航空会社を扱った作品はこれまで何度か見てきました。あることが原因で世界の各地を転々とさせられる主人公を描いた作品です。
人が嫌な仕事をおしつけられ,全ての責任はその主人公にあるという。こんな企業って,今で言えば完全に「ブラック」と呼ばれる類ですよね。
航空会社で思い出すのは「日航機墜落事故」です。本作品はこの事故に対して,会社が,そして主人公がどのように遺族と向き合っていくかということも描かれています。
全5巻の中で「アフリカ篇」「御巣鷹山篇」「会長室篇」という3篇の構成になっています。
主人公の恩地が無慈悲な待遇を受けながらも,しっかりと自分のやるべきことを実行していく姿に感銘を受けます。
ストーリーはある意味フィクションに近いと思います。航空会社はもちろん,主人公のモデルになった方も実在しています。
2009年に映画化され,2016年にはWOWWOWにてドラマ化された,読み応えのある作品になっています。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 アフリカ篇
3.2 御巣鷹山篇
3.3 会長室篇
4. この作品で学べたこと
● 10年以上も海外を転々とする不遇な主人公のことを知りたい
● あの「日航機墜落事故」での会社の対応を知りたい
● 航空会社が再生できるかどうかを読んでみたい
広大なアフリカのサバンナで、巨象に狙いをさだめ、猟銃を構える一人の男がいた。恩地元、日本を代表する企業・国民航空社員。エリートとして将来を嘱望されながら、中近東からアフリカへと、内規を無視した「流刑」に耐える日々は十年に及ぼうとしていた。人命をあずかる企業の非情、その不条理に不屈の闘いを挑んだ男の運命――。人間の真実を問う壮大なドラマが、いま幕を開ける!
-Booksデータベースより-
1⃣アフリカ篇
2⃣ 御巣鷹山篇
3⃣ 会長室篇
国民航空という航空会社に勤務する恩地元は,労働組合の委員長に就任した。無理やりやらされた感はあったが,同僚の行天四郎のサポートを受けながら何とかこなしていた。
社長に待遇改善を要求し,さもなければストを敢行するという強靱姿勢が会社の上層部の反感を買ってしまったらしいんですね。
世界中の都市に転勤しながら生活しているんだけど,この人事がどうも左遷らしいんです。
まず飛ばされたのはパキスタンのカラチ。
カラチとは
カラチはほぼ一年を通して暑く、特に5~6月には40℃を超える日が続き、熱中症や脱水に注意する必要があります。
一方、12~1月頃は夜間の気温が下がり、風邪などで体調を崩しやすくなります。
-外務省HPより-
カラチの次は,イランのテヘラン。そしてケニアのナイロビ。地名くらいは知ってますけど,いい環境ではなさそうな場所ですよね。
特にナイロビには飛行機すらも飛んでないので,この異動には何か意味あるのかって思ってしまいます。今は「ジョモ・ケニヤッタ国際空港」があるらしいですけど。
会社からこんな扱いを受けて,よく耐えられるなって逆に驚かされます。
それに対して,恩地の心強い味方だったはずの行天は会社に従順で,ある意味恩地を裏切った感があります。そしてどんどん出世していくのです。この恩地と行天の待遇の差が何とも言えない。
確かに恩地の行動は労働者側からすれば頼もしい限りであるとは思う。
「出る杭は打たれる」という言葉があるように,経営者や幹部視点だと目障りな存在なんだと思うし,今の時代でもそれは残っていると思います。
何でもバランスが大事だと思うんだけど,大企業になればなるほどそのバランスを取るのは難しいんだろうな。
世の中にはアフリカや東南アジア,中東で勤務しながら,企業や国に貢献している人ってたくさんいるんだろうなと思います。
確かにそういう人たちのお陰で海外旅行ができたり,国際交流ができたりするのだとも思いますが。。。恩地への仕打ちはあまりにもかわいそう。。。
そして世界を転々としている間に,恩地の大切な母親が亡くなってしまうのです。母親も寂しかっただろうし,恩地にとっては生きている姿を一目でも見たかっただろうと思います。さぞ無念だったことでしょう。
10年も我慢できるものなのだろうか。その苦労がいつか報われる日が来ると信じているのだろうか。
ところが恩地の苦労の甲斐もあってか,驚くべき異動が言い渡されます。
世界に散らばる支店へたらい回しにされてきた恩地が,とうとう日本へ戻って来れることになったのです。というのはこの巻の最後の方の話なんだけど,どうやら恩地にも味方がいたらしい。
確かに恩地という男は少々無鉄砲のところもある。自分の言いたいことを言えるのはとてもいいことだとは思います。
ただ恩地の場合,周囲の人間に気を遣っているようにも見えるんですけど,実際には不器用なところがあるんですよね。結局それで組織上層部から反感を買ってしまうんです。
