「佐方貞人シリーズ」の第三弾です。
第二弾である「検事の本懐」を読んだ後にこれは読むべきだと思いました。
「検事の本懐」で登場した佐方貞人の父親である陽世の話が登場するので,父親との関係の奥深さまで知ることができる作品になっています。
タイトルにもある「検事の死命」とはどういうことなのか。使命ではなく,死命です。
辞書で調べれば「生きるか死ぬかの急所」と書かれています。
佐方貞人の死命なのか,それとも別の人物なのか。難しい言葉です「死命」って。
本懐や死命。検事という仕事にはやはり特別な何かがあるのでしょうか。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 佐方検事が担当した事件
3.2 容疑者を追及する佐方検事
3.3 検事の使命と死命
4. この作品で学べたこと
● 痴漢事件が冤罪となる怖さを知りたい
● 佐方貞人が守り抜く「死命」とは何かを知りたい
● 同僚だけでなく,対決する弁護士までもが一目置く佐方のすごさを知りたい
電車内で女子高生に痴漢を働いたとして会社員の武本が現行犯逮捕された。武本は容疑を否認し、金を払えば示談にすると少女から脅されたと主張。さらに武本は県内有数の資産家一族の婿だった。担当を任された検事・佐方貞人に対し、上司や国会議員から不起訴にするよう圧力がかかるが、佐方は覚悟を決めて起訴に踏み切る。権力に挑む佐方に勝算はあるのか(「死命を賭ける」)。正義感あふれる男の執念を描いた、傑作ミステリー。
-Booksデータベースより-
1⃣ 佐方検事が担当した事件
2⃣ 容疑者を追及する佐方検事
3⃣ 検事の使命と死命
① 心を掬う
米崎地検の佐方貞人。米崎市内の郵便が届かないという事件が頻発していました。
それらには共通点がありました。米崎市内の中央郵便局を経由しているということです。
その郵便には現金が入っていて,局員が横領したのではないかという疑惑が持ち上がります。
佐方はこの事件の捜査に乗り出します。一体,郵便局で何があったのか?
② 業をおろす
「検事の本懐」でも書いたように,佐方には弁護士であった父親の「陽世」がいました。もうすでに亡くなっており,十三回忌のために広島に戻ってきていました。
その法事を取り仕切ってくれる住職の上向井英心の元へ行き,「なぜ自分の父は,無実の罪をかぶったのか」という疑問をぶつけます。
父親の真意は何だったのか?
③ 死命を賭ける
電車内で「痴漢」事件が起こります。
これ「強制わいせつ罪」という罪になるんですね。しかし,被疑者の武本,被害者の玲奈の証言に隔たりがあります。
佐方と部下の増田はこの事件を捜査します。どちらが嘘を言っているのか。
佐方たちはその真相に辿り着くことができるのか?
④ 死命を決する
先ほどの「死命を賭ける」の続きの短編です。
痴漢事件の容疑者を弁護する井原弁護士と,被害者女性の証言を証明しようとする検事の佐方。とうとう舞台は法廷へと移動します。
果たして,佐方はこの事件の真実に辿り着くことができるのか。
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① 心を掬う
疑われているのは田所という郵便局員でした。田所が郵便物から何かを抜き取るような場面を目にした者がいることから,おそらく田所が犯人なのでしょう。
問題はこの田所が犯人である証拠を掴まなければならないということです。しかし,ここで佐方は罠を仕掛けてました。
田所の財布に入っている一万円札を取り出します。その札に印字されている番号が問題です。佐方が画像として持っていた札の番号と完全に一致しました。
しかもその画像には今日の新聞記事も写っています。つまり佐方は,早朝に自分宛の現金入り郵便を投函し,それを田所が抜き取ってしまったのです。
そしてそこには指紋が二つあるはずです。佐方の指紋の上に,田所の指紋が。田所万事休すです。
② 業をおろす
検事の本懐を読めばわかりますが,佐方貞人の父である陽世は小田嶋建設という企業の顧問弁護士をしていました。
陽世は「女子高生通り魔事件」に関わっており,依頼を受けた被告人が完全に「クロ」であると知っていながら,弁護士としての職務を全うしたのです。
その罪の意識を陽世はずっと持っていたんですね。
そして,前作にもあったように,小田嶋の意向で遺産を預かることになりました。
これが業務上横領ということになり,訳を話せば罪を問われない,或いは軽くなるはずだったのに,陽世はそうしなかったのです。
実刑を受け,そして亡くなるのです。
