「検事の本懐」を初めて読んだ時の感動を今でも覚えています。
あれが柚木先生の作品の面白さに惹かれた時であり,また検事という仕事を深く理解できるようになった瞬間でもありました。
これまで柚木先生の作品を二十冊近く読んできましたが,どの話ものめり込んでしまいます。
女性らしく繊細なタッチの作品もあれば,警察,弁護士,暴力団などの「男の世界」を描いた作品もあり,本当に多彩です。尊敬するのが横山秀夫先生というくらいですから,とても鮮やかな文体ですし,文章もとても読みやすい。横山先生の作品は華麗で読みやすいですからね。
張った伏線はしっかり回収するし,ストーリーもよく練られています。
今回の作品も短編集です。主人公はおなじみの佐方貞人です。シリーズ第四弾。
後に検事を退官して弁護士になるあの佐方ですが,検事時代の作品も実に面白いです。
僕にとっては検事や弁護士の仕事を初めて詳しく学べたシリーズでもあるので,思い入れがあるシリーズです。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 佐方が担当した事件とは
3.2 佐方が事件を解決
3.3 検事の信義
4. この作品で学べたこと
● 検事時代の佐方貞人の活躍を知りたい
● 佐方貞人の高い人間性を知りたい
● 同僚,容疑者までもが一目置く佐方のすごさを知りたい
検事・佐方貞人は、亡くなった実業家の書斎から高級腕時計を盗んだ罪で起訴された男の裁判を担当していた。被告人は実業家の非嫡出子で腕時計は形見に貰ったと主張、それを裏付ける証拠も出てきて、佐方は異例の無罪論告をせざるを得なくなってしまう。なぜ被告人は決定的な証拠について黙っていたのか、佐方が辿り着いた驚愕の真相とは(「裁きを望む」)。
孤高の検事の気概と執念を描いた、心ふるわすリーガル・ミステリー!
-Booksデータベースより-
1⃣ 佐方が担当した事件とは
2⃣ 佐方が事件を解決
3⃣ 検事の信義
① 裁きを望む
郷古勝一郎という資産家宅から500万円相当の高級腕時計が盗まれるという強盗殺人事件が発生します。
警察は,非摘出子である芳賀渉という青年が盗まれた時計を持っていたことから逮捕します。しかし,芳賀はその時計を「譲り受けた」と言っています。
この事件に疑問を持った佐方が,独自に捜査を始め,真相が明らかになります。
② 恨みを刻む
室田公彦という男が覚せい剤を使用していたという疑いで逮捕されます。
その情報元は室田の幼馴染である武宮美貴という女性で,佐方はこの証言に疑問を持ちます。そして捜査を始めるのです。
一体,事件の真相とは?
③ 正義を質す
佐方は故郷である広島に戻ります。そこで広島地検の木浦検事と再会します。
ところがそこで検察の裏金問題を聞いてしまいます。木浦には何かしらの目的があるようです。
佐方はここから裏に潜む大きな事件に辿り着きます。果たして佐方が捜査した事件の真相とは?
④ 信義を守る
道塚須恵という女性が,息子である昌平に首を絞められ,殺害されてしまいます。
昌平は須恵を介護していましたが,自暴自棄になり殺害したのだと罪を認めます。
佐方は徐々に昌平の行動に違和感を感じます。
一体昌平の身に何が起き,真相は何なのか?
※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!
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① 裁きを望む
芳賀は一時は罪を認めていましたが,一転して「時計は譲り受けた」として不起訴となります。
なぜ主張を変えたのでしょうか。そこに大きなポイントがありそうです。
佐方は捜査を始めます。ところがそこに郷古勝一郎の顧問弁護しである井原が現れます。
「芳賀渉は,郷古勝一郎と芳賀明美との子であるから,これを認知する」
犯人の渉は勝一郎の本当の子供だったんですね。
芳賀は,自分が勝一郎の子供であることをどうしても認めてもらいたい。その一心で犯行に及んでいたということ。
幼いころから両親がいないということで苦労しながら育った芳賀が,本当の父親である勝一郎に認知してほしいという気持ちからの彼の計画だったということです。
自分に父親がいないことにコンプレックスを感じ,そして父親という存在をどうしても手に入れたかった。
渉の気持ちになってみると,とても悲しい事件だったのだと思います。
② 恨みを刻む
室田が覚せい剤を使用していたと証言する美貴。
覚せい剤を使用していた瞬間を見た日は月曜日。その前日には美貴の子供が運動会があったらしい。
しかし次の日は代休となっている。門も締まっており,美貴が入れるはずがない。つまり,美貴の証言はおかしい。
ところが美貴は一週間経って一転して証言を変えます。実は勘違いで,一週間前だったと。
当然,佐方は怪しみます。美貴に対して疑惑の目で見る佐方。
