角田光代先生の作品を初めて読んだのは「八日目の蟬」
女性の気持ちを完全に理解できていない僕にとってはとても難解な作品ではありました。
今回の作品は「直木三十五賞」受賞作です。
裏表紙の説明書きを読んで,「やっぱり女性の人間関係の話かぁ」と思いながら,それでも購入してしまって読みました。やっぱり直木賞作は気になりますよね。
いつも思うのは,やはり女流作家さんの描く世界というのは本当に独特である,というよりは男性にはわからない世界があるのだ,ということです。
今回も「女性の考え方というのはとても繊細なんだなぁ」って思いながら読みました。
「人と人との絆って,どうやって生まれるのだろう」ということも考えさせられる作品でもあります。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 専業主婦の小夜子
3.2 葵の高校時代
3.3 小夜子と葵の絆
4. この作品で学べたこと
● 専業主婦である小夜子と,社長の葵の関係を知りたい
● 高校時代の葵に影響を与えた人物を知りたい
● そもそも人と人との絆はどうやって生まれるのかを考えてみたい
いじめで群馬に転校してきた女子高生のアオちんは、ナナコと親友になった。専業主婦の小夜子はベンチャー企業の女社長・葵にスカウトされ、ハウスクリーニングの仕事を始める。立場が違ってもわかりあえる、どこかにいける、と思っていたのに……結婚する女、しない女、子供を持つ女、持たない女、たったそれだけのことで、なぜ女どうし、わかりあえなくなるんだろう。女性の友情と亀裂、そしてその先を、切なくリアルに描く傑作長編。第132回直木賞受賞作。
-Booksデータベースより-
田村小夜子・・主人公。主婦だったが,葵の下でパートを始める
楢橋葵・・・・プラチナ・プラネットの社長。小夜子とは同い年
野口魚子(ななこ)・・・葵の高校時代の友人
田村あかり・・小夜子の娘
田村修二・・・小夜子の夫
1⃣ 専業主婦の小夜子
2⃣ 葵の高校時代
3⃣ 小夜子と葵の絆
本作品は二つの視点で構成されています。
一つは,田村小夜子の主人公の視点。もう一つは,楢橋葵が学生時代の話です。
まずは,田村小夜子の視点から。
田村小夜子は娘のあかりを連れて,毎日公園で遊ばせながら過ごしている主婦です。
仕事をしていて,いろんな大変なことがあると,家でのんびりしたいという気持ちも湧いたりして羨ましく思うこともあります。
でも主婦には主婦の悩みというものもあるのかもしれないですね。
確かに小夜子を見ていると,どうも毎日を楽しめていない感じがするんですよね。
人付き合いが得意だったらいいのかも知れないけど,どのグループにも属することなく,公園を渡り歩いているという生活を送っています。ある日,広告を見て,小夜子はパートを始めることにします。プラチナ・プラネットという会社で,楢橋葵という女性が社長をしていました。
仕事自体は,汚れた家を掃除するというような「ハウスクリーニング」とでもいうのでしょうか。
中里典子という,掃除のスペシャリストみたいな女性に指示されながら家を掃除する小夜子。
普段,自分の家を掃除する以上に汚れているのを綺麗にしなければならない。
しかし,思いのほか,小夜子はこの仕事に打ち込んでいる様子。同い年の社長と一緒に働いている小夜子は,何か専業主婦をやるよりも生き生きしているようにも思えます。
しかし,夫の修二はこの仕事に疑問を持っているようでした。自分が仕事をしているわけだ
から,わざわざ身を削ってする仕事ではないと。
姑も同じ考えのようです。それでも小夜子はこの仕事を続けるのです。何か意地みたいなものも感じます。
人付き合いが苦手そうな小夜子でしたが,この会社で同じようにパートをしている女性人たちからは評価が高いみたい。
葵は自宅に小夜子を呼んでパーティのようなものを開きます。ただ,意外とみすぼらしい感じの葵の家に少々驚いていたようでした。社長だけど,そんなに稼いでいるというわけではなさそうなんですね。
ただ少しずつですが,葵は小夜子と意気投合しているようです。
