2016年,直木賞作家である辻村深月先生が描かれた作品です。
僕自身が辻村先生の作品の中で,初めて読んだ作品です。
「朝が来る」という意味をどうしても知りたくて手に取った本作品。
もし万が一訳あって養子を授かったとして,ある人物から
「その子を返してください」
といきなり言われたとしたら,あなたは何を思いますか?
子を持つ親の一人である僕自身としては,本当に多くのことを考えさせられた作品です。
発刊されたのが2015年,その5年後の2020年に映画化されています。
映画化のポスターの中で,永作博美さんと井浦新さんが戸惑う姿が忘れられません。
なぜ一度は手放した娘を,本当の母親が取り返しにやってきたのか。
最後は意外な展開になります。必読オススメです。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 栗原家にやってきた一人の女性
3.2 片倉ひかりの過去
3.3 女性の正体
4. この作品で学べたこと
● 栗原家にやってきた一人の女性の正体を知りたい
● 養子縁組について考えてみたい
● 養子に出された子供は何を思って生きているのかを知りたい
第147回直木賞、第15回本屋大賞の受賞作家が到達した新境地! 長く辛い不妊治療の末、栗原清和・佐都子夫婦は、民間団体の仲介で男の子を授かる。朝斗と名づけた我が子はやがて幼稚園に通うまでに成長し、家族は平穏な日々を過ごしていた。そんなある日、夫妻のもとに電話が。それは、息子となった朝斗を「返してほしい」というものだった――。 自分たちの子供を産めずに、特別養子縁組という手段を選んだ夫婦。 中学生で妊娠し、断腸の思いで子供を手放すことになった幼い母。 それぞれの葛藤、人生を丹念に描いた、胸に迫る長編。
-Booksデータベースより-
1⃣ 栗原家にやってきた一人の女性
2⃣ 片倉ひかりの過去
3⃣ 女性の正体
栗原清和と佐都子夫妻には,一人息子の朝斗とともに武蔵小杉の高層マンションに住んでいました。
どこにでもいる,幸せな生活を送っていた家族にとんでもないことが起きます。
ある日,一本の電話がかかってきます。
それは「朝斗の産みの母親である」という衝撃的な内容でした。
半信半疑のまま,いやその事実すら信じたくない佐都子たちは悩みます。実は、朝斗は栗原家の本当の子どもではなく、六年前に特別養子縁組によってもらわれてきた子どもでした。
特別養子縁組とは
子どもが生涯に渡り、安定した家庭で特定の大人の愛情に包まれて育つために作られた公的な制度。
何らかの事情で生みの親が育てることができない子どもを、育ての親に託し、子どもと育ての親は家庭裁判所の審判によって戸籍上も実の親子となることができる。
-赤ちゃん縁組(Florence)より-
これまでずっと自分の子供だと思って育ててきた栗原家に,子供を手放すという選択はありません。
佐都子は会って話そうと持ち掛けますが、ひかりは栗原家の場所をすでに知っていました。
佐都子たちのことや住んでいる場所は,以前養子縁組を仲介する『ベビーバトン』という団体から聞いていたようでした。
そして朝斗の実の母親であると名乗る片倉ひかりが栗原家にやってきます。そして何と「朝斗を返してほしい」と言うのです。そもそも栗原家が養子縁組を希望したのには深い理由がありました。
結婚して,子作りにも励んでいました。しかし,なかなか子供ができません。
そして佐都子は不妊治療を行いますが,原因がはっきりしない。
そこで清和も一緒に診察してもらったところ,驚くべき事実が判明します。
清和は「無精子症」であることが判明するのです。これでは子供はできるはずがありません。子供を授かりたいという一心でいろいろな方法を試しますがうまくいかず,とうとう二人は
「二人で生きていく」という選択をします。
ある日,そんな二人の希望のようなものが見えた瞬間がありました。
テレビで,特別養子縁組を仲介する『ベビーバトン』が紹介されていたのです。
二人はこの『ベビーバトン』が開催する説明会に参加します。
世の中には同じことで悩んでいる人がいかに多いかと思わせられるくらい,多くの夫婦が集まっていました。 ベビーバトン代表の浅見はしっかりと現実を伝え,もし子どもを迎えたら,いつかはきちんと子供に養子であることを伝えてほしい言います。
また後半では実際に養子を迎えることが出来た夫婦が登場し、当時の悩み、今感じる喜ぶを教えてくれます。
そして約一年後,養子縁組の契約を交わした栗原家に朝斗がやってくるのでした。朝斗は広島の病院で生まれたばかりでした。そして佐都子は朝斗の母親と姉、さらに両親に会います。
驚いたのは,何と産んだ母親は、まだ中学生くらいの幼い少女だったのです。
佐都子は生まれたばかりの子供に「朝斗」と名付けることを伝えます。
そして『ベビーバトン』代表との約束通り,養子縁組の真実を伝える際に読んでほしいと手紙を託されます。朝斗は素直にその事実を認め,育ての親とは別に生みの親がいること,『広島のお母ちゃん』がいることを理解してくれます。
そんな幸せな家庭に突如現れたのが「ひかりと名乗る女性」だったのです。
一体,彼女の正体は何者なのか? 本当にひかりなのか。
朝斗は、広島の病院で生まれました。そして自分を産んでくれた母親のことを『広島のお母ちゃん』と呼んでいました。
佐都子はまた、電話口で女性が『あの子の小学校にも』と言ったことを指摘し、朝斗はまだ幼稚園に通っていること、本当の母親なら自分の子どもが何歳か忘れるはずないといいます。
人を捜していると一枚の写真を見せてきます。
「この人を見たことはありませんか」それはまさに,ひかりを名乗った女性だったのです。
佐都子たちは警察に「この女性は一体誰なのか」とたずねます。
