ほんたブログ
業界知識を学ぶ

【救いたくない命】中山祐次郎|救いたくない患者とは

救いたくない命

2作連続で中山祐次郎先生の作品を読みました。「俺たちは神じゃないシリーズ」第2弾です。

「泣くな研修医シリーズ」は,最初は医者の卵だった一人の主人公が多くの経験をして成長していく姿が描かれているのに対し,こちらはそれなりの経験や技術を兼ね備えた二人の医師が,互いに補いながら目の前の患者に向き合うものです。

医療,特に外科医を専門とするのは両シリーズともに共通している部分ですが,それは作者の中山先生が現役の外科医であることが大きいと思います。

それにしても毎回思うのですが,中山先生は医師であり,いろいろなプレッシャーや過酷な状況がありながら,その経験を活かした小説を描くなんて,一体どうやって自分をコントロールしているんでしょうか。本当に感服します。

今回の「救いたくない命」というタイトルに惹きつけられました。患者を救うことを目的とする医師にも「救いたくない」患者が存在するというのでしょうか。とても気になって購入した次第です。短編集になっていて,初めて読む方にとっても,とても読みやすい作品だと思います。

是非,読んでみてください!

こんな方にオススメ

● 「救いたくない命」の意味とは何か知りたい

● 「俺たちは神じゃない」シリーズを読んでみたい方

● 外科医の本当の姿を知りたい方

作品概要

死線をさまよう殺人犯、末期癌になった恩師。麻布中央病院に勤める剣崎啓介と松島直武はさまざまな患者を手術する。つらいことばかりではない。彼らが救った青年が医学部進学の夢を抱いたのだから。夏のある日、剣崎は腹痛に襲われる。この症状は何だっけ? 誰でも患者になる。そう、医師だって。頼れる相棒にして親友、凄腕外科医コンビの活躍を描く、医学エンターテインメント第2弾。
-Booksデータベースより-



👉Audibleを体験してみよう!

主な登場人物

剣崎啓介・・・主人公。麻布中央病院の外科医

松島直武・・・麻布中央病院の外科医で,剣崎の同期

前原昭夫・・・照明器具メーカーに勤務。母親と同居

本作品 3つのポイント

1⃣ 救急要請に対する外科医の対応

2⃣ 緊急搬送されてきた患者

3⃣ 本作品の考察

救急要請に対する外科医の対応

東京にある麻布中央病院で,患者の術後カンファレンスをするシーンから始まります。そこには主人公の剣崎と松島という同期のコンビも出席しています。

術前・術後カンファレンスとは

手術の前後に実施するカンファレンスです。手術前に患者の病態や状態、アレルギーや既往歴などの情報をもとに、担当医師や看護師、薬剤師など手術に関わる人材が集まって話し合います。

安全に手術を成功させることを目的としており、手術の流れや安全面に関する注意点などを話し合うことが大切です。また患者の看護計画について、関係者間に周知させる役割もあります。

-wisemanサイトより-

私たちは手術って簡単に言いますけど,その裏ではこのようにしっかりとした手術に必要な患者の情報だけでなく,人員確保などを事前に話し合ったりし,術後には術中に起こったことなどをフィードバックすることで以降の手術に活かすということが行われているんですね。

剣崎たちのカンファレンスが終わり,一息ついた時でした。急患の連絡がPHSに入るのです。どうやら患者はナイフで刺されているらしいのです。えっ? ということは事件ということ?

あと10分で患者が搬入されるという状況,剣崎は頼れる相方の松島に連絡します。
松島は頭のキレる印象があり,しかも関西弁を話すので,剣崎との掛け合いがわかりやすいものになっているのも本作品の特徴です。

患者の名前は一ノ橋和也。六本木ヒルズの前で刃物で刺され,通行人が救急要請してきたようです。救急隊員によりストレッチャーで運ばれてくる患者。どうやら六本木で「通り魔事件」が発生したという情報が入りました。ということはそこで刺されてしまったのが今回の患者ということになります。

バイタルは,血圧が78の40,脈拍110回,呼吸回数20回,酸素飽和度(サチュレーション)93%。そして既往症や内服薬や,同伴家族の有無などの確認が行われます。そして,患者の現在の外傷状況など,救急患者の状態を一早く確認するわけです。

