原田マハさんと言えば,かつて読んだ作品で言えば「総理の夫」があります。今回の作品も政治の話が絡んでいます。
今から20年前,小泉政権だった頃の解散総選挙,いわゆる「郵政民営化選挙」を思い出される作品でもあります。あの時は,伝説の与野党逆転の解散総選挙へと向かう第一歩でもあったような気がします。
「もう与党は信用ならない」と野党へ投票した時のことを思い出します。
あの時の野党の勢いはすさまじかった。それは「スピーチライター」も大きな役割をしていたのかもしれません。
本作品は伝説のスピーチライターに従事し,自ら友人の候補のスピーチライターを担当するまでに成長していく一人の女性の物語です。
過去の政界のことを思い出したい人へもそうですが,スピーチが苦手だなと思っている方にもオススメの作品です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 伝説のスピーチライター
3.2 こと葉がスピーチライターになる
3.3 政権交代なるか
4. この作品で学べたこと
● スピーチが苦手で,その極意を知りたい方
● スピーチライターの存在を詳しく知りたい
● かつての政界の与野党逆転を思わせるストーリーを読んでみたい
OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。
-Booksデータベースより-
二ノ宮こと葉・・主人公。トウタカ製菓の社員
久遠久美・・・有名なスピーチライター。こと葉の師匠となる
今川厚志・・・こと葉がかつて好きだった男性。こと葉の友人と結婚
和田日間足・・広告代理店である番通のコピーライター
1⃣ 伝説のスピーチライター
2⃣ こと葉がスピーチライターになる
3⃣ 政権交代なるか
スピーチの極意 十箇条
一,スピーチの目指すところを明確にすること
二,エピソード,具体例を盛り込んだ原稿を作り,全文暗記すること
三,力を抜き,心静かに平常心で臨むこと
四,タイムキーパーを立てること
五,トップバッターとして登場するのは極力避けること
六,聴衆が静かになるのを待ってから始めること
七,しっかりと前を向き,右左を向いて,会場全体を見渡しながら語り掛けること
八,言葉はゆっくり,声は腹から出すこと
九,導入部は静かに,徐々に盛り上げ,感動的に締めくくること
十,最後まで決して泣かないこと
これが冒頭で書かれている内容。僕自身も時々スピーチや人前でプレゼンをすることがありますが,結構心に響きます。これらについて僕自身が思うことについては最後に書くとして。。。
主人公の二ノ宮こと葉は,友人の結婚式に出席していました。彼女は友人代表としてスピーチをしなければならないようです。
結婚するのは今川厚志と恵理。恵理はもちろんこと葉の友人代表ですが,実は厚志とは幼馴染で,かつて恋心を抱いていたんですね。何となくまだ未練がありそうなこと葉。
厚志勤める「白鳳堂」の上司のスピーチの際中,こと葉は眠くなってしまいます。
それもスピーチをしている上司が「えー」「えー」という言葉を連発してせっかくのスピーチが台無しになっているのです。なるほど,やっぱり「えー」はよくないのか。無意識のうちに出てしまう「えー」という言葉。そしてとうとうこと葉は我慢できなくなり,目の前のスープに顔から突っ込んでしまうのです。周囲は当然ざわめきます。こと葉は母親につまみ出される始末。
そこでこと葉は、タバコを吸いながら「くっくっ」と笑う女性に出会います。自分のことを笑われたと思ったこと葉は無視します。でもタバコの女性はこと葉に話しかけます。
あなたがあれ(スープの件)をやってくれたおかげで,私もどうにか抜け出せたよ。あの退屈極まりないスピーチから
感謝され戸惑うこと葉。何かあるぞこの女性。何者なのか。こと葉はスピーチについて,この女性からいろいろなことを聞かされます。最近使われなくなった『本日は,お日柄もよく』という言葉は「あっ,きたか」と思わせられること。でも,その後が続かないと良いスピーチとは程遠いものになってしまうこと,などなど。
いろいろな新鮮な話を聞きながら,披露宴会場へ戻る二人。そして時間が過ぎ,突然司会者の声が響きます。
宴たけなわではございますが,ここでもうひとつ祝辞を頂戴いたします
新郎が大変尊敬される『言葉のプロフェッショナル』 久遠久美さまです
やっぱり,さっきのスピーチについて語っていた女性は只者ではなかったようです。実はタバコのところで会った女性こそが,久遠久美だったのです。
そして,彼女のスピーチはまさに冒頭の十箇条に則したスピーチでした。周囲はそのすばらしいスピーチに魅了されます。厚志は感動しています。もちろんこと葉も。これがこと葉と,スピーチライター久遠久美の運命的な出会いでした。
披露宴も終わったある日,厚志の紹介で,こと葉は久美と会うことになります。こと葉は思い出していました。厚志の父親で民衆党の幹事長である今川篤朗のスピーチを思い出していました。
