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【火のないところに煙は】芦沢央|怪異現象は存在するのか

火のないところに煙は

「芦沢央」さんの作品は,何と言うか他の作家さんが真似できないのではないかと思うくらい独創性があって,とても楽しめる作品です。

「許されようとは思いません」同様,短編集ではあるのですが,それぞれの話につながりがあるのが今回の大きな特徴です。

そして本作品の冒頭でもあるように,

「短編小説の依頼を受けたのは,2016年5月26日,『許されようとは思いません』という本の再校ゲラを戻し追えたまさにその日だった」

という文章で始まります。ということは,時系列的には「許されようとは。。。」の後に描き上げたのが本作品ということになりますね。

主人公は「わたし」で,「怪談・怪異」がテーマです。その「わたし」こそ芦沢央先生なのです。芦沢央先生この怪談短編がどのように繋がっていくのかがとても興味深い作品となっています。

こんな方にオススメ

● 怪談・怪異に興味がある

● 作者本人が中心となって進む作品を読んでみたい

● 各短編のつながり,怪異現象の真相を考えてみたい

作品概要

「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」。突然の依頼に、かつての凄惨な体験が作家の脳裏に浮かぶ。解けない謎、救えなかった友人、そこから逃げ出した自分。作家は、事件を小説にすることで解決を目論むが――。驚愕の展開とどんでん返しの波状攻撃、そして導かれる最恐の真実。読み始めたら引き返せない、戦慄の暗黒ミステリ!
-Booksデータベースより-



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本作品3つのポイント

1⃣ さまざまな怪異現象

2⃣ 次々と亡くなる人々

3⃣ 存在しないことを証明できない

さまざまな怪異現象

① 染み
「わたし」(芦沢先生)が,神楽坂を舞台にした怪談を書くように依頼されます。

「わたし」には過去に神楽坂にまつわる一つの怪談のネタになるような話があり,長年封印していたその話を書くことで依頼に応えます。

一体,どんな話なのか。

神楽坂の母

② お祓いを頼む女
「染み」を発表した後,フリーライターの鍵和田君子という女性から連絡があり,引き続き怪談を描くように言われます。君子がかつて体験した怖い現象を話し始めます。

君子の記事を読んだ読者から連絡がきて,ある親子と会うことにあります。

君子は怪奇な現象に巻き込まれます。それは一体なんなのか。

お祓いをしてほしい母親

③ 妄言
ここでは,オカルト編集者の榊の話になります。塩谷という男性が妻と共に住む場所を探していました。

いい条件の家が見つかりますが,隣に気前のいい女性が住んでいました。

しかしここから塩谷に悪いことが降りかかってしまいます。ここから塩谷夫婦の関係は最悪なものになってしまうのです。

険悪な夫婦

④ 助けてって言ったのに
智世というネイリストの女性が中心になっていて,彼女にはカメラマンの夫と,その義理母がいました。

智世はふと眠ってしまうとある夢を何度も見るようになります。夢だとわかっていても火事の中で逃げようとする恐ろしい夢からなかなか逃げられずにいました。一体この夢にはどんな意味があるのか。

悪夢から助けて

⑤ 誰かの怪異
岩永と言う大学生が古いアパートに一人暮らしをしていました。しかし住んでいる時に,怪奇な現象が起こります。

排水溝に女性の長い髪がつまっていたり,瞬間的に少女の姿が見えたり。

ある人物に盛り塩とお札を置くように勧められます

一体この家には何があるというのでしょうか。

盛り塩とお札

⑥ 禁忌
この話では,①~⑤までの短編には実は繋がりがあることに気づきます。

「染み」は作者本人の話で,占い師を怒らせてしまったこと。

「お祓いを頼む女」は,君子に相談する前に読者が相談していた霊能力者の話。

「妄言」では,塩谷の隣人が崇めていた「シンドウ」という女性。

「助けてって言ったのに」ではある占い師によく似た女性を恨む霊が夢に出てきていたこと。

「誰かの怪異」では,岩永の知り合いの岸根が崇めていた占い師。
ひょっとして。。。

次々と亡くなる人々

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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① 染み
「わたし」は友人の瀬戸早樹子からお祓いに詳しい人を紹介してほしいと頼まれます。そこでオカルト編集者の榊に紹介してもらいます。

