かつて,伊藤英明さんが主人公の恐ろしい作品だというのは聞いたことがあって,読むのを敢えて避けていたような気がします。映像を観たこともありませんでした。
今回はその原作をようやく読もうという気になったので,とうとう読みました。
元々本作品が自分の教え子を殺害していくというストーリーだということで,僕自身が教師という仕事をしているせいか,何となく読む気になれなかったのも一つの理由だと思います。
貴志祐介先生の別の作品を数冊読んで,その面白さを感じてきたから手に取りました。
「やはり貴志先生と言えば,この作品だな」って思いました。
本作品,最初はとても穏やかなシーンから始まります。とてもこれから残虐な殺人事件が起こっていくようにはとても思えない爽やかな感じなんですけど,読みながら徐々に違和感を感じてきます。
主人公の蓮美という教師は生徒からとても信頼されているように見えたし,学校内のいろんな問題を率先して解決しようという意欲のある,熱血教師でした。「ハスミン」という愛称で親しまれている蓮美が徐々に本性を現していく作品です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 違和感のある人気教師
3.2 教師・生徒たちを支配下に
3.3 「蓮実帝国」の崩壊
● 主人公である蓮実という教師の本性を知りたい
● 高校で起こった残虐な事件がどのようなものだったのか知りたい
晨光(しんこう)学院町田高校の英語教師、蓮実聖司はルックスの良さと爽やかな弁舌で、生徒はもちろん、同僚やPTAをも虜にしていた。しかし彼は、邪魔者は躊躇なく排除する共感性欠如の殺人鬼だった。学校という性善説に基づくシステムにサイコパスが紛れこんだとき──。ピカレスクロマンの輝きを秘めた戦慄のサイコホラー傑作。
-Booksデータベースより-
蓮実聖司・・・主人公。生徒からはハスミンと呼ばれる人気教師
片桐怜花・・・引っ込み思案な生徒。直感で人間の本性を見抜く
夏樹雄一郎・・怜花や圭介と仲のよい生徒。
早水圭介・・・カンニングを計画。蓮実に不信感を持っている
安原美彌・・・クラスの中心人物。蓮実と関係を持つようになる
真田俊平・・・数学教師。熱血漢があり,生徒からも人気がある
柴原徹朗・・・体育教師。蓮実に敵対心を抱く
釣井正信・・・数学教師。過去に妻を殺害したことがある
久米剛毅・・・美術教師。同性愛者である
1⃣ 違和感のある人気教師
2⃣ 教師・生徒たちを支配下に
3⃣ 「蓮実帝国」の崩壊
主人公は高校で英語教師を務める蓮実という人物。彼はルックスもよく,女子生徒からも人気で,「ハスミン」という愛称があるくらい親しまれ,人気のある教師です。
さらに同じ高校の教師だけでなく,PTAからも絶大な信頼を得ている教師でもあります。作中でもかなりの秀才であり,IQもかなり高そう。その部分だけ読むととても羨ましくなるような人物像ですよね。
女子生徒からもいろいろな相談を受けます。安原という女子生徒が体育教師の柴原からセクハラを受けているというのです。
その原因はどうやら安原美彌(みや)が万引きをした際に,柴原に目撃されたからのようでした。
穏便に事を収める蓮実はやはり頭がいいようです。しかし,それを機に安原と肉体関係になってしまうようになるんですね。ん~,何か違和感あるぞ。。。
蓮実は自分の家のベランダにやってくるカラスを躊躇なく感電死させたり,何か異常な匂いがします。ある時,校内でカンニングを企んでいる生徒たちがいました。
生徒が解答を携帯メールで送信し,それを他の生徒が見るというものでした。
蓮実はこの事実を自分が仕掛けた「盗聴器」で知ることになります。ってか,いつの間に盗聴器を仕掛けてあったのでしょう。蓮実はカンニングに対抗します。物理の教師である八木沢に学校内だけ携帯が圏外になるように仕組むのです。一歩先を行く蓮実。そして早水という生徒を殺害。
