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【手紙】東野圭吾|加害者である兄と差別を受け続ける弟

手紙

自分の兄が殺人事件を犯してしまい,そのことで周りから「差別」を受けながら生きていかねばならない弟の物語です。

これまで読んできた小説の中にも,故意に,あるいは衝動的に殺人を犯してしまうという作品はたくさん読んだことがあります。

加害者の視点,被害者の視点。小説というのはどちらの視点で描かれているかでその印象も180度変わってしまいますし,同じ視点でも,異なる考え方で見方も変わる場合があります。

そしてそれを自分に置き換えた時,自分ならどう思うだろうか,どういう行動をするだろうかと考えさせられるのが小説の醍醐味なのではないかと思います。

本作品は2006年に映画化されていて,主人公の武島直貴を山田孝之さん,兄の剛志を玉山鉄二さんが演じてます。

「手紙」とは誰が誰に宛てた手紙なのか。号泣必至の作品です。

こんな方にオススメ

● 「手紙」とは誰が誰に宛てたものだったのか知りたい

● 事件の加害者を持つ弟の不遇な環境とはどんなものだったのかを知りたい

作品概要

罪を償うとは、絆とは…。強盗殺人犯の兄を持った少年の姿を通し、犯罪加害者の家族を真正面から描いて感動の渦を巻き起こした問題作
-Booksデータベースより-



主な登場人物

武島直貴・・・主人公。剛志の弟で,兄の事件で人生が変わってしまう。

武島剛志・・・直貴の兄で,母を亡くし,弟を一人で養っている

本作品 3つのポイント

1⃣ 犯罪者の兄を持つ直貴

2⃣ 直貴が受ける不遇な環境

3⃣ 最後の手紙

犯罪者の兄を持つ直貴

武島剛志と直貴の兄弟には両親がいませんでした。父親は事故で亡くなり,母親も過労で亡くしています。

そんな武島家を支えていたのは長男の剛志です。弟と一緒に生きていくため,必死で働きながら生活していました。兄弟剛志がやっていた仕事は肉体労働です。彼が考えていたのは弟を大学に行かせたいということでした。

自分と比べて頭のいい直貴に何とか大学へ行くための生活をさせたい。

そんな思いで一生懸命生きている,心優しき兄でした。

しかし,悪いことは続くもので,剛志は頑張りすぎたのか,仕事で腰を痛めてしまい,働くことができなくなってしまうのです。

弟を大学に行かせるために頑張ってきた剛志は焦ります。肉体労働で稼いだお金も底をつき始めてきました。土木で稼ぐそんなとき,剛志はふとあることを思いつきます。引っ越しなどの仕事をしていたおかげで,裕福な家をいくつか知っていたのです。

そこで思い出したのが,ある豪邸に住む老婦人の存在でした。

あそこにならたくさんのお金がある。少しくらいならたいしたことないだろう

そう考えた剛志は,老婦人の豪邸に忍び込むことを決意するのです。

家に侵入した剛志は,仏間で大金の入った封筒を見つけます。大金ここでさっさと逃げればよかったものの,弟思いの剛志はテーブルの上にある「天津甘栗」を見つけるのです。

天津甘栗は弟の大好物だったようですね。それをキッチンまで取りに戻ってしまいます。

ところが,そこで老婦人と鉢合わせしてしまったのです。

知らない人間がいることに慌てた老婦人は警察に通報しようと電話をとります。

「これでは捕まってしまう!」

と思った剛志は,老婦人を床に引き倒し,喉元に深々とドライバーを刺すのでした。剛志が殺人犯となった瞬間。あっという間に指名手配され,剛志は逮捕されるのでした。ドライバー強盗殺人ですから,死刑あるいは無期懲役も予想されます。そんな事件が起こっていることなど全く知らない弟の直貴。

