伊岡瞬先生の2023年の作品です。
「信頼,裏切り,後悔,敬愛,憎悪,憧れ,友情,希望などをぎっしりと詰め込みました」という伊岡先生のコメント。確かにぎっしりと詰まっていました。
これまで読んだ「代償」「不審者」「本性」「痣」「悪寒」などの代表的な作品は,最初から最後までイライラしながら読んでしまうもの,最後の最後に苦みを残してしまうものなどなど,本当にバラエティ豊富な作品ばかりです。
本作品はどちらかというと,いろいろなことを考えさせられ,最後は「騙された」と思わせられるものでしたし,実はその伏線は張り巡らされていて,最後に一気に回収的なものでした。
最後も苦みは残らず,めずらしくすんなりと読める作品だったように思います。
主人公がどんな事件に巻き込まれていくのか。ハラハラしたい方は是非読んでみてください。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 一平とアパートの住人達
3.2 国会議員の息子の過去
3.3 本作品の考察
4. この作品で学べたこと
● 「残像」という言葉の意図するものは何かを知りたい
● 主人公の前に現れた女性グループは敵なのか,味方なのか知りたい
浪人生の堀部一平は、バイト先で倒れた葛城に付き添い、自宅アパートを訪れた。そこでは、晴子、夏樹、多恵という年代もバラバラな女性3人と小学生の冬馬が、共同生活を送っていた。他人同士の生活を奇妙に感じた一平は冬馬から、女性3人ともに前科があると聞く。一方、政治家の息子・吉井恭一は、執拗に送られてくる、過去を断罪する写真に苦悩していた。身を寄せ合う晴子たちの目的、そして水面下で蠢く企ての行方は――。
-Booksデータベースより-
堀部一平・・・主人公。浪人中のホームセンターのアルバイト生
葛城直之・・・ホームセンターで働くが,体調不良で倒れる
春子,夏樹,多恵・・・葛城の住むアパートの隣で同居?
吉井恭一・・・国会議員である吉井正隆の息子
須賀・・・吉井正隆と繋がりのある謎の人物
1⃣ 一平とアパートの住人達
2⃣ 吉井恭一の過去
3⃣ アパートの住人の正義
大学受験に失敗し,浪人することになった堀部一平。彼は「ルソラル」というホームセンターでアルバイトをしています。
ある日,葛城という高齢の男性が新人として働くことになりました。ところが,仕事中に葛城が急に体調不良を訴えます。病院へ行くと「胃痙攣」だったようです。彼の持病なのでしょうか。何度も胃痙攣を起こしてしまいます。この日もセンターの休憩所で横になってしまう始末。
帰宅時間になると,上司の添野が一平に「葛城さんを家に送っていくように」伝えます。しぶしぶ了解した一平は付き添って,葛城の自宅まで送ることになりました。
葛城が住んでいるアパートは築年数の長い,木造モルタル作りのアパート。葛城の住む103号室へ向かいます。すると,隣の102号室から女性が顔を出します。「あれ? ナオさん早いじゃない」
どうやら葛城とこの女性は知り合いのようで,葛城はナオさんと呼ばれているようです。実は102号室には女性が3人いました。日本人形のような40代くらいの晴子。ラテン系の暗殺者を思わせるような夏樹。口数の少ない多恵。
彼女たちは一平のことを「堀部安兵衛」と呼ぶことにします。安兵衛とは,江戸中期の赤穂事件四十七士のひとりの名前みたいですね。
一平が葛城を送った日,彼女たちは葛城の67歳の誕生パーティーを開こうとしていました。そのパーティーになぜか参加することになった一平。かなり戸惑っています。というか,この3人の女性は何者で,葛城とはどういう繋がりなのか。3姉妹という感じではなさそうだし。
パーティーの途中,一人の少年がやってきます。冬馬といいました。しかし,冬馬は一平を見ると驚きます。「言ってくれればいいのに。。。」ん? このセリフはどういうことだ?とにかく,この葛城と3人の女性,冬馬の間には何か深いつながりがあるのではないか。読みながらそんなことを思わせらえます。
パーティー後「二度と来ない方がいいよ」と言われた一平。しばらく行かないつもりでした。ところが,また葛城が胃痙攣で倒れてしまい,またあのアパートへいくはめになってしまうのです。
一平は,特に3人の女性と会話するに従い,なぜ葛城の隣に住んでいるのかを知りつつありました。実は葛城は以前「前立腺がん」に罹ったことがあり,手術をしたものの,癌が転移していることがわかりました。
つまり,その手術をするために,葛城を生かすためにカネが必要だったのです。結局,一平は彼女たちと行動を共にすることが増えてきたのです。
ある日,彼らは上野動物園へ行くことになりました。「ねぇ,ゴリラ見に行こうよ」冬馬が言います。そして全員がゴリラが見たい,ということになり,その場所へ向かいます。