こと葉は幼い頃に両親を亡くし,厚志の父親をまるで本当の父親のように接し,篤朗自身も同じように接してくれていました。総理,厚労省大臣ら与党の代議士たちの前で,代表質問を行う篤朗は末期がんを患っており,力を振り絞った最後のスピーチだったのです。
相手を沈黙させ,理路整然とした内容で,最後は野党だけでなく与党からも拍手が出るほどの感動の渦に巻き込んだ伝説のスピーチ。
実は,このスピーチを作成したのがあの久遠久美だったのです。国会の代表質問のスピーチを練るくらいですから,結婚式のスピーチくらいは難なくこなすんでしょうね。
そして先日行われた篤朗の葬儀でも,民衆党党首である小山田次郎が読んだ弔辞も久美が作成したものでした。
やはり只者ではない久美。こと葉はある依頼をすることになります。
実はこと葉は、千華の結婚披露宴でのスピーチをすることになっていました。どうしても良いスピーチがしたいと考えること葉は,久美の「久遠事務所」にスピーチを依頼するのです。ただ,久美からは「私はコツを教えるだけ」と言われます。つまりスピーチの原稿はこと葉自身が書かなければならないということ。そのコツというのは冒頭の十箇条なんでしょうね。
「あなたにはスピーチの才能がある」と言われたこと葉は,披露宴で感動的なスピーチを披露したのです。
この日,厚志の結婚式で「えー」と言いながらダラダラしたスピーチしていた鈴木社長も出席していました。しかし,この日の鈴木社長のスピーチにはキレがありました。
実は鈴木社長はこの日のために,番通という広告代理店のコピーライターからスピーチの指導を仰いでいました。
それが後にこと葉のライバルとなる和田日間(わだかまたり)足,通称「ワダカマ」でした。あの久美でさえ一目置く存在のワダカマ。
こと葉はさらに仕事が終わった後に久美の事務所に足を運び,腕を磨いていきます。そしてこと葉は思いがけない人物のプロジェクトに参加することになります。
それは,民衆党・小山田党首の選挙コンサルタントの仕事でした。そう,かつて久美が担当した仕事を,今度はこと葉が担当することになるのです。あまりの大抜擢に苦悩すること葉。
さらに小山田党首からは大きな依頼を受けます。幼馴染の厚志に民衆党で政界へ立候補するように。これに対し,厚志は当然拒否します。元政治家の息子とは言え,全く政治と関係のない世界にいたのに選挙に出ろなんて依頼は受けられないですよね。
こと葉だけでなく,小山田党首から直接依頼を受けた厚志の心は揺れます。これも心に響くスピーチのようなものでしょうか。
強い後押しを感じた厚志は,とうとう大きな決断をしたのです。政界へのチャレンジ。久美は今回の民衆党の選挙のキーワードは「まっすぐに」という言葉を使うことにしました。
厚志の決意に触発されからでしょうか。こと葉も大きな決断をするのです。それは今の仕事を退職し,久遠事務所で働くことでした。こと葉は覚悟を決め「スピーチライター」を目指すことにしたのです。
久遠事務所に転職したこと葉は当然いろいろな仕事が回ってきます。あまりの仕事の多さに驚いているようでした。ただ,厚志のスピーチのことも頭から離れない。何とか良いスピーチを作り上げたいという思いが伝わってきます。厚志は衆議院議員選挙に神奈川四区から出馬することになりました。厚志はこと葉の力を借りて,この闘いを制することができるのでしょうか。
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世間では「後期高齢者医療制度」についての反対派も多いようでした。
後期高齢者医療制度とは
75歳(寝たきり等の場合は65歳)以上の方が加入する独立した医療制度です。
従来の老人保健制度に代わり、2008年4月より開始されました。対象となる高齢者は個人単位で保険料を支払います。
(75歳以上が1割負担,65歳から74歳までが2割負担)
-SGホールディングスグループ健康保険組合サイトより-
当時の75歳以上の人口は,15年経った現在では当然増加しているわけです。つまり,公費でまかなっていた残りの9割部分は,我々現役世代が負担をするわけです。その先を見越して作られた制度と言っても過言ではないですよね。
建前上は「国民の豊かな生活」と言いながら,実質「国民への負担を課す」制度の反対派を代表して,厚志は闘うことになるのです。
現厚労省大臣で,後期高齢者医療制度のきっかけを作った黒川と、新人候補,今川厚志との一騎打ちとなります。そして意外な事実が耳に入ってきます。何とその黒川のスピーチライターに抜擢されたのがあの「ワダカマ」だったのです。つまり,今回の選挙戦は,こと葉とワダカマの対決でもあるわけです。
そんなころ各新聞社により発表された内閣支持率は10%も下がり、ついに20%を切りました。何か「増税メガネ」と言われる今の岸田政権の支持率みたいだなぁ。
今回の選挙戦のモデルはおそらく「小泉政権」です。郵政民営化の話も出てくるし,後期高齢者制度の枠組みを作ったのも同政権でしたから。
