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【正義をふりかざす君へ】真保裕一|主人公を追い詰めるのは誰か

正義をふりかざす君へ

「正しいことをしたのに、なぜか人間関係が悪化してしまった」
「悪いのはあの人なのに、なぜか自分が責められているような気がする」
そんな経験はありませんか?
私たちは時に「正しさ」を信じて行動します。
でもその「正しさ」が、誰かを追い詰めたり、自分自身を孤立させてしまうことがあるのです。

自分にとっては正義でも、他の人にとってはそうではないということはよくあることです。
人によって価値観や考え方は異なるし、立場が違えば守るべきものも異なる。

今回は、「正義をふりかざすことの落とし穴」について、具体的な事例とともに考えてみたいと思います。

こんな方にオススメ

● 「正義をふりかざす君」とは誰のことを指すのか知りたい

● 正義とは何かを考えてみたい

● 政治、企業、メディアの関係性について考えてみたい

作品概要

元妻の依頼で、不破勝彦は故郷・棚尾市へ久々に戻った。不倫の証拠写真を撮った者を調べてほしいという。不破はかつて義父のホテル業を手伝うために地元紙・信央日報を退職した。しかし食中毒事件で義父は失脚、妻との不仲もあって、彼は故郷から逃げ出したのだ。七年ぶりに戻った不破は、ホテルが古巣の信央グループに買収されていたことを知る。そして、何者かが彼を襲撃する!「正義」の真の意味を問いける、渾身の長篇ミステリー!
Booksデータベースより



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主な登場人物

不破勝彦・・主人公。元信央日報の記者。元妻からある依頼を受ける

神永美里・・・勝彦の元妻。議員との密会についての調査を勝彦に依頼

朝比奈亘・・・美里との密会をリークされた議員立候補者

朝比奈順・・・朝比奈の息子

大瀧・・・信央グループの社長。かつて勝彦と仕事をしたことがある

本作品 3つのポイント

1⃣ 元妻からの依頼とは

2⃣ 調査を邪魔する者の存在

3⃣ 意外な真実

元妻からの依頼とは

主人公の不破勝彦は、かつて長野県棚尾市で地元紙「信央日報」の記者として精力的に活動していた人物です。彼は報道の使命を胸に、正義感と信念を持って仕事に取り組んでいました。しかし、不破の人生はある事件をきっかけに大きく転落します。

信央日報を辞めた不破は、地元で名士として知られる神永家の娘・美里と結婚し、婿養子として神永グループの経営する老舗ホテルの経営に携わるようになります。義父・神永泰信は地元経済界でも影響力のある存在で、不破は次期後継者として期待されていました。

しかし、ある夏の日、神永ホテルで集団食中毒事件が発生。地元の団体が利用した宴会で、提供された食事によって複数の宿泊客が重症となり、うち数名が死亡するという大惨事に発展します。

事件は新聞・テレビで大々的に報道され、地元社会を揺るがしました。不破は一貫して事実の解明と謝罪に奔走し、責任を取る形で表舞台から身を引きます。

彼の真摯な対応とは裏腹に、義父は「婿が勝手に対応した」として不破を切り捨て、妻・美里も父親の側に立ちました。不破は、家族からも信頼を失い、裏切られた形で家を出ることになったのです。

「食中毒事件の元凶」として烙印を押された不破は、東京へ出て細々と生活するようになりました。新聞記者としてのキャリアも、経営者としての信頼も、家族も、すべてを失った彼は、いわば“人生の敗者”として新たな人生を歩み始めることになります。

そして7年の歳月が流れたある日、不破のもとに一本の連絡が入ります。それは、別れた妻・美里からのものでした。「写真を撮った人物を突き止めてほしい」と。

不破に依頼してきたのは、美里とある男性が密会している現場写真に関する調査でした。その男性とは、元総務省官僚であり、現在は棚尾市の市長選に立候補している朝比奈亘。美里と朝比奈の関係が市長選を揺るがしかねないスキャンダルになることを恐れた義父側の意向が働いていることは、容易に想像できました。

