2017年に刊行された,角田光代先生のベストセラーとなった小説です。
「中央公論文芸賞」を受賞した作品でもあります。
不倫でできた子供を誘拐し,逃亡生活を送る女性を中心とした人間模様を描いた作品。
女流作家ならではの繊細なタッチで描かれ,子供を産んだ女性にしかわからない部分もあるのかなと読んでいて思いました。
WiKiを読むと,1993年に実際にあった「日野OL不倫放火事件」がヒントになっているらしいです。
映像化もされています。2010年に,主演を檀れいさん,北乃きいさんでドラマ化。
そして2011年には主演を井上真央さん,永作博美さんで実写化されています。
本作品は二章に分かれていて,第一章は野々宮希和子の視点,第二章はその娘の視点で描かれています。
主人公である希和子を子供とともに逃げ切ることができるのか。
結末まで,とにかく一気に読める作品だと思います。
目 次
1. こんな方にオススメ
2. 登場人物
3. 本作品 3つのポイント
3.1 自分の子供を誘拐
3.2 逃亡生活を送る希和子
3.3 恵里菜と希和子の最後
4. この作品で学べたこと
● 子供を誘拐し,逃亡生活を送った主人公の結末を知りたい
●「八日目の蟬」とは何を意味するのかを考えたい
直木賞作家・角田光代が全力を注いで書き上げた、心ゆさぶる傑作長編。不倫相手の赤ん坊を誘拐し、東京から名古屋、小豆島へ、女たちにかくまわれながら逃亡生活を送る希和子と、その娘として育てられた薫。偽りの母子の逃亡生活に光はさすのか、そして、薫のその後は――!? 極限の母性を描く、ノンストップ・サスペンス。第2回中央公論文芸賞受賞作。
-Booksデータベースより-
野々宮希和子・・不倫の末できた子供を連れ去る
野々宮恵理菜・・希和子の娘。「薫」と呼ばれる
秋山丈博・・・希和子との不倫がバレるのを恐れる
秋山恵津子・・夫の不倫相手である希和子を恨んでいる
1⃣ 自分の子供を誘拐
2⃣ 逃亡生活を送る希和子
3⃣ 恵里菜と希和子の最後
第一章の主人公は野々宮希和子です。彼女は秋山丈博と不倫関係にありました。そして妊娠してしまいます。彼女は説得され,中絶という道を選ぶのです。このことで,希和子は子供が産めない体になってしまいました。
そんな頃,希和子は秋山夫妻に子供ができたことを知るのです。
そして希和子は、秋山丈博と恵津子夫妻の家に侵入してしまいます。そこにはベビーベッドの上で顔を赤らめている赤ん坊がいました。最初は「赤ん坊を一目見るだけ」と思っていたはずでした。
ところが「もしかしたら自分の子供になっていたかも知れない」という思いが希和子の中に急に出てきます。
そして希和子はとんでもない行動を起こすのです。何とその赤ん坊を連れて逃げ出してしまうのです。
慌ててタクシーに乗り「小金井公園まで」と伝える希和子。希和子の微笑む赤ん坊。
希和子は赤ん坊に名前を付けます。「薫」という名前でした。もう完全に赤ん坊と一緒の逃亡生活を覚悟している瞬間でもありました。ホテルを転々としながら,離乳食の作り方を調べながら。
時には見知らぬ女性の家に滞在することもありました。希和子も自分の名前を偽っています。
逃亡して六か月後。衝撃の報道を目にします。
~ 二十九歳の女性を指名手配 ~
秋山さんの知人女性・・・以前夫妻とトラブルの・・・野々宮希和子容疑者は身長百六十センチで・・・
赤ん坊を連れ出した後にその家が火事になっており、警察の捜査はかなり遅れてしました。
そして,自分自身は宮田京子と名乗り,赤ん坊には「宮田薫」という名前をつけて逃亡するのです。
これまでの逃亡生活の間,希和子は多くの家で生活しました。しかしなかなか折り合いがつかず,転々としていました。
子供には予防接種も受けさせていない,母子手帳もない。そして自分自身も検診を受けていない。病気に罹れば,赤ん坊だけが取り残されてします。
いろいろなことを考える希和子は不安でいっぱいになっていました。
そしてある日,希和子は赤ん坊を連れて近所に出かけると、自然食品を販売している「エンジェルホーム」という団体を見つけるのです。
希和子は覚悟を決め,この団体に骨をうずめようと決意するのでした。
「エンジェルホーム」のメンバーになった希和子。
メンバーには久美という女性がいて,希和子は仲のよくなっていき,施設にも溶け込んでいきます。
しかし時々,建物の外では多くの人々が叫んでいます。
「のんちゃん,お母さんよ。話し合いをね,お母さんと話し合いをするのが先やろー」
と誰かが言えば,
「マキコ聞こえていますかー,この集団は洗脳してお金をふんだくる悪い集団なの!」
などなど。このエンジェルホームって,宗教団体なのか?
