小杉健治さんの作品は,本当に楽しく読んでます。これまで20作品ほど読んだでしょうか。
ほとんどの作品,最後の最後に大どんでん返しがやってきます。その瞬間に溜息が出てしまうほどの深みのある作品を描かれる方だと思っています。
親子の関係をテーマにしたもの,法廷もの,本当に多様な作品を描かれます。特に法廷ものは大好きです。今回も舞台は法廷です。 本作品に興味を持ったきっかけは,以前,仕事中に車に乗って移動している時に,たまたま観たドラマがきっかけでした。「残り火」とはなんだろう。タイトルに引き込まれて観たんですね。
実際に小説で読んでみたいと思ったのがその数ヶ月後。ドラマにはない表現もあってとてもいい作品でしたし,最後の大どんでん返しにはさらに驚きました。。
テーマは「冤罪」です。社会問題になっているこのテーマに,敏腕弁護士の水木が挑みます。
話は,ある男が連続通り魔事件の容疑者にされた青年を救うために,水木に弁護を依頼するところから始まります。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 容疑者を救おうとする人物
3.2 純也の不遇な環境と容疑
3.3 驚愕する2つの重大な真相
4. この作品で学べたこと
● 立花が,なぜ容疑者救おうとするのかを知りたい
● 水木という敏腕弁護士のことを知りたい
● 連続通り魔事件の驚愕の真相を知りたい
墨田・江東地区連続殺人事件の容疑者として相浦純也が逮捕された。縁あって純也の無実を信じる立花孝久からの弁護依頼を受けたのは、水木邦夫弁護士だった。妻を亡くし、生ける屍となっていた水木にとって再起を賭けた闘いだ。はたして、純也の無罪を証明できるのか、そして、真犯人は!? 驚愕の法廷ミステリー!
-Booksデータベースより-
水木邦夫・・・主人公。弁護士だったが,妻の死により引退した
相浦純也・・・通り魔事件の被疑者
立花孝久・・・純也を「冤罪」から救おうとする
相浦純蔵・・・純也の祖父。寝たきりである
服部淳美・・・相浦家の隣人。時々純蔵の面倒を看ている
土川秀和・・・東京地検検事
戸田裕子・・・水木法律事務所の弁護士で,水木の助手
香月由紀菜・・通り魔事件の被害者
1⃣ 容疑者を救おうとする人物
2⃣ 純也の不遇な環境と容疑
3⃣ 驚愕する2つの重大な真相
東京都内で,若い女性3人を狙った連続通り魔事件が発生します。3人目に襲われた香月由紀菜という女性が,犯人はパーカーを着ていたと発言します。そして容疑者として,相浦純也という青年が逮捕されてしまいます。
立花孝久はこの青年を救うべく,かつて弁護士だった水木邦夫に依頼しようとします。
水木は弁護士を引退していました。妻が亡くなったということで憔悴してしまった水木は弁護士を辞めてしまっていたんですね。
そもそも,なぜ立花は純也を救おうとしているのか。それはかつて立花の母親がケガをしたとき,おぶって運んでくれたという恩があったからです。
そんな純也の姿をテレビの報道で見た立花と母親は衝撃を受けるのです。
「あの優しい青年が殺人を犯すはずがない」と。
では立花がなぜ水木に依頼してきたのか。立花には息子がいました。その息子が痴漢事件の容疑者として逮捕されました。
当時から敏腕弁護士で主に「冤罪」を担当していた水木は,無実の罪を着せられていた立花の息子である孝之を無罪に持ち込みます。
しかし,孝之を見る周囲の目が変わってしまい,さらにはフィアンセに振られ,偏見の眼差しに耐えることができず命を絶ったのです。
痴漢事件の「冤罪」というのは結構あるようで,小説でも何作品か読みました。
一度は罪を問われた者にとっては,本当に辛い日々を過ごさなくてはならないのです。本当に残念なことです。孝久の依頼に最初は意に介さなかった水木でしたが,それでも立花は説得します。
その強い熱意に動かされたのか,水木はようやく依頼を引き受けることになるのです。
茫然と生きていた水木に,血が通い始めた瞬間でした。ここから水木は徹底的に調査を開始します。
まずは容疑者になってしまった純也と接見します。犯行があった時のことを聞き始めました。純也は犯行を認めていません。自分は殺していないと。
事件のあった時刻,純也は現場でスーツ姿の男と遭遇していました。凶器に純也の指紋がついたのは,その凶器を拾ってしまったためと訴えます。
しかし,水木は違和感を感じているようでした。純也は何か隠していると。一体,純也は何を隠しているのか。
純也は不遇な環境で育っていました。両親は父親が運転していた車がガードレールにぶつかり,母親とともに亡くなってしまっていました。その両親の代わりに祖父が純也を育ててきたのです。
純也の祖父は純蔵といいます。三年前から寝たきりになっていました。純也は定職に就いておらず,この純蔵の年金で暮らしているようです。介護施設に入れようとしますが,本人は拒否していたようです。
純蔵には弟もいたようですが,行方不明になっています。相浦家というのは本当に不遇な環境です。
ただ,水木はこの純蔵に不信感を持っているようでした。寝たきりと言いながら実は純蔵は結構動けるのではないかと。
なぜ水木がそう思うのか。それは「ヘルパー」を雇っていないということでした。純蔵のことを時々面倒看ていたのは,隣に住む服部淳美という女性だったんですね。