でも恩地は現場で働く人間の労働環境を真剣に考え,上に物申すことができる,思いやりがあって,勇気ある人間なんです。
そんな恩地の姿に共感する人間がたくさんいてもおかしくないと思うのですが,組織というのは複雑ですよね。それにしても,左遷人事に不満を抱きつつも,組織の中の人間ということで受け入れてきたところがやっぱりすごい。
悪い流れだった恩地の不遇な環境も,徐々に風向きが変わってきます。どうやら飛行機の墜落事故が連続して起こったのが原因らしいです。
これって,社員に無理な労働を強いて,仕事にも影響してしまうということへの警鐘なのかな。
今は「働き方改革」って言葉が当たり前になってきて,ここにきてようやく労働環境も改善されてきました。
労働組合のある企業で働いたことないからわからないけど,これまでは自分達もある意味「ブラック」な環境で仕事をしてきたんだろうと思ってしまいます。
過酷な労働環境が原因なのかはわからないが,とうとうあの重大事故が発生してしまうのです。
1985年8月12日に発生したあの「日航機墜落事故」です。
日航機墜落事故とは
1985年8月12日午後7時頃、日本航空のボーイング747型機が長野県との県境にほど近い群馬県・上野村の山中に墜落。
524人の乗客乗員のうち、実に520人が亡くなるという航空事故史上最悪の事態となった。
-JB Pressサイトより-
未曾有の大事故と呼ばれ,38年経った今も「御巣鷹山」への慰霊登山が行われています。僕自身にとって,今となっては遠い記憶ですけど,あの日の映像は決して消えることのない記憶でもあります。
インターネットが発達していなかった頃だったから,その後どうなったかというのはあまり詳しく知りませんでした。
しかし本作品を読めば,遺族そして航空会社も大変だったんだなということがわかります。
まずは,事故で亡くなった人の遺体をどうするのか。ベルト着用していたが,そのせいで人体を切断されてしまうなんて,誰が考えるだろう。
分散された人体を回収する人たちもメンタル的にキツかったと思います。人体が形をとどめていないものもあるわけだから,その壮絶さは想像がつかないです。
そして補償額の算定についても描いています。つまり損害賠償金ですね。
そもそも事故で亡くなった人の補償なんて,遺族の気持ちを考えると,というか想像つかないです。
遺族の気持ちになってみれば,補償額をどうしても決めなければならないという航空会社の要求は,まさに示談を要求しているのと同じなんですよね。この大事故を何となして完結したいという思惑にしか取れないのも事実だと思います。
「カネはいらないから,あの人を返して,うちの子を返して」
そんな悲痛な声が聞こえてきそうです。ただ,賠償責任はあるわけで,補償金がなければなかったで,また反感を買うわけです。
それをどうやって算定するのだろう。その総額は相当なものであったと想像します。なんせ,500人もの人が亡くなっているわけですから。
会社を経営していた人,例えばどこかの企業の社長が亡くなった場合というのは,その企業で働く人たちも補償しないといけないのではないか。
今回の航空会社は「ナショナルフラッグ」だったからこそ,国からのサポートを受けられた。でなければ一気に経営破綻に陥ったと思います。
日本に戻ってきた恩地は「遺族係」という,誰もが引き受けたくないと思われる仕事を割り当てられます。
会社の上層部は,嫌なことは部下にやらせ,責任を取ろうとしない。
それでも恩地は被害者遺族から罵声を浴びせられようとも,真摯に向き合うのです。
労働組合といい,この「遺族係」といい,彼は本当に利他的な人間というか,思いやりあふれる人間なのだなと改めて思います。
同じ事故を扱った横山秀夫先生の「クライマーズ・ハイ」にも描かれていますが,今回の事故の原因は「隔壁」と言われています。
航空機内外の気圧を調整するこの装置が故障したため,地上ギリギリを飛ぶ羽目になり,御巣鷹山へ時速500kmで墜落したのではないか。
ネットで調べると,いろいろな憶測や陰謀説が飛び交っています。「まさかね」と思うようなことも「ひょっとしたらあるかも」というようなことまで。
一番有望なのは,事故の何年か前に,伊丹空港で「尻もち」事故があり,それを完全に修理しないままにしていたのが原因というものもあります。
また,ボーイング社の整備担当がその修理にきたが,実際にそれが完全ではなかったり,いろいろな要因が積み重なり,今回の大事故になったとのこと。この事故は人的事故だったのでしょうか。事故に遭ってしまった方々は本当に無念ですよね。そしてその遺族も。
「命はお金に換えられない」という言葉がありますけど,まさにこの事故がそれにあたると思います。
