Cafe de 小説
業界知識を学ぶ

【教場X】長岡弘樹|現場指導官時代の風間公親

教場X

「教場X」この「X」って何を意味するんだろう。

最後の最後にわかりますが,本作品の話はこれまで話題になった,警察学校教官としての風間公親「教場シリーズ」の前の話だと思います。

指導教官として,現場で実際の刑事たちと一緒に行動し,彼らの推理のサポートをしていく姿は,まさに現場教官そのものです。風間公親警察学校での風間の話も良いですが,事件の現場で風間がどのように振舞っていたのかを知ることができ,とても面白く仕上がっています。

本作品は6つの短編で構成されています。しかし,すでに義眼になっている風間にとっての宿敵「十崎」の話も登場します。

相変わらず鋭い視点で事件の真相を推理し,そこに相棒を導く姿はまさに指導官と言えるものでしょう。

すべて最初に犯罪が描かれ,それを風間たちが真相に辿り着くという「倒叙的」な作品になっているのも注目です。

こんな方にオススメ

● 刑事指導員として若手を指導する風間を見てみたい

● 本作品が時系列的に「教場シリーズ」のどの部分なのかを知りたい

● 捜査をしながらも,自分の部下を成長させようとする風間のすごさをみたい

作品概要

●第1話 硝薬の裁き益野紳佑の妻才佳は、半年前、車にはねられ亡くなった。事故の唯一の目撃者は娘の麗馨だった。警察は幼い麗馨の証言を採用せず、犯人とされた男は不起訴となっていた。
●第2話 妄信の果て大学四年生の戸森研策は、地元新聞社から内定を得た。ゼミ論文の単位が取得できれば卒業も確定する。前途洋々の戸森のもとへ、担当教授から突然の連絡が入る。
●第3話 橋上の残影経理事務の仕事をしている篠木瑤子は、十年前に恋人を自死により失っている。その死の原因となった男は刑期を終え、娑婆でのうのうと暮らしていた。
●第4話 孤独の胎衣短大生の萱場千寿留は工芸家の浦真幹夫と関係を持ち、妊娠した。浦真は中絶費用を渡し、海外に旅立ったが、千寿留は新しい生命の誕生を待ちわびていた。
●第5話 闇中の白霧名越研弥は、闇サイト経由で違法な薬物や商品を仕入れ、莫大な冨を得た。そろそろ足を洗いたいのだが、相棒の小田島澄葉を説得できずにいた。
●第6話 仏罰の報い著名な有機化学者である清家総一郎は実験中の事故で両目に劇薬を浴び、一線を退いた。隠棲生活を送る清家の悩みの種は、娘・紗季の夫の素行だった。-Booksデータベースより-



👉Audibleを体験してみよう!