そして捜査した結果,その一週間前も覚せい剤を使用した瞬間を見れるはずがないことがわかります。
美貴は娘のピアノ教室の迎えに行っており,室田も残業していたと。つまりアリバイがあるわけです。
では,美貴はなぜ嘘をつくのか。
ここで登場する鴻城という刑事が仕組んだものでした。わざと美貴を取り込み,偽りの証言をさせた。
当の鴻城は点数稼ぎに室田の逮捕を企んだ。鴻城は悪徳刑事だったようです。
③ 正義を質す
佐方の同期である木浦が広島への誘いに佐方は快諾します。久しぶりに故郷を味わう木浦と佐方。佐方も木浦との再会を喜んでいるようでした。
しかし木浦の口から思ってもないことを聞きます。検察には裏金問題があることを匂わすのです。
そこには暴力団も絡んでいて,県警四課はむしろその抗争を望んでいるというのです。
ある日,日岡という巡査部長から木浦の元へ連絡が入ります。ここで裏金情報を聞きます。
裏金問題に直接関わっているのは,検察官の八百坂です。さらに暴力団との癒着の問題もある。
彼は追い詰められ,自分が「秋霜烈日」のバッジを外すと同時に,検察の裏金情報をリークするつもりのようです。
それを防ぐために佐方は取り調べをしていました。
実は八百坂には「住宅用家屋証明書詐欺」という事実がありました。八百坂はある物件を競売で落札していたんですね。
登記すれば当然税金がかかりますが,それを「住宅用家屋証明書」を提出すれば,税が減免されるというのです。つまり犯罪です。
そして逮捕すれば裏金情報のリークに終止符を打てる。
木浦はそれを伝えた日岡と似た男がいたことを思い出すのです。佐方の姿でした。
④ 信義を守る
母親の介護に苦労し,孤独感を味わい,生活保護をも受けずに苦しんだ挙句母親を殺害したのは確かに苦しさゆえの犯行でした。
しかし,彼は逃げればよかった。逃げる時間もあったのに,なぜ遠くまでいかなかったのかがポイントでした。
そこに佐方は徹底的にこだわったのです。そして真相とは。。。
昌平は実は敬虔なクリスチャンだったのです。殺害後,教会へ行き,神父に懺悔しました。
自暴自棄になり,自分自身を亡き者にしようとしていると察した神父は彼にこう告げるのです。
「あなたは命を絶ってはいけない」と。
自分の人格を形成するのに大きな役割を持つものの一つに宗教的な考えがあると思います。それで気持ちが救われる人々も多いと思います。
親の言うことには反抗できても,自分の「教え」には背くことはできない。
佐方はそんな昌平に対して,検察側としてはとても稀な「執行猶予」付きの求刑した。
起訴すれば99.9%の確率で有罪にするという検察という組織。
そこには厳しい上下関係があって,立件するからには絶対に有罪にしろ,と言われそうな職業であることはその数字を見てもわかるような気がします。
人の人生を左右する仕事でありますし,もちろんそれは裁判官も弁護士もそうなんでしょうけど,法曹を学ぶという覚悟,法曹になるという覚悟はすごいと思います。
2010年には,大阪地検で「障碍者郵便制度悪用事件」と呼ばれる事件が発生しています。もう10年以上も前の話です。
障碍者郵便制度悪用事件(通称 村木事件)とは
2010年9月10日に大阪地方裁判所が無罪判決を言い渡した冤罪事件。無罪判決の後、担当検察官が証拠を改ざんしていた事実が明らかになる。
当時,主任検察官であった大阪地方検察庁特別捜査部検事が証拠隠滅罪で、その上司である特別捜査部部長および副部長が犯人隠避罪で有罪判決を受け、処罰された。
-日本弁護士連合会サイトより-
この事件では,障碍者の施設であれば,刊行する書籍の郵送料が減免されるという制度を利用し,減免対象団体でない「凛の会」が不正に100億円もの減免を受けていました。
担当検事がその証拠品であるフロッピーディスク内の文書を改ざんしたこと,そしてそれを知りながらも隠蔽したとして複数の検事が逮捕されています。
この事件はさらに大きな問題に発展していくんですが,とにかく検事という仕事の重要性を感じざるにはいられないのです。
どんな組織もそうでしょうが,全ての人間が全うであるとは限らない。
佐方のような検事ばかりだったらこういうことは起こらないのでは? と思ってしまいます。
佐方はその検事の中でも特に優秀な方で一目置かれる存在です。どんな事件にも真っすぐに向き合い,事実を捻じ曲げることなく,罪を犯した人間にはそれ相応の罪を償わせる。
しかし,彼のことを疎ましく思ったり,嫉妬したりする人間もいるのですね。どこの世界も同じようです。
佐方のような人物がいるからこそ,組織が正しく機能しているのではないかとも思うのです。
佐方の「信義」とは「罪を犯した者にその罪を全うに裁かせること」
その信念が全くブレない佐方をやはり尊敬します。
● 佐方の信義とは,罪を犯したものを全うに裁くことである
● 検察内も多くの問題を抱えているということ
● 佐方のような正義感を持つ人間に裁いてもらいたい