早樹子には友人の角田という女性がいて,自分の彼氏が変死したことを打ち明けられます。どうやら角田さんは彼氏とある占い師に占ってもらったことがあったようです。

悪いことが続く角田さん。とうとうある広告に謎の「染み」がついていることに気が付きます。よくみると「あやまれ」という小さな字の集まりでした。

「あやまれ」とは,角田さんが彼氏にあやまれと解釈しますが,実は「占い師に謝れ」ということでした。そして角田さんも亡くなってしまいます。

これ,一体何かの陰謀なのでしょうか。本当に怪奇現象は存在するのでしょうか。

② お祓いを頼む女
君子に電話をしてきたのはある女性でした。母親に悪いことが続いているらしく,さらに自分の子供にまで起こっていて「お祓いをしてほしい」と。

あまり相手にしたくなさそうな君子ですが,結局その母親が変死してしまいます。

自分が相手にしなかったことが原因ではないか,本当にお祓いを依頼するほど追い込まれていたのではないか。君子は自分のことを責めるのでした。

それにしても,先ほどの「染み」といい,何かありそうな感じがします。

③ 妄言
塩谷が仕事が終わって帰ってくると,妻が「あなたは浮気をしている」みたいなことを言い出します。

全く身に覚えのない出来事に塩谷は反抗しますが,聞き入れてもらえず。

どうやら隣のおばさんの入れ知恵らしいことがわかります。それがどんどんエスカレートしていき,妊娠していた妻は流産してしまいます。

これに怒り心頭になった塩谷はとうとう隣人のおばさんを殺害してしまいました。よっぽど危機感を持ったのでしょう。

果たして,原因はおばさんの狂言だったのか。それともおばさん自身の「予知」能力だったのか。読んだ後,考え込んでしまいました。

④ 助けてって言ったのに
夢があまりにもリアルに迫ってくるので,智世は悩みます。ここでオカルト編集者の榊が拝み屋の陣内にお祓いを依頼してもらうことになりました。

どうやらこの拝み屋が言うには「たとえば交差点などの花を添えられているところで,拝んでしまうと取りつかれてしまう」というようなことを言います。

まったく関係ない人とは関りを持たない方がよいと。智世はこの家と「縁」を作ってしまったというのです。

智世は引っ越しを決意。家を売ろうと動き出しますが,しばらくすると智世は亡くなってしまいます。

そこには一枚の心霊写真が写っていました。白い靄のかかった。

最後にわかるんですけど,この写真,どうやら智世の夫が偽造したみたいです。

妻より収入が少なかった夫はコンプレックスを感じ,妻が苦しんでいる状況をわざと続けるため,この家に留めようとしたのではないか。

ん~,なんとも切ない話です。

⑤ 誰かの怪異
原因は隣の家にありました。15年前に四歳の少女が誤飲事故で亡くなったというのです。

岩永たちは岸根という友人に家をみてもらいます。岸根は元々霊感が強いらしいのです。

そうこうしているうちに隣の家の粟田さんからも「わたしも見えます。女の子ですよね」みたいなことを言われます。

岸根は「盛り塩」や「お札」を付けて除霊しようとします。ところがその盛り塩は崩れ,お札も破られてしまうのです。

これが誰の仕業かわかりませんが,「わたし」はよく考え,「粟田さんは,除霊すると自分の娘と永久に会えなくなるから」と考えていたのではないかということに思い当たります。

ここで作者は「怪異とは,恐ろしく,忌まわしむべきものである」と思い込んでいたことに気づきます。実はその逆を考えている人もいるということを。

⑥ 禁忌
これって,ひょっとすると,①~⑤に出てくる占い師が実は神楽坂の母のことで,彼女の占いを信じずに除霊したり,盛り塩したり,お札を張ったり,インチキって言ったりしたために起こったものではないのでしょうか。

よく当たると言われてきたのに,それを信じずに別の誰かを頼ったことで占い師の本当の「恐ろしさ」に触れてしまったのではないか。

そしてオカルト編集者である榊はとうとう連絡が途絶えてしまいます。

彼も占い師のターゲットとなったものと思われます。

以上が各短編の結末です。

全ての短編にはつながりがあり,多くの人々が亡くなります。

一体,なぜ亡くなってしまったのか。その原因を次の章で考えてみたいと思います。

読了後の経験したこともない恐怖を残してくれるのが,本作品のすごいところだと思います。

存在しないことを証明できない

前回「許されようとは思いません」を読みながら,短編集でありながらもそれぞれには深みがあって夢中になってしまいました。

今回の話の中心は「怪談」「怪異」ではありますが,短編を単純に読んだときの怖さというよりは,全ての短編を読んでから襲ってくる恐ろしさを感じました。

僕自身には「霊感」という類のものはありませんが,そんなふうに軽く考えてしまうことが

「ひょっとしたら,こんなこと言ってたら本当に罰が当たるかも」

と思わせられるような作品です。

おそらくこの作品を読むと,お祓いをしてもらったり,盛り塩をしたり,除霊してもらおうとしたりすると,本当に何かあるかもと思ってしまう人が多いんじゃないでしょうか。

決して信じていないわけでもなく,信じているわけでもないんだけど,本作品にあるように

「存在することの証明より,存在しないことの証明の方が難しい」

というのはわかる気がします。

どんな世界でも,火のないところに煙は,やはり立たないのかもしれません。決して「ない」とは言えないですよね。

最後の榊という編集者がいなくなってしまったことが,それまでの話をさらに恐ろしい部分へと誘うようなストーリーでした。

ひょっとして,あの占い師が原因だったのでしょうか。謎です。。。

神楽坂の占い師

以前も書きましたが,芦沢先生には是非長編作品を描いてほしいですね。

この作品で考えさせられたこと

● 怪異現象に興味がある人は,今も昔も変わらずいるということ

● 怪異現象が必ずしもないとは証明できないということ

● これまで怪異現象を信じなかった自分にも,最後の結末にはゾクゾクきました

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