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大事故を起こし,組織改革に乗り出した国民航空はその会長に国見という,紡績会社の社長を抜擢します。日本国首相から直談判でお願いされれば国見も断れないでしょう。組織改革って,きっと相当なパワーがいると思う。
民間企業であれば,経営が傾いた時,その対策の一つとしてM&Aというものがあるでしょう。
ただ,今回の話は「ナショナルフラッグ」の航空会社だから,何としてでも復活させなければならないわけです。
しかしテコ入れを指示された国見は,この会社が多くの問題を抱えていると知ることになるのです。
機長の組合,客室乗務員の組合,地上で作業をする社員の組合など,一つの大企業にこんなにたくさんの組合があるのは航空会社だからでしょうか。
それぞれの組合には派閥やいざこざやドロドロの人間関係があって,国見はどこから手を付ければいいかわからない感じでした。整備士のための組合がなかったからそれを作ろうとするのは当然の流れだったかもしれません。
今回の事故は,ある意味整備不良が原因といっても過言ではないですから。
分散している組合を一つにしなければ,社員の気持ちも一つにならないといけないと素人考えでは思います。
でもそれぞれの職種によって言い分はあるだろうなとも思います。やはり部署や環境が異なれば,視点も異なりますから。
例えば機長であれば,難しい決断を強いられることも多いだろうから,それなりの待遇を要求するでしょう。
ただ今回の話で一番厄介だったのは,裏で悪事に手を染めている人間がいたということです。
どの組織にもいるんでしょうけど,だいたいカネか出世が目的,つまり「私利私欲」しか頭にない人間がいたという事実。外部の業者との取引を贔屓した見返りに「キックバック」を受ける人間や,水増し請求の増やした分を懐に入れる人間など。
出世のために他人を貶めたり,マスコミを使って嘘を公開したり,もしこれが現代の話だったらネットで噴出して大変なことになってると思います。
不正取引に関する監査報告書が政府に渡りました。細川という男の告発書(日記)が検察庁に渡ったのです。
これにより国見と恩地の処遇は逆転するかと思ってた。でも,そうはなりませんでした。
次々に国民航空の闇が明らかになっていくにしたがって,国見たちは「利権を享受している者たち」から嫌がらせを受けるようになります。動物園の件(くだり)で,いろんな動物の紹介がある中,大鏡の前に「世界で最も危険な動物」って書かれているのはまさにその真理を表していると思います。
一番危険なのは「あんたたちだよ」って言われているようです。
さらに10年もの先物取引を実行して負債を抱えてしまったことや,御巣鷹山の事故,被害者遺族の救済。
組合同士のいざこざ,そして闇のカネの行方など,人間ってホントに勝手な生き物だなって残念になる。
恩地も最後は再びナイロビへ左遷されてしまいました。国見も辞表提出まで追い込まれ,まともに生きている人間からすれば全く報われなかった。
唯一の救いは行天という恩地の同期が検察庁に呼ばれたことくらいかな。恩地を裏切り,会社に寝返った彼の思惑は外れたわけです。ただ,最後に恩地はまた左遷されてしまいます。行先は再びナイロビ。
アフリカの地で広大な地平線に沈みそうになっている太陽。まさに「沈まぬ太陽」を見ているようでした。
本作品に限らず,山崎豊子先生の作品は世の中の現実を赤裸々に表現している。読み終わって溜め息が出てしまいました。
結局,どんな組織でも常に正義が勝つわけではないのだなと思ってしまいます。せめて最後くらいはハッピーエンドで終わってほしかった。
恩地には出世してほしかったです。
JALの更生法申請とは
日本航空(JAL)は東京地裁に会社更生法の適用を申請し、受理されたと発表した。
企業再生支援機構も、支援の正式決定を発表し、JALは支援機構をスポンサーとして再建を図ることとなった。
上記のように,2009年にJALは倒産しました。会社更生法を適用し,稲森和夫さんが政府の依頼を受けて再建に取り組みます。
本作品では稲盛さんが再生に力を入れた理由が痛いほどわかります。やはり,日本の航空事業を背負っているという自負,そこにあぐらをかいていたということが経営を傾かせたのだなと。アメーバ経営,ひとりひとりが経営意識を持って仕事をするという渾身の大改革。
再建が見事に成功し,2年で数千億の赤字を数千億の黒字にした稲盛氏の功績に社員は感謝したという書籍も読みました。
本作品で,国見会長が解決できなかった問題を,稲盛さんは見事に解決したわけですから,本当にすごい方だなって思います。
● 「日航機墜落事故」を描いた小説は意外に多い
● 海外へ左遷され,転勤を繰り返す主人公の勇気と覚悟に感服しました
● 2009年には見事に企業再生を果たす前にも,会社へのテコ入れは行われていた