そんな声が外から聞こえてきても,中では
「またきたねー」「しつこいやつらやね」などと話しています。
その様子を見ている希和子は何を思っていたのでしょうか。
いつ,追手がやってくるか不安な毎日を過ごす希和子の姿がありました。
希和子は久美という女性といろいろな話をします。久美の出身は小豆島でした。
小豆島とは岡山県にある,瀬戸内海にある島のことです。
希和子は決断します。「この施設を抜けて,別の場所へ移ろう」と。
薫が「あのね,マロンちゃんがね。。。」と言っても希和子は取り付く島もない状態。
その動きを事前に察していたのか,久美は希和子に一枚の紙を渡します。
そこには久美の実家の住所が書かれていて,希和子は久美の実家へ向かうのです。
そして久美の母親と出会うことになるのでした。久美の知り合いとして接する希和子。
まずは住む場所と働く場所を確保することを考えます。
希和子は久美の実家が「素麺づくり」をやっている家であり,ここで雇ってもらうことを嘆願するのです。しかし雇ってもらえませんでした。
仕方なく,ホテルニューヨークというラブホテルの客室清掃スタッフになるのです。そこには従業員の寮もあって,希和子にとっては好都合でした。そんな時,薫は病気になってしまいます。保険証もない希和子は非保険診療しか選択はありません。
どこに行っても苦しい思いをしながら生活をしなければいけない希和子。
しかしある日,希和子にイヤな予感が襲ってきます。
希和子の直感でした。「逃げなければ!」
そう思って高松行のフェリーに乗ろうとしていました。
その後は,薫の視点になります。
「いきなり知らない人が現れて,あの人を取り囲んで何かを訊いた。あの人が『私は何もしていない』とか『その子を連れて行くな』とかそういうことだ」
とうとう来るべき日が来てしまった瞬間でした。
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希和子と引き離された薫,いや薫は希和子がつけた名前で,本名は秋山恵理菜。
恵理菜は秋山家に戻されることになりました。ただ,父親が希和子と不倫していただけでなく,母親も不貞な関係を作っていたもんだから,結局,恵理菜は家を出たいと思っていました。
そして15年後,大学生となって一人暮らしをはじめることになるのです。
居酒屋でアルバイトをするようになった恵理菜。ある日安藤千草という女性と再会します。
「再会?」恵理菜にはその記憶がありませんでした。彼女は言うのです。
「私,マロンだよ。エンジェルホームにいたじゃない」
その言葉を聞いた瞬間,恵理菜は何か得体の知れない不快な気持ちが頭をよぎります。
不信感を持ちながらも,恵理菜は千草を自分の家に入れるのです。
千草の目的は「エンジェルホームで生活したことを本にする」ということでした。千草は当時のことを語り始めます。ただ自分の記憶だけでなく,エンジェルホームにいたひとたちに取材をしたいと考えていたのです。
ある日,千草の鞄からノートが飛び出しているのを見つけます。
そして中を覗いた恵理菜は衝撃の内容を目にするのでした。
野々宮希和子。1955年神奈川県小田原市生まれ。
(中略)
希和子は大手下着メーカーに就職。そこで秋山丈博と出会う
(中略)
希和子が丈博の子供を身ごもるのは知り合ってから一年半後である
まさに自分の父親の名前が書かれている文章。希和子という女性が誰なのか理解できたのだと思います。
あのフェリー乗り場で知らない人が女性を連れ去っていった記憶と,さらにその過去を知ることができるのが千草の取材内容。
これが一本の線となってつながったようでした。
恵理菜はかつて塾の事務のバイトをしていました。そこで知り合ったのが塾講師の岸田です。
彼は結婚していましたが,恵理菜は徐々に岸田に惹かれていくのです。
そしてとうとう不倫関係になり,さらに岸田の子供を妊娠してしまうのです。
恵理菜は愕然とするのです。取材ノートに書かれたあの「希和子」と同じ運命を辿っていることに。
ただ,恵理菜が希和子と違ったのは,中絶はせずに子供を産むことを決意したことです。
そして,岸田とはきっぱり別れる決心をするのです。
恵理菜の過去を知る千草は,妊娠している恵理菜を助けようと思っているようでした。
彼女の新しいアルバイトなどを探したり,徐々に親しい仲に発展していくのです。
ある日,恵理菜と千草は二人で旅行をする計画を立てます。旅行先は、かつて二人が過ごしたあの「エンジェルホーム」や,一時的に恵理菜が希和子と過ごした小豆島でした。
警察の捜索を受けたエンジェルホームでしたが、旅行で行ってみると現在も存在しているようです。
小豆島へ向かうために二人はフェリー乗り場でフェリーを待っていました。
同じフェリー乗り場には,裁判が終わり,懲役八年の刑務所での生活が終わった希和子の姿がありました。
実は希和子はフェリー乗り場の近くでパートをしたいたのです。どうやらパートが終わった後,このフェリー乗り場に来るのが習慣になっているようでした。
お互いがすれ違います。しかし両者ともお互いの存在に気づきません。
希和子は薫のことを考えていました。そして恵理菜は妊娠した自分の子供のことを考えているのでした。地上に出て,約7日間の命と言われる「蟬」という生物。
ひょっとしたら8日目まで生きる蝉もいるかもしれない
その蟬は,他の蟬が見ることができなかった光景を見ることができたのかも知れない。
最後の一節です。
二人連れの女性を見た時,片方は妊婦のようだった。
妊婦の女の子が何かに呼ばれたようにこちらを振り返る。
第一章は女性の視点,第二章は成長した子供の視点で描かれている。
やはり,女流作家というのは人間の繊細な部分を描くのが得意なのだなって思います。
主人公がなぜ誘拐しようと思ったのか。
自分の生活を守るため,そして自分の本当の娘を守るため。
世の中にはこんな感じで劣悪な家庭環境により家出をしたり,親から虐待を受けたことによって犯罪に走ったり,不遇な状況で生活している人もいるのだと思います。
運が悪いと言ってはそれまでですけど。
親を反面教師にして生きるのか,それとも親と同じことを繰り返してしまうのか。
しかしそんな苦しい地中での生活から這い出して,一生懸命生きてきた二人の女性。
最後の最後に二人はすれ違い,何かを感じることができたのでしょうか。
いつか二人が出会ってくれることを祈りたいと思います。
● 「八日目の蝉」の真意を理解することができた
● 本当の娘を誘拐した女性の半生が壮絶だった
● 過ちを犯してしまったが,今後は良い人生を歩んでほしいと思えた