これまで専業主婦をやっていた自分とは全く正反対の何かに背中を押されている感覚とでもいうのでしょうか。
やっぱり小夜子は生き生きしているようです。
仕事に幅を持たせようと,小夜子たちはチラシを作って,お掃除代行業務を世間に広めようとしていました。
ただ,同じ仕事仲間からは不満が出始めていました。
それが仕事自体に,というよりは,葵の考え方に異を唱えている感じ。社会ではよくある話ですよね。社長なのか,部長なのか,課長なのか,誰かが決断したことに対して文句を言うことってよくありますもんね。
人それぞれ,考え方が違うのは「あるある」だし,それが「社会」と言っても過言ではないと思うし。どこにでもある話です。
ある日,小夜子の娘あかりの通う保育園の運動会がありました。そこに何と葵がやってくるのです。一体,何のために。何か違和感あるなぁ。
なぜ来たかというと,掃除代行の注文が初めて取れたということを報告するために,わざわざ運動会にまでやってきたのです。
何かここに葵の強烈な性格を感じます。何か周りが見えてないというか。
ま,嬉しかった葵の気持ちはわからなくもないんですけど。。。
それでも小夜子は抱き合って葵と喜びます。
そして葵はそのお祝いということで,娘のあかりも連れて一泊旅行をしようと言い出します。
これにはさすがに迷いを見せた小夜子でしたが、熱海へ葵と三人で向かいます。
海にやってきた三人はここで楽しみますが,小夜子の中に何かしらの疑問が出てきます。
「葵は,親子がこの後,自宅に戻って夜食を食べるということを考えずに誘ったのか」
今頃そう思ったか,と言いたくなりましたが,小夜子はこの葵の直球行動に疑問を抱くのでした。
葵は「一泊くらい大丈夫でしょ」くらいの気持ちです。
小夜子はそれはできないとやんわりと言いますが,葵は不機嫌になり,とうとう怒り出します。
そして目の前で誰かに電話をかけ,別の人に熱海に来るように誘うのです。
ん~,なんだろ。これが女性と女性の関係で,この微妙なすれ違いだけで仲が悪くなってしまうものなのか?
こういう価値観や環境の違いって,相手からすると自己中に映ったりするんですよね。
話は葵の中学時代に遡ります。
中学時代にイジメられていた葵は引っ越すことになりました。
転校してイジメから解放されたいと思っていた葵。横浜から群馬へ家族で引っ越しします。ただ,この頃の葵というのは先に書いた未来の葵とは違う。堂々としていない,何か内気な感じの葵で意外でした。
転校して高校生になった葵は,高校時代はイジメられないように生活して,クラスにも溶け込みたいと思っているようです。
ここで葵にとっての重要人物が現れます。野口魚子(ななこ)という女性です。
彼女はクラスのどのグループにも入らず、何か嫌味なことを言われても,どこ吹く風くらいの堂々とした女性。
ある日,葵は魚子に声をかけられます。そして徐々に仲がよくなっていきます。
帰り道、魚子に声をかけられ、半ば強引に家についてこられた葵でしたが、この日を境に2人は親しくなります。
しかしまるで,対照的な二人。葵はイジメられないように生活し,魚子は気の赴くままに生活しています。
葵は学校では魚子とは関わっていないのです。それは「魚子と仲良くしていると,自分がイジメられる」と直感的に判断していたのです。
それを知っているのか知らないのか,やはり魚子にはどうでもよかったようです。
むしろ魚子は「わざと自分に話しかけてこない葵」に気づいていた感じもするんですよね。魚子の強さを感じます。
しかし,学校が終われば2人は仲良く河原へ行き,お互いのことを話すことが日課になっていました。
暗い学校生活を送る2人でしたが、夏休みが始まります。
ある夏休みの頃,葵と魚子はお互いの母親を説得し「ペンション・ミッキー&ミニー」という所でで住込みのアルバイトをすることにします。
二人が自己紹介をするや否や,オーナーの真野亮子は二人にいきなり掃除の仕事を与えます。
最初は大変だと思っていた住み込みのバイトも,5日ほど経つと徐々に慣れてきます。