しかし、不破が疑問に思ったのは「なぜ自分に?」ということでした。当然ですよね。7年前に会社から裏切られ、妻からもからも見捨てられたはずの自分に、なぜ元妻は再び接触してきたのだろうか。

依頼そのものも曖昧で、調査費用も提示されず、正式な契約もない。にもかかわらず、彼は棚尾へと向かう決意をします。

そして不破は7年ぶりに故郷・棚尾の地へと足を踏み入れるのです。再び足を踏み入れたこの土地で、不破は思い知ることになります。

この小さな依頼を皮切りに、彼は再びかつての事件と、裏で動いている大きな陰謀の渦の中へ巻き込まれていくことを。

調査を邪魔する者の存在

棚尾市に7年ぶりに戻ってきた不破勝彦が最初に直面したのは、地元社会がいかに大きく様変わりしているかという現実でした。表面的には何も変わっていない町並みの中にも、彼は何かしらの違和感を感じているようです。それがかつて在籍していた「信央日報」の変化です。

この地元紙は、かつては「正義」「地域の声を代弁する報道機関」としての誇りを持っていました。しかし今は様相が一変しているようです。信央日報は地元テレビ局との資本提携を経て、地域の報道機関というよりも政治的影響力と経済利権を持つ地元支配層の一角と変貌していたのです。

その象徴的な出来事が、神永グループのホテルが経営難に陥った後の「信央グループ」による買収でした。あの食中毒事件の責任を問われ、世間から追われた神永グループは、地元での信用を失い資産整理を余儀なくされたのです。

この買収が意味するのは、単なる企業再編ではありません。メディアが「報道する立場」から「利害関係の当事者」へと変わった瞬間でした。そしてこの構図の中で、市政・経済・報道が癒着する三角構造が生まれていったのです。

この信央日報を含む「棚尾支配体制」に風穴を開けようとしていたのが、今回市長選に出馬している朝比奈亘です。彼は総務省出身の元官僚であり、東京でのキャリアを経て「棚尾に改革を」というスローガンを掲げて立候補しました。しかし、彼の登場は、地元に根を張った既得権益者にとっては極めて都合の悪い存在でした。

不破が調査する「美里と朝比奈の不倫写真」が流出したのは、まさにこの市長選をめぐる激しい権力争いの一環でした。スキャンダルの形を取ったこの写真は「家庭的でクリーンなイメージ」を売りにしていた朝比奈にとって致命的であり、選挙戦からの撤退を迫る刺客として用いられていたのです。

ではその背後にいる人物は誰なのか。何のために、どこから情報を得て、どんな方法で撮影し、そして誰に渡したのか。その全てが、まるで意図的に不破に追わせるために作られた迷宮のように思えました。

不破は地元の人間関係の中で、かつての後輩記者で今は信央日報の中枢にいる君島俊二とも再会します。かつては素直で優秀な青年だった君島が、今では社内政治の中で、記者魂を失っている姿を目の当たりにし、不破は衝撃を受けるのです。

また、信央日報の社長である大瀧は、不破を「裏切り者」「過去の人」として一蹴しながらも、表ではにこやかに取材を受け入れ、裏では徹底的に妨害工作を仕掛けるという、権力者の典型的な顔を持っていました。

彼らは、表向きは「報道の自由」を語りながら、実際には都合の悪い情報を潰し、地元経済の利益に反する報道を忌避する「隠れた支配者」だったのです。

そして不破が調査を進めるなか、突然、暴漢に襲われ左腕を骨折する事件が起きます。「これ以上深入りするな」という無言の警告。

一体、誰が不破の行動を阻止しようとしているのか。それでも彼は暴かねばならない事実を突き止めようとするのです。

意外な真実

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不破勝彦が美里から依頼された「不倫写真の出どころ」を追ううちに、事態は次第に現在の市長選だけでなく、7年前に起きた神永グループの食中毒事件にまでつながっていきました。