本作品では,日本郵政社長と小早川首相との癒着が表面化してしまい,世論が一気に世論も不支持へと傾くのです。そして小山田党首はここがチャンスとばかりに「内閣不信任案」を提出。これを受けた小早川内閣は不信任決議案投票前に「衆議院を解散」したのです。
まさに筋書き通りの展開で,とうとう選挙戦が始まります。こと葉は一生懸命原稿を書き上げ,今川厚志のスピーチが始まります。
あくまでも現状維持を訴える進展等に対し、とにかく「政権交代」を訴える民衆党の対決。
その支持率の差はわずか6%だけ与党がリードしており,今後の展開ではどちらが政権を取るのかはわかりません。
久美は「浮動票」に注目していました。つまり,どちらに政権を任せるのかを迷っている人々の票の行方。これを掴めば逆転できるかもしれない。
しかし,ある日思ってもない事態が起こってしまいます。何と厚志の妻の恵理が倒れ救急車で運ばれてしまいます。妊娠5ヶ月だった恵理は救急車で色々な病院をたらい回しされてしまいました。そしてさらに悲報が。。。恵理は切迫流産となり,子供を失ってしまったのです。幸いだったのは恵理は一命を取り留めたことでした。悲しみに暮れる厚志。あまりにも辛い出来事が,この大事な時期に起こってしまったのでした。
しかも,この事態の裏には与党が絡んでいました。つまり病院のたらい回しは黒川側の策略というのです。何とも無慈悲な人間たちなんだろう。。。自分のためなら人の命までも奪い取ろうとするのか。。。
この事実をこと葉に教えてくれたのは、実はあのワダカマでした。不信感を持つこと葉ですが,ワダカマは何かこと葉をフォローしているような気がします。
ワダカマはこと葉に言います。「包み隠さず事実を訴えるスピーチに変更するように」とアドバイスするのです。
この日は厚志の決起集会でした。そこで厚志は自分の体験した恵理の苦難を赤裸々に告白し、自分に不利な状況は素直に認め受け入れるというスピーチをするのです。父親に対するコンプレックスも正直に告白します。厚志という人物は本当に素直で正直で,本当に「まっすぐ」な青年でした。
このスピーチが聴衆の心を掴みます。これにより国民の意識は与党から野党へと傾きます。何と見事に選挙を勝ち抜いて当選を果たしたのです。厚志,そしてこと葉たちの努力が報われた瞬間でした。
そして戦後初めて,与党から野党へ政権交代が実現するのでした。久遠久美は,オバマ政権に魅力を感じ,アメリカへ渡ることになりました。これまでこと葉は久美から指導を仰いでいたわけですから,不安が押し寄せてきます。それから4年の月日が流れます。何とこと葉とワダカマは結婚することになったのです。元々こと葉はワダカマに惹かれてました。ワダカマの才能,そして思いやり。
そこには、祖母・両親・兄の他に厚志夫婦とその子供である言織(いおり)もいます。新しい子供を授かったんですね。こと葉の友人スピーチは,やはり今川厚志でした。かつてこと葉が好きだった人物にスピーチされるなんて,どんな気分なんでしょうね。
ここであるアナウンスが入ります。
それでは,宴たけなわではございますが。。。ここで,またおひとり,ご友人にお祝いのスピーチを頂戴いたします
ま,まさか,これは。。。
登場したのは,衆院選挙後にアメリカへと旅立った久美でした。伝説のスピーチライターによる祝辞が始まったのでした。
本日は,お日柄もよく,心温かな人々に見守られ,ふたつの人生をひとつに重ねて,いまから二人で歩んでいってください。
たったひとつの,よきもののために。おめでとう
スピーチの極意って,ある程度はあると思いますが,でもその人の性格だったり,経験だったりが重要なのかなって思います。
本書にも冒頭で十箇条が書かれていますが,本当に納得のいくものや,なるほどと学ばせられるものばかりです。
特に,一,三,八については心に響きます。かつては僕自身,結構あがり症だったので,いろいろな文献やネットとかで解消方法を調べたことがありました。
世の中には人前で緊張する人は多いのではないかと思います。全く緊張しないという人も中にはいて,とても羨ましく思った経験があります。
そして自分も苦悩して,導き出されたのがこの三つでした。逃げ出したいことも正直ありました。でも,逃げずに「失敗を恐れずに」トライし続けたことが功を奏した感があります。
今ではそこそこのことでは平気になりました。やっぱり「場慣れ」というのもあるのかもしれませんね。実は緊張しないという方も,そういう苦悩した時期があったのかもしれないとも思いました。
一度だけ結婚式の友人代表としてスピーチしたことがありましたが,この本がその時に出版されていれば,もっといいスピーチができたのに。。。と思うくらいの良本でした。
● 企業のアピールや選挙戦など,多くの場面でスピーチライターが活躍している
● スピーチで聞き手に何をイメージさせ,どうやって伝えるのか
● 何でもそうだけど,スピーチもシンプルに,かつ感動を与えるものがよい