かつて「韓国と北朝鮮の統一」という言葉が話題になったことがありました。
五輪で「統一旗」を掲げ,共に行進する二つの国の選手団の姿。しかし最近ではその「南北統一」という言葉はほとんど聞かなくなりました。
僕自身はあまり世界史には詳しくありませんが,そもそも南北朝鮮の分断は太平洋戦争後,長年日本の植民地にあった朝鮮半島が解放された時が分岐点だったようです。
ロシア,当時のソ連が朝鮮半島の北側を占領しました。それはまずいとアメリカが朝鮮半島の南側から占領を開始したのが戦争直後のこと。
かのマッカーサーは日本だけでなく,この南側の朝鮮をも攻めたわけですね。
そして南北それぞれ独立国家を作り上げ,1950年には朝鮮戦争まで起こってしまうという,何とも皮肉な展開になってしまうわけです。
本作品は,まさにその歴史を「日本列島」に見立て,構成されています。
南北ならぬ,東西の日本がそれぞれ独立国家を形成しているというのが本作品の舞台です。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 東西に分断された日本
3.2 粛々と計画実行するテロリスト
3.3 沙希の真の目的
4. この作品で学べたこと
● 日本が東西に分かれているという架空の物語を読んでみたい
● テロリストとは誰のことで,真の目的は何かを知りたい
● 二つの国の統一について考えてみたい
1945年8月15日、ポツダム宣言を受諾しなかった日本はその後、東西に分断された。そして七十数年後の今。「バイトする気ない?」学校の屋上で出会った不思議な少女・沙希の誘いに応え契約を結んだ彰人は、少女の仕組んだ壮大なテロ計画に巻き込まれていく! 鮮やかな展開、待ち受ける衝撃と感動のラスト。世界をひっくり返す、超傑作エンターテインメント!
-Booksデータベースより-
1⃣ 東西に分断された日本
2⃣ 粛々と計画実行するテロリスト
3⃣ 沙希の真の目的
舞台は東西に分断された日本です。なぜ分断されているのか。それは太平洋戦争にあります。アメリカは日本に対し「ポツダム宣言」を要求してきました。もちろん歴史の教科書で学んだことのある宣言ですよね。
ポツダム宣言とは
1945年7月26日。アメリカ,イギリス,中華民国の政府首脳の連名において日本に対して発された全13か条で構成される宣言。
正式名称は、日本への「降伏要求の最終宣言」である。
-ウィキペディアより-
歴史的には,最後まで抵抗を続ける瀕死状態の日本に対し,広島の長崎の2ヶ所に原爆を投下されてしまいました。
そしてとうとう日本は「ポツダム宣言」を受け入れ,アメリカの統治下に入ったのです。このことは「世界で一番長い日」という小説でも描かれていますし,映画化もされいます。ところが本作品での日本は,このポツダム宣言を一度は受け入れなかったという設定になっています。さらに最終的には「新潟」にまで原爆が投下されたという事態になってしまいました。
これで日本は降伏したという仮想的な設定です。現在の日本の構成とはもちろん異なります。日本の東側からはソ連が侵攻してきました。また西側はアメリカが統治するのです。これにより,日本は東西に分断されてしまったのでした。
西日本共和国と東日本連邦皇国。まるで韓国と北朝鮮のようですよね。しかも,東西を分断する「壁」まで作られます。西側は群馬,埼玉,東京。東側は栃木,茨城,千葉の県境に何百kmにも及ぶコンクリート製の大きな壁が作られたのです。
「ベルリンの壁」を思い出しました。これらが本作品の時代背景と現状です。
ここで西側の高校に通う一人の青年が登場します。酒井彰人と言います。彼はある日屋上にいました。ただ,学校の校舎の屋上に立ち,なぜか今にも飛び降りようとしていました。かなり自殺願望の強い人物のようです。
そこに一人の少女が現れます。佐々木沙希という,同じ学校に通う女子高生です。彰人の行動を止めようとしたわけではないですが,東西日本のことを話し出します。
さらに沙希は意外なこと口にします。「そうだ,君さ,バイトする気ない?」
沙希が彰人に声をかけた理由は「どんな危険なことでも躊躇することなくできる人」だったからのようです。ある日「アルバイト」と言えるのかわかりませんが,沙希はとんでもない行動に移します。何と現金輸送車を襲い,大金の入ったジュラルミンケースを奪い,車で逃走するのです。
ただ,大金はこれだけではありませんでした。すでのあるものも含め,全部で「30億円」あります。実は沙希は「四葉グループ会長」でもあるというのです。だからこれだけの大金があるんですね。
しかし一体,この大金を何に使うというのでしょう。相当大きな取引がありそうな気がします。
一方,東西それぞれの国では「統一」へ向けて動いていました。
西日本の二階堂大統領と,東日本の芳賀書記長が会談を行っていました。「東西統一」へ向けて。しかし,統一とはとても難しいという印象があります。それぞれの国が一気に同じ仕組みにできるとは思えないですから。ましてや二人のトップたちはお互いを牽制し合ってなかなか交わらない気がします。
どうも統一はあくまで理想であって,現実的には難しいのかなと思わせられるような感じです。その証拠に,東日本は少しずつ侵攻しているという情報が西側に入ってくるのです。
これでは統一どころではなく,ますます警戒して両国の距離感は離れていきそうでした。
沙希は何やら取引をしようとしているようです。相手は鈴木という男で,取引するモノが何と「核」です。つまり沙希は30億円でこの「核」を購入しようとしていたのです。そしてそこに別の人物が現れます。東日本の用賀という人物です。沙希は鈴木が運んできたトレーラーが間違いなく本物の「核」であり,それを東日本へ提供しようというのです。
まさか,沙希自身がテロリスト? だから屋上のテロリストってタイトルだったのか?