そして亮子といろいろなことを話しながら,二人に芽生えてきた気持ちが「帰りたくない」というものでした。何か学校生活の鬱屈した生活とは異なる,とても刺激的な生活に心を奪われてしまったようです。
そして,バイトが終わっても,これまで稼いできたお金を元手に,ラブホテルを転々とするという生活をするようになります。
彼女たちは,学校生活,自分の親と一緒に過ごすという「現実」から逃げている感じもしました。
次第に,二人のお金はどんどん減っていきます。そしてまさかの出来事が起きるのです。
お金を稼ぐのにも疲れてしまった2人は,何と一緒にビルから飛び降りるのです。
幸い,葵は助かります。しかし魚子の存在が不明です。探してもなかなか辿り着けない。
葵は疑問に思います。なぜ,魚子に会えないのか。ただ会えないのか,それとも魚子は。。。
必死で魚子の所在を確認しようとする葵。
一体,魚子はどうなってしまったのだろうか。
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熱海で離れ離れになった小夜子と葵。お互いの関係に亀裂が入ったように見えましたが,葵は全く気にしない様子で小夜子と接します。
小夜子のパートの連中と話せば葵の悪口ばかり出てくるようになってきた小夜子は何を思っているのか。実は小夜子は知っていたことがあります。
葵が高校生時代に友人とビルから飛び降り事件を起こしたことです。
これは偶然だったようですが,小夜子の記憶にはその時の二人の行動が鮮明に残っていたようです。
「レズビアンの悲しい無理心中」のようなタイトルで新聞や世間を賑わした事件を知っていたのです。あの時,葵と魚子はどうなったのか。実は魚子は生きていました。
話の流れから「実は亡くなっているんじゃないの?」って思いましたけど,葵は再び魚子と出会うのです。
しかし,そんな日も長くな続かず,魚子は別の土地へ引っ越してしまうのでした。
葵に対し,少しばかりの怒りを感じていた小夜子は,この「過去の事実」をわざと言い出します。
「あぁ,あなたもあの話を知っていたのね」
葵はそれこそどこ吹く風です。「だから何なの? みたいな」
まるで,かつての魚子が葵に乗り移ったような感じ。。。
後日、小夜子が出社するとプラチナ・プラネットのパートのほとんどは退職していました。
その流れで,小夜子も仕事を辞めることにします。
やはり,熱海での一件が尾を引いているようでした。ところが,ここからが意外な展開になります。
仕事を辞めて専業主婦に戻った小夜子。どういうわけか葵に会いたいと思うようになります。
そして葵の自宅を訪ねるのです。う~ん,なぜ小夜子は葵と再び会おうと思ったのか。確かに会いたくなったからではあるんだろうけど。。。
葵と再び会った小夜子は「もう一度会社を立て直そう!」と話し始めます。
そして,小夜子と葵は再び同じ目標へ向かって突き進んでいくのでした。高校時代の葵と魚子の関係。それが年を重ねていくうちに,葵自身がかつての魚子のようになっている印象を持ちました。
いろいろな辛い経験を積んだことで,葵自身の心境にも変化が現れ,会社を起業しようとしたのかなとも思いました。
そして,昔の葵の引っ込み思案なところが,今の小夜子と同化しました。
共通するのは,高校時代の葵と魚子の絆,現在の葵と小夜子の絆が同じくらい強く感じたところです。
本作品には「あなたがいれば何でもできそうな気がする」という言葉が何度か登場します。
かつての葵も,そして現在の小夜子も,パートナーの存在のお陰で同じように「何でもやってやる」という気持ちになったのかなって思いました。
人って,合う合わないってありますよね。
合う人っていますよね。そしてその人物と一緒なら何でもできそうな気がするってこともわかるような気がします。実際,今生きていてそう感じることがありますから。何か同じ目標に向かって行動した時に感じることができるもの。
人と人との絆って簡単に言いますけど,実際には「自分を生かせてくれるもの」なのではないかと考えさせられました。
● 人間関係の複雑さはどこの世界にもあるもの
● 絆が生まれる瞬間って,どういう時だろう
● 高校時代の葵と魚子,現在の葵と小夜子の似ている部分