本作品は山本周五郎賞受賞作品で,消費者金融という社会問題が背景になっています。
1992年に雑誌で掲載され,1998年に初版が出版され,二十数年前の作品ですが,今の時代になっても色あせない,また現在も起きているであろう問題が学べる作品でもあります。
休職中の刑事が主人公です。刑事の親戚の男性には婚約者がいましたが,彼女が突然謎の失踪を遂げてしまいます。
女性に一体何があったのか,女性は一体何者なのか,休職中の警察官が追うという話となっています。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 婚約者の謎の失踪
3.2 関根彰子は偽者?
3.3 新城喬子の不遇な環境と絶望感
4. この作品で学べたこと
● 本作品の関根彰子の謎の失踪の理由を知りたい
● 消費者金融という社会背景の作品を読んでみたい
● 関根彰子の正体を知りたい
休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。
-Booksデータベースより-
1⃣ 婚約者の謎の失踪
2⃣ 関根彰子は偽者?
3⃣ 新城喬子の不遇な環境と絶望感
本間という刑事は,以前犯人確保の時に負った傷が癒えず,休職していました。
そんな彼の元に,3年前に亡くなっていた妻の親戚で,栗坂という男性がやってくるのです。
「自分の婚約者がいなくなったから探してほしい」と。
女性は関根彰子といって,レジを扱う会社に勤めていました。しかし,本間が訪ねても「いなくなった」と返されてしまうのです。
一体,彼女はどこへ消えてしまったのでしょうか。
ここから本間の探求心に火が着きます。休職中の身でありながら徹底的に調査を始めるのです。すると徐々に関根彰子の本当の姿が見えてきました。
まず彼女は複数の金融機関やクレジット会社に多額の負債を抱えていたのです。
そして驚いたのは,自己破産もしていました。ん~,何かお金の匂いがプンプンしますね。
そしてさらに調査を進めると意外なことが判明していまいます。
本間は関根彰子の戸籍を辿り,彼女の本籍地へ向かいます。栃木県に家はありました。
もちろん彼女はそこにはおらず,さらに彰子の母親もすでに亡くなっていたのです。
実は彰子は本物の彰子ではなく,戸籍の乗っ取ったのではないかという問題にまで発展します。「関根彰子」もすでに亡くなっていたのです。
えっ? では「関根彰子」だったと思っていた女性は一体誰なんでしょうか?
本間は「本物の関根彰子」がかつて「ローズライン」という通販会社を利用していたことを突き止めました。
その関根の個人情報を聞き出そうとしていた人物がいたことがわかります。
「新城喬子」という女性でした。彼女はローズラインの片瀬という男性社員から個人情報を聞き出していたのです。
簡単に個人情報を漏らしてはいけないでしょうから,この二人には何かしらの関係があったのでしょうね。とにかく,本間はこの新城喬子という女性がおそらく戸籍を奪うために本物の関根彰子を殺害したのではないかと疑うのです。彼女はどこにいるのでしょうか。
そこで本間は,かつて喬子が一緒に暮らしていたという倉田という男性を訪問するのです。
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新城喬子は不遇な環境で育っていました。
父親が住宅ローンの支払いに苦しんでいました。母親は麻薬に手を出して,亡くなっていたのです。
日雇いなどで必死で働く父親。もう限界と思ったのか,ある日「夜逃げ」してしまったのです。残された喬子は取り立て屋に脅され,売春で返済をすることになっていくのです。
そんな喬子を助けようとしたのが倉田でした。結婚し,別の場所で暮らしていましたが,取り立て屋に探り当てられてしまうのです。
きっと,喬子は絶望感でいっぱいだったでしょう。このままではどこへ逃げても見つかってしまう。
おそらくそれが戸籍の乗っ取りの動機なのでしょう。
確かに喬子に同情はします。もし自分がこんな境遇で生きていたら「この世からいなくなりたい」と思うこともあるかもしれません。
しかし,喬子は女性を一人殺害しているのです。本間は刑事として許してはならないでしょう。
本間は心を鬼にして真実を探り当てようとします。そしてあるアイデアを思いつきます。
本間は「喬子が次にどういう行動するか」を考えていました。ローズラインの顧客名簿がヒントでした。次は関根のような同じ境遇の人間を見つけ
「さらに別の人間の戸籍を奪おうとするのではないか」
本間はその条件に見合う一人の女性を見つけました。木村という女性で,家族が亡くなっています。木村に近づくに違いないと。
案の定,喬子から木村に連絡が入ります。会いたいと。レストランを指定してきました。
そこには本間も潜んでいます。
最後の最後に本物の新城喬子が登場します。次の一文で本作品は終わります。
「彼女の肩に手をかけた」
彼女は逃げただろうか,それとも覚悟して警察にいったのだろうか。
その先は読者の想像に任せますという終わり方でした。
消費者金融に手を出して「トイチ(10日で1割の利子)」で支払い不能になってしまう人が今もいるというのはよく聞く話です。
銀行系の小説でも,融資が受けられなくて消費者金融に手を出してしまったということが描かれていることもよくあります。
親が借金をしてその取り立てに追われてしまったのか。
それとも自分自身がクレジットカードで使い込んでしまい、さらにはその返済のためサラ金に手を出してしまったのか。いろいろな理由はあるでしょうけど、世の中にはそこまで深く考えずに金を使い込んだり,カードを使ったりしたことで,雪だるま式に借金が増えてしまったという人がたくさんいるのだろうと思います。
そして、最終的には自己破産を申請してしまう。
自己破産すれば、借金の返済は見逃されるが,一人の人間として普通の生活は遅れなくなるし,取り立ても完全になくなるかというとそうではないのかも知れない。
挙句の果てには,戸籍を乗っ取ってまで生き延びようとする人間がいるということなのか。
大きな社会問題を背景にした本作品。私たちにその怖さを考えさせてくれる作品でもあったのかなと思います。
● クレジットカードの使い込み,消費者金融の恐ろしさ
● 戸籍を乗っ取ってまで生き延びようとする人間の存在
● 誰にもわかってもらえない不遇な環境や絶望感を抱えている人もいる