西日本の人間が,東日本の軍部へ核を提供するなんて。。。沙希は本当に西日本を攻撃させようとしているのでしょうか。
しかもこの核が,広島,長崎,新潟(もちろん新潟は架空の設定)に投下された3つの原爆を合わせた以上の威力を持っているようです。
まさか「統一」の裏でこんな取引が行われているとは思わない西日本の二階堂大統領。
「本当に芳賀書記長は統一するつもりがあるのか」
と完全に疑心暗鬼になっています。
ところが東日本の状況もおかしくなりつつありました。東日本の軍の最高司令官である久保元帥がクーデターを起こそうとしているのです。書記長である芳賀も実は西日本と久保との間で辛い状況のようです。ということは,沙希が取引していた「核」というのは,東日本の状況と関係があるのかもしれません。実際,沙希はこの後,久保元帥と会談をします。東日本の軍部は芳賀書記長に対してかなりの不満を抱えていること。
東日本には「宮内卿」がありました。その宮内卿は直々にこの久保を陸軍総司令官として認めているというのです。
宮内卿とは
令制の太政官八省のうちの宮内省の長官。天皇や王族に関する庶務を担当する
逆に言えば,司令官の久保も宮内卿には頭が上がらないというわけですね。沙希は東日本になぜ「核」を使わせようとしているのか。
いや,もしそんな先制攻撃をすれば,バックアップしているロシアや中国も東日本の肩をもつわけにはいかない。では一体沙希は何をしようとしているのでしょうか。
どうやら,逆に西日本に「核」を使わせるつもりだというのです。そうすれば大義名分が生まれ,東日本もそれに応援できると。先に核を使用した方が責められるというわけです。
沙希が国の軍部のトップと直接交渉するなんて,沙希は只者ではない,行動力と交渉力の強さを感じます。そのために,中止の方向になっていた「大晦日の両国の会談」と実現するように進言するのです。そして久保とは別に,ある老人とも会って話します。沙希は「メル友」とか言ってますけど,誰なんでしょうか。老人は言います。
「あなたのやっていることは,とても大事なことです」
ん~,ますます沙希の意図がわからなくなってきた。。。何が大事なことなの? 沙希はテロリストではないの?
そんな時,西日本の大統領へ脅迫状が届きます。
改造型天然痘ウィルスにつき,慎重に取り扱うこと
我々はこのウィルスを大量に所持し,すでに日本各所に配置している
これが本当かどうかウィルスの一部を散布する
我々の力を確認していただいたのち,二階堂大統領に要求を伝える
-本文より-
天然痘って聞いたことあります。紀元前から猛威を振るったことがあるウィルスのことですよね。
天然痘とは
オルソポックスウイルスに分類されるウイルスで、ヒトのみに感染します
しかし,WHOによる天然痘根絶計画により1977年ソマリアにおける患者発生を最後に地球上から天然痘は消え去りました。
その後2年間の監視期間を経て、1980年5月WHO は天然痘の世界根絶宣言を行いました。現在にいたるまで患者の発生はみられませんが、今後はバイオテロなどに使用される危険性が指摘されています。
-厚生労働省 検疫所サイトより-
なるほど,自然界には存在しないはずだけど,今回みたいに「テロ」で使用される可能性はあるのか。この脅迫に,大統領は西日本の危機を感じます。ただ,調査により,ある「洋館」が怪しいと踏むのです。
二階堂はこの洋館がテロリストの拠点だと踏み,攻撃するように指令を出します。そして洋館は破壊されるのでした。実はここには沙希と彰人もいました。危機一髪,車で逃げ出していたのです。
そしてとうとう大晦日。約束の会談の日を迎えることになります。
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2017年12月31日。会談の日を迎えました。
会談の場所は新潟県にある「日本国家友好会館」です。ここは東西の閣僚級の会議が行われる時のみ使用される場所。「友好の間」に集まった二階堂大統領と芳賀書記長たち。
それにしても,この日に何が行われるのでしょうか。今の状況だと,とても「友好」という感じではないような気がします。お互い武力を行使しようとし,完全に疑心暗鬼のままの会議が,果たして何の意味があるのか。
そんな時,驚くべき情報がこの友好の間に飛び込みます。何と東西を隔てる「壁」が壊され始めているというのです。
二階堂大統領は「書記長これはどういうことだ」と叫びます。が,芳賀書記長も訳が分からない様子。
