2017年に出版され,2019年には啓文堂書店文庫大賞を受賞した作品です。僕自身が伊岡瞬先生の作品を初めて読んだ,思い入れのある作品でもあります。
伊岡先生の作品に興味を持ち,これまで10作品ほど読みました。
いつも思うんですけど,伊岡先生の作品はタイトルが本当に短い。でもストーリーはとても深いんですよね。
いろいろな人間模様を細かく描いているので「世の中にはこんな境遇の人もいるのか」と考えさせられます。本作品も同様です。
話は,単身赴任中の夫の元に妻からの一通のメールが届きます。
「家の中でトラブルがありました」と。
一体何が起こったのか。とても興味をひかれながら,徐々に深い部分に入っていく作品となっています。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 妻が夫の上司を殺害した事件
3.2 真犯人は別の人間?
3.3 事件の意外な真相
4. この作品で学べたこと
● 夫の単身赴任中にどんな事件があったのか知りたい
● 親子,姉妹の関係について考えてみたい
● 最後にどんでん返しの起こる作品を読みたい
山形に単身赴任中の賢一は、東京に暮らす妻の倫子から不可解なメールを受け取る。その後、警察から連絡が入り、倫子が賢一の会社の重役を殺したと知る──。その事件の背景には、壮絶な真相があった。
-Booksデータベースより-
藤井賢一・・・主人公。製薬会社に勤務,単身赴任中。
藤井倫子・・・賢一の妻。自宅で事件を起こす
藤井香純・・・賢一の娘。絶交宣言される
藤井智代・・・賢一の母。認知症の疑いがある
滝本優子・・・倫子の妹。賢一を手助けする
南田隆司・・・大手製薬会社の常務。倫子に殺害される
南田信一郎・・大手製薬会社の専務。隆司とは腹違いの兄弟
真壁刑事・・・警視庁捜査一課。倫子の事件の担当
1⃣ 妻が夫の上司を殺害した事件
2⃣ 真犯人は別の人間?
3⃣ 事件の意外な真相
大手製薬会社に勤務する主人公の藤井賢一。販促部に在籍していた賢一は贈収賄トラブルの責任を取らされ,山形へ左遷されて単身赴任することなってしまいます。
娘の香純からもこれを機に険悪な雰囲気になってました。「東京に帰ってこなくていい」と。「絶交宣言」までされてしまいます。
そんなある日,先に書いたように突然東京の自宅にいる妻からメールが来るのです。
「家でトラブルがありました」
訳が分からない夫の賢一。慌てて東京の自宅へ戻ります。その途中で警察から連絡が入ります。内容は,妻が殺人罪で逮捕されたということでした。
しかも妻が殺害したとされる被害者は,何と賢一の上司である常務だったんですね。益々訳が分からなくなる賢一。
倫子の妹で,賢一からは義理の妹となる優子は相談に乗りますが,この妹,何か隠している感じがするんですよね。ん~,なんだろ。。。
実は,倫子は常務の南田隆司と不倫関係にあったというのです。そして自宅でもめ事が起こってしまい,殴って殺害してしまったと。賢一は刑事に問い詰められます。「あなたは知らなかったのか」と。しかし賢一にとっては「寝耳に水」状態だったようです。
その刑事が真壁です。伊岡先生の「痣」という作品にも登場する刑事ですね。どこかシリーズっぽくなって,さらに面白さが増します。
いろんな人物が登場しますが,どうも倫子と優子の姉妹,そして彼女たちの母親や娘の香純は,何かを隠している感じがするんですよね。賢一だけが門外漢な感じ。。。 一体,この家族にはどんな秘密があるんでしょうか。
逮捕されてしまった妻の倫子。認知症の母親と娘の香純の面倒を看てくれたのは義理妹の優子でした。すでに父親のことを嫌いになってしまている香純に対しても,間を取り持ったりしてくれる優子。
賢一以外が全て女性なだけに,どう入り込んでいいかわからないのもわかるような気がします。
そんな時に,賢一は専務の南田信一郎から呼び出されます。実は異母兄弟の隆司とは仲が良くなく,会社でも派閥争いに巻き込まれてしまいました。賢一は自分の妻が本当に殺害したのか疑問を持っているようでした。もちろん一緒に住んでいたわけだし性格もお互い熟知していたでしょうから,そう思うには根拠がありそうです。
しかし,刑事は何か不信感を抱いているようでした。
「常務と何かあるということを本当に何も知らなかったのか」
「殺害したというメールがあまりにも冷静過ぎる」
確かにそんな感覚はありました。常務との関係も違和感を感じたし,倫子のメール自体も何か冷静すぎますよね。殺害したら普通なら取り乱してしまいそうなものですから。
しかし,賢一が倫子を使って,自分の左遷に関与した常務を葬ったようにも取れるんですよね。警察はいろんな可能性を考慮して捜査するみたいですから。
だから賢一はその辺りをかなり追及されるんです。でも賢一は妻の無罪を信じているようでした。というか,信じたくないですよね。考えるだけでも気分が悪くなりそうです。
刑事の真壁は意味深なことを言い残します。「倫子は9月に何かあったらしい」と。これ,一体何なのでしょうか。賢一の家族の面倒を看るようになっていた優子ですが,彼女には悩みがありました。「もらわれっ子症候群」と勝手に呼んでいるようでしたが。どういうことなのか?