本作品だけでなく,外科医がメインの作品では,出血量がひどい場合は,輸血の体制を整えるだけでなく,いち早く出血箇所の確認を行い,止血するシーンが描かれていることが多いです。

僕自身もかつて,身内の手術に立ち会い,輸血のサインを求められて,すぐにサインした覚えがあります。それだけ血液を体内に巡らせるということは,患者の命の生命線の一つなのだと思います。剣崎はさまざまな処置をしながら何かしらの「違和感」を感じるのです。それはその時にはわかりませんでした。

この後,剣崎の違和感の正体が判明します。一体,何に違和感を覚えたのでしょうか。

緊急搬送されてきた患者

剣崎は「腸管切除」という決断をします。ただ,開腹時には出血箇所を特定し,止血しなければならない。剣崎の見積もりではすでに2000ミリリットルもの血液が腹部に溜まっているようです。早く止血しなければ患者の命が危ない。剣崎は一ヶ所傷口を発見します。ペアンで出血箇所をはさみます。しかし,まだ出血は治まらない。他にも出血箇所がある模様。

そんな時,頼りになる相棒,松島がやってきます。剣崎がホッとするや否や,松島は意外な言葉を発します。「こんな手術,やめたれや!」ん? どういうこと? 「この患者が何者か知っているんか!」

ということは,まさか。。。そうなんです。実はこの患者,通り魔事件の犯人である一ノ橋だったのです。15人もの命を奪った患者,一ノ橋。その真実を聞いて剣崎は驚愕するのです。では一ノ橋が刺された理由は? どうやら近くにいた被害者の夫が刃物を取り上げ,この一ノ橋をメッタ刺ししたらしいのです。

一瞬,その場の誰もがフリーズした感じになります。確かに死刑にもなりうるこの患者を救うことは果たして正しいことなのか。それでも剣崎は松島に,この手術を成功させるのを手伝ってほしいことを伝えるのです。この思いに唖然とする松島。

なるほど,だから「救いたくない命」なのか。。。

人を殺したから死なせていいのか。それを俺たち医者が決めていいのか。剣崎の思いはここに尽きます。目の前の患者を救うことが医者としての使命であると。

この思いを聞いた松島は一体どういう行動に出るのか。通り魔事件の犯人を救うのか,それとも手術を放棄してしまうのか。

本作品の考察

この続きは本作品を実際に読んでほしいと思います。先に書いた話は短編の一つである「救いたくない命」です。他にもいろんなテーマの短編が本作品には詰まってます。

外科医という仕事は本当に過酷なものなのだなというのが,本作品だけでなく,シリーズ作品を読んでまず思うことです。常に死と隣り合わせの患者に対し,どういう対処をするのか。手術するのかしないのか。

実際に開腹してみると思ってもない状況だったり,手術中に意外な展開になったり。患者の状態,いろいろな数値などを見ながら,瞬間的に行わなければならない決断力。本当にすごい世界なんだなって思います。

患者と向き合う仕事ではありますが,それがとても親しい人物だったり,その家族だったり,さらには医師自身が患者となりうるという話を読みながら,医師も一人の人間なんだなって思ったりしました。

自分の家族や知り合いが手術をしたことを思い出しながら,そこには医療チームがあって,どんな手術にも間違いがないようにうまく連携して,手術で治るということが当たり前というふうに思っていた自分自身が,本作品を読んでいると,実はそうではないのではないかと考えさせられるのです。

外科医がどれだけのプレッシャーと闘い,どれだけの命を救ってきているのかを知ってほしい。中山先生からそんなことを小説を通して教えられているような気持ちになりました。

誰もが迎える人生の最期という瞬間に立ち会う仕事を知り,自分がやっている仕事などは,まだまだマシな方なんだなと思うわけです。

自分の人生についても考えさせられる貴重な作品だと思うので,是非読んでほしいと思います!

この作品で考えさせられたこと

● 医学に精通していなくても,わかりやすい作品になってます

● 「救いたくない命」もあるのだなということを知ることができた

● 感情論では説明できない,医師としての使命に感服しました

こちらの記事もおすすめ