この事件が剛志に,そして弟の直貴にも重くのしかかってくるのです。

強盗殺人犯の弟」というレッテルを貼られた直貴。直貴の人生はこの日を境に一変してしまいます。

直貴と仲が良かった友人は後ろ指を指すように離れていきました。また,住んでいたアパートからも追い出されてしまいます。

さらに生活費を稼ごうと続けていたアルバイト先からも嫌がらせを受けます。嫌がらせ何もしていない直貴は自分が迷惑をかけてしまう存在になったことを知るのです。

兄の犯した十字架を背負っている感覚

ある日,直貴は高校を卒業しました。しかし卒業式には出席しませんでした。

こんな状況で卒業式に堂々と出席するなんてできないですよね。名前を呼ばれて,どんな顔で卒業証書をもらえばよいのか。

直貴の気持ちが痛いほどわかります。高校を卒業し,大学に行くどころか,仕事を探すことになります。兄がいない今,生活するためには自分の力で稼ぐしかないのです。

ただやはりというか,数々の仕事の面接に行くんですけど,結局兄のことを誤魔化すことができずに門前払い状態なんですね。面接門前払いそれでも直貴は必死に仕事を探し,ようやくリサイクル会社で働き始めることができるようになりました。自動車メーカーの廃棄処理場で金属の仕分けをする仕事です。

知能もあり,努力家でもあった直貴にとって,この仕事はかつての兄がやっていたような肉体労働でした。直貴の気持ちの中には兄を恨む気持ちもあったようです。

なぜ俺がこんな思いをしながら生きていかないといけないのだ!怒る直貴そこで幸運だったのは寮に入れたことでした。家賃も払えない直貴にとってはありがたい話。

お金もない,住む場所もない。多くのものを失った直貴。今の直貴には,何とか生活できるという現実すらも幸せに思えたのではないでしょうか。

直貴が受ける不遇な環境

そんな必死に生きている直貴の元へ「手紙」が届くのです。

それは獄中にいる剛志からのものでした。定期的に届くようになります。

「元気にしているか」手紙獄中での生活を綴っている手紙。それでも不遇な環境に身を置いていることには変わりはありません。

そんな直貴に一人声をかけてきた人物がいました。白石由美子という女性で,彼女は直貴と同い年で,自動車メーカーに勤務していました。

自動車メーカーの廃棄処理場で働く直貴とは、バスや食堂で一緒になることがあったんですね。

直貴の兄のことを知らない由美子は時々直貴に声をかけてきます。デートの誘いだったり,バレンタインデーのプレゼントをあげたり。由美子由美子は直貴のことを気に入っているようでした。でも直貴が喜ぶはずはないですよね。そこにはやはり兄の存在が重くのしかかるのです。

そんなことを考えるのがイヤになった直貴は由美子に「兄のこと」を正直に告げるのです。

俺の兄は刑務所に入っている。強盗殺人犯だ

由美子は一瞬驚いた表情を見せますが,意外にも直貴に声をかけ続けてくるんですね。

由美子は本当に直貴のことを想っているんでしょうね。

さらに直貴はバンドにも誘われます。友人とカラオケに行った際に,歌がうまいことを褒められたんですね。

ここでも直貴には「兄のこと」が頭をよぎります。しかしバンドメンバーの反応は違いました。

「兄貴のことは大変だと思うし,それはバンドにも関係ない。大事なことは,いい音楽をつくりたいってことだけだ」バンド仲間涙が出るくらいいい人たちです。これを機にバンドメンバーになった直貴。そして,メジャーを目指そうとしていた矢先,思ってもないことが起こります。

プロになる条件として「直貴を外す」ことを言われます。やはり社会は「犯罪」というものを嫌うようですね。直貴は自分からバンドを抜けることになりました。

由美子やバンドメンバーなどのように「過去のことは関係ない」と考える者もいれば,それを良しとしない人間もいるということです。

その現実に改めて気づかされた直貴。同時に「兄のことは知られては普通の生活はできない」と感じているようでした。

定期的に受け取っていた獄中からの「手紙」も,直貴は見ないようにしていました。

直貴は実はリサイクル会社で働きながら,通信制の大学に通っていました。その大学も卒業し,直貴はある一人の女性と出会います。中条朝美です。朝美2人は付き合うようになり,お互いの距離も急速に発展していきました。