つまり,姉の倫子は実の娘だが,優子は腹違いの娘だと思い込んでいるのです。
優子が問題を起こすとすぐに謝る姉の倫子。しかし両親は「倫子がそこまで言うなら」という感じですぐに許すというパターンが続いていたようなんですね。ここに違和感を感じているようでした。
そしてある日,ホテルに泊まっていた賢一の元に,優子と香純が現れます。何か話し合いをさせたい優子。父親に嫌々ながら事件の状況の説明をする香純。
どうやら事件当時,香純は自宅にいなかったようです。すでに常務はこと切れていたと。
冷静な口調で自分が殺害したことを打ち明ける母親の倫子。その時一緒にいたのは居たのは認知症の母親の智代でした。
何か違和感を感じます。この事件何か裏がありそうです。
そして,香純は衝撃の事実を賢一に打ち明けるのです。
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「お母さんはね,去年,あいつに妊娠させられたのよ」
とうとう衝撃の事実が飛び出しました。動揺する賢一。香純は知っていたのに黙っていたんですね。でもなぜ。。。
賢一は倫子が行ったはずの産婦人科に問い合わせします。しかし警察から情報を渡さないように言われた病院側から賢一は聞き出すことができません。
そうじゃなくても確かに病院ってそういう診療情報は絶対開示しない,つまり「守秘義務」もありそうですもんね。
さらに驚くべき事実が明らかになります。製薬会社の野崎という女性が,専務の信一郎のベンツに乗り込んだ倫子を見たというのです。
ん? 常務の隆司じゃなくて専務? 一体どういうことなの?
さらに,そのシーンを睨みつけていた女性が優子でした。これは何を意味するのか。
賢一は拘置所にいる倫子に面会するも,真実を話そうとしない倫子を信じようとしているようでした。
そして,とうとう裁判が始まります。倫子は変わらず自分が殺害したことを認めていました。本当に殺害したのでしょうか。誰かを庇っているのではないのか。
裁判で罪を認めているわけですから,よっぽどのことがなければひっくり返すことは難しいはず。
ここで突然声を上げる女性が。香純でした。「本当は私が殺した」と。
やはり庇っていたのか。。。と思ってたんですけど,まだこれでは終わりません。
認知症の義理母の智代が自白するのです。「本当は私が殺した」と。ここにきて2人も「自分がやった」という人物が出てきました。
確かにどちらも可能性的にはありそうですけど,ん~,なんというかしっくりこない。まだひっくり返るんじゃないか?
賢一は再度産婦人科を訪れ,これまでの経緯を考え,一つの仮説を立てます。
それは「なりすまし」です。倫子の保険証を持って産婦人科で検査を受けた人物がいたのでした。保険証だから写真はついてないし,仮についてたとしても姉妹ですから,妹が姉になりすましてもわからないだろうなと思います。
そうか,妊娠していたのは「妹」だったんです。では,動機は何なのか?
それは妹である優子の,姉に対する復讐でした。先に「妹の失敗を姉が謝る」という話を書きましたが,これは姉の思いやりの話のようですが,実際には妹からすれば「偽善者」って思っていたのでしょうか。
そしてその復讐が今回の事件でした。妹は自ら南田隆司と関係を持ったのです。そして妊娠し,その罪を姉になすりつけようとした。さらに隆司をも亡き者にした。
「きっと,また姉がその罪をかぶるだろう」と誘導した,恐ろしい事件でした。
生きていると,兄弟姉妹,双子など,自分と比較される対象が必ずいます。
一緒に生活する中で,もし自分が比較対象になってしまって,それで自分自身が苦しい思いをしていたら,いつか復讐してやろうと思うかも知れない。
僕の知っている兄弟や姉妹って,仲がいいなと思う時もあれば,そうじゃないなって思う時もあります。
また,一見仲が良さそうに見えて,実はよくないって場合もあるかもしれません。
僕にも弟がいますけど,僕自身はそこまで思ってませんが,弟は憎いと思ってるかもしれませんから。
比較されて嫌悪感を持ったり,また親からの愛情の受け方で嫉妬心が出てきたり,いろいろな環境,状況は人それぞれだと思います。
しかし恐ろしいのは,それが最終的には殺人の動機になることもあるかもしれないということです。
今回の話の結末は何か切なくなりましたが,最後に賢一と倫子が打ち解けてくれたのは良かったかな。
● 事件の真相は予想をはるかに超えたものだった
● 兄弟・姉妹の関係を深く考えさせられた
● 見た目ではわからない,深い嫉妬が事件を引き起こす可能性があるということ