そしてさらに後日,栗原家にやってきたひかりに対して聞くのです。
「あなたは誰ですか」と。その考えは佐都子も同じでした。以前会った「ひかり」とは印象が全く違う。
本来であれば,生みの親と育ての親が顔を合わせることは基本的にはないようです。
しかし,佐都子たちはひかりの希望で一度会ったことがあるらしいのです。
しかも朝斗に対する愛情のようなものが全く感じられない。誰が別の人間がなりすましているのでしょうか。
『ベビーバトン』はしっかりとした団体なので,個人情報を簡単に渡すはずはないのです。
ということは,この女性は一体何者なのか? 子供が目当てなのか,金が目当てなのか。
ひかりと名乗る女性は「周りに言いふらされたら大変になるでしょう」脅迫をかけてきます。
しかし栗原夫妻は正式な手続きで朝斗の「育ての親」なっているので,後ろめたいことなど全くないわけです。
これ,このまま子供を渡すと大変なことになりそうな予感がします。
それにしても,なぜこのひかりを名乗る女性は栗原家を脅迫してきたのでしょうか。
産みの母親である片倉ひかりの過去にその原因があることがわかります。ひかりは中学一年生の時,麻生巧という少年と付き合い始めます。
最初はキスだけでしたが,徐々に最後までするようになります。
ある日、巧と食事をしたレストランでひかりは急に気分が悪くなります。嫌な予感がします。
だいぶ後になって病院に診察に行った結果,妊娠三か月だったことが判明します。
妊娠はすでに22週を過ぎ、もう中絶はできない時期まできていました。
中絶できるのは22週未満というルールがあるようですね。事情を全て知り、ひかりと巧の親同士が話し合いを始めます。
そしてひかりは病気で遠くの病院に入院するという嘘の理由で学校を休まされます。
その後、ひかりは一人で広島に向かいます。そこにいたのがあの『ベビーバトン』代表の浅見でした。
ひかりは同じ事情を抱える妊婦たちと共同生活し、出産の時を待ちます。
「一緒に暮らしたい!」ひかりの気持ちは変わりませんが,現実働いてもいないひかりに育てる力はありません。
生まれた子どもを抱きしめるひかり。しかし,別れは急にやってきます。
子どもを迎えに来たのが栗原夫妻でした。
そして,朝斗と名付けられた子どもは栗原夫妻と一緒に出て行ってしまうのです。
この時のひかりの気持ちは苦しいほどに辛い気持ちだったことでしょう。
そしてひかりは,思い切った行動に出るのでした。
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ここでひかりにとって重大な事実が発覚します。ベビーバトンで同室だったトモカという女性が失踪してしまうのです。
しかもひかりはトモカの借金の保証人に勝手にされていたようなのです。広島から実家のある栃木へ戻り,さらに横浜にまで向かい,借金取りから逃げ切ろうとします。
しかし,それも無駄でした。そしてとうとうひかりは犯罪に手を染めます。
働き口を見つけた職場の金庫の中から金を抜き取り,それで借金を返済するのです。当然,すぐにバレました。行き場を失ったひかり。
とうとうひかりは親戚にお金を借りて返すと嘘をついて栗原夫妻と朝斗の住むマンションを目指します。
そして訪れたのが栗原家でした。
そうなんです。冒頭で書いた「ひかりと名乗る女性」というのは,まさに「片倉ひかり」だったのです。
子供を産んだときのひかり,そして罪に手を染めてしまったひかりの容姿は大きく違っていたわけです。
だから警察が栗原家まで訪れてきたんですね。
『広島のお母ちゃん』
朝斗の中にはそういう形でひかりのことが生き続けていることを知り,何か憑き物が取れたような印象でした。
しかし,ひかりは栗原家から帰っていきます。生きる場所,生きる希望を失ったひかり。これからどうやって生きていくのか。何を希望に生きていくのか。
そんな時,背中に強い重みを感じ、振り返ると佐都子が彼女のことを抱きしめていました。
そして傍には黄色いレインコートを着た朝斗が立っていたのです。
「びっくりするほどかわいい、美しい子だ」
佐都子は,ひかりが本物であることを気付けなかったことに対して謝ります。
そして,朝斗にはこのひかりこそが「広島のお母ちゃん」だと伝えるのです。
初めてひかりと朝斗の心が通じたような気がしました。「ごめんなさい、ありがとうございます!」
それは、朝斗を栗原夫妻に預けた時に何度も繰り返した言葉でした。
朝斗の澄んだ目には、二人の母親が映っていたのでした。
僕は教師をしていますが,多くの家庭,特に母親と子供と面談を行うことがあります。
もちろんそこで養子かどうかなんて疑うことはありませんが,親子の関係もいろいろだなと感じさせられます。
多くの小説でも養子縁組に関することは描かれています。世の中には子供がほしくてもなかなかできず,悩み苦しみ,養子縁組という選択をする方々が意外に多いと聞きます。日本でも年間に成立する養子縁組は「8万件」だそうです。想像以上の数字に驚かされます。
今,自分には子供もいますし,なかなか子供ができずに悩んだこともあります。
特に女性の方々にはそういう方が多いのかもしれません。
産みの親と育ての親。それを知らされずに生きる子供,今回の話のようにそれを知らせてもらって生きる子供。
世の中にはいろいろな子供たちがいることを痛感します。今回のように産みの親と育ての親の関係がうまくいけばいいのかもしれませんが。。。
そうではない場合もおそらく多いのではないでしょうか。
産みの親,あるいは育ての親がいることがいかに幸せなことかを考えさせられました。
● 養子縁組の課題について考えさせられた
● 育ての親に,産みの親が子供を返すように言ってきた場合,どうするか
● 子供ができずに悩んでいる人々がいかに多いかということ