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【告解】薬丸岳|加害者と被害者遺族の複雑な思い

告解

もし自分の身内が交通事故に遭い亡くなってしまったら。。。普段は想像することもないです。

本作品を読むと「一体,自分は不測の事態になった時,何を思うのか,どういう行動をするのか」ということを深く考えさせられます。

日本において,一年間の交通事故死者の人数は約3000人,そのうち三分の二が65歳以上の高齢者という実情があります。

僕自身の親もその年齢に達しているので,決して他人事ではないのだと思います。

本作品は,加害者,被害者遺族,加害者関係者がどういう思いで一人の「死」に向き合うのか。これは作者である「薬丸岳」さんからのメッセージのようにも思えました。翔太と二三久翔太という青年が,ある女性を車で轢いてしまいます。その夫である二三久と翔太との間の意外な結末に驚かされる作品となっています。

こんな方にオススメ

● 本作品での事故が一体どういうものだったのかを知りたい

● 加害者や被害者遺族が事件後どんな人生を送ったかを知りたい

● 「告解」とは何かを知りたい

作品概要

深夜、飲酒運転中に何かを撥ねるも、逃げてしまった大学生の籬翔太。翌日、一人の老女の命を奪ってしまったことを知る。罪に怯え、現実を直視できない翔太に下ったのは、懲役四年を超える実刑だった。一方、被害者の夫・法輪二三久は、ある思いを胸に翔太の出所を待ち続けていた。贖罪の在り方を問う傑作。
-Booksデータベースより-



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主な登場人物

籬(まがき)翔太・・主人公。交通事故を起こしてしまう

法輪二三久・・・交通事故で亡くなった君子の夫

法輪昌輝・・・君子の長男。翔太に激しい憎悪を抱く

法輪君子・・・交通事故で亡くなる

栗山綾香・・・翔太が付き合っていた女性

本作品 3つのポイント

1⃣ 母親を襲った交通事故

2⃣ 加害者・被害者遺族の人生

3⃣ 「告解」の真意とは

母親を襲った交通事故

籬翔太は,友人と三人で居酒屋で飲んでいました。翔太は綾香という女性と付き合っていましたが,何かかうまくいってない様子でした。

帰宅した翔太は綾香から「家に急いできてほしい」と言われ,車で綾香の自宅へ向かいます。

居酒屋にいたわけですから,もちろん飲酒運転です。

そしてとうとう翔太の人生を大きく左右する事態が起こってしまいます。それが冒頭でも書いた交通事故です。老女を轢いてしまうのです。翔太,飲酒運転で轢き逃げその老女は法輪君子と言いました。引いた瞬間の叫び声,そしてバックミラーに映った赤色の信号。完全に翔太の過失です。

ところが翔太はここで偽りの証言をしてしまうのです。確かに何かを轢いたということは認めました。ただ,信号は青であったこと,そして人ではなく犬か猫などの動物を轢いたと思い込んだと言ってしまうのです。

法廷でも翔太は偽りの証言をしてしまいます。正直に話してしまえば罪がさらに重くなると思ったのでしょうか。

被害者遺族の怒りは収まりません。特に君子の長男である昌輝は絶対に許さないと。

君子には夫の二三久がいました。認知症っぽくなっていた二三久は法廷に顔は出さないというのです。

ここがよくわからないところでした。自分の妻を殺害されたわけですから,昌輝のように怒りが収まらないのかと思いきや,意外と冷静なのです。なんだろう。何か裏があるのか。それとも心の奥底で復讐を狙っているのか。昌輝は怒り,二三久は冷静その疑問は,最後の最後に明かされます。

翔太に言い渡された判決,それは「懲役四年の実刑判決」でした。

これってどうなんでしょう。翔太は飲酒運転,過失致死なんです。その結果がこの程度の実刑で終わってしまうものなのか,正直驚きました。もっと重刑が課せられると思いました。

当然納得のいかない被害者遺族。自分の母親は亡くなり,加害者は生きているわけですから。懲役四年の実刑判決多くの小説でこのような場面は何度も読んできましたが,やはり被害者遺族の気持ちは永遠に納得のいくものではないのかなと思います。

例えその判決が「死刑」だったとしても。

刑務所に入った翔太。そして四年の年月が流れていくのです。

加害者・被害者遺族の人生

加害者となった翔太。刑務所に入り,話は四年後に飛びます。

とうとう翔太は出所することになるです。よくこの手の作品を読むと,同じ名前のままだとすぐにバレてしまって,生活するのも大変であるということを聞きます。出所する翔太特に現在はネット社会ですから,名前で検索すれば一発で居所や,最悪は顔写真までもが載ってしまう世の中です。