ヘルパーを雇わないということは,結構歩けるのではないかと水木は想像しているのです。
何かこの相浦家も匂うぞ。。。そしてとうとう純也の公判が始まります。相手は土川という検事です。
「女性を殺害した時のナイフが公園の植え込みにあり,そのナイフには被害者の血痕が付いており,さらに純也の指紋も付いていた」
動かぬ証拠の存在。この大ピンチを水木はどう逆転するのか。
事件の状況を整理すると一つの矛盾があることがわかります。
純也は,現場近くで「スーツ姿の男とぶつかった」と言っています。それに対し,襲われた女性は「パーカーを着た男に襲われた」と言っています。
警察と検察側は,被告人である純也が「嘘」をついていると主張します。つまり「スーツ姿ではなく,パーカー姿だったはずだ」と。
どうしても純也が犯人であるというストーリーに持っていきたい感じです。結論を決め,それに向かっての筋道を立てていくという。これだと場合によっては冤罪が起こりそうですよね。
しかし水木は反論します。「純也が嘘をつく理由がない」と。
水木の主張はこうです。本当にパーカー姿だったとしても,純也はそのまま正直に言えばいいのでは。純也がパーカー姿だったと言えば信憑性がさらに増していき,純也に有利になるはずですからね。
証拠がありながらも,検察側はかなり苦しい状況のように描かれています。検察側が作り上げた「純也が嘘をついている」というストーリーには無理があるんじゃないか。
そして裁判も終盤に迫っていきます。裁判の結果を書く前に,ここで水木が調べていたことを書きます。
純蔵には純吉という弟がいました。純蔵は公務員になり,父親がやっていた店は継ぎませんでした。かと言って代わりに純吉に継がせることもしませんでした。純吉は遊び人で,金遣いも荒かったらしいんですね。
しかし,その純吉は蒸発してしまいます。実はこの話が後で衝撃の事実がわかります。
そして法廷では最終判決が出るのです。
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襲われた香月由紀菜への証人尋問では水木が細かく事件当時の状況について尋問します。しかしこの由紀菜の証言はどうもおかしい。
水木の質問に対して矛盾するような発言をするのです。というか,誰かを庇っているような気がするのです。
実際,由紀菜は犯人を知っていました。それは自分の元彼氏だった川勝という男でした。付き合っていたという情が湧いてきたのか,由紀菜は川勝を庇ってしまったんですね。
自分の嘘によって無実の罪を着せられてしまう青年の存在。彼女はその罪の意識に苦しんだ挙句に真実を話すのでした。
これで純也は「無罪」となったのです。水木の執念の証人尋問でした。
ただ,純也には隠していたことがありました。それは現場に落ちていたハンカチでした。これは純蔵のものでした。
ん? でも純蔵は寝たきりだったのでは?
そうなんです。純蔵が夜間に徘徊してしまうことがバレてしまうと困るからです。
実はここが一つ目の衝撃です。実は純蔵は純吉だったのです。
ある日,金に困っていた純吉は純蔵に会いにきました。純蔵は余命幾ばくかの命でした。彼は亡くなる前に純吉に言うのです。
「自分が死んだら庭に埋めろ」と。その動機は年金受給のためでした。
本物の純蔵が亡くなってしまえば年金支給はストップしてしまいます。そこで純吉が純蔵に成り代わり,寝たきりのフリをしていたのです。あまり動き回ってしまうと偽物だとバレてしまいますから。
いわゆる「年金の不正受給」が一つの問題でした。
しかし,もう一つの大事な問題が残っています。もちろん通り魔事件の真犯人です。
ここでも衝撃の事実が判明します。真犯人は一体誰なのか。
これは意外な人物でした。立花孝久だったのです。
えっ? 本当に? 何のために? 純也を救おうとしたり,何か行動が一貫していないんですよね。動機は一体なんなのでしょうか。
孝久の息子である孝之が冤罪を苦に亡くなったのは先に書いた通りですが,その痴漢事件は実は計画的な犯行でした。孝之は詐欺集団に嵌められたのです。
その時の詐欺集団の人間を殺害していったのが今回の通り魔連続殺人事件の動機でした。
つまりこれが「残り火」だったわけです。なるほど,そういうことだったんですね。。。
社会問題をテーマにうまく組み立てられた作品です。改めて小杉先生のすごさを感じました。
まずは年金の「不正受給問題」。他にも生活保護費の不正受給など,国民の税金から支出される国民を支援する仕組みを悪用するという詐欺行為はたくさんあります。
問題に真正面から向き合い,わかりやすい表現で読者をストーリーに引き込む力のすごさを感じます。
そして,「痴漢事件の集団詐欺問題」。これって,まるで劇団ですよね。
数人の仲間が同じ電車に乗車し,痴漢を認めさせ多額の金の示談に持ち込むのです。もし自分が運悪くこんな状況に出くわしてしまったらと思うと,本当にゾッとします。本当に許せない犯罪です。
このように小杉先生は多くの社会問題を一つの作品として絡めて描いているわけです。
いつも思うんですが,小杉先生の作品の構成力に毎回感服していまいます。
これからも小杉先生の作品を楽しみにしようと思います。
● 水木弁護士の法廷で論理的に検事や証人を追い詰める執念がすごい
● 世の中には痴漢事件という社会問題を逆手にとった詐欺事件があるということ
● 容疑者の真の秘密に驚愕した