以前「菓」という作品を読みました。200ページ強という比較的短いストーリーでしたが,米澤穂信先生のデビュー作とは思えない面白さがありました。昨年,一日で読んでしまって,速攻ブログに載せた作品。
先日ブックオフでいい本ないかと探している時に見つけたのが本作品でした。何と「氷菓」の続編とあるではないですか。これは読まないと,と思いすぐ購入。そしてこちらも一気読みでした。
舞台は,前回が古典部でしたが,今回はその古典部のメンバーたちがある人物たちが制作した映画を観るというところから始まります。その映画で起こった殺人事件。これは作りものなのか。それとも現実なのか。
そして最大の目的である「制作した映画を観て,何を感じるのか」という,前作よりもミステリー色の濃い作品になっています。
最後は意外な展開に思わず唸ってしまいました。さすが直木賞作家は違うな,と。是非,読んでほしい一作です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 ある映画の試写会
3.2 関係者それぞれの推理
3.3 奉太郎の推理と意外な結末
4. この作品で学べたこと
● 昔ながらのミステリーファンの方
● 未完成のミステリー映画を完成させるというストーリーを読んでみたい方
● 「氷菓シリーズ」を読んでみたい方
「わたし、気になります」文化祭に出展するクラス制作の自主映画を観て千反田えるが呟いた。その映画のラストでは、廃屋の鍵のかかった密室で少年が腕を切り落とされ死んでいた。誰が彼を殺したのか? その方法は? だが、全てが明かされぬまま映画は尻切れとんぼで終わっていた。続きが気になる千反田は、仲間の折木奉太郎たちと共に結末探しに乗り出した! さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ! <古典部>シリーズ第2弾!
-Booksデータベースより-
折木奉太郎・・主人公。古典部の部員
千反田える・・古典部の部員
福部里志・・・折木の昔からの親友で古典部員
伊原摩耶花・・折木,福部の幼馴染で古典部員
入須冬美・・・折木たちに,ある依頼をする
1⃣ ある映画の試写会
2⃣ 関係者それぞれの推理
3⃣ 奉太郎の推理と意外な結末
冒頭は,チャットで複数人の誰かがやりとりをしているところから始まります。誰かが誰かを問い詰めているような感じです。どうやら女性のようなんですが,一体何について話し合っているのか。と思いながら話は本編に入っていくのです。
登場するのは古典部のメンバーです。主人公の折木奉太郎,親友の福部里志,里志の幼馴染の伊原摩耶花です。そこに遅れて千反田えるが登場します。彼らは古典部の文集である「氷菓」を文化祭に出品するために集まったのでした。
制作に入ろうとしていた矢先,千反田が思いがけないことを言いだします。「試写会へ行きましょう」と。一体,何の試写会なのか。どうやら知り合いに「ビデオ映画研究会」のメンバーがいて,撮った作品を全員で観ようと言うのです。
彼らは乗り気になり,視聴覚室で映画鑑賞することになります。そこには入須冬美という女性がいました。この入須のクラスが撮影したという映画があるようで,それを見てもらいたいというのです。目的は何なのでしょうか。
古丘町に樽窪地区という廃村があって,ここに入須のクラスの6人のメンバーがやってきます。古典部のメンバーは,このセリフもぎこちないビデオ鑑賞に疑問を持ちつつも,ずっと見入っています。
映像の中では,登場するメンバーたちが泊まれる場所を探そうとしてしまいした。見つけたのがある「館」でした。館といっても,かつては劇場だったようで,その中にメンバーたちが入って行くのが映っています。
見取り図を発見し,そこには舞台だけでなく「音響室」「上手袖」「下手袖」そして複数の「控室」などがありました。映像の中では「事件はこの後に起こる」とナレーションの声。この後,本当に事件が起こります。
「上手袖」にいた海藤という男が殺害されたのです。腕を切り落とされて。しかも中からは鍵がかかっており,密室です。そしてここで映像は終わってしまいます。は? って感じです。登場人物の紹介はありましたけど,最初の殺人の後はまるで「読者の想像にまかせます」みたいな終わり方。
しかも,そこには犯人がいて,それが誰なのかを推理しようという試みだったのです。たったこれだけで推理ってできるもんなんでしょうか。当然,古典部メンバーも疑問を持っています。「説明してもらいましょうか。『試写会』はこれで終わりではないでしょう」と。