籬(まがき)という名前はとても特徴があるので,特にバレやすいと思うんですが,彼は償う気持ちからなのか,その名前のまま生きていきます。

しかし現実はそう甘くはありませんでした。仕事をしようにも何社受けても通らない。そして,翔太の両親は離婚し,父親はとうとう亡くなってしまいました。

葬儀に出た翔太は,実姉の敦子からも「あんたのせいで私たちは不幸になった」と言われる始末。翔太に当たる姉と,翔太を思う母唯一,母親だけが翔太のことを思っているようでした。因果応報,これが現実なんですね。

翔太は思うのです。「死んだのが父親ではなく,自分だったらよかったのに」と。

そして君子の夫である二三久は,翔太の出所を知ることになります。

二三久はどうするのか。それがどういうわけか,翔太が密かに暮らしている住所を探偵に調査依頼をし,同じアパートに一人で住むのです。

ん? 一体,二三久は何を企んでいるのか。冒頭から書いているように,何か翔太の命を狙っている感じもしないんですね。

でも何か目的はあるのだと思うんですが,それが何かわからない。翔太と同じアパートに住む二三久殺意を感じないように見せかけて,実は粛々と復讐を企てているのか。。。

二三久は「山田」と名乗り,翔太,そして綾香に近づきます。そして同時に認知症も進んでいくのです。

近くに誰がいて,誰と話しているのか,君子はすでにいないのに君子がどこにいるのかと考え込んだり,二三久の真の目的とは反対に自分の意識も遠ざかっていく。

彼の真の目的は達成されるのか。そしてそれは何なのか。タイムリミットは着実に迫っているようです。

そしてとうとう,二三久の真意を知ることになるのです。

「告解」の真意とは

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認知症が進み,昌輝が父親を自宅に引き取ろうとしますが,二三久は家を出て,元のアパートに戻ってくるのです。

しかし,体力を消耗し,薄れゆく意識の中,綾香の勤める病院へ入院します。

昌輝は驚愕します。一体,父親は何を考えているのか。何をそこまで翔太にこだわっているのか。

しかも二三久は「翔太に会わせてほしい」とお願いするのです。復讐なのか,それともそれ以外の何かなのか。。。

翔太はその思いを知り,とうとう二三久と向き合うことになります。翔太は面と向かってこう謝罪するのです。 謝罪する翔太自分は父を亡くしたが,それ以上にあなたには苦しみや悲しみを与えてしまった。だからこのナイフで,あなたが成し遂げたかったことを僕にやってください」と。

これが翔太が初めて被害者遺族への思いを打ち明けた瞬間でした。それを聞いた二三久は「翔太と二人にしてくれ」と言います。

ここで,二三久は思ってもないことを口にします。

苦しいだろう・・・苦しいないか,自分の心を偽ることが

こう,二三久は打ち明けるのです。これはどういうことなのか。そして続けます。告解する二三久私は戦時中,中国で自分は罪もない市民を銃剣で殺害してきた。しかし,戦争が終わり処刑される日本人がいる中,二三久は処刑されなかった。自分の悪行を隠して生きてきた。しかしそれは鬼畜にも劣ることである。しかし,自分は言い訳してきた。それは日本が悪いのだと。

二三久はこの「告解」を誰かに言いたかったのでしよう。でもそれを言えるのは家族ではない。自分が犯した罪を抱えて生きている,同じ境遇で生きる人間にしか言うことができない。だから二三久はその人間を「翔太」に託したのです。

今思えば,翔太が苦しんだのは,交通事故死について正直に話さなかったことなのだと思います。それは綾香を護るためでもあったのでしょう。

その優しさ故に,自分で自分をさらに苦しめてしまったような気がします。

でも,この「告解」を聞いた翔太は慟哭しながら自分の罪を全て正直に話したのです。

翔太の気持ちの一番の理解者は父でも母でも恋人でもない。実は被害者に最も近い人間だったのです。

この最後のシーンを思い浮かべ,切なくなりましたが,もっとも心を動かされたシーンでした。

今回の作品は,まずは加害者になってしまった人間の末路は果てしなく厳しいものであるということ,自分がどうなってしまうかを考える前に自分の過ちを素直に話すことの大切さを考えさせられました。

いつ,自分が同じ境遇にさらされるかわからない。そんな警告ともとれる話でありながら,「告解」の意味の重さを教えられる作品でした。

罪を犯したという同じ境遇の人間同士でないとわからない。二三久は翔太の気持ちが痛いほどわかっていたのでしょう。

二三久は何か「告解」することで,心の憑き物が落ちたような感じでした。翔太同様,二三久も長年苦しんでいたのだと思いました。

この作品で考えさせられたこと

● 交通事故死。加害者として,被害者として,自分の身にも起こらないとは決して言えない

● それが自分の人生だけでなく,被害者遺族や加害者関係者の人生をも変えてしまう怖さ

● 本作品の「告解」の意味の深さに圧倒されました

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