当時の事件では、神永グループが提供した料理が原因で複数の死者を出しましたが、実はあの事件の背後には「事故とは言い切れない」情報操作と報道の過剰な正義の暴走があったのです。

つまり、地元紙「信央日報」は、当初は市民の命を守るための告発者として報道に踏み切ったつもりだったが、その報道は次第にエスカレートし、取材内容の一部を誇張・演出して報道の正義を貫こうとした結果、不破と神永家を社会的に葬るような形になってしまったという構図です。

不破が暴いたのは、ただの不倫スキャンダルではないのです。信央日報は、報道を利用して朝比奈の信用を落とし、現職市長を有利にする戦略を取っていました。

不倫写真は、信央日報の内部関係者が提供し、それを巧妙に朝比奈の家族問題、息子である順の万引きという不祥事まで掘り下げて利用しました。過去のホテル買収と同じように、情報とスキャンダルを商品にした地元メディアの策略。

これにより、不破は公の場で真相を暴露し、信央グループの闇を市民の目に晒すことに成功します。しかし、彼の行動は単純な英雄的暴露ではなく、報道・政治・利権の根深い癒着のごく一部にすぎないという限界も突きつけられるのです。

そして、写真をリークした人物が判明します。それは朝比奈の息子の朝比奈順でした。彼は自分の父親が不倫をしていた事実を知るなど、大人のずるさに憤りを感じていました。

「父としての責任を果たしてこなかった朝比奈」「人の人生を壊したのに無傷でいようとする者たち」への怒りと複雑な復讐心から、写真の存在を知り、それを黙認、もしくは裏で流した可能性が高いのです。

ところが彼がリークした裏にはそれを「指図」した人物がいました。それは何と、元妻の美里でした。何という事実。何のために彼女はそんな回りくどいことをしてきたのか。

つまり彼女は、朝比奈の不倫相手という以前に、神永滋の娘だったということです。神永家の繁栄を取り戻したい。
そして一番の目的は、朝比奈を引きずり下ろし、自分の弟である和夫を市長選の立候補者にするためだったのです。

最後に不破は、元妻に静かに言うのです。「君は、十六歳の青年に、深い傷を負わせた」と。

この物語は「正義」を信じた人々が、それぞれの立場と思惑の中でぶつかり合い、傷つき、そして問い直す物語でした。

声高に語られる「正しさ」や「正義」の裏には、語られなかった痛みや沈黙があり、報道、政治、家族、信念などが交差するとき、人は何を守り、何を失うのかを考えさせられます。

それは「正義」という言葉に向き合いながら生きるすべての人に問いかける、静かで深い警鐘です。

SNSが発達した現在、ある有名人の過去の発言が発掘され、SNS上で一気に拡散することがあります。

「これは許されない」「社会人として失格だ」と、正義感に駆られたユーザーたちが集団で一気に非難し、拡散と炎上が止まらなくなります。

これは真実なのかどうなのかをしっかり吟味しなければならない。安易な一部の切り取り情報に基づいて断罪が行われ、本人の事情や背景が無視されることがよくあるからです。

これは、法的な手続きではなく「世論」によって制裁が加えられることを意味するし、対象者の生活や仕事、メンタルにも深刻な影響を与えます。

法治国家である私たちの世界で、真実を知らない者による「裁判」をしてしまっているように思います。とても危険な世の中になったと実感します。

正義のつもりが、取り返しのつかない暴力になってしまうことが世の中にはたくさんある。
そしてそれが意図して行われたものであれば、もっと恐ろしいことだと思わせられるのです。

この作品で考えさせられたこと

● 誰かの故意によって、無実の者が危険に晒される恐ろしさ

● 正義をふりかざしているように見えて、実は誰かを貶める可能性があること

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