かつて「ガリレオ」がテレビでブームになったことがありましね。
東野圭吾さんの「ガリレオシリーズ」の長編作品で,直木賞受賞作です。
同シリーズの長編作品としては「聖女の救済」や「真夏の方程式」がありますね。
目次
1. こんな方にオススメ
2. 作者の経歴
3. エドガー賞ノミネート
4. 登場人物
5. 本作品 3つのポイント
5.1 天才数学者 vs 天才物理学者
5.2 大切な人の気持ちを理解すること
5.3 真の「献身」とは
6. この作品で学べたこと
● 本作品の事件のトリックに興味がある
● 天才数学者と天才物理学者の対決を見てみたい
● 真の「献身」とは何かをこの作品を通して考えたい
天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、2人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。ガリレオシリーズ初の長篇、直木賞受賞作。
-Booksデータベースより-
1958年生まれ 大阪府立大学工学部卒業
電気メーカーへ就職後,執筆活動を行う。
これまで出版された作品は100作品ほどあります。
主な受賞歴
江戸川乱歩賞(放課後)・日本推理作家協会賞(秘密,天使の耳)・吉川英治文学賞(祈りの幕が下りる時)・直木三十五賞(容疑者Xの献身)・柴田錬三郎賞(夢幻花)など
「ガリレオシリーズ」というとテレビでのシーンが印象的で,物理学独特のさまざまな現象をトリックに使うという趣向の作品でした。
また,優秀な推理小説作品に与えられるアメリカ探偵作家クラブの「エドガー賞」にもノミネートされました。エドガーというのは「エドガー・アランポー」のことで,江戸川乱歩がその名前をもじって,自分の名前にするくらいの巨匠です。
残念ながら,エドガー賞を受賞することはできませんでしたが,そのくらい評価された作品だったのだと思います。
湯川 学・・・天才物理学者。親友の石神哲哉のトリックを暴く
石神哲哉・・・高校数学教師で,天才数学者と言っても過言ではない人物
花岡靖子・・・弁当屋「べんてん亭」の従業員で,石神の隣に引っ越してくる
花岡美里・・・靖子の娘
富樫慎二・・・靖子の夫。美里と血は繋がってない
この作品は,ある女性が殺害した男を,隣人であり数学教師である「石神哲哉」が隠蔽工作を行い,ガリレオこと「湯川学」と対決するという面白いストーリーになっています。
1⃣ 天才数学者 vs 天才物理学者
2⃣ 大切な人の気持ちを理解すること
3⃣ 真の「献身」とは
ただ,今回の作品は物理学の現象にはスポットを当てず,むしろ人情的な作品だったのではないでしょうか。
まず,数学教師の石神が住んでいたアパートの隣人である靖子が,娘に暴力を振るおうとした元夫を殺人するシーンから話は始まります。
石神がその騒動に気づきます。「この後は自分に任せろ」と言うのです。
石神は隠蔽工作を思いつきます。
そして彼に疑いを持った警察が動き出してようやく「湯川」が登場します。
しかも石神と湯川は大学時代の同級生で,親友でありライバルでもあるということの作品の面白さを倍増させてくれます。
「天才数学者 vs 天才物理学者」
しかし湯川は徐々に石神に不信感を抱き始めるわけです。石神の作ったトリックを湯川が解き明かすことができるのか,というのが大きなポイントです。
石神はとても論理的な考えの持ち主です。
しかしそんな彼は罪を犯してしまいます。
靖子の犯罪を隠蔽するという行動に出るのです。
赤の他人を殺害し,靖子の元夫の死体をカムフラージュしようとするわけです。
石神は演じます。靖子にストーカーしているふりをすることで,湯川に疑いを持たれても大丈夫なように「保険」をかけます。
完全に石神の計算でした。
靖子の元夫を殺害したのはこの石神であると。湯川よ,俺(石神)を疑え,と。
石神の思い通りに警察の捜査は靖子ではなく石神自身に向きます。
逆に湯川は石神の真意に気づきます。さすが湯川学!