何でゴリラなの? って思いますよね。ここでさらに冬馬が「トイレ行きたいから,安兵衛連れて行って」と言い出します。言われたように一緒に行きます。そこに多恵もやってきて「写真を撮りたい」と。一平がプロレス技を冬馬にかける姿など,二人がじゃれ合っている写真を多恵は撮るのです。
実は,この一連の流れが本作品の中核になるのです。
ここで一人の人物が登場します。吉井恭一。国会議員である吉井正隆の息子です。
ただこの恭一は素行が良くない。女性関係は乱れているし,彼には何か特別な「秘密」があるようです。
父親の地盤と名声を利用し,恭一自身も将来は国会議員を目指すのでしょうか。
ただこの吉井家には昔,良くない思い出があるようです。恭一が幼い頃,彼には三歳離れた敏嗣(としつぐ)という弟がいました。
ある日,庭で簡易プールで遊んでいた時のこと。恭一の母親も監視はしていましたが,一瞬目を離します。
恭一もトイレに行こうと思い,プールには敏嗣だけとなってしまった際,敏嗣がプールで溺れてしまったのです。しかし敏嗣はこの事故で亡くなってしまいます。
これに怒ったのが父親の正隆。妻を殴り,そして息子の恭一へも暴力を奮います。正隆は敏嗣を自分の跡継ぎとして考えていたようです。敏嗣という名前も「跡継ぎ」という意味合いがあったようです。
恭一は正隆の言いなりではあるものの,この事件を境に父親に対して不信感を持っているのです。その経験が悪さをしたのか,恭一の女性の扱い方があまり良くないんです。自分に気のある女性を都合よく扱っている感じ。
ある日,女性と一夜を共にした朝,ある言葉に反応します。奈良にある動物園の話をしていた時でした。「ゴリラが可愛かった」「あのゴリラ園って,上野動物園をまねて作ったんだってね」
そんなに違和感ある言葉ではないですが,恭一は敏感に反応するんですよね。「まさか,知っているのか?」と。
一体,恭一にはどんな秘密,いや過去があるのだろうか。
ある日,レストランで食事を摂った後,6歳くらいの一人の少年を見つけます。どうやら迷子になっている様子。一緒に親を探しに行くのかと思いきや,恭一はここで「一緒に捜しに行こうか。あっちへ行こうよ」と言いたくなります。
女性と接するのとは違う感覚が恭一を襲います。どういうことだ? この少年をどこかへ連れて行こうと考えているということ?ただ運よく,少年の両親が現れます。両親は息子を見つけて安心したようです。なぜか感謝される恭一。
やはり違和感を感じますよね。実はこの恭一の心理というのは,自分が幼い頃にあった出来事が原因でした。正隆は国会議員になる前に堂原賢吉という人物の秘書をしていました。堂原は大物議員です。
正隆は堂原の家に息子である恭一を連れて行きます。堂原と正隆が二人で話し込んでいる間,恭一はある部屋に案内されます。それは堂原の甥である保雄という人物でした。「僕の部屋にフィギュアとはロボプラとかがあるよ」
ところが,保雄はとんだ性癖を持っていました。
保雄の部屋に連れ込まれた時の記憶はあまり覚えていない。
保雄の無精ひげや,赤くいつも湿っていた唇。保雄の声,息遣い,臭いまでもが昨日のように思い出される
ここだけ聞けば,何があったのかはある程度想像つきます。おそらく児童虐待なのでしょう。はっきりとは書かれていませんが。
それを恭一は誰にも言えず,黙っていました。というか,将来正隆の地盤を継いで国会議員になる自分が,過去に何があったかを知られてはいけない。
いや,恭一の言葉を借りれば「自分が悪いことをしてしまった」という心理になっているのです。悪いことをされた方なのに。
ただ,確かにこれが公になれば,国会議員になるという道は閉ざされそうです。いろいろな意味で恭一は「秘密」にしていたのです。
そんな恭一の元へ,数枚の写真が送られてきました。恭一はその写真を見て驚愕するのでした。
一体,どんな写真が送られてきたのか。この続きは実際に読んでほしいと思います。
小説って,最初の登場人物が出てきて,しばらくしてようやくストーリーのイメージができるようになります。本作品は,冒頭の人物たちが大きな鍵を握っていました。さすが伊岡先生,ムダな表現はありません。
さらに登場人物の中には特殊な「性癖」を持つ人物がいました。それって,持って生まれたものであることもあれば,過去のトラウマが原因になることもあるのかなと思いました。
朝井リョウ先生の「正欲」を思い出しました。世の中にはいろいろな性癖を持ち,それを誰にも言えずに苦しんでいる人もいるのだなと思った記憶があります。
その対象が幼い子供になってしまうことはとても残念です。抵抗ができない子供を,大人がおもちゃのように扱う。それが原因で犯罪を起こしてしまう。その責任はもちろん当の本人が負うものなのでしょうが,何か居たたまれないです。
不遇な環境で育ってしまう子供たちが一人でも少なくなっていくことを願うばかりです。
● 児童虐待の恐ろしさについて考えさせられた
● 過去のトラウマで犯罪を犯してしまう可能性があること
● 誰かを守ろうとする「正義」について