そしてとうとう結婚話が持ち上がるのです。

「両親に会ってほしい」

そう言われた直貴ですが,やはり兄貴の存在が頭をかすめる。田園調布の裕福な家で育った朝美と比較する直貴の辛さがよくわかります。

「これは,隠し通すしかない」

そう思い,直貴は兄のことを話さないまま結婚しようとしますが,うまくいかない。

兄からの手紙が見つかってしまうのです。そして過去の事件のことも。

朝美は「2人で乗り越えていこう」と言うのですが,直貴は,

君はわかってない。世間ってものがわかってない直貴の苦悩現実を経験している直貴だからこそ言える言葉。世の中そんなに甘くないということを直貴は訴えるのでした。

最後の手紙

※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!

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直貴は,家電量販店の売り場で働き始めます。兄のことを内緒にして。

ある日,店に泥棒が侵入し商品が盗まれるという事件が起こります。

警察は内部犯の可能性が高いと判断し,従業員ひとりひとりについて調査します。警察何かイヤな予感が。。。やはり警察には気づかれました。直貴はあの武島剛志の弟であると。

「武島直貴の兄は刑務所に入っている極悪犯である」

そのことを従業員全員が知ってしまい,同僚も直貴との間に距離を置くようになります。

直貴は人事異動で,売り場から物流部へと左遷されます。でも直貴は思うのです。

「クビにならなかっただけましだ。俺はもう見切りをつけた」

バンドでも,この仕事でも,表の世界に出てはいけない人間であると考えるようになるのです。

ある日,直貴の元に平野社長が訪ねてきます。社長君はこう思っているだろうね。差別をされている,と。どうして自分がこんな扱いを受けなきゃならないんだ,と

直貴の心の中を見透かされているようでした。そして思ってもないことを言うのです。

差別はね、当然なんだよ

差別はしていないと言われる思っていた直貴は意外だったと思います。一体,どういうことなのか。

大抵の人間は、犯罪から遠いところに身を置きたいものだ。犯罪者とは、間接的にせよ関わり合いにはなりたくないものだ。

ちょっとした関係から、おかしなことに巻き込まれないとも限らないからね。

犯罪者やそれに近い人間を排除するというのは、しごくまっとうな行為なんだ。自己防衛本能とでもいえばいいのかな

つまり,差別される側の人間には,どうしようもないことだと社長は言うのです。

だから、犯罪者はそのことも覚悟しなきゃならんのだよ。

自分が刑務所に入れば済むという問題じゃない。罰を受けるのは自分だけではないということを認識しなきゃならんのだ。

君が今受けている苦難もひっくるめて、君のお兄さんが犯した罪の刑なんだ

差別を受けることは仕方ないことだと話す社長の言葉を,唖然と聞いている様子の直貴。

兄が起こしてはならない事件をやってしまった以上,その近くにいた人間はそれを受け入れないといけないということ。

会社にとって重要なのは,その人物の人間性ではなく社会性だと訴える社長。すごく重みのある言葉です。そして,解決方法を伝えるのです。

コツコツと少しずつ社会性を取り戻していくんだ。他の人間との繋がりの糸を,一本ずつ増やしていくしかない。

君を中心にした蜘蛛の巣のような繋がりができれば、誰も君を無視できなくなる。その第一歩を刻む場所がここだ。

実は,社長の元には一通の手紙が来ていました。それはあの「剛志」からのものでした。どうやら,由美子が直貴の居場所を伝えたようです。

なぜ由美子は直貴にここまで尽くすのか。それは由美子にも「過去」があったからです。由美子の父親は借金を抱えてしまい,自己破産していたのでした。

そして周囲の目から逃れるように生きてきた。つまり直貴の気持ちを察することができる数少ない人物だったのです。寄り添うそんな直貴と由美子は結婚することになります。しかし,結婚して3年後,2人はある事件に巻き込まれます。

