以前,元祖「民王」を読みました。武藤泰山という,国を背負う覚悟で総理大臣に上り詰めた男の物語でした。国会という舞台での泰山の苦悩,そして覚悟。とても勇気をもらえた作品だったのを思い出します。
それ以外でも息子の武藤翔,泰山の秘書の貝原とのやり取りも面白くて「クスッ」と笑ってしまう場面もあり,緩急をうまくつけた作品でもあります。今回も思わず笑ってしまうシーンが冒頭にあって,やはりあの「民王」のオリジナリティは健在だなと思いました。
それにしても,池井戸先生の作品って本当にハズレがないです。だから新作が文庫本になった瞬間に即購入するわけです。経済や銀行,企業経営だけでなく,政治を背景にした作品を描けるなんて,本当にすごいと思います。そして最後は得意の大どんでん返しも炸裂した瞬間は読んでる方もスカッとするので,読了感を満喫できるわけです。
池井戸作品を違った視点で読んでみたい方には,是非おすすめです。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 未知のウィルス発生
3.2 シベリアに何があったのか
3.3 本作品の考察
4. この作品で学べたこと
● サブタイトルの「シベリアの陰謀」の意味を知りたい
● 総理大臣の大変さを知りたい
● 勇気をもらえる作品を読んでみたい
「新種のウイルスだそうです」
第二次内閣を発足させた総理大臣・武藤泰山のもとに驚愕の報が飛び込んだ。人を凶暴化させる謎のウイルスに、内閣最大の売りであるマドンナこと高西麗子環境大臣が感染したというのだ。しかも感染源はシベリアからとの情報が。急速な感染拡大、陰謀論者の台頭で大混乱に陥った日本を救うべく、泰山はバカ息子の翔、秘書の貝原とともに見えない敵に立ち向かう! 抱腹絶倒の政治エンターテインメント、待望の続編。
-Booksデータベースより-
武藤泰山・・・主人公。内閣総理大臣
武藤翔・・・・泰山の息子。意外とバカ息子
貝原茂平・・・泰山の秘書
眉村紗英・・・京成大学の研究者
並木又二郎・・京成大学の教授。紗英の上司
高西麗子・・・武藤内閣の環境大臣
1⃣ 未知のウィルス発生
2⃣ シベリアに何があったのか
3⃣ 本作品の考察
話は「高西麗子大臣を励ます会」での出来事から始まります。環境大臣である高西はパーティでスピーチをすることになっていました。高西って,まるで高市早苗議員をイメージしてしまいましたが,この高西は元女子プロレスラーという経歴の持ち主。
スピーチをしている最中,とんでもないことが起こってしまいます。何と高西の巨体がぐらりと揺れ,その場に倒れてしまったのです。そして救急搬送。一体,彼女に何が起こったのか。
高西は一命を取り留めたものの,どういうわけかここ数週間の記憶がない様子。どうやら,脳に障害を与えるウィルスに感染したのではないかという話になります。高西自身が「マドンナ」と呼ばれていたため,このウィルスも「マドンナ・ウィルス」と言われるようになります。
これを聞いた内閣総理大臣である武藤泰山。泰山自身もウィルスに感染している可能性がある。そこで東京感染研究所に依頼し,その原因を探ることになります。泰山の検査結果は「陰性」でした。
もし感染していれば「感染内閣」と揶揄されてしまう状況でしたが,幸い内閣全員の検査も「陰性」となり,泰山はホッとします。そしてすぐさま国民へ向け,大臣が未知のウィルスに感染したという事実を公表するのです。
ここで公安の新田が高西の行動履歴を調べ,泰山に伝えます。どうやら高西は二週間前,ロシアに行っていたというのです。本作品のサブタイトルが「シベリアの陰謀」であることから,このロシアでの高西の行動が感染につながったのではないかと想像しながら読むわけです。
ここで場面は変わり,泰山の息子である翔が登場します。彼はアグリシステムという企業に就職していました。このアグリシステムは何でも屋的な企業で,翔はここの総務部の社員として,エンピツの手配から,工場長の弁当の買い出しまでやるという,泰山の息子とは思えない仕事をしています。
そんな翔は,上司から「ある食品のサンプルを,京成大学の並木教授へ届ける」という指令を受けます。渋々大学へ向かう翔ですが,そこではとんでもないことになっていました。
荒れ狂う男性に一人の女性が襲われ,倒れていたのです。その現場に居合わせた翔は,持っていたクーラーボックスを男に投げつけます。それが男に直撃し,事態はおさまりました。
女性は眉村紗英といい,翔は救急車を呼びます。眉村はそこまで重傷を負わずに済みました。男は何と紗英が在籍している研究室の教授である並木でした。この並木に一体何があったのか。どうも並木はウィルスに感染した模様。
一時は落ち着いたかと思いましたが,ここで大変なことが判明します。翔が検査を受けた結果,「陽性」と判定されたのです。翔はすぐに父親泰山に連絡。もちろん泰山は青ざめます。しかし,自分の息子が感染したということを隠すわけにもいかない。マドンナ・ウィルスが発生した時だけでなく,今回の事態に対しても世間から批判の声が上がります。内閣の支持率も急低下です。
このピンチを泰山はどう凌ぐのかがポイントになってきます。