ただ,いくつもの防御策も想定した石神のトリックが,彼の「想定内」通りにストーリーが流れました。
石神はいろんな仮説を立ててました。
人間の心理,行動,そして万が一に備えての防御策。
仮説を立てて,それを実証するというのが湯川の得意なところです。
だから石神の真意にいち早く気づいたのだと思います。
いや,それが少し遅かったような印象もあります。
石神は心の中で勝利を確信したでしょう。
ここから先は実際に作品を読んでほしいと思います!
驚愕のトリック,湯川の敗北感が描かれています。
※ネタバレを含みますので,見たい方だけクリックしてください!
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「献身」を辞書で引くと「自分を犠牲にしてまで他人に尽くすこと」とあります。
みなさんにはそんな経験がありますか?
「自分の親を献身的に介護する」とか「命を救うために献身的に看病する」といったような言葉は聞いたことあります。
教師をやっている僕自身が,学生が資格に合格できるように「献身的に対策をする」という言い方はしたことがありません。
つまり「献身」とは,それ相当な覚悟をもって行動しているということになります。
この作品の「献身」って何だったのでしょうか。
容疑者Xとはもちろん石神のことで,その石神が献身しているわけです。
誰のために?
石神の隣に引っ越してきた靖子のためということになるでしょう。
命をかけるほどの覚悟と同等のもの,それは,靖子の犯罪を隠蔽し,石神自身が逮捕されることだったわけです。
ではなぜ石神はそこまで献身できたのか。
石神は人生に絶望してました。
ある日彼は自分の部屋で命を絶とうとしていたんです。
しかしその瞬間に靖子がドアのベルを鳴らしたわけです。
石神にも何か「生きがい」みたいなもの芽生えたんじゃじゃないでしょうか。
それは恋愛感情とも違う,何か特別のもの。
彼は靖子親子に精神的に救われていたんだと思います。
ある意味,命を救われたとも言えるかもしれないです。
だから彼は命をかけてまで靖子を護ろうとしたのだと思います。
全ての罪を被ってまでも護りたかった。
それが石神哲哉の「献身」だったのだと思います。
しかし,それは正しかったのでしょうか。
どんなに大切な人のためとはいえ,人を殺めてはいけないわけです。
靖子の元夫は確かに金を無心しにくるひどい夫で,靖子に対して同情もしてしまう部分もあるとは思います。
でも身代わりになったホームレスの人はどうでしょうか。
彼には生きる価値がない人間だったのでしょうか。
石神はそういう人間を選んでしまったのだと思います。
結果的には,石神は自分の欲求を満たすため,罪もない人間を殺めてしまったのです。
自分に大切な人間を救うことにばかり気持ちがいってしまい,人として大事なものがおざなりになってしまったのが石神の欠点だと思います。
だから最後の最後に靖子が「自分も罪を償う」と拘置所に駆けつけてくることまで想像できなかった。
石神の欠点は,一番大事な人の心の変化まで読めなかったことなのだと思います。
以前,数学者の「藤原正彦」さんの講演会を聴いたことがあります。
彼はこんな話をしてくれました。
「もし,あなたがコンビニで万引き犯を見つけた時,どうしますか?」
そこから先はその人の情緒が現れるという話が出てきました。
ある人は,「万引きなんだから,警察に通報しないといけない」と思うかもしれません。
でもそう思わない人もいると。
「あぁ,万引きをするくらい貧しい人なんだろうな。見逃してあげよう」
こう思う人もいるのです。みなさんはどちらですか?
結局,同じことが起こっても人によって考えることは異なるわけです。
石神は,靖子たちに「すぐに警察に行きましょう」とは言わず,「ここは僕に任せてください」と言ったわけです。
一見,後者は利他的にも取れます。しかし,実際は違うんですよね。
石神の描いたストーリーは,結果的には自己中心的だったのではないでしょうか。
● 人は命を救われたと感じると,その人に尽くしたいと考える
● 同じ事態が起こっても,その人の「情緒」よって行動は異なる
● いくら他人のために犠牲になるとはいえ,目的が自己中心的であれば,それは真の献身とは呼べない
この作品を最後まで読んで,石神の何が良くなかったのかを考えさせられることで,学ぶことも多かったかなと思います。
是非,ご一読を!!