さらに,蓮実は不良でボス的な存在の蓼沼という生徒を排除するために,蓼沼をヒートアップさせ,カッターナイフで蓮実を攻撃します。
しかしこれが失敗に終わりますが,蓼沼はこの暴行が原因で退学に追い込まれます。こうなることをまるで予想していたかのように振舞う蓮実。
「蓮実は,自分を信頼させ,学校を自分のコントロール配下に置こうとしているのではないか」と思いました。
彼の狡猾さ,そして頭脳の高さ,先を読む力。全てがスバ抜けている感じなんですね。
校内のあらゆる場所に「盗聴器」だけでなく「監視カメラ」も設置していました。この辺りから「蓮実は実は異常者なのではないか」と読者は感じはじめると思います。
そして,蓮美の正体に徐々に気づき始める教師や生徒が現れてくるのです。
その人間を蓮美は事前に察知し,殺害する計画を立て,そして実行していきます。
状況判断,他人の行動の予知,実際に殺害する行動などが恐ろしく素早い。そして何よりも自分の行動に躊躇がなく,非情である。
これを「サイコパス」と言うのでしょうか。そして,蓮実の本性が徐々に現われてくるのです。
異常な一面を見せ始めた蓮実。生徒を躊躇なく殺害していきますが,これがさらに教師たちにも及んできます。
ある日,蓮実は久米という教師のマンションを借り,美彌と密かに会うようになります。
しかし,その美彌を目撃したのが真田という数学教師。それに気づいた蓮実はまずいと思ったのか,真田を嵌めようとします。
真田を泥酔させた蓮実は,運転席に真田を座らせ,アクセスを竹の棒を使った仕掛けで発信させ,教頭の車へ激突させます。真田は後日懲戒解雇になってしまうのです。恐るべし,蓮実。。。
ここで蓮実の生い立ちについて。
蓮実は表面上は頭脳明晰で,とても人当たりの良い人間のようでしたが,中身はとても狡猾で残虐な一面を見せていました。
蓮実がまだ中学時代に両親も気づきます。ところが敏感に反応した蓮実はとうとう中学生の頃,両親を殺害してしまうのです。
次第に成長し,京都大学に進学しますが,中退してハーバード大学へ留学します。実はそこで出会ったアメリカ人の男性とともに殺人事件を何件も起こしていました。その後,日本へ戻り,英語教師として勤務するようになったのです。
そんな蓮実に不信感をいだいていたのが片桐怜花や早水圭介でした。怜花はとても感受性が高く,人の本性を見破るくらい繊細な一面を持っていました。
彼女たちは蓮実の過去を調べます。
蓮実が現在の高校へ転任する前の学校では,4人の生徒が自殺していたらしいのです。
ますます不信感を募らせる生徒たち。そして釣井という数学教師も蓮実に対して不信感を持っていました。どうやら釣井は蓮実が人気があることをよく思っていない様子で,蓮実を邪魔に思っていました。
釣井は蓮実が以前いた高校での4人の自殺について,その高校の教師に状況を聞いていました。
そのことに敏感に反応したのが蓮実でした。釣井には公にできない過去がありました。
自分の妻が,当時の灘森校長と不倫関係にありました。激情した釣井は妻を殺害。灘森に死体遺棄を手伝わせます。これで共犯関係になり,灘森は弱みを握られました。
そんな釣井を蓮実は危険だと察知したのでしょう。
釣井を尾行します。居酒屋で酔った釣井は電車の中で寝てしまいました。これをチャンスと見た蓮実は電車の吊革にぶら下げ,自殺に見せかけます。この事実に錯乱状態になった灘森の過去の事件が公になってしまい,排除されてしまいます。
このように,生徒だけでなく,教師をも殺害し,まるで学校が「蓮実帝国」のような状態にしようとしているように映りました。
全てを自分の支配下に収めたい。サイコキラーとはこのような人物なのか,それとも蓮実の性格がそうさせるのか。