確かにこの映画,完成していませんでした。さらに技術的にもあまりにも稚拙で,とても映画と呼べたものではありません。探偵役もいないこの映画には,本当に犯人がいて,それを論理的に立証できるものなのでしょうか。
そして,なぜその推理の役を古典部がしなければならないのか。古典部というか,折木奉太郎にスポットが当たるのです。この映画の脚本を書いていたのは本郷という女性。彼女は体調を崩してしまっていました。制作の真意はわからないままです。
ここで,古典部のメンバーは,タロットに見立てて「シンボル」のようなものをお互いで付けあいます。
○入須冬美 :『女帝』
○福部里志 :『魔術師』
○伊原摩耶花:『正義』
○千反田える:『愚者』
○折木奉太郎:『力』
タロットに見立てるなんて,ちょっとミステリーっぽいですね。ただ,何気ない会話でしたが,タイトルにもある『愚者』が気になりました。これは意味あるのか,ないのか。
そして古典部のメンバーたちは,撮影時の状況を知るために,映画の撮影に参加したメンバーから話を聞きます。しかも,メンバーのうち3人からそれぞれ独自の推理を披露されるのです。この映画のストーリーの真意はどんなものだったのか。
彼らはどんな推理を披露するのでしょうか。
最初に推理を披露するのは撮影班の中城純哉という,助監督をしていた人物です。彼は助監督という立場でありながら,誰が犯人役で,誰が探偵役なのかということも知らされてなかったようです。全ては脚本を書こうとしていた本郷の頭の中にしかなかったのでしょうか。
中城はトリックは大事ではない。「犯人はお前だ!」と探偵役が指摘して,それに犯人役が涙ながらに事情を語るというようなドラマになれば言います。『古丘廃村殺人事件』として客を呼べるようにしないと,というのが中城の意見です。ミステリーとしての出来よりもドラマとしてどうなのかということを重視しているようでした。
中城の推理は,犯人は「上手袖」の窓から侵入して犯行に及んだというものでした。ただ,この推理は欠点があって,そうするとみんなの目にさらされてしまうという問題がああるということを古典部のメンバーは指摘します。本当にこんな感じで,本郷の書きたかったストーリーへたどり着けるのだろうか。。。
次の日,推理を披露したのは,小道具係の羽場智博です。羽場はミステリーに詳しいらしく,どういうトリックが使われたかに関して自分の推理を話します。そのトリックは,2階の窓からザイルを使って下の「上手袖」に侵入し、殺害してからザイルで脱出したものというものでした。
確かにそのトリックであれば,館内にいたメンバーの目には入らず,密室殺人が可能なように思います。しかし、犯行現場の窓は廃館だったため,そう簡単には明かないというシーンがありました。実は,羽場は映像を見ていませんでした。ミステリーマニアのアームチェアディテクティブと言ったところでしょうか。
羽場が考えていたタイトルは『不可視の侵入』。大胆なトリックを使ったミステリー作品を連想させます。ここで,千反田がある本を手にとり,中を覗くと次のような印があることに気づきます。
シャーロック・ホームズの冒険
○ボヘミアの醜聞
△赤髪組合
×花婿失踪事件
(中略)
×花嫁失踪事件
△椈屋敷
シャーロック・ホームズの事件簿
○高名な依頼人
◎白面の兵士
(中略)
△ライオンのたてがみ
×覆面の下宿人
これ,シャーロック・ホームズの作品を読んだことある方にはわかるんでしょうか。僕自身は読んだことないので見当もつかないでした。とにかく,○とか×とかには何か意味がありそうなんです。ん~,やっぱりわからない。。。
羽場の話の次の日,今度は広報を担当する沢木口美崎という女性でした。広報なので撮影にはほとんど関わっていない様子。本郷からも何も聞いていないようです。ただ,クラス展示としての方向性は持っていたはずです。そんな彼女がどんな推理ができるのか。
沢木口は,その方向性を「アンケート」によって決めたのだと話します。「ビデオ映画」を制作するのも,内容は「ミステリー」系にするのも,凶器は「ナイフ」にすることもクラスでアンケートで決めていたのです。ただ,気になる投票がありました。それは「死者数をどうするか」というもの。
No32.死者数をどうするか
・一人:6
・二人:10
・三人:3
・それ以上
四人:1
全滅:2
百人くらい:1
無効票:1
二人を推奨(ただし採否は本郷に一任)
犯人は二人の予定だったんですね。そして実際にどうするかは脚本を書く本郷が決めるということも。さらに沢木口は密室について「別にいいじゃない,鍵くらい」と,密室トリックのことなんか重要でないというような発言をするのです。
どちらかというと「ホラー」的な作りにすればいいのだと。ホラーってミステリーだっけ?
