所から出所した圭一。いろいろなところで自分の犯した罪,つまり刑事の犬塚を殺害したことがつきまとっているようです。
ある時,野尻という刑事が現れ「なぜ犬塚を殺害したのか」を追及します。確かに冒頭から犬塚を殺害した動機については伏せられています。それを野尻はどうしても知りたい様子。
誰かを庇ったのか? じゃないとわざわざ捕まって刑務所生活をしようとは思わないはず。
でもここでも言いません。何か深い事情があるようです。
圭一は昔のことを思い出します。犬塚との会話を。
実は,圭一の義理姉には夫がいました。名前を竹村伸吉といいました。
えっ? 竹村? ひょっとして麻美子や伸吾の父親なのでは?
竹村と義理姉には子供もいたらしいのです。そしてそこに犬塚が現れるのです。刑事を名乗りながらも相変わらず評判の悪い犬塚という刑事。どうやらこの犬塚,義理姉を蹂躙していたようなのです。そのことに一瞬で我を忘れ,圭一は犬塚に手をかけたのか?
麻美子と伸吾の元父親だった阿久津伸吉。圭一の義理姉の夫だった竹村伸吉。
この一点で二つの世界が一つにつながりそうな予感がします。
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秋山圭一がとうとう麻美子の家を訪ねます。突然の来訪者に驚きますが,伸吉のことを知っていることにさらに驚きます。知らない父の姿を知る秋山。しかし彼は去っていきます。どうしても過去の父親のことを知りたい麻美子は,秋山家のことについて調査を始めます。
かつて,秋山家では火事があり,それに自分の父親が絡んでいる可能性を知ることになるのです。そして,秋山和夫,つまり圭一の兄の墓を調べ出します。そこでバッタリ圭一と出会うのです。圭一は当時のことを話し出します。
兄は家の二階に上がって灯油を撒き,火を点けた。
焼け跡から兄の遺体が発見され,警察は自殺と断定した。
近所の学生が写真を撮っていたが,そこにもう一人映っていた。
このもう一人の人物とは一体誰なのか。そして,ここで麻美子は伸吉と一緒になった女性,つまり圭一の義理姉の写真を見せてもらうのです。
綺麗な人だというのが麻美子の印象でした。そして,圭一の兄の死に関わったのが自分の父親伸吉であると想像する麻美子。
本当にそれが事実なのでしょうか。いや,何か裏がありそうな気がします。そして麻美子はふと思いついたことがありました。「父からの手紙」のことを話し出します。
父から毎年私と弟の誕生日に手紙が送られてくるんです。
消印の場所が富山市とか高岡市とか,滑川市,黒部市なんです。
父は富山県にいるような気がします。
麻美子の言う通りに,伸吉は富山にいるのだろうか。また,麻美子は高樹の事件も調査しています。まるで警察のように追及していく二人。。。
高樹の前に殺害された野上知世は割烹料亭『のがみ』の女将でした。その知世には知津子という姉がいました。この姉がどうも高樹のかつての部下である浅香という男とつながっていたようなんです。高樹と知世。浅香と知津子。二組とも愛人関係にありました。麻美子はこのことを知り,浅香を疑い始めます。浅香は知世殺害の共犯者で,高樹殺害の犯人なのではないか。
『のがみ』の近くで張り込んでいた麻美子は,勝手口から入っていく田辺昇という議員秘書を見つけます。
この浅香,田辺たちが高樹や知世を殺害したのではないかと推理するのです。
ある日,麻美子は圭一と富山県の魚津へ向かっていました。この土地に父がいるのではないか。父親は竹村を名乗っているのか。それとも義理姉であるみどりの旧姓堀田を名乗っているのか。少しずつ,父親の所在に近づいていく麻美子。まさか自分の娘が近くまで来ているとは思ってないでしょう。
みどりが運転する車に乗る50代と思われる男性の姿。これが伸吉なのか。。。麻美子は堀田家へ向かいます。しかし意外なことを話し始めます。
「堀田伸吉は私の父ではありませんでした」
えっ? それってどういうこと? 別人ってこと?
ここで圭一は思い出します。犬塚を殺害する時のこと。圭一は犬塚からこのようなことを言われていたのです。
「あんたの兄貴は保険金詐欺を働いた。あんたの兄貴が仕組んだものだ。」
この言葉を聞いて圭一が考えたこと。それは「兄を守ること」でした。犬塚に脅迫されるであろう義理姉も守らないといけない。そしてとうとう圭一は犬塚に手をかけたのです。実は圭一の兄は生きていたんです。犬塚という人間から解放されたと感じた兄は,義理姉と魚津へ引っ越したのです。
では,火事で亡くなったの誰だったのか。
それは,自己破産寸前だった秋山和夫,つまり圭一の兄が,職安で阿久津伸吉と出会ったのがきっかけです。
連帯保証人に逃げられ,生活が追い詰められた和夫を救おうとしました。遺体は阿久津伸吉その人だったわけです。はぁ,何ということを。自分の子供を置いて,自分を犠牲にしようとどうして思えるのか。たとえ伸吉自身が癌に侵されていたとしても,ここまでできるものなのか。
では,あの手紙は。。。誕生日に毎年くる手紙。。。
そうなんです。これこそ,圭一の兄と義理姉が毎年送っていたものだったのです。しかし,書いたのは違います。まさに阿久津伸吉本人のものです。
彼は麻美子と伸吾の将来を想像し,毎年送るべき手紙を事前に準備していたのです。何十年分も。未来の麻美子と伸吾を想像して。麻美子は聞きます。「その手紙は何歳まであるのでしょうか」
「あなたが五十歳までです」
このことに僕自身も唖然としてしまいました。そして伸吾も救われることになります。
経営コンサルタント会社の幹部を,脱税指南の容疑で逮捕
つまり,高樹の元部下だった浅香が逮捕されたのでした。脱税で高樹と知世も揉めていたようですね。でも伸吾の容疑が晴れてよかった。
そして,最後の送られるはずだった「五十歳になった麻美子への手紙」です。
麻美子,五十歳の誕生日おめでとう。父さんはもうすぐ八十歳になります。
でももう手紙を書くこともできなくなりました。
父さんはあなたと一緒に暮らせなくなったけど,幸せでした。
(中略)
これが最後の手紙です。麻美子,さようなら
最後に語られた阿久津伸吉の人生には号泣しました。誰かのためにここまで自分を犠牲にできるものなのか。
麻美子と伸吾から離れて行った日。実は彼女たち父である伸吉には大きな覚悟があったわけです。
麻美子と伸吾,そして秋山圭一とのつながり。毎年送られてくる手紙の真実を知った時の麻美子への衝撃。
阿久津伸吉という人物の優しさ,決断,覚悟を感じました。
でも,他に何かいい手段はなかったのか。この道しかなかったのか。
麻美子たちの父親の人生を考えると,本当に悔やまれるような結末でした。
● 「父からの手紙」の真実を知って衝撃を受けた
● 自分を犠牲にしてまで,他人に尽くそうする人間がいるということ