主な登場人物

風間公親・・主人公。刑事指導官

益野紳佑・・・第一話の犯人。

戸守研策・・・第二話の犯人。大学4年生

篠木瑶子・・・第三話の犯人。会社の経理事務

萱場千寿留・・第四話の犯人。短大生

名越研弥・・・第五話の犯人。無職

清家総一郎・・第六話の犯人。化学者。失明している

本作品 3つのポイント

1⃣ 6つの短編の概要

2⃣ 各章の結末とは

3⃣ 各章の考察

6つの短編の概要

第一章 硝薬の裁き

益野は,自分の妻を交通事故で亡くていました。

その時に車を運転していたのは海藤という男でしたが,証拠不十分で不起訴となってしまいます。

現場を目撃したのは娘の麗馨だけ。益野は復讐を誓い,海藤を銃殺します。

捜査にあたる風間と鐘羅路子という刑事。路子は犯人に辿り着くことができるのか。

女性警官

第二章 妄信の果て

大学生の戸守は,梨多という教授に提出した論文の単位をもらえないという通知を受けました。

単位がないと卒業が危うい戸守は,バイクに乗って梨多の自宅へ向かいます。

しかし,絶対に単位をやらないという梨多を,テラスから突き落としてしまいます。

今回の捜査は風間と下津木という刑事です。戸守が突き落とした証拠を掴むことができるのか。

テラスから突き落とす

第三章 橋上の残影

篠木という女性は,ある男性の殺害を目論んでいました。

世間では通り魔事件が起こっており,それを利用して殺害する様子。

ターゲットは加茂田という男。計画通り殺害します。

殺害され,橋にもたれる加茂田。この事件を風間と中込という刑事が捜査をします。

彼らは篠木に辿り着けるのか。証拠は残っているのか。

欄干

第四章 孤独の胎衣

萱場という女性は,工芸家の浦真と関係を持ち,妊娠してしまいます。

当初は堕胎するように金を受け取っていましたが,萱場は産む決意をします。

しかし,海外から戻ってきた浦真はその子供を認知し,しかもイタリア人の女性と育てるというのです。

逆上した萱場は浦真を灰皿で殴り,殺害します。

捜査にあたるのは風間と隼田という女性刑事は萱場に辿り着きます。

萱場が犯人である証拠は何なのでしょうか。

凶器の灰皿

第五章 闇中の白霧

名越という男は小田島という女性と組んで,放射性物質のウランの悪徳商法で稼いでいました。

小田島の存在に嫌悪感を感じるようになった名越。

小田島殺害を決意し,実行しました。これを風間と紙谷のコンビが事件を捜査します。

まずは第一発見者である名越を疑います。

果たして名越はどんな手で殺害し,どんな証拠を残してしまったのでしょうか。

ウランの悪徳商法

第六章 仏罰の報い

清家という男はかつて薬品を両目に浴び,失明していました。

清家には娘がいましたが,夫の甘木保則から虐待を受けていることを知っていました。

虐待をやめるように言っていた清家の言葉を無視し,甘木は相変わらず虐待を続けていたことを確信した清家は甘木を殺害します。

清家は両目が見えないはず。どうやって殺害したのか。

風間と平という女性刑事が捜査をし,見破ります。

虐待

各章の結末とは

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

👈クリックするとネタバレ表示

第一章 硝薬の裁き

犯人の益野は試し打ちで1発,実際に海藤の眉間に向かって1発,硝煙反応を残すために1発,計3発を撃っていました。

娘の麗馨は母親が亡くなった事件目撃のショックからか,喉が赤く腫れて,声が出せない状態になることがありました。

益野が職場の工場から帰ってハグをした後,同じ状態にあるというのです。

しかも,麗馨は父親の益野を疑っているようでした。それを敏感に感じている益野。

風間たちは益野を怪しみます。アリバイがない,動機はある。しかし決定打がない。

本人に自白させるように持っていこうとします。

風間はここでアレルギー反応の話をします。

阪神淡路大震災時,花粉が大量に舞っているにも関わらず花粉症の症状を訴えるものはいなかった原因。

それは,大きなプレッシャーやストレスの中にいたということ。

麗馨も実は「火薬によるアレルギー」を発症していました。

仕事の後も,そして事件の後も。益野は麗馨を苦しめていたのが自分だったことで落ちたのです。

銃の火薬アレルギー

第二章 妄信の果て
梨多教授がテラスから落下した場所には一つのボタンが落ちていました。

これは突き落とした戸守も気づいていましたが,かつて遊びにきたことがあるからその時に落としたのでしょう,と嘘の言い訳をしてしまいます。

戸守はタクシーを使用して教授宅へきていて,タクシー運転手に聞き込みをします。

「ナシダまでと言い,その後すぐにカネタニまで」と言い直したようです。

ナシダという地名は存在しません。さらに論文のことで教授と戸守が揉めていたことを突き止め,戸守を怪しみます。

戸守を落とすための手がかりを風間たちは探します。

「100%の純度として出回っていない砒素の見分け方は,砒素以外の不純物によって見分ける」ということを思いだした風間の部下である下津木は戸守を攻めます。

教授の家には自作の地図があって,そこに「無田」という地名が書き加えられていたのです。これは教授が事件の晩に作ったものでした。

あの晩に教授宅にいたものでしかわからない地名,それが決定的な証拠でした。

「自分でよく考えてみろ」風間の言葉が身に沁みます。

自宅周辺の地図

第三章 橋上の残影

かつて瑶子の夫,牧村冬一が経営していた時計店に強盗が入り,経営が傾きました。

そして冬一は自殺します。強盗に入ったのが加茂田という男でした。

瑶子は仇を討ったわけです。加茂田を刺し,立ち去ろうとした瑶子は,加茂田の腕に大事な腕時計が嵌っていることに気づきます。