ま,確かに誰が犯人なのかという意味ではミステリーなのかもしれないけど。
そして沢木口が考えたタイトルは『Bloody Beast』です。確かにホラーっぽいですね。
こんな感じで3人の関係者が登場して,自分独自の考え方を披露したわけですけど,みんなバラバラなのはよくわかりました。一体,こんなことで入須は何をしようとしているのか。これがどんな展開へとつながって行くのか。
ここから,奉太郎の本領発揮となっていきます。奉太郎がこれまでの話から,自分の推理を披露するのです。
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奉太郎はこれまでの関係者の推理を聞いて、それが本当に本郷の書こうとしたものかなのか,疑問に感じています。本郷が書こうとしていた脚本に対しての推理を,奉太郎は話し出します。それは,撮影に参加したメンバーは6人ではなく,7人いたと。もっと言うと「カメラマン」がその頭数に入っていないと。つまり「犯人はカメラマンである」と言うのです。
確かに,そうだとすれば,ホールを通って「上手袖」へ行った人物はいない,というトリックも崩れます。そして,窓から入ったという推理も,カメラマンが後からマスターキーを取って堂々と「上手袖」へ入っていければ,そこまでしなくてもよい。これだとすべての辻褄が合うし,本郷の意図にも則しているようにも見えます。
奉太郎はこの映画のタイトルに「万人の死角」と名付けます。依頼者である入須もどうやら納得したようです。そしてこの奉太郎の推理に従って脚本が書かれ、映画の撮影も再開され,文化祭までに完成させることができました。これで全てがうまく回ったと考えていましたが,なぜかこのストーリーに反対の人物たちがいました。何と,古典部のメンバーの3人です。
まずは紗耶花。「あの映画にはどこにもザイルが出ていなかったわよ」と言います。事前に本郷が準備させたザイルがないと。そう言えば,羽場がザイルを使った推理をしていましたが,奉太郎の推理にはザイルは登場しません。
次に里志。「あれは本郷の意図した内容じゃないよ」と言い放ちます。本郷はシャーロック・ホームズしか読んでなくて,奉太郎が推理した「叙述トリックはドイルの時代には存在しない」というのです。
叙述トリックとは
読者の先入観を利用し、巧みな仕掛けを用いてミスリードへと導いていく小説技法のこと。「女性だと思っていた語り手が男性だった」「被害者だと思っていた人物が加害者だった」といった意外なオチが「叙述トリック」の典型的な一例です。
-小説丸サイトより-
つまり,脚本には敢えて書いてないが,7人目のカメラマンが犯人だという筋書きは本郷には書けない,ということ。
そして最後は千反田が意見します。「なぜ入須さんは,本郷さんと親しい人物に『用意したトリックはどんなものか』を訊くように頼まなかったのでしょうか」
確かに,入須はわざわざこんな手の込んだことをしなくても,大まかなストーリーくらいは聞けたように思います。彼女たちの意見を聞いて,奉太郎は自分が誤ったストーリー,推理を考え出したことを恥じます。
ここで,先に書いたタロットの話が再度出てきます。里志が奉太郎に説明していたタロットの話です。それぞれのタロットの意味を奉太郎は知ります。
・女帝(入須)
母性愛・豊饒な心・感性を表す
・正義(伊原)
平等・正義・公平を表す
・魔術師(福部)
状況の開始・独創性・趣味を表す
・愚者(千反田)
冒険心・好奇心・行動への衝動を表す
・力(折木)
内面の強さ・闘志・絆を表す
自分以外の4人は当てはまっていると思いますが,奉太郎自身は全く一致していないと思うのです。そして「『力』は,獰猛(どうもう)なライオンが優しい女性に御されている絵に象徴されます」
後日,奉太郎は入須に偶然会います。実は奉太郎は自分の「誤り」に気づいていました。そして入須と真相を話すのです。内容は次の2つです。
○メモの印は,ハッピーエンドなのか,バッドエンドなのかの印で,本郷はハッピーエンドを好んでいた
○アンケートの中の「無効票」は本郷のもので,彼女は死者が出ないストーリーにしようとしていた
これに周囲は反対し,そのことで本郷は体を壊してしまい,脚本が書けなくなってしまったわけです。そこで入須はクラスメイトに「シナリオコンテスト」を行った。結局採用されたのが奉太郎の「誤ったシナリオ」だったというわけです。
本作品の最後に,誰かがまたチャットをしているシーンが出てくるのですが,この中には千反田がいたのだと思います。つまり,入須に相談を受けた千反田は後ろめたさを感じながらも,奉太郎を利用していたのでした。
そして「先輩」という言葉が気になりました。これ「入須先輩」にも取れるけど,チャットの前後関係を違和感がありました。これ,ひょっとして「奉太郎の姉」が絡んでいたのでは???
あぁ,何てかわいそうな奉太郎。。。あれだけ一生懸命推理したのに。。。
今回の話は「氷菓」と比較して,さらにミステリー度が増したように感じました。ミステリーを作り上げるためのミステリー。その中心にいたのはもちろん主人公の奉太郎でしたが,実は名脇役がたくさんいました。
本作品の中には,昔ながらのミステリーも登場します。シャーロック・ホームズだったり,アガサクリスティーだったり。往年のミステリーファンでないと描けない作品で,米澤先生もいろいろなことを考えて描かれたんだろうな,と。
そして驚いたのは「館もの」という件で,その設計者が「中村青・・」と書かれていること。こちらの方はおそらく,綾辻行人先生の「館シリーズ」に登場する設計者「中村青司」のことでは?
昔からのミステリーファンにはたまらない一作なのではないでしょうか。巻頭と巻末のチャットのシーンも,読む前と読んだあとで,誰がこのチャットで語っていたのか,かなり「納得」しました。
ミステリーファンも,またそうでない人もかなり楽しめる内容になっています。是非,読んでみてください!
● 往年のミステリーファンにはたまらない一作
● 未完成の映画のストーリーを考えるという斬新な試み
● 奉太郎に同情してしまう「意外な結末」に驚きました