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【教誨】柚月裕子|受刑者の最期の想い

教誨

「教誨」という言葉を初めて知ったのは、中山七里先生の「教誨師」という作品を読んだときです。死刑判決を受けた受刑者に対して、刑務所の中でさまざまな教えを与え、受刑者の犯した過ちに対しての正しい考え方などを諭す役割を担うのが教誨師です。

元々はお寺の僧侶や神社の神主、教会の神父など、基本的には自分の役割を持ちつつ、刑務所でも重要な役割を果たしている人がいることを初めて知ったきっかけにもなりました。

本作品でも教誨師が登場します。ただ、今回の話は教誨師ではなく、受刑者が話の中心となっています。

いずれにしても、この手の話はとても重いです。受刑者は相当な犯罪を犯していることになるわけで、被害者遺族の気持ちもそうですが、加害者側の関係者にも大きな影響を与えるわけです。

本作品ではどちらかというと加害者側の視点が主になっているように思いました。

なぜ、人を殺めてはいけないのか。いや、そもそも受刑者は本当に犯罪を犯したのか。実は冤罪だったのではないか。いろいろなことを考えながら読みました。

とても考えさせられるストーリーとなっているので、是非読んでみてください!

こんな方にオススメ

● 教誨の意味と教誨師の存在を知りたい方

● 過去にあった事件をモチーフにした作品を読みたい

● 死刑囚が守った「約束」とはなにかを知りたい

作品概要

吉沢香純と母の静江は、遠縁の死刑囚三原響子から身柄引受人に指名され、刑の執行後に東京拘置所で遺骨と遺品を受け取った。響子は十年前、我が子も含む女児二人を殺めたとされた。事件当時、「毒親」「ネグレクト」と散々に報じられた響子と、香純の記憶する響子は、重なり合わない。香純は、響子の教誨師だった下間将人住職の力添えを受け、遺骨を三原家の墓におさめてもらうために、菩提寺がある青森県相野町を単身訪れる。香純は、響子が最期に遺した「約束は守ったよ、褒めて」という言葉の意味が気になっていた――。
Booksデータベースより-



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主な登場人物

吉沢香純・・・主人公。三原響子の真実を追う女性

吉沢静江・・・香純の母。シングルマザー

三原響子・・・2人の幼児殺害で死刑執行された女性

三原千枝子・・響子の母親。

下間将人・・・光圓寺の住職で「教誨師」

本作品 3つのポイント

1⃣ 死刑囚,三原響子

2⃣ 響子の過去を追う香純

3⃣ 本作品の考察

死刑囚,三原響子

ある日,吉沢香純の元に,ある人物の遺品と遺骨が届きます。その遺骨は三原響子という女性のものでした。響子は過去に自分の子供と,他人の子供を殺害したとして裁判にかけられ「死刑判決」を受けました。

これに対し弁護士は控訴しようとしますが,響子はこれを拒否。事実上の最終判決となってしまったのです。

その「死刑囚」となった響子の死刑が執行されたとの報道があってしばらくして,香純の元に遺品が届いたということです。

香純は疑問に思います。なぜ響子の遺品が香純の元に届けられたのか。それは響子の要望でもあったのです。つまり響子は身元引受人に香純を指定したのです。

香純は響子がかつて住んでいた三原家に連絡をします。しかし,三原家はこの遺骨を受け取ろうとはしませんでした。一体,三原家に何があったのか。

それに香純はこの響子と親しかったわけではありませんでした。実際に会ったのは一度だけ。法事の際に,家の庭で話をしただけで,香純にとっては本当におぼろげな記憶しかないのです。

ただ,響子への印象はとても優しいイメージで,なぜ彼女が二人の少女を殺害してしまったのか,それも疑問に思っていました。

さらに疑問だったのが,死刑執行直前に響子が発した言葉「約束は守ったよ,褒めて」というものでした。この言葉はどういうことなのだろうか。

この言葉の真の意味を解き明かすことが本作品の最大のポイントとなります。

ある日,香純は,刑務所にいた頃に響子のことを知る,教誨師である下間将人と会うことになります。光圓寺の住職でした。彼は響子が生前帰りたがっていた地元の寺である松栄寺の柴原という住職を紹介します。

香純は遺骨を引き取ってほしいことを柴原に伝えますが,柴原はこれを拒否。それはなぜなのか。

三原家と親交の深い柴原は,三原家の人々が響子の事件で誹謗中傷を受けたことを知っていたのです。そんな「犯罪者」を自分たちの墓に入れるなんて三原家が了承するはずがないと言うのです。この状況を下間に話し,どうしてもダメなら光圓寺で受け入れるという話になります。