時計を取り外し,加茂田の腹部に白い湿布のようなものが5,6枚貼ってありました。

「マッサージ器具かなんかか」と思った瑶子は気にせず取り外しますが,一つ気になることが。

加茂田が持っていた「サコッシュ」でした。欄干から落としたのでしょうか。瑶子は気にせず立ち去ります。

被害者に残された証拠がなかなか見つからない風間たちは手詰まり状態になります。

「加害者から攻めたらどうだ」そう言われ,中込は考えます。そしてとうとう証拠品を入手します。

それは欄干から落とした「サコッシュ」でした。実は事件のタイミングで欄干の下を電車が走っていました。

電車の上に落ちたんですね。しかもそれは「カプセル内視鏡」の一部だったんです。

内視鏡が録画した画面が映ります。そこには犯人の顔が映っていました。

カプセル内視鏡

第四章 孤独の胎衣
妊娠した子供のことで揉め,浦真を殺害してしまった千寿留。

ある少年の目撃証言は「バッグを持った細見の女性が歩いて行った」というものでした。

千寿留は妊娠していたはずなので細見ではなかったはず。

千寿留は子供を産みました。しかし足にやけどを負ったということで,ベビータイツで隠していました。

風間たちは千寿留を追及します。どこで産んだのか。千寿留は自宅で,自分で産んだと主張します。

千寿留は助産師だったので,子供を産むときの知識があったということです。動機もあり,殺害するアリバイもおぼろげな千寿留を風間たちは攻めます。

実は,千寿留は浦真を灰皿で殺害したあと,何と浦真宅で産んだのです。

浦真は工芸家だったため,比較的大きな皿に産み落としたのです。当時暖炉を焚き,部屋はかなりの温度だったようです。そして思わぬアクシデントが。

赤ん坊の足に「皿に書いてあった浦真のサインの一部」が火傷とともについてしまっていたのでした。

その後赤ん坊を手提げ袋にいれ,何食わぬ顔で帰っていったのです。

暖炉

第五章 闇中の白霧

共同でウランなどの放射性物質を闇サイトで売っていた名越と小田島という女性でしたが,カネの問題で関係がおかしくなり,揉めていました。

名越は「ある方法」を使って小田島を殺害します。点鼻薬にアコチニンという物質を仕込んでました。

アコチニンって「トリカブト」から取れるものなんですね。

捜査をしていた紙谷は,近くの姉夫婦の家にたまたま来ていました。

名越は紙谷に見覚えがありますが,肝心の紙谷は名越を目撃していませんでした。

風間は紙谷に「あの日のことを思い出せ」と発破をかけます。

紙谷は姉夫婦の家の子供と「ウィルソンの霧箱」で遊んでいました。

これは「放射性物質」を観測することができるものでした。そしてその時,放射線量が急に増えたことを思い出しました。

普通の人では発することができないかなりの量の放射線を発していた名越。

実は名越が小田島を殺害したのと同じように,小田島も放射性物質を飲み物に入れていたのでした。

ウィルソンの霧箱

第六章 仏罰の報い

盲目の清家教授は,義理の息子である甘木を殺め通報します。実の娘である紗季を守ろうとました。

しかし教授は両眼とも見えないはず。ではどうやって甘木の位置を確認して,そこに凶器の千枚通しを振り下ろしたのか。

失明してはいないのではないかと疑った風間たちは検査をしますが,どうやら本当に失明している様子です。

千枚通しは体の株から上部にわたって刺さっていました。どうやったらそういう殺害方法になるのか考える風間の相棒の優羽子。

直立している状態ではなく,何かを拾おうとしている瞬間に殺害したのではないか。

ヒントは,殺害された甘木は「ネクタイ」をしていたことです。何か重要な時にしかネクタイは着けない。

しかし今回,甘木は教授の前では着けていた。しかし目が見えないはずなので,わざわざネクタイをする必要はないはず。

そう,実は教授は盲目ではなかったのです。つまり「晴眼者」だったのです。それを甘木も知っていました。

甘木を殺害後,教授は敢えて両目を潰した。これが真相でした。

ネクタイ姿の甘木

各章の考察と作者の構成力

風間は現場での指導官として,各章でいろいろな部下と捜査しました。

風間は犯人や動機,殺害方法など,捜査の途中で確信していたように思います。

その答えに自分の部下が辿り着くように少しずつヒントを出し,「自分自身の考え」で真相に辿り着くために導いているように思いました。捕まえる「教える」ということは,ただ教壇に立って,教科書通りに知識を教えることではないと思います。

生徒に考えさせ,そこに導くことこそが真の教育なのではないかと思います。

だから教育者の仕事って本当に難しいんですよね。僕自身も教育者の端くれですが,わかります。自主性を持たせることは本当に難しい。

自分で考え,自分の力で解決した時こそが本当の力になるのではないかと思います。

いろいろなことを知っていて,「ほら,俺の言ったとおりだっただろう」って言う教育者もいるいます。

また,教科書に書いてあることを板書し,最悪は板書することなく教科書だけを読んで教える気になっている人もいると思います。

自分の部下に成長してほしい」それを本当に望んでいるから,上層部は風間に期待し,また風間自身も指導教官としての任務を一生懸命果たそうとしているように思いました。部下の成長そして何より「自分の部下の成長を目にする」ことこそが,風間公親のこの上ない喜びなのではないでしょうか。

今後,風間の宿敵「十崎」が今後どういう動きをするのかも楽しみです。

この作品で考えさせられたこと

● 各短編で登場する部下に仮説を立てさせ,実行させる風間の姿に驚く

● 「自分で考えろ」今の教育に必要なことではないか

● 各章のストーリーの完成度が高い

こちらの記事もおすすめ