マドンナ・ウィルスに感染した翔は,当然隔離されます。そこに現れたのがウィルスを研究している紗英でした。ここで意外なことがわかります。翔が並木教授の研究室に届けようとしていたクーラーボックスの中身は,人工肉の「マンモスくん」という試作品でした。これを紗英から手渡された翔は少し食べてみます。ただのビーフジャーキーのような味。この試作品を依頼した目的は一体なんなのでしょうか。
そしてもう一つわかったのが,高西大臣は並木教授と一緒にシベリアに行っていたのです。ではシベリアで何をしていたのか。それは凍土に眠る「冷凍マンモス」が目的だったのです。そしておそらくこのマンモスにはウィルスが潜んでいて,そのウィルスを取り出すことが狙いだったのではないか。
マンモスとは
長鼻目-ゾウ科-マンモス属に属する大型の哺乳類の総称です。現生のゾウの類縁にあたりますが、直接の祖先ではありません。約400万年前から1万年前頃(絶滅時期は諸説ある)までの期間に生息していたとされています。全長3.2mに達することもある巨大な牙が特徴です。
-Kaseki7.comサイトより引用-
なるほど,そう考えると並木教授の行動もわかるような気がします。ウィルス学を専攻する者にとっては貴重なものなのかもしれません。そうなると「シベリアの陰謀」という言葉は何を意味するのだろうか。並木教授は単純にウィルスを手に入れるだけではなく,何か別の企みがあったのか。
隔離されていた翔はしばらくして再度検査を受けます。ところが翔の体からウィルスが消失していたのです。「陰性」という結果を聞いて驚く翔。そんな急に消えるものなのか。その状況を聞いた泰山は「カネの匂いがする」ような気がします。確かに,これは何かありそうですよね。並木教授とアグリシステム。そして高西大臣。この三角形の間にはどんな繋がりがあるのでしょうか。何かしらの利権の匂いがプンプンします。
そうこうしているうちに,日本でも感染者が増えていくのです。泰山はこの危機に「緊急事態宣言」を発しようとしていました。ただこれに異を唱える人々も多いのです。
緊急事態宣言とは
2020年3月13日に成立した新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく措置です。全国的かつ急速なまん延により、国民生活や経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある場合などに、総理大臣が宣言を行い、緊急的な措置を取る期間や区域を指定します。
対象地域の都道府県知事は住民に対し、生活の維持に必要な場合を除いて、外出の自粛をはじめ、感染の防止に必要な協力を要請することができます。
また学校の休校や、百貨店や映画館など多くの人が集まる施設の使用制限などの要請や指示を行えるほか、特に必要がある場合は臨時の医療施設を整備するために、土地や建物を所有者の同意を得ずに使用できます。
-NHKサイトより引用-
発令すれば上記のように経済が停滞していくわけで,病院だけでなく,多くの企業,店舗,学校が大きな制限をかけられてしまうんですよね。現在はコロナウィルスが第2類から第5類に引き下げられたお陰で随分生活も楽になりましたけど,あの宣言が発令されている最中は本当にストレスの溜まる期間だったなって思い出します。
こういう時,日本のトップがどういう判断をするのか。本当に総理大臣というのはプレッシャーや批判に晒され,大きな決断を迫られる大変な地位なのだなって思います。泰山の心の内が見えてくるようです。
このピンチに泰山はどう対処するのか。この後も様々なピンチが訪れるのでした。
地球温暖化のために,凍土で覆われた場所も少しずつ溶けていき,思ってもいないものが飛び出してくるのでしょうか。今回の話はシベリアに眠るマンモスが関係していました。そしてそこにマンモスだけではなく,その生物とともにウィルスも眠っていたわけです。このウィルスがマンモスを絶滅させたのか。それとも隕石の衝突なのか,気候の影響なのか。
いずれにしても,このウィルスを利用して行われた恐ろしい企みや利権には驚きました。この話を構成された池井戸先生には毎回勉強させられるし,感服します。
そして内閣総理大臣である武藤泰山の覚悟と勇気も尊敬できます。国民に嫌われようが,自分が国民のために何が最善なのかを見極め,重大な決断を迅速に行う姿。さらにはその息子である武藤翔という,一見能力もない人間のように見えながらも,その行動力はやはり泰山の血をひいているのだなと思いました。
本作品が描かれたのが2021年で,ちょうど世の中はコロナ禍であり,今になって読んでみると「そういえば,そんなこともあったよな」と,あの時の生きづらさを僕自身は少しずつ忘れてしまっていたなと思わせられました。
ウィルスという,単体では生きることができないものが,他の宿主を介して一気に狂暴化するのは今も昔も変わらないのだなと。そうやって人類だけでなく,医学も進歩してきているわけで,今は過去の人々が苦労して見出したものの上で生かされているのだろうなとも思います。
国民から非難を浴びていた泰山が最後の最後に大逆転してくさまは,これまでの池井戸作品らしかったですし,これぞ池井戸作品の真骨頂だなと改めて思います。
是非,本作品を読んでみてください!
● シベリアの陰謀という言葉の意味を理解することができた
● 主人公の立ち振る舞いから勇気をもらうことができた
● 改めて,ウィルスの恐ろしさを考えさせられた