由美子が「ひったくり」に遭い,顔に大ケガをするのです。

「犯人を許せない!」と憤る直貴。

その夜,犯人の両親が直貴の元を訪れ,謝ります。そして直貴は考えるのでした。

正々堂々としていればいいなんてのは間違いだってこと。

それは自分たちを納得させているだけであって,本当はもっと苦しい道を選ばなきゃならない

社長から言われた言葉を思い出し,そして直貴は決意の「手紙」を書くのです。

前略 武島剛志様

この手紙は私から貴方に送る最後の書簡です。

また今後は、貴方からの郵便物は一切受け取りを拒否いたします。

理由は、家族を守るため、ということになるのでしょうか。

私はこれまで強盗殺人犯の弟というレッテルを背負って生きてきました。

(中略)

兄に送る最後の手紙がこんなものになってしまい、大変残念に思います。

どうか身体に気をつけて、立派に更生してください。

これは弟としての、最後の願いです。

武島直貴

ー本文より-

その手紙を投函し,直貴はかつて兄が殺害した老婦人の家へ行くのです。そこには息子の忠夫がいました。家やはり忠夫は剛志のことを許していないようでした。

「どうやっても,自分の母は帰ってこない」

しかし,最後に忠夫は一通の手紙を見せるのです。それは剛志が忠夫に送った手紙でした。

この手紙を受け取った時「もう,過去のことは終わりにしよう」と思ったようです。

「お互い,長かったな」と言う忠夫。直貴と忠夫

拝啓 緒方忠夫様

弟から縁を切るといわれました。

このときの私の衝撃をわかっていただけるでしょうか。

弟に縁を切られたことがショックだったのではありません。

長年にわたって私の存在が彼を苦しめ続けてきた、という事実に震撼したのです。

(中略)

そのことをお詫びしたく、このような手紙を書きました。もちろん、これを最後にいたします。

どうも申し訳ありませんでした。

ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

武島剛志

ー本文より-

この本を読んで思ったのは,まずは当然「殺人は犯すべきではない」ということ。

実際に犯罪を犯した者が自分の身内にいたら、こんな感じになるんだろうなと考えさせられました。

もし、そんなことがなければこの弟は良い人生を送っていたかも知れない。

しかし、最後まで読み終えたとき、言いたいのはそうではなく、そういう境遇になったからこそ分かったことがあると、弟も感じていたに違いない。

自殺だろうが、他殺だろうが、結局周囲の人間の気持ちを考えればそれは同じことなのかも知れないです。

そして仮に自分の身内が加害者になった場合,自分はそれを真っ向から受け止めなければならない。例え,差別や偏見を受けたとしても。偏見・差別やはり人の考えや価値観はさまざまで,いくら「差別やいじめをするな」って言ったって,簡単にはなくならないのかなと思います。

ただそれは「誤ったことをしていない」という前提です。

もし誤ったことをして差別を受けたとすれば,それを攻撃する人間もいれば,サポートしてくれる人もいるのだなと思います。

今,自分はそんな環境にはありませんが,いつ何時,この直貴の環境に置かれるかわかりません。批判されればそれを受け止めなければならない。

それは自分自身かも知れないし,自分の親かも知れないし,自分の子供かも知れない。

もし,その時は「覚悟を持って生きよう」と思います。

この作品で考えさせられたこと

● 犯罪者を身内に持つ人間の不遇な環境はとても辛いものである

● 最後の手紙がとても深く,考えさせられた

● 自分の身内が加害者になった時は「覚悟」を持ちたい

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