ここまで拒否されると,香純はさらに「真実」を知りたくなります。一体,響子はどんな人物だったのか。自分が優しそうな人物だと思っていた響子がなぜ二人の少女を殺めてしまったのか。

ここから香純は真実を探ることになるのです。

響子の過去を追う香純

ここからは響子の視点での話になります。

響子の母親である千枝子は,ある資産家の男性と結婚します。それが三原健一という男です。この男性,かなり凝り固まった考え方をする人物だったようで,千枝子だけでなく,響子に対しても厳しい躾をしていました。

三原家での礼儀作法,三原家での言動だったり。では健一自身はどうだったかというと,とても自己中心的な人物で,さらには狂暴だったようです。

何か気にくわないことがあれば千枝子に手を上げ,さらには響子にまで暴力を奮う。躾というものを通り越していて,自分はと言うとギャンブルに明け暮れていたり。こんな環境に生まれてこなくてよかったと読者も思うような環境でした。

さらに悪いことに,響子は幼い頃から虐めを受けていました。幼稚園,小学校,中学校。ある時,響子は自分の体育服をハサミか何かで切り裂かれて捨てられているのを目にします。

ここで響子に何かしらのスイッチが入ったような気がします。彼女は自分をイジメていた女性たちの財布の中から金を盗み,新しい体育服を購入したのです。もちろん,響子は犯罪を犯しているわけですが,彼女にそうさせたのもイジメが原因だったのです。

しかし,これでは終わりませんでした。響子はその後もスーパーなどで窃盗を繰り返し,とうとう学校にそれがバレでしまいます。

当然,父親の健一は大激怒。完全に健一は三原家からも冷たい目で見られ,さらには響子にもその影響がくる。そして響子の両親は離婚することになるのです。

離婚してから解放されたかと思いきや,就職した響子にも社内イジメがありました。ここまでくると,本当についていない人生を送っている響子が気の毒になります。そんな時に,梶という男性と知り合い,彼女は同棲の末,一人の少女を産みます。愛理といいました。

しかし,梶とは別れてしまい,シングルマザーとして愛理を育てる決心をするのです。
響子は愛理に愛情を持って育てます。

そんなに愛情を注いでいた自分の娘を,響子はなぜ殺害してしまったのか。

香純はあの優しい響子を殺人に走らせたのは何かをずっと考えていました。そしてその真相を解明すべく,香純は行動を起こします。

響子はかつてスナックで5年間,働いていました。そこの「ママ」を紹介してもらい,生前の響子がどんな人物だったのかを聞き出します。やはり響子は香純が思っているような女性でした。娘の愛理を愛し,一生懸命仕事をしていたようです。

「優しくて,まっすぐな女性だった」と。ここまで調べても,自分の娘に手をかけるような話は全く聞けないわけです。ただ最後に気になる発言を耳にします。

「響子の周りの人々が,彼女を追い込んだ」ということを。

抗鬱剤や精神安定剤などを服用していた響子は,5年経ったある日,スナックをやめるのでした。薬の副作用もキツかったようです。

では「褒めて」というのは誰に言った言葉なのか。それをスナックのママは母親の千枝子に対してではないか,というのです。

この言葉を聞き,香純は千枝子がかつていた本家である三原家の嫁である寿子を訪ねます。おそらく千枝子は寿子と同じ境遇だったのではないかと想像した香純は,寿子から当時の三原家の状況を知ることになるのです。

やはり寿子も三原家からはひどい仕打ちを受けていました。同じ境遇だっただけに,千枝子と寿子がお互いのことを思いやっていたのは想像できます。

千枝子が亡くなった葬儀には,二人の女性が参列していました。一人は寿子,そしてもう一人は青木圭子という女性だとわかります。この女性が何かを知っているかもしれない。香純は秋田県に向かいます。

そこで香純は響子の「真実」を知ることができるのか?

本作品の考察

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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響子の真実とは。

場所は「かげろう橋」。響子の娘である愛理が亡くなった場所です。

千枝子と響子,愛理が川に遊びに行った時のこと,帰ろうとする時,愛理が駄々をこねてしまいます。それをあやす響子を見て,千枝子が言うのです。

「あの子がいなかったら。。。」と。千枝子にとって,愛理は愛すべき大切な孫でしたが,それと同じくらい,娘の響子も大事でした。千枝子にとって,一瞬「響子がかわいそう」という気持ちでつぶやいたのでしょう。

しかしその言葉が響子の脳裏に焼き付くのです。そしてその一週間後,愛理は亡くなります。響子は「自分の娘がいなくなった」と捜索願を出します。しかし愛理は川の中で遺体となって発見されてしまったのです。