蓮実は持って生まれた残虐な一面にさらに多くの経験を積んで,パワーアップしている印象を受けました。
蓮実率いる二年四組の全員が文化祭の出し物の準備のため,学校に泊まり込みすることになります。
そして嫌な予感が。。。残虐な事件が起こっていくのです。
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蓮美のクラスの生徒全員が文化祭の出し物で「おばけ屋敷」をやるということで,学校に泊まり込むことになります。とても嫌な予感がしますよね。美彌との関係が露わになるのも時間の問題と考えた蓮実は,屋上に美彌を呼び出し,自殺に見せかけ殺害しようとします。
ところがそれを目撃してしまったのが永井という女子生徒。彼女はとうとう他の生徒たちに目撃したことを話し始めてしまいます。
これが蓮実のスイッチが切り替わる発端でした。蓮実は自らが仕掛けた盗聴器より,自分の立場が危ういことに気づきます。警察にも伝わってしまっているようです。
「生徒全員を殺害する」
これが蓮実の出した結論でした。彼は監視カメラ・盗聴器,そして手に入れた散弾銃を使って生徒を次々と殺害していきます。
蓮実の首にはポケットカウンターが。一人殺害するごとにそのカウンターを押していくのです。40名もの生徒を全員殺害してしまうのでしょうか。
学校に残っていた教師たちも盾になりますが,次々と殺めていく蓮実。
ここからのシーンがとても恐ろしかったです。
蓮実はスピーカーを使い「学校に不審者が忍び込んだから屋上へ集まるように」と告げます。
もちろん生徒たちは半信半疑です。その不審者こそが蓮実自身であると考える生徒もいます。恐怖に怯え,逃げ惑う生徒たち。監視カメラや盗聴器からの情報も入れながらどんどん生徒を殺害し,カウンターの数値もどんどん増えていきます。
屋上に逃げた生徒,そうでない生徒を含め,全員を殺害した蓮実。達成感の蓮実の元へ,とうとう警察がやってきます。
ここで蓮実は警察に言うのです。
「久米という教師が散弾銃で生徒を全員殺害し,最後は自分も自殺した」
という嘘をつきます。この証言を警察は信じるのか。
何か証拠があるような気がしないですし,このまま終わるかに見えました。
ところが,蓮実の誤算が判明するのです。実は2人の生存者がいたのです。片桐怜花と夏樹雄一郎でした。
なぜこの2人は生き延びたのか。それは彼女たちは死んだふりをしていたのです。
「蓮実が全ての生徒や教師たちを殺害した」と必死で訴える2人。でもやはり決め手に欠けます。証拠がない。。。
「まさか証拠不十分で野放しにされるのか?」
って思っていたら,最後の最後にどんでん返しがありました。
決めては実はありました。「AED」です。ある生徒がこのAEDを作動させていたのです。実はAEDには録音機能があるようなんです。知らなかった。。。
つまり,蓮美が殺害中に発した言葉がはっきりと残っていたわけなんですね。
これが決定的な証拠となり,蓮実は逮捕されたのです。この瞬間はさすがに安堵しました。
蓮実という教師は,自分のためなら他人を犠牲にしても全く平気で,表の表情と裏の思惑の切り替えが恐ろしく早い人物でした。
自分自身は罪を被らずに他人に罪をなすりつけ,辻褄を合わせるように人を騙していきました。
教師という立場を利用して自分の教え子をも自分のためなら簡単に実行に移す。
これまで読んだ小説の中で一番凶悪な殺人事件でした。
それにしても,この後,学校はどうなったのだろうか。
高いIQを持つ人間だからこそ人が考えないようなことにも気づいたり,人が考えないような計画を立てることができるのでしょうか。
そして逆に他者への共感などの感情が欠落していたのでしょうか。
真犯人が「心神喪失」ということで無罪になる可能性もあるわけです。
最後の「新しいゲームの始まり」という言葉が突き刺さりました。