弁護士という仕事の辛さはここにあるのかもしれません。
犯罪者だとわかっても依頼人をまもらなければならないという矛盾を抱えて生きなければならなかった陽世の気持ち,そして「死命」を,息子は理解したのでした。
③ 死命を賭ける
痴漢の被疑者は武本という御曹司です。佐方の見立ては限りなく「クロ」でした。
しかし,佐方は検事正の鬼貫から「痴漢は条例違反ごときであるから見逃せ」的なことを言われます。何か力が働いているのでしょうか。
検事正といえば各地検のトップですが,佐方は「罪をまっとうに裁かせることが自分の仕事である」と言います。
すごい勇気と覚悟ですよね。これが佐方の生きるか死ぬかの「死命」なのでしょうか。
ここで佐方は上司の筒井からアイデアを受けることになります。
④ 死命を決する
被疑者有罪なのか無罪なのか。舞台はとうとう法廷へと移動します。
起訴した佐方に対するのは武本の弁護士である井原。井原は警察で行われた痴漢をしたかどうかの「手のひらの検査」をした警察官を証人として要求します。
検査結果,被害者の服の繊維があれば有力な証拠ですが,結果は「4種類の繊維のみ検出」でした。
不敵な笑みを浮かべる井原に対し,佐方は意外なことを話し始めます。逆に「4種類しかないのは不自然ではないか」と。
ここで導かれる結論は「被疑者は,トイレで手を洗った」ということです。
そして井原は別の証人を用意します。これが彼の切り札です。その男は半田と言って「ずっと玲奈のスカートを見ていたが,武本は痴漢をしていない」という目撃談でした。
ところが佐方はこれをあっさり切り返します。「玲奈は長めのコートを着ていて,普通であればスカートは見えないはずだ」と。ここから法廷の流れが逆転します。
そして,武本と半田にはつながりがありました。パソコン通信です。お互いの電話番号が遺されており,BBS(掲示板)にも書き込みがありました。「痴漢を計画している」これが決定的な証拠。
佐方の死命を決した瞬間でした。
今回の作品を読んで,まず思うのは「冤罪」の怖さです。首都圏に住んでいる人で,特に朝・夕電車を利用して通勤する方々はその怖さを特に感じていると思います。
ただ,今回の作品は痴漢の冤罪にもいろいろあるのだなって思いました。
女性にスポットを当て,ストーリーとして作り上げた柚月先生ならではの作品です。
また「検事の本懐」の話をさらに深く切り込んだ佐方の父,陽世の話。「本懐」の時には見えなかった真実と,弁護士という仕事の難しさを学ぶことができたような気がします。
僕自身も東京にいた頃,毎朝すごいラッシュに巻き込まれた経験があります。
周りの人々とかなり密着してしまい,もしここで「痴漢!」と叫ばれたらヤバいなと何度も思ったことがあります。
一度だけ,実際に車内で誰かが疑われているのを見たことがありました。
痴漢された人に腕を掴まれた時点で,逮捕と同じようなものであるという記述を他の作品で読んだことがあります。
あれだけたくさんの人がいる中で,それを叫ばれたら周りの人達はそれを痴漢だと思うことでしょう。
裁判になれば「懲役6ヶ月あるいは罰金50万円」みたいなことになってしまうらしいですが,それ以上に社会的信用が失墜してしまうことの方が苦しいですよね。
小杉健治先生の作品である「残り火」にも同様の事件を描いたものがあるくらい,これは大きな社会問題になっているのでしょう。
「冤罪」ですから,失った時間と信用を返せと言いたくても「時すでに遅し」というわけですよね。
しかし逆に痴漢自体が実は計画的犯罪だとしたら。きっと今回の話はそういうこともあるのだという警告だったように思います。佐方がいなければ,それこそ真犯人を逃がしてしまうところでした。
どんな事件にも真剣に向き合い,そして罪をまっとうに裁かせること。それが佐方貞人なのです。そして,佐方の父親の「死命」の話。罪もない父親はなぜ罪をかぶろうとしたのか。
本当は父親はありのままを言いたかったのではないかと思います。
しかし言えない。弁護士としての矜持というか,弁護士として一番つらいところなのではないかと思います。
犯罪者であると知りながら,それを弁護しなければならない矛盾との闘い。
自分の罪を控訴することなく,実刑を受けた父親陽世。
犯罪者を野放しにしてしまったという「贖罪」であり「死命」だったのではないかと思います。
● 罪をまっとうに裁かせようとする佐方貞人の使命感
● 父親が命をかけてまで守ろうとした「死命」を受け継いだ息子の思い
● 冤罪を作り出してしまう計画された痴漢事件の怖さ