さらに映像を観ようとしますが,公共放送が全面停止,つまり,テレビも映らないから状況もわからない。
そして巨大なモニターに,一人の女性が映し出されます。そうです,セーラー服を身にまとった沙希でした。
沙希は,今回のテロの首謀者が自分であることを両国の閣僚たちの目の前で宣言したのです。
「こんな少女がテロの首謀者だと?」両国のトップは驚きを隠せません。
そして沙希は大統領たちに対して要求するのです。
『私は東西日本の統一を要求します』
大統領たちは,国の統一はそんな簡単にできるものではないと主張します。だからこれまでこの友好の間で何度も会談を重ねてきたわけです。
ただ,統一のためのにどのくらい意味のある会談だったはわかりませんが。さらに沙希は大統領に対して訴えます。「ドイツはどうでしたか? あの国は一夜のうちに一つになりました」
確かに,ベルリンの壁の崩壊の話は,須賀しのぶ先生の「革命前夜」でも描かれていますよね。
ベルリンの壁崩壊とは
1989年11月9日、東ドイツを率いる社会主義統一党のスポークスマンだったギュンター・シャボウスキー。
記者会見の場で、これまで厳しく制限してきた西ドイツへの出国を大幅に緩和すると発表しました。
「すべての東ドイツ国民に、東ドイツからの出国を認める」と発言したのです。
しかし,東ドイツ政府側にはそんな考えはありませんでした。
外国旅行の自由化を決議した事実はありましたが、旅行の自由化はベルリンの壁からの出国を除く決議でした。
東ドイツ政府は、すべての国民の自由な出国など認めるつもりはなかったのです。
-TABIJINサイトより引用-
つまり,シャボウスキーの勘違いによって,一気に東西ドイツは統一へ向かったのです。
確かに,一人の人物の一言がここまで歴史を変えてしまうこともあるのか。。。
なるほど,沙希はその一夜で統一というXデーをこの大晦日に持ってきたわけです。しかし苦悩する二階堂大統領。そんな簡単にここで統一を宣言してもいいのだろうかという表情。
ここで意外な事実が沙希から明らかにされます。実は「天然痘」は偽情報でした。人間には感染しないように遺伝子操作されたものだったのです。
究極の緊張感の中にいた二階堂は,この事実を知り,何か憑き物がとれたような感じになります。もしここで統一を宣言しなければ,東日本でクーデターを起こしている久保元帥たちとの全面戦争になってしまう。そして,テレビカメラが二階堂大統領と芳賀書記長を映し,これが東西日本に流れます。
かつて悲劇的な戦争によって二つに切り裂かれたこの国は,2018年元旦零時をもって,再び一つの国になることをここに宣言する
この放送が全国に流れ,二階堂と芳賀が握手する姿が映し出されるのです。そしてこの瞬間にミサイルが打ち上げられます。そして空が紅く燃え上がるのです。
何とあの「核」だと思っていたミサイル。実は20尺玉の巨大な花火だったのです。東西両国の統一を祝う,まさに「祝砲」でした。そして三ヶ月後,彰人は卒業を迎えました。滝山高校の屋上にいました。そこに久しぶりに沙希もやってきます。二人とも無事に卒業できそうです。
最後に沙希は彰人に向かって「リボルバー」を向けます。「やり残したことをやろうか」
あっ,これが表紙の絵のシーンなのか。。。彰人は自殺願望があったからその続きをやるというのです。
しかし彰人は,もうかつての彰人ではありませんでした。しかも何かを沙希に伝えたかった。
「会いたかった」と。そして夕暮れの中,手を繋いで歩いていくのでした。
今回の東西の日本というのは架空のものですが,歴史的に見れば,ひょっとするとこういう独立国家を形成していたかもしれない,と思いました。
「統一」ということばが時々登場しますが,もし今の日本が東西に分かれていたら,それぞれの国民は何を思うのだろうと考えさせられました。
当然,今の生活に慣れてしまっていますから,そんなことを考えたこともありませんでしたけど,元々同じだった日本に住む人々からすれば,統一というのは大きな意味のあるものなのかなと思います。
あの「ベルリンの壁」が崩壊した時の,両国民が声を上げ,嬉しそうな表情で興奮し,離れ離れになっていた人々が抱き合って喜んでいる姿がどうしても忘れられないです。
日本が一つの国家で,そして平和であることに感謝したいと思います。
● 東西に分断された日本のシミュレーションをしているのが面白かった
● 二つの国が統一することについて,深く考えさせられた
● 今の日本が本当に平和な国であることを改めて感じた