この事実に記憶がない響子。おそらくはいろいろな薬剤を大量に飲んでおり,副作用によって記憶もなくなっていたのでしょう。

傷心の響子はある日,一人の少女と出会います。栞(しおり)という少女で,どことなく愛理と似ていました。響子は栞が自分の子供のように思えたのでしょう。

自分の家に連れて行きます。そして事件が起こるのです。栞が亡くなったのです。その記憶もあいまいな響子。状況から考えて犯人は響子であることを示していました。

ひょっとしたら響子は無実なのではないかと思っていましたが,どうやら娘の愛理,そして
栞を殺害したのは,間違いなく響子のようでした。

響子は精神的に不安定な状態でした。精神耗弱(こうじゃく)な状態の場合,よく犯罪者が精神鑑定で「無罪」になることがあります。

刑法39条とは

精神の障害によって,自己の行為の是非善悪を弁別する能力を欠くか,又はその能力はあるがこれに従って行動する能力がない者は,心神喪失者として,刑罰を受けることがなく,また,このような弁別能力又は弁別に従って行動する能力の著しく低い者は,心神耗弱者として,刑が減軽される

-法務省サイトより-

しかし裁判官は「十分な判断能力があった」と断定し,響子へ「死刑」判決が宣告されるのです。そして彼女は「控訴」しませんでした。つまり死刑確定となったのです。

刑務所に収容されてから7年。とうとう死刑が執行されます。そこには刑務官だけではなく,教誨師の下間もいます。執行前につぶやくのです。「約束は守った。褒めて」と。

これは母親との「約束」でした。絶対に「あの子がいなくなれば。。。」ということを内緒にしておくことを。これを読んだとき,何て卑怯な母親だろうと思いました。正直に話していれば,響子の犯罪も少しは軽くなったかもしれない。

ただ,響子は紛れもなく二人の少女を殺害しているのです。もちろん罪を償うべき。

では千枝子の意図はなんだったのか。それは,響子はどうしても極刑を免れることはできない。それであれば,一番愛すべき響子と同じ墓に入りたい。千枝子はそう望んだのです。

だからあの「言葉」を決して言ってはならない。同じ場所で母親千枝子といつまでも一緒にいるために,響子は「約束」を守ったのでした。

本作品は「秋田児童連続殺人事件」をモチーフに描かれたと言われています。

秋田児童連続殺人事件とは

2006年4月9日、秋田県藤里町の団地に住む小学4年女児(当時9)の行方がわからなくなり、翌10日午後、自宅から南へ約10km離れた能代市内の川で遺体で発見された。死因は水死だった。

5月17日、今度は女児宅の2軒隣の小学1年男児(当時7)が行方不明になり、18日午後、約12km離れた川岸で遺体で見つかった。

県警は4月に遺体で見つかった女児の母親で無職の女(当時33)を6月4日、死体遺棄容疑で逮捕した。女は男児の殺害を認め、死体遺棄罪で起訴された6月25日に殺人容疑で再逮捕された。

-コトバンクサイトより-

犯人の女性がスナックで働いていたことなど、ストーリーと一致することが多いです。犯人の顔写真を見て「そんな事件もあったな」と思い出すのです。

本作品は,犯罪を犯す前の響子の視点,そして響子の行動に疑問を抱く香純の視点で構成されています。響子に真の行動と,その真実を追う香純の視点が最後の最後に交わるという,絶妙な構成です。

僕自身にも「自分の育った家の墓に入りたい」という親戚がいました。3年前に亡くなってしまいましたが,しかし,その「本家」が頑なにこれを拒否したので,今では自分の実家に置いています。

本人の意思と,本家の意思にこれだけギャップがあるのは,生前にこの本家で何があったのかというのが大きく影響しているようです。本作品を読みながら,その思いというのはそれぞれ本人にしかわからないものなのかなと思いました。

事件には加害者側と被害者側に分かれますが,今回は加害者側のいろいろなしがらみが描かれていて,自分では想像できない考え方や価値観というものがあるのだと考えさせられるのです。

人生の最期くらいは争うことなく,静かに終わりを迎えたいなと思わせられます。

本作品のポイントであった「約束を守った。褒めて」という言葉の真意が知りたくて,まさに一気読みしてしまいました。

さすが柚木先生,女流作家ならではの女性の心理だけでなく,読み手にわかりやすく表現された文章。

毎回思いますが,文章がとても巧みでとても読みやすい。おすすめの作家さんです。

是非,読んでみてください!

この作品で考えさせられたこと

● 人には死んでも守りたいものがあるということ

● 教誨という言葉の意味とストーリーの関係

● 事件の加害者側に焦